二章 第二部 ~エピローグ~
心臓が破裂しそうになる
呼吸ができない
なのに心と体があなたを求めて止まらない
後悔なんてない
「ただ幸せ。」
夜の10時ころ。
スイートに複数ある副寝室の一室、他の副寝室に比べると小さめではあるものの、それでも豪華な造りの部屋。
王族や貴族への待遇を想定されて作られたスイートであれば、恐らく子供向けの部屋なのだろう。
どことなく可愛らしい印象を持つインテリアの数々。
柔らかな色合いの天蓋付きベッドも大きさこそ立派だがなんとなく可愛らしい。
その中で身を寄せ合いながら寝ている者たちもこの上なく可愛らしい。
でも身を寄せ合い、別れを惜しみながら語る内容はそうでもなかった。
「ミァ、もーちょっと遊びたかったャー。結局、買い物でほとんど遊ぶ時間が取れなかったのがャー。」
「仕方ないよ。私もミアも、これから向かわなきゃならない所があるんだし。きっとその先でも色々忙しくなるんじゃないかな。」
お互い向き合いながら鼻と唇がくっつきそうなくらい近くに顔を寄せて小声で話す二人。
「ミァは特に予定はねーがャ? ティガ姉ちゃんは『ナガレ』のことがあるし、多分シャル姉たんも世界のこととか『まおーのたいどー』のことを里の偉い人に話すんだと思うがャー。」
「……ミアは未来がどうなるか怖くないの?シャルさんが『世界が滅ぶ』って言ったり、私が『風の便り』で『魔王の胎動』を伝えた時。……平気そうに見えた。」
「んー……怖いのは怖いのャ。でも、ミァが死にそうになった時にセレャに助けられたり。リリシュのお陰でミァも頑張れるって教えられたり。『とっくん』でルドとおっかけっこしたり。ティガ姉がバカ強かったり。……そういうの見てたら『なんとかなるんじゃねーかャー。』って思っとーャ。」
「何とかなる……かぁ。」
やはり、とても真剣な内容のようだ。
ミアの口調からはなかなか真剣味が感じづらい所もあるが、間違いなく彼女は1人の強者として立派な視点を持っている。
「それに、たとえなんともならんくても、なんもしないで居るのは嫌だャ。」
拙いエリシア語とあどけない顔に宿る強い意思。
「……ミアは凄いね。」
「何いっとーがャ。ルドもすげーのャ。最後のおっかけっこでミァがルドの背後に現れた時、ちゃんと体は反応してたのミァしっとーがャ。」
そう言ったあと小さくあくびをするミア。
「してたのかなぁ……?」
「ほんのーがはんのーしてんのに、あたまが邪魔したんャ。ミァも昔そーだったからなー、わかるのャー……。」
少しずつ重くなるまぶたに、ミアの表情がとろんとし始める。
「……それをわかってても体を動かせないこともあるよ……。」
「それもわかるのャー……。だからミァから何か言えるのは……。」
少しの間。
「……言えるのは?」
ルドは思わず聞き返す。
「……また、こんど。いっぱ…い、あそぼー…ゃー……。」
「……うん、そうだね。」
すっかり目を閉じてしまったミアの顔をみて、クスッと笑ったあと。
ルドは友達をギュッと抱きしめた。
額をピタリと合わせながら自分も目をつむる。
やがて小さな寝息だけが室内に響く。
同時間帯、別の部屋。
リビングルームの一角に備え付けられたミニ・バーの控えめなカウンター。柔らかな肢体をナイトガウンで包み、ふわふわの白いしっぽをゆらゆらさせながら椅子に座るシャルの姿。
専属バトラーが作る優しいカクテルを静かに独り楽しんでいる。
その表情はどこか物憂げであり、嬉しそうでもある。
「……子どもの成長って、ふとした瞬間にあっという間に進んでいくのですね。ずっと驚かされっぱなしでした。」
「そうですね。かつて人の子であったものが、いつか親となる。無自覚に成長し続ける子は、親となったとき初めて成長の素晴らしさを実感する。」
酒を作る片手間、ゆったりとした動作と静かな会話。
「子への愛もそうでしょうか?」
「同じことでしょうな。親となって初めて、かつて自分が受けた数々の厳しさが親からの愛だと気づく。幼くしてそれを知る子供など、そうは居ますまい。」
