第四十三幕 「出発予定」
なんとなく気付いてた気持ち
でも無責任に言いたくなかった
なし崩しに今が続けばいいと思ってた
「……浅はかってこういうことを言うのかな。」
私が切り出すより先に、話題の方向はリリスによって別の展開を迎えることになる。
「でも……ルドちゃんに零番隊としての資質があるなんてビックリしました。」
リリスが呟いた。
「それは我もです。正直何が起きているのかさっぱりです。姫。」
「ま、今の王国にとって最重要人物といっても過言ではないのよ、貴女。」
ナイスな話題切り替えにのる形で、私は言葉を重ねる。
先ほどちらっとだけルドが零していたこと。
「お膳立て」の意味する所。
ルドは新たな仕事のため王都へ向かうことを決めたのだ。
ルドの就職先を斡旋したのはルーカス。
勧誘を提案したのは他でもない、零番隊総指揮官。
秘匿呼称『レジナルド某さん』。通称「セバス」。表向きは国王の執事長を務め、王国の軍事において絶大な影響力をもつ人物。
理由はなんとなく察している。
彼女のみが感じている『星流軸』の変化。そして『風読み』として『魔王の胎動』について精霊神から『告げ役』を担った事実。
これらが意味する所。
「指揮官殿は、恐らくルドが『五感』の後釜である可能性を見出したのかと。」
「その、ごかん?って何なんだがャー?」
ルーカスの発言にミアやシャル達は興味深そうだ。
「我々零番隊において一般隊員や特務官が持つ諜報員としての資質を現す分類と称号を指します。
長期監視のほか、観察眼や遠望に特化したものを『目』。
聴音や語学力、分析に秀でたものを『耳』。
戦局判断や危機的状況判断の嗅ぎ分けに特化した『鼻』。
一般隊員から特務官にはこれらの分類が施されています。
そして我々隊員の適性を豊かな知識と経験から見事な審美眼で判断し、その絶対的評価を下す『舌』を持つのが零番隊総指揮官殿です。
そして、かつて総指揮官殿と双璧をなし、超広域戦況判断力、あるいは直感的予感に類する肌感覚を持つもの、完全に天性の資質である『肌』の称号を持つ方が居ました。
現在、この『肌』の称号を持つ隊員は不在で欠番状態なのですが、この存在の大きさは諜報の世界において無視できないものでありました。
直感だけで、漠然とした危機感をなんの情報もなく事前に感じ取る能力。
このある種の予知能力は極限の武術家がごく限られた状況で備えるものだともいいますが、それの感覚を空間、まして星規模で感じ取っている。
ルドはそういった逸材の可能性がある。
私の特定魔導通信を聞いてきた総指揮官殿は、そう判断したようです。」
「ある意味で、我々以上に希少な存在だってことですよ、ルドさん。」
有り体に自分たちが天才であることをのたまいつつ、なぜか自分ごとのように嬉しそうに話すエミリア。
シャルやミア、ティガまでもが二人の話を興味深そうに話を聞いてる。
一応部外者なんだがね……この猫人族たちは。
びっくりするくらい機密事項が延々と語られている気がする。
お二人とも最近零番隊特務官としての情報リテラシーが皆無になりつつあることに危機感を覚えるべきではないかな。
それとも……。
「こんな機密事項を私たちにまでペラペラ喋って、信用で私たちを縛ろうとするルーカスもセレナと大差ないですよ?」
シャルが面白おかしそうに語る。
「それは……まぁ、その。」
珍しく言い淀むルーカス。
「軍属にあるまじき野心が見え隠れしてるわよ、ルーカス。あなた、あわよくばシャルたちにも零番隊に入らないかと画策してるでしょ。」
私は考えついたことをずばりと指摘してやる。
「ふふふ。」
「おわー、マジかャー?ルーカシュー?」
「……。」
楽しそうに笑うシャルと、ちょっと驚いた顔のミア、真剣な顔のティガ。
三者三様だ。
「時々本気で貴女が恐ろしく見えますよ、聖女セレナ。」
苦々しい顔をするルーカスと、その隣りにいるエミリアは驚愕に固まってる。どうやら妹にも隠していたようだ。
