第三十四章 届いた写真 Sside
スマートフォンの画面が、静かに光る。
通知音は、控えめで、
仕事の合間でも気づく程度のもの。
何気なく視線を落とす。
差出人の名前を見て、
ほんの一瞬だけ、呼吸が止まる。
(……これは…)
ゆっくりと、指で画面を開く。
表示されたのは、
一枚の写真。
それだけだった。
メッセージは、ない。
文字も、説明も、
何一つ添えられていない。
でも——
(……分かる)
それで、十分だった。
校門の前。
卒業式。
少しだけ緊張したような、
でも、どこか誇らしげな表情。
(……大きくなったな)
画面越しなのに、
その存在感ははっきりと伝わってくる。
知らなかった時間。
関われなかった日々。
それでも、
確かにここまで来たという事実。
胸の奥が、静かに満たされていく。
(……これが、あの子の意志か)
直接のやり取りはしない。
でも、
完全に閉ざすわけでもない。
その距離。
その選び方。
(……似てるな)
ふと、口元が緩む。
君の顔が浮かぶ。
言葉にしなくても、
ちゃんと伝えるところ。
自分の線を、
きちんと守るところ。
(……本当に、君の子だ)
スマートフォンをそっと置く。
代わりに、
机の上に飾ってある写真に視線を向ける。
若い頃の自分と、
彼女。
あの頃の、まだ何も知らなかった時間。
「……おめでとう」
小さく、声に出す。
誰に向けてかなんて、
考えるまでもない。
「君の子だからかな」
少しだけ、笑う。
「桜が似合うね」
あの日の写真と、
今日の写真が、
頭の中で重なる。
同じ季節。
違う時間。
でも、どこか繋がっている。
その不思議な感覚に、
胸の奥がじんわりと温かくなる。
静かな部屋。
誰もいない空間。
それでも、
一人じゃないような気がする。
(……聞いてる?)
心の中で問いかける。
答えは返ってこない。
それでもいい。
「……さぁ」
軽く息を吐く。
肩の力を抜いて、
少しだけ背筋を伸ばす。
「俺も、頑張りますか」
自然と出た言葉。
誰に見せるでもなく、
ただ、自分の中に落とす。
机の上の写真に、
もう一度視線を向ける。
君の笑顔。
変わらないままの、
優しい表情。
(……見てるんだろ?)
そう思えるようになったのは、
いつからだろう。
この写真を飾るようになってからか。
それとも、
あの子から話を聞いた日からか。
分からない。
でも——
確かに、
変わった。
以前よりも、
言葉にすることが増えた。
誰もいない部屋で、
ぽつりと呟くことが増えた。
まるで、
そこにいる誰かに、
届けるみたいに。
(……届く気がするんだよな)
不思議と。
理屈じゃなくて、
ただ、そう思える。
それでいい。
それが、今の自分を支えている。
「……君がさ」
写真に向かって、
静かに言葉を落とす。
「守ろうとしたもの」
少しだけ、目を細める。
あの頃、
自分が夢中になっていたもの。
彼女が、守ろうとしたもの。
「ちゃんと、続けるよ」
簡単な言葉。
でも、その中にある決意は、
決して軽くない。
途中で投げ出さない。
逃げない。
ちゃんと、最後まで。
(……まっすぐに)
自分に言い聞かせるように、
心の中で繰り返す。
遠回りしてもいい。
遅くてもいい。
それでも、
進み続けること。
それが、
今の自分にできること。
窓の外に目を向ける。
春の光が、
やわらかく差し込んでいる。
どこか、
あの頃と同じ空気。
でも、
自分はもう違う場所にいる。
(……それでも)
繋がっている。
過去とも、
想いとも、
そして——
あの子とも。
スマートフォンの画面を、
もう一度だけ開く。
卒業の写真。
そこに写る未来。
それを、静かに見つめる。
(……いい顔してる)
自然と、そう思えた。
その事実が、
何よりも嬉しかった。
俺は、
静かに画面を閉じる。
そして、
前を向いた。
もう、迷いはなかった。




