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救済の聖女のやり残し ~闇と光の調和~  作者: 物書 鶚
第二章 第二部 目指すべきところ
215/222

第三十九幕 「鳥人族長邸宅にて」

そよ風が告げる 小さな噂話

強く吹きつける風とともに告げられる 吉報の報せ

時折、冷たい風吹き抜けて 皆に悲しみが満ちる

凍るような風は 皆を震え上がらせる話をもたらした


「我らは『風の民』、風とともに生き、風とともに死ぬ」


案内された邸宅はこの敷地内に入る門の正面にあった大きな屋敷だった。


作りとしては豪華そのもの。

一族の氏族長が住まう場所だ、まぁ権威の象徴としては当然だろう。獣人族の中でも比較的近代的文化を好み、情報伝達や物流輸送という形で人族との深い関わりを持つ亜人族だ。


必然的に居住区も文化が混じり合う。

ごく当然の現象。


宿舎前から邸宅への移動も、邸宅内に入ってからもずっと。

イスタを先頭に、すぐ後ろに私とリリスが付いて歩き、その左右をガストとトームが固めている。


まぁ案内兼、護衛兼、監視。

ということだろう。


大して気にすることでもないけども。



そして彼の屋敷の内部構造は宿舎の部屋同様、やはり開放的な造りだった。


部屋の作りは総じて広めだし、部屋を区切る壁には扉が無く大きく開いた開口部が構えられているだけだ。飛行に長けた鳥人族なら、この邸宅内を自由に飛びながら移動できるのだろう。実に合理的だ。


しかし……こうも風通しが良いと保温性が低いのか、室内だと言うのに外気温と室内温度がほとんど同じだ。



正面玄関をくぐりエントランスを真っ直ぐ進む。

大階段を上がるとやはり開放的で左右が吹き抜け構造の廊下が奥へと続き、正面の門構えの先が目的の部屋のようだ。


大きな室内中央には何やら見慣れぬ模様が緻密に織り込まれた巨大な毛織絨毯が敷かれており、上座には大型のソファと大量のクッションが並んでいる。


その中央にゆったりと寝そべり、悠然と待ち構えているクロイヌ。

周辺には従者らしき女性が複数名。


「お連れしました。クロイヌ様。」


「おう、ご苦労。次の命令だ、ガストとトームは会談中の周辺警護を任せる。何やら複数名、見慣れぬ連中が居住区画と屋敷の敷地周辺をうろついている。人員補強して警戒を密にせよ。」


「お。捕まえて良いのか。」

「うい。」


指令を受けてすぐ踵を返し、ふわりと飛び立つ二人。


「侵入するようなら捕らえて構わん。恐らく尻尾を出すような真似はせんだろうがな。イスタ、会談中補佐を頼む。」


話を聞くやいなや二人は返事もせずに飛び立つ。


「承知いたしました。」


一方、イスタと呼ばれた『ハクトウ』の女性は、彼のそばに移動すると近くにあった机から書記板のようなものを取り出して、そのまま座り込む。


「さあ、聖女と従者殿。そこらのクッションを使い自由に寛いでくれ。宴席というわけにはいかんが、軽い食事と飲み物は用意する。」


そういって笑顔で座るように促した。


「ありがとう、失礼するわ。」

「失礼します。」


私とリリスは彼の正面にあるクッションの山に腰を下ろす。


どうやらテーブルとイスよりも床に敷かれた絨毯の上に座って、寛ぐような歓待をする文化らしい。

毛織絨毯もクッションもふかふかで、柔らかな肌触りが心地よい。

こういう異国情緒溢れる会合もちょっと良いかも。



「さて。どこから語ったものか。はたまたどこまで知ってるのか。先ずは……そうだな、最近のルドはどうだ。」


少し困った顔をしながらクロイヌが話を切り出す。


「元気に過ごしてるわよ。ウサギなどの小型の獣も普通に狩れるようになったなんて話もしてたわ。大きなの獣は未だ狩れず、猫人族の鹿狩りを上空から羨ましそうに見ているルドに気づいたのが出会いね。」