「発想としては別に無いことでもないでしょ。元より猫人族は諜報への適性が高い。シャルの『先見の瞳』も諜報においてある意味破格の性能だし、ティガもミアも武人として既に高位の存在だわ。ちょっと手直しするだけで得難い諜報員になるのは明らかだわ。」
私は涼しい顔をして事実だけを述べる。
「……。」
ルーカスは黙したまま聞くだけ。
「でもね。個人的な関係性の良し悪しで国家の諜報に別種族を入れるべきでは無いと思うの。」
これもまた事実。
眉間にシワを寄せて、複雑な表情のままルーカスは動かない。
エミリアが複雑な顔で兄を見上げている。
「これはお互いのための話よ。その世界において崩すべきではないことは存在するわ。あなた達が信頼を築いても、それを良しとしない第三者が存在することを覚えておきなさい。ルドの立場は特例中の特例、一族から排斥されていて、類を見ないほど希少な天賦の才を持っていて、今の王国にとってそれが喉から手が出るほど欲しいもの。」
ルーカスの思惑の発端は、ルドが零番隊に入る可能性があることがきっかけだろう。
そしてその奥底にある想い。
これについては私が触れることではない。
「わかります……。」
彼はそうとだけ言って、また動けなくなってしまった。
「ルーカス。」
シャルが優しい声で彼に語りかける。
「流浪の私たちを気遣い、その身を案じてくれる貴方の想い。とても嬉しく思うわ。私たちもあなた達兄妹のことが大好きよ。もし状況が違えば少なくとも王都に向かうくらいの判断をしたかもしれない。」
本当に嬉しそうにしながら、優しく説き伏せるシャル。
子どもの無邪気で浅慮な提案をやんわり断るお母さんみたい。
「でも、私たちも色々と知ってしまったの。これからの世界のこと、これからすべきこと、これから出来ること。色々思いついてしまったわ。」
シャルは目を閉じ、虚空の何かを見つめるかのように天井を向く。
「共に道を歩めることは凄く素敵なこと。でもそれは今じゃないわ。」
そのまま目を開いたシャルは、ちらりとティガを見た。
まるで待っていたかのようにティガが席から立ち上がる。
緊張をほぐすかのように深呼吸をしたあと、彼女は口を開いた。
「……あたしは『ナガレ』としての修行の身だった。シャルとミアにくっついて南方諸国から北上し続けるこの旅のおかげで、今まで誰も考えもしなかった方法であたしは開眼できた。考えたって出来ることでもねぇけどさ。
それは、間違いなくルーカスやエミリアのおかげでもあるんだ。
弱虫なミアを救って励ましてくれたセレナとリリスもそうだ。
シルバーハートで無力さに明け暮れてベソかいてたあたしを助けてくれたこと、シャル姉のことを救ってくれたこと、ナガレとしての道を示してくれたこと。全部、本当に心の底から感謝してる。だから、さっきセレナが言ったことが本当なら、その想いに応えて恩義に報いたい。」
そこまで話したティガはもう一度深呼吸をした。
まるで決意を体中に満たし、勇気を振り絞るかのようだ。
耳をピンと立てて、勇壮に振り上げるしっぽが可愛らしい。
「でも、ごめん。あたしはそれに応じることはできないんだ。アーシオン家の長姉として、『土のナガレ』の末裔として、この後にすべきことはもう決まってんだ。
あたしはたとえ一人ででも『他のナガレ』と『合流』にいかなきゃなんないんだ。……勝手は許されない。ごめんな……。」
体中に満たしたはずの決意が言葉を紡ぐ旅に体から抜け落ちるかのようにどんどん語気が弱くなる。
耳もしっぽも既にしおしおだ。
「……そう、ですか。」
ルーカスがマジ凹みしてる。
なんかこの二人をずっと見てて、腹が立ってきた。
そろそろ我慢の限界かもしれない。
いやいや、だめだめ。
我慢。
「あ、それにね。ティガの事情もあるけども、私も一度故郷に戻るつもりです。実はミアにも話はしてあって、ティガには後で説明する予定だったんですけども。」
突如シャルかあちゃんが、この場の空気にそぐわない明るい声を出す。
「流石に高速飛空艇は使いませんけど、通常便で南方に飛ぶ予定です。幸いにもボロスの一件で旅費も問題ないですし!」