「ふふ、親の気持ち子知らず。ですか。」
「否定的な諺と捉える方が居ますが、私はその言葉が好きですな。その立場にならなければ見えないことがある。そう捉えられる。」
「物事の真理の一つですね。」
「ええ。」
「でも……誰しもが自分を俯瞰して見れたり、相手の立場というものを知れたら、世界は良くなるんでしょうか?」
「……はて。難問ですな。人は他者を完全に理解できません。もし他者を完全に理解してしまったら、それは既に他人ではないのですから。」
「ふふ。そんな答えを即答できるのもまた、悩ましいお立場ですね。」
可笑しそうに笑うシャルの耳が後方にピクリと向く。
「ご理解頂けると助かります。……おや。」
バトラーが副寝室に繋がる通路への扉の一つに目をやる。
シャルもカウンターチェアをくるりと回し、耳を向けた方へと向き直る。
扉の前には、シンプルな生成りのネグリジェにふかふかのナイトガウンを羽織ったエミリアが立っていた。
「あのー……寝れないんでご一緒してもいいですか?」
「もちろん。どうぞこちらへ。」
バトラーがカウンター前にある座席を手のひらで指し示す。
「ふふふ。貴女も手持ち無沙汰?」
「えへへ……なんとなく、居づらくって。」
照れくさそうに笑いながら椅子へと座り、カウンターに肘をつくエミリア。
「何か飲まれますか?」
「軽いのでお願いします。」
「承知しました。」
短く簡潔なやり取りを終え、静かな空間にビルドの音が小さく響く。
「大変よね、身内に気を使うって。」
「……シャルさんもですか?」
「焚き付けちゃった。」
いたずらっぽく笑うシャル。
「……わー。さすが大人の女性です……。」
「ふふ。エミリアはどうしたの?」
「私は……私も兄も幼少期から特殊な生い立ちでしたから、恋愛の機微がわかんなくって。いたたまれなくて逃げてきちゃいました。」
「それでもいいのよ? 成り行き任せでもお膳立てしても、焚き付けても、うまく行ったりいかなかったり。時と場合によりにけり、よ。」
「そーゆーもんですかぁ。」
「そ。」
ゲストの会話を耳に入れつつも、決して邪魔することなく。
作り終えたカクテルを音もなく差し出すバトラー。
柑橘類の輪切りが添えられたグラスからは、僅かに甘い香りが漂う。
優しい色合いの魔導灯の明かりを吸い込んで、少し儚げにきらめいている。
「はー……でも正直寂しいなぁ。ずっと一緒だった兄が、急に手の届かない存在に思えちゃって……素直に応援できない自分がちょっと嫌です。」
そう言ってグラスを傾けるエミリア。
「ちゃんと向き合えてるわよ。エミリアも。」
「そうならいいですけど。……でも、手持ち無沙汰なのはどうしようもないのが悩みの種です。」
飲み干したカクテルをため息とともに置く。
「そればかりはー……私にもどうしようもないわねぇ。眠くなるまでコレを楽しんで、眠くなったら寝る。それだけよ。」
「なんか……やけ酒とふて寝みたいです。」
「あら、正解よ。私だって寂しいもの。」
余裕のある笑みを浮かべつつ、その瞳に確かに宿る物憂げな光。
矛盾した大人の感情を隠すことなくさらけ出すシャルの姿に、エミリアは感心してしまう。
「……大人ってすごいですね。」
「貴女も、まだまだ若いのに凄いわ。」
「えへへ。」
「ま、ルーカスのところへ戻りづらいの、私のせいでもあるしね。」
「入浴から戻ったら、私と兄の部屋の前で思い詰めた顔のティガさんが居るんですもん、心臓飛び出るかと思いました。」
「ごめんねっ。」
ペロリと舌をだして肩をすくめて見せるいたずらっぽい仕草をするシャル。
なにかさっきから大人と子供っぽさが混在している振る舞いに、エミリアは少し楽しくなってくる。
「シャルさんが割りと悪戯好きなのは察してましたけど、今夜のは凄いです。私、部屋に戻れなくなっちゃった。」
流れに乗る形でおどけて見せるエミリア。
いっそこの状況を楽しもう、そんな心のうちが見て取れる。
「どうせ戻りづらいなら私に付き合ってくれてもいいのよ?今夜はミアも居ないから独りの寝床は凄く肌寒いの。」