私は話を思い出しながら彼女の近況を軽く語る。

思い出し笑いで少し頬が歪む。


「ふ。そうか。息災なら何よりだ。」


なにか安心したような態度の彼に対し、私は視線を突き刺す。


「どうにも理解できないわね。彼女の記憶と主観におけるあなた達の行動に対して、今の貴方の反応が理屈に合わない。腑に落ちないわ。」


率直な感想。

そして謎の本質。


「そう怖い顔をするな。我々にも事情というものが存在する。」


ややバツの悪そうな顔で彼は答える。


「それって1才になる前の小さな子を1人にするほどの理由なんですか?」


リリスが話に割り込むように問いかける。


「そうだ。」


「大方の予想は付いてるけども、氏族の掟みたいなのは方便でしょ?実際はもっと特殊な状況が発生してるんじゃないかと踏んでるのだけど。」


「……そう察してもらえると我々としても助かるな。」


「最近来た時のこと、ルドちゃんが嘘ついてるって思ってるんですか?」


リリスが珍しくグイグイと突っ込んでいる。


「ちゃん……とは。従者殿は随分あれと仲良いのだな。」


「リリィと申します。あれなんて呼ばないでください。」


もしかして、リリス怒ってる?

凄い攻めるじゃん……。


「やれやれ、リリィ殿はお怒りのご様子だな。」


「当たり前です。あんな小さな子を一人で放り出すなんて。鳥人族の方々にどんな事情があったっていうんですか。」


あ、こら。


「今のルドは既に大人だが……小さい頃をご存知なのか。」


「こっ、言葉のあやです!」


うっかりムカムカ淫魔め。

またボロ出しそうになってるぞ。


「ま、私としても話を聞きたいところね。」


「その前に一つ確認させていただきたい。……ルドは、『星流軸(せいりゅうじく)』の変化について話したか?」


「ええ。実際どうなの?あなた達にも感じられているの?」


「……否だ。」


やっぱりなのか。


「だが我々も手をこまねいていたわけではない。こちらでも独自に調べてはみた、過去にもそういった軸の乱れを感じ取った者がいたのは事実だ。」


「じゃあなんで!」

「リリィ。落ち着きなさい。」


「セレナッ……様!」


リリスを諌める私を非難するかのような視線で、彼女が突き返してくる。


「物事には理由があるの、その理由を知った時点で初めて双方の関係において是非を下し、必要であれば怒りなさい。私たちはまだルドの話しか聞けてないわ。クロイヌ側の事情も聞いた上で判断しましょう。」


「ぐっ……ぅ!」


ぐうの音も出まい。


リリスが優しさから憤るのは理解する。でもそれだけではダメだ。優しさだけでルドに寄り添ったら、それは依怙贔屓(えこひいき)になってしまう。


「聖女は冷静だな。こちらとしては助かるが。」


「冷徹と言ってくれても良いわ。そのかわり、私は私の価値観に基づき貴方の話を判断し私の範疇において行動を起こすわ。その結果あなた達が不利益を被ることにとっても知らない。」


「ふ。恐ろしいな。」


「で、『星流軸』についての見解は?」


「ルドに対し門前払いをしたのは事実だ。それはそれとして軸の変容については確認中であり、ここだけではなく各国の鳥人族を調べ回ってる。」


「貴方自身はどうなの?『風のナガレ』として感じ取る部分は?」


「……ないとは言えん。風の流れは大きく雄大だ。その流れに嫌な物が混ざることを時折感じる。しかしそれが濃くなったり頻繁に起きたりはしていない。

だが儂も軸の変化についてはさっぱりだ。我々『ナガレ』は己の属性において比類なき柔軟性と精度を発揮するが……いうなれば『()()()()()』など聞いたこともない。もしくはそれを感じ取るものがそうだという話かもしれんが、明確な判断は下せん。」