つらつらとこれからの予定を話し出す。
寝耳に水なのか、ティガが驚愕の表情でかたまってる。
「え、マジで?」みたいな顔でミアを見るが。ミアはミアで当然のことのように頷くだけ。
「だから、ミァもルドとお別れ済ませて、お互いの贈り物とかなー。旅のためのお買い物とかお土産とか買い込んだのャー。ティガ姉ちゃん岬で寝てたから知らんかっとーャ。」
あれは寝てたわけではない。
瞑想。
そこはちゃんと言ってやれ。
既に心の整理を付け終わっているミアとルドは、深刻そうなティガとは対照的に不思議そうな顔でことの成り行きを見守っていた。
そんなのに気付いてないティガも、相当アレだが。
どんだけテンパってんだ。
「あの、え。マジで? なんも聞いてない……んだけど。」
「だから、さっき後で説明する予定だったって言ったじゃない。」
「え……いつの飛空艇で出るの?」
「明日よ?」
「明日ァ!?」
「だって、ルドとルーカスたちも明日には居なくなるのよ?私たちの北上の旅も元よりトレードウィンドが最終地点で、そこから先は状況次第ね。って話だったでしょ?あなたの『ナガレ』の目的が果たされたんだから、戻るのは当然でしょ?」
何を今更。
みたいな雰囲気で呆れた様子のシャル。
こっちはこっちで面白いかも。
「明日……。」
ぼーぜんとした様子のティガ。
そのままストンと座席に座ってしまった。
「ま、私たちも明日にはアウロ・リフティアの利用申請とシルヴァ大陸への越境許可申請に行く予定だし、私たちの旅も明日でお別れってことね。短い間だけど賑やかで実に楽しかったわ。」
そんな彼女を気にかけることもなく、私は話を進めてしまう。
「セレナたちは大石橋を越冬徒行するのね。私たち猫人族には理解しがたい行為だわ……。」
シャルが自身の腕を抱き、身を震え上がらせる素振りをする。
「ある意味、あの橋の存在意義を一番噛みしめる行為だと思わない?」
「これで故郷に引き返す意味がまた一つできたわ。このままセレナ達についていったら私たち凍死しちゃう。」
「それはミァもさすがに嫌だャー。」
「……。」
いつの間にか各自の食事の手も止まり、満足気に椅子にもたれかかる面々。各自色々と思うところはあるのだろうけど、成り行きに任せようとしてるのだろう。
抗うより、励ますより、そういう選択のほうがいい方向に行くし、責任を追わずにすむ。
何より楽。
やきもきするけどね。
私も食事を終え席を立ち、夜風を楽しむためにと食卓から離れた。
視界の端に映る人影。
呆然としたティガと、暗い表情のルーカス。
その二人を心配そうに見つめるエミリア以外は。
リリスもちょっとちらちら気にしてて面白い。
『リリス。私は一息ついたらお風呂入るけど、貴女は?』
『あ、えっと。一緒に入る!』
『じゃ、行きましょ。』
『え、あの。ティガとルーカスさんとかは……? エミリアさんも困ってません……これ。』
『ほっときなさい。』
『えー……。』
『行くわよ。』
『はーい……。』
結局そのあと、私とリリスが風呂に入る支度を終える頃にはシャルとミアがダイニングルームから出てきて、のそのそと後をついていくティガの姿を見かけることになる。
あの快活な性格のティガが見る影もなく意気消沈している。
明らかに落胆して、わかりやすく耳も肩もしっぽもだらんとしちゃって。
ずいぶんとまぁ、可愛らしいこと。
入浴中、口数少なくどこかそわそわと落ち着かない様子のリリスを尻目に。私はひたすらゆっくりと入浴を満喫した。
えーと?
主寝室が一つ、デュプなんとかにもう一組。副寝室が3つ有るから、ミアとルド、シャルたちやルーカスたちがそれぞれに入っても大丈夫、かな。
やたらと寝室の数があるスイートって、便利よね。
ほんと。
ま、せいぜい思い残しのないように。ね。
お湯に浸かりながら、そんなことをのほほんと考えてた。
「はぁ……」
静かな浴室に、私の小さなため息が溶けていった。
おらー!
さっさとしろー!
次回急展開