「わぁ! なんて大胆なお誘い……猫好きとしてこんな魅力的な誘惑はそうはありませんね。」
「ふふ、いい子いい子。」
そういってシャルは優しい手つきでエミリアの頭を撫でる。
母のようでもあり、孤独な女のようでもあり、姉と妹であり。
そんな二人が静かに意気投合している。
お互いの複雑な心情と立場を現すかのような、不思議な一時。
大人とは大変な生き物のようだ。
そして……
主寝室の一角。
デュプレックスの上部構造にある一番大きな寝所。
ガラス張りの天井から、秋の終わりの夜空が見える。
冷たく澄んだ空気が秋の夜空の星を浮かび上がらせていて、天蓋がついてない大きなベッドは、寝ながらにして満天の星たちを満喫させてくれる。
「すごい星空。」
「圧巻ですね……。」
体をぴったり寄せてベッドの中央で寝ているセレナとリリス。
上には毛布も何もかけずにただ身を寄せ合い寝ている。
薄手のネグリジェが星明かりに浮かび上がり、酷く官能的だ。
「それにすごい静か。」
「バラバラに寝てますもんね……。」
「今私、聴覚の理力強化切ってるの。普段聞こえてる色んな音が聞こえなくなって余計に静かよ。」
「あれま。そうなんですね? なんでまた。」
「そりゃまぁ、気遣いよ。」
「……え、ここからルーカスさんの部屋の音聞き取れるんですか?」
「うん。普通に聞こえてた。」
「ひぇ……セレナの地獄耳おっかない。」
「情報戦においてこの上なく強力な能力だけど、こういう夜には困ったものね。聞いちゃいけない声が眠りを妨げるわ。」
「き、聞いちゃいけない声……。」
「どうせ貴女も色々感じ取ってるんでしょ、サキュバスなんだから。」
「おわ。バレてた。」
「食事の時も風呂の時も、そして今も。あなたずっとソワソワしっぱなしよ。何がそんなに影響するの?」
「うー……遠慮なく聞きますね……。」
「今後のためにも、どうしてあなたが影響されてるのか知っときたいわ。」
「……相変わらずリアリストですね。」
「ロマンチックに聞いてどうすんのよ。」
「それもそうです……かね?」
「で、何が起きてるの、あなたの淫魔としての感覚に。」
「……有り体に言うと、凄くもどかしいのです。下腹部がもわもわして辛い。」
「……初手からキツいわね。」
「本来ならどうでもいい他人の性衝動なんて感じないんですけどね……ほら、ティガさんとは何度も夢見で一緒になってるので……」
「記憶と思考の追体験。『魂の共感』みたいな話ね。」
「あ、いいですね。その『魂の共感』って表現。『魂の形』を感じて『魂の共感』を得る。すごくしっくり来ます。」
「それは何より。で、大丈夫なの?」
「……ティガさんのリビドーがもう、ほんっとビンビンで。身内の性衝動がこんなに凄い影響を及ぼすなんて、知識にもなかったんです。正直驚いてます。」
「下品。」
「でもぉ……本当に辛いんですってばぁ!」
「腰をくねらせながらもぞもぞしないでよ……我慢できなくなって襲わないでね?」
「……襲わない保証は出来かねるので、襲わなくていいように、襲う許可を頂けると助かります。」
「何言ってんの?」
「セレナを愛でて気を紛らわすので、抱っこする許可をください。」
「……変なとこ触らないわよね?」
「……我慢します。」
「偶然を装ったりしないでよ……?」
「さ、さきっちょだけ触れるかも知れません!」
「どこの先よ!?」
「角です!じんじんするんです!!」
「ちょ、なんで涙目なの!?」
「凄いんですってば!ティガのリビドーが!!」
「ちょちょちょ、リリス!目!角!!出てる!!魔族状態!!」
「ひぅ…! ふぎ……ぅっ! セレナぁ、本当に助けてぇ……!」
「あーもうー!」
そう言ってセレナは、細やかな谷間にリリスの顔を抱え込む。やや乱暴ながらもリリスの角を労わるように優しく胸へと押し付ける。
しかし身長差と体格差のせいで二人の位置関係はすごい体勢だ。
「はぁっ……あっ、はぁ……! ふっ、うぁ、はぁぁっ!」
口を開き舌を垂らしながら喘ぐように呼吸をするサキュバス。
