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第三十五章 繋いだ未来

ページをめくる音が、静かな部屋にやわらかく溶けていく。


「それでね——野獣は、本当はね……」


自分の声が、少しだけ遠くに聞こえた。


でも、不思議と嫌じゃない。


膝の上の小さな体が、絵本に顔を近づける。


その真剣な横顔に、


思わず口元が緩む。


「これ、なに?」


小さな指が、ページの中の野獣を指す。


「ああ、これはね——」


言いかけて、


ふと、言葉が途切れる。


(……あ)


同じだ、と思った。


このやり取り。


この距離。


この空気。


全部——覚えている。


(……あの時と、同じ)


胸の奥に、


あたたかいものが、静かに広がる。


ページをめくる指先も、


声のトーンも、


間の取り方も。


全部、どこか似ている。


(……私、真似してるんだ)


気づいた瞬間、


少しだけ可笑しくなって、


でも同時に、胸がぎゅっと締めつけられる。


(……ちゃんと、残ってる)


消えてなんかいない。


あの時間も、


あの人も、


私の中にちゃんとある。


「ママ?」


不思議そうな声に呼ばれて、


はっとする。


「あ、ごめんね。続きね」


笑ってごまかしながら、


もう一度、物語に戻る。


(……これで、いい)


そう思えた。


あの人がくれたものを、


今度は自分が渡している。


それだけで、


十分だった。



夜。


スマートフォンの画面に映る写真を、


静かに見つめる。


黒のタキシードに身を包んだ弟。


少し照れたような笑顔。


昔と変わらないその表情に、


思わず息がこぼれる。


(……ほんと、変わらないな)


でも——


ちゃんと大人になっている。


その隣で、


白いドレスの彼女がやわらかく微笑んでいる。


(……綺麗)


心から、そう思った。


この二人なら大丈夫だと、


自然に思える。


(……よかった)


あの時、


自分で選んだ道。


あの子は、


ちゃんと歩いている。


ちゃんと、自分の足で。


「送っといて」


短い言葉。


でも、その奥にあるものは分かる。


(……任されたんだ)


この距離で、


この形で。


それが、


あの子なりの答え。


送信画面を開く。


言葉を打とうとして、


指が止まる。


(……いらない)


この一枚でいい。


これ以上は、


きっと余計だ。


送信ボタンを押す。


小さな音。


それだけで、


胸の奥が少しだけ静かになる。


(……これでいい)


繋がっている。


でも、踏み込みすぎない。


それが、


今の私たちにとって一番自然な形。


窓の外に目を向ける。


夜の空気は、


どこかやわらかい。


(……つづいてる)


終わっていない。


ただ、形が変わっただけ。


あの人も、


あの人の想いも、


ちゃんとここにある。


私はそっと目を閉じて、


小さく息を吐いた。


これからも、


この場所で、


この日常を大切にしていく。


そう、静かに思った。


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