「なるほど。なぜルドを門前払いに?」


「……それだがな。言えんのだ。」


「……なぜ?」


「語ることを許されていない。」


「誰に。」


「ヴァルにだ。」


「母親の言うことを真に受けて、その子を一族から排斥したというの?」


「その通りだな。」


「それに足る理由があると、判断を下したということね。でもその中身は語れない。そういう意味になると思うのだけど、良かったかしら?」


「事実だ。是非もない。」


「そうなると、手詰まりではあるわね。ヴァルは我々にそれを語ることを拒否し、その事情を知りそうなものまでが語ることを拒んだ。……なにか私たちにヒントやアドバイスはないかしら?」


私の違和感は拭えてない。

絶対にこの一見に何かがあるはずだからだ。

それを知りたい。


「なぜ、セレナ様はそんなにもルドちゃんへの辛辣な対応に疑問を覚えるのですか?」


「違和感と矛盾があるからよ。」


「矛盾?」


「それは儂も聞きたいな。聖女は何を識り、何を思ったのだ。」


クロイヌとリリスの視線が私に集中する。

書記板を凝視して会談を記録していたイスタも手を止めて私を見るし、周りに控えている従者たちも、顔こそ向けないものの視線は私に集まっている。


「はぁ……私の考えを言語化してあなた達が共感を得るかは知らないけども。聞きたいというのであれば話してあげる。」


「知りたいです。」

「是非頼む。」


前のめりになるリリスとゆったり寛いでいた姿勢を正して真剣な顔になるクロイヌ。


「そうね。先ずは前提について。『本当にヴァルがルドを一族の恥とみなし追放するほどに彼女を嫌悪しているのか?』ね。


彼女はルドが1才になる前に初めての狩りの結果を聞いて、彼女に辛く当たり、その結果として彼女は家を飛び出してしまった。



彼女がトレードウィンドからそう離れていない木の洞を寝床にしたことをヴァルは確認しているわ。ルドはそれが誰だったか覚えてないみたいだけど。


その後、彼女は生きる活力を得て『風読(かざよ)み』となるわ。誰かが彼女に自分の言葉を『風の便り』として持たせ、あの灯台守のスレイへと届けさせた。

彼女はスレイを師としてさらに生きる手段を学んだわ。あとは生と死、別れと自立もね。スレイは母の愛は教えられないけども、人生の師として立派に彼女を育て上げて、そして死んだのよ。


そんな稀有な出会いを望んだ者がいるわ。


その誰かが疑問だったのだけど、彼の墓石の周りにあった花がヴァルの家にあるプランターにあったことで理解したわ。


スレイと縁深(えんふか)き存在、それがヴァルよ。


根拠は『墓の周りに残っている(つたな)い木のマナの残滓』。ハマヒルガオがここまで厳しい環境であそこまで咲き誇っているのは不自然よ。

誰かが木のマナで花に活力を与え続けなきゃならない、それがヴァル。彼女の体からは土の香りがしてたわ。もちろんプランターで花を育てていれば多少なりとも土の香りがつくけど、その土の香りはそもそも()()()()()()()()()()なのよ。つまり、スレイの墓を掘ったのも彼女。



その土と花の世話、不慣れな木のマナの行使、彼女が真っ昼間から来客に気づかないほど寝入っていたのは……日々、墓と花の世話でマナが枯渇することによって慢性的な倦怠感(けんたいかん)(さいな)まれているのね。


そんな体でも彼女は娘の部屋を綺麗に保ち、思い出の品を大事に管理している。生まれたばかりの頃の物から、家を出る直前の頃までの全てをね。


これは根拠のない想像だけども、ヴァルも昔は狩りが下手だったのかもね。それを上手に教えてくれた師がいたんじゃないかしら。ヴァルの家に、ほんの僅かにだけども、別の鳥人族の香りがしたわ。古すぎたし嗅いだ事のない香りだったけど、よく似た香りをあの灯台の下の小屋で感じたわ。