あんなに触れられるのを嫌がっていた角を、セレナの胸にすがるように押し付けている。目も既に完全に魔族の時の、赤い虹彩と細長い瞳孔になっている。かろうじて髪の毛は偽装状態のアッシュグレーのままだ。
リリスは両手をセレナの腰へと滑り込ませきつく抱き寄せる。
『正気を失わないように、なにかに触れてないないと。』
そんな風にセレナの柔肌を求めてリリスの手が自然と体とネグリジェの間に滑り込み、煩わしそうに衣服を剥いでいく。
「ちょっと、リリス。あなた本当に大丈夫??」
拒絶こそしないものの、相棒の行動に驚きつつセレナが声をあげる。
「せ、せへあぁ……ごめん、もう少しだけぇ……!」
息も絶えだえに舌をだらしなく出しながら、リリスはネグリジェをまくりあげて顕になったセレナの小さな谷間に舌を這わせた。
「わひ!? 舌っ!?」
セレナは突然の感触に悲鳴をあげつつも逃げようとしない。
それどころかなんとかリリスを落ち着かせようと自分も両手をリリスの後頭部に添えて優しくなでつける。
その髪を撫でる感触に歓喜するかのように、リリスもセレナの艷やかで神々しい髪を手繰り寄せる。
大波に揉まれて藁をも掴むかのように、リリスの手がセレナの白く長い髪を撫でている。
セレナの髪に触れたことで、なぜか落ち着いた様子のリリス。
しかし、『魂の共感』による衝動は続いているようで、何かに突き動かされるようなリズミカルな呼吸は途絶えることがない。
何とか安定した相棒のあられもない姿に困惑しつつも、優しく頭を撫で続けるセレナ。突然の事態に面食らったものの、何とかなって良かったとほっと一息ため息をついた。
(『夢見』にこんな弊害があるなんて、考えもしなかったわね……)
他人の性衝動に共感してしまう、淫魔としての種族本能とでも言えるこの状況。今後の旅に影響が無いとも言い切れないので、何かしらの対策を考える必要はあるのかもしれない。
というより、今後もリリスのコレが発生するとして、まともに付き合っていたら、私の体もどうにかなってしまう。
何かを求めて自分の肌を這い回る熱い舌の感触に触れるたびに、尋常じゃない快感が背筋を貫く。
なんとか理力によって神経伝達を鈍化させてるが……断続的な快感は、その理力操作すら鈍らせる。
(こんな根比べをやる羽目になるとは……!)
セレナは自身のなぜか冷静なままの思考を頼りに、この状況が早く収束することを願う。
まだ数分しか経っていないようで、1時間もこうしている気がする。
だんだんいろんな感覚が狂っていく気がする。
頑張らないと。
そう思ってセレナは再度気を張った。
星明かりが降り注ぐ寝室に。
二人の息遣いが静かに響いている。
やがて、リリスが大きく身を捩り、息を止めてびくびくと体を震わせた。
しばらく後。
くたりと体から力の抜けた淫魔は、虚ろな半目のまま呆然とする。
「……終わった?」
「………たぶん。」
呆けた声での返事。
「あなた、汗びっしょりよ……私もべとべとだけど。」
「ごめん……」
かすれた声で謝罪するリリス。
どうみても疲れてそうだ。
「いいわ、適当に始末しとくから。寝ちゃいなさい。」
「うん……」
そういってリリスは目を閉じると、何も言わずに再びセレナに抱きついた。
「……こりゃダメだ。何も出来ないわ。」
ガッシリと抱き込む相棒の腕の中、再び大きくため息を吐くセレナ。
もぞもぞと足元のシーツを手繰り寄せ、何とか自分とリリスに被せた。
そうして自身の体をリリスの肢体にピッタリと寄せたあと、自分も静かに目を閉じた。
大きな主寝室に、小さな寝息が2つ聞こえだす。
色んな心と想いが離れまいと重なる夜。
明日にはこの想いも散り散りになる。
だが誰一人として、後悔する者はいないはず。
きっと思い残したことがある者は、いないはずだから。
夢見心地の聖女は次の旅に思いを馳せる。
やり残しのないように。
……やっちゃった。
あ、いえ。
リリスとセレナのことではないです。
百合モノじゃないので。
断じて。
本作はR15表現を含む大人な関係を描写します
腹ぁ括ってください