結果、彼女は人生を生きる手段を学び、生と死を受け入れたわ。


彼女は……ヴァルは娘であるルドの事をずっと心配し続けている。

家を出た日の夜も、彼女が生きる術を自ら得て生きる活力を獲得したのを見ていたのよずっと、空から。


地を這う虫と草を食み、魚を獲るのに必死な彼女に空を見る余裕なんてないだろうしね。


そして『風読み』として彼女を遣わし頼れる師との出会いを望み、今際の際まで娘を師事してくれたかつての師に敬意を払い、娘を師の墓と共に見守る日々。


そんな母親が娘を愛してないわけがない。」


ここまで話して、私は「どうかしら?」という意味を込めてクロイヌを見つめる。


隣でリリスが驚きに目を見開いて、目からポロポロと涙を零している。


「そして、こんなにも深い愛を持ちながら、必死に彼女を拒み続けるのがヴァルの矛盾。」


クロイヌは嬉しそうな笑顔で深く頷く。


「素晴らしい。では違和感とは如何なるものだ?」


既に涙でぐしゃぐしゃのリリスとは対象的に、眉一つ動かさず真剣な顔で聞き続けていたクロイヌが次の要素を問いかける。


「私が認識している『風読み』という存在について、知識と事象の整合性が取れてないわ。


猫人族のシャルたちからは『各獣人族の立場のある者が利用する種族間の長距離情報網としての稀有な使用』『戦闘を苦手とする氏族が担うことが多い』『作法があり、便りの対価を求める風習がある』。ルドからは『対価として高い物を望んではならない』『それに関わる者にとって大確変となる事象を皆に知らせる栄誉、告げ役』その程度よ。



違和感を逆手に考えるに――


『風読み』による『風の便り』とはもっと柔軟に利用されている情報伝達手段ね。それこそ一般人が古い知人に送る程度の便りもできるんじゃないかしら。


そして、実は『風読み』になるには条件などないし、なんだったら運び手を指定できるのでは?

ただし、それを風の精霊が受けるかどうかは別問題。


精霊が内容を良しとして、それを相応しい『風読み』に託す。

もしくは精霊自身が適切な『風読み』となるものを選定する。

そんな感じじゃないかしらね。


便りの対価を求める報酬については高い物を望んではならないじゃなくて、届け人が払える物で生活に支障が無いもの。そんなところかしら?


『告げ役』の取り扱いに対する違和感については……ちょっと私でも答えを出しかねているわ。こんなところね。」


話し終えた私は伸ばしていた背筋を楽にして、一息つく。

少し前に持ってきてくれていた飲み物を手に取り、喉を潤した。


何やら色々な種類の果汁飲料(トロピカルドリンク)だ。

凄い味わい。


「見事。誠に見事だ。獣人族でもなく、『風の民』ですらない人族に、これほどの立場を超えた理解を示すものが現れるとは、誠に慈しみ深き公平なる視点を持つものだ。汝の立場に恥じぬ、真なる聖女セレナ・ルミナリス。」


あぐらをかいて肩肘を突きながら真剣に話を聞いていたクロイヌも背筋を伸ばし、拍手をしながら感服の表情にて私を褒めちぎる。


イスタと周りの従者たちも拍手をしている。



「だが……。」

クロイヌが呟く。


彼は手を掲げ、拍手を制する。


「だが、それでも。我々が母親の胸中と思いの真実を語ることは許されぬのだ。どうか解ってくれぬだろうか。」


重苦しい口調と困った顔で彼はそう言うと、あぐらの姿勢のまま深々と頭を下げた。


周りの者も同様に、静かに頭を下げた。



……そんなこったろうと思ったわ。


私は深く長いため息をつき、静かに吸い込む。そして息を整える。




もはやこれ以上の思考材料は得られないだろう。

あとは記憶を掘り起こし、可能性を模索するのみだ。



私は理力によって思考を強化する。


相手が答えられないなら私が答えを出さなきゃ。



じゃなきゃ、隣で絶望して泣いている相棒が可哀想だ。



脳をフル稼働し記憶を呼び起こす。




さあ、再構築しよう。

なぜこうなったのか。




なぜ、『こうならなければならなかった』のか。


広い部屋にふかふかの絨毯、山盛りのクッション

そこにだらりと腰掛けて、喰ったり呑んだり駄弁団らんだりらん


あこがれるねん

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