第三十八幕 「天狗」
空流る風
水波たて 木靡き 炎揺らぎ 土削る
これすなわち
力を廻す流れなり
「我は天駆け回る狗鷲」
重苦しい空気を振り切りたくて早足どころか、小走りで駆け抜ける。リリスが一生懸命後ろをついてきてるのをちょっとだけ申し訳なく思う。
だけど歩調は弱めずに廊下を抜け階段を駆け下りる、相変わらず埃っぽいままの順路をさっきとは逆にずんずんと進み続けた。
予想していなかったわけじゃないけど、想定していたのより彼女の反応は頑ななものだった。そして、ハッキリとしたことは語らなかった。
でも色々と理解してはいるつもりだ。
だから、私の胸中を渦巻くのは怒りではなく悲しみだろう。
ただただやるせなかった。
『せ、セレナ。ちょっと早い!待って!!』
階段を降り切った私に、二階の踊り場からリリスの思念会話が届く。
『あ、ごめん。』
別に我を失ってたわけじゃないので素直に立ち止まって彼女を待つ。
『お話聞けなくて腹に据えかねる気持ちはわかるけど、おいていかないでください!』
『ごめんってば。別に怒ってるわけじゃないのよ。単純に早くここから出たくって。』
『もー……凄い速さで階段降りるんだもん。』
『コツは最小の動きで止まらずに転がり落ちるように。』
『……何のアドバイスですかソレ。でも、本当に怒っているわけじゃないんですね。』
追い付いた私の肩に手を置きながら、すんすんと鼻を鳴らすリリス。
感情の香りを嗅いで確かめているのだろう。
取り繕う必要がなくて便利だ。
『ま、いろいろと思う所はあるけども。ヴァルの反応は予想の範疇ではあるわ。そりゃちゃんと話が聞ければ嬉しかったけどね。』
『……私はちょっとわからなかったので、後でゆっくり教えて欲しいです。』
『ん。りょーかい。とりあえず今は早くここを離れたいわね。』
『普通に歩きましょうよぉ。』
『はいはい。』
まぁ、そういうわけにもいかんのだけどね。
私は強化知覚と魔力感知によって状況を確認しながら再び歩き出す。
……30人はいるだろうか。
『ルコが窓口で待ってるから、ちゃんと取り繕うの忘れずにね。』
『あ、そうだった。台帳記入して帰らなきゃですね。』
『外に出ても狼狽えないでね。』
『ん? はい、分かりました……?』
窓口まで来たところで、受付の外で我々を待つルコと目が合う。
「……お話はできましたか?」
心配そうな顔のルコが、再び言いづらそうにたずねてきた。
「ええ、存分に。」
「そ、そうなんですか?」
指環のせいで外からの観察はろくにできてないだろうからね。
監視役は見当違いの情報を伝えているだろう。
驚いた顔になる彼女をしり目に私はカウンターに目をやる。
「台帳は見つからなかったのですか?」
埃っぽいまま何も乗っていない窓口前を見て色々と察する。
「はい……どの棚にも全然なくって。今回は記入して頂かなくて結構ですぅ。」
げんなりした様子でそう答える彼女をよく見ると、ちょっとさっきより埃っぽい感じがする。散々探したのに見つからなくて気が滅入ってるようだ。
「そうですか……承知いたしました。」
次回はいつになるか知らんがなー。
そんなことを考えていたら。
「その代わりと言ってはなんですが……この後少々お時間よろしいですか?お二人にお会いしたいという方がお越しになられておりまして。」
相変わらず遠慮がちに彼女が続けた。
「ええ。構いません。どちらへ向かえば?」
お越しになられて、ねぇ。
30人も連れて?
「扉の外でお待ちになっております。」
「承知いたしました。では。」
私が歩き出すとルコが先行して扉を開いてくれた。
埃っぽくて薄暗い玄関から外へ出ると、真上から日差しが降り注ぐ。
時刻は昼を過ぎたところのようだ。
視線を目の前に戻し、そのまま歩き出す。
眼前にはずらりと並ぶ鳥人族たち。
宿舎から正門へ向かう石畳の左右に10名ずつ。
どれも『ハクトウ』の氏族であろう偉丈夫たちがずらりと並ぶ。
全員が筋骨隆々の身体に防具を纏い、長槍をまっすぐ立てて携えている。
視線は虚空を見つめるも、意識はこちらを捉えて離さない。
その先には綺麗な横隊を形成し、不動の直立にて行く手をふさぐ6名。
やはり同様の装具を身に着けて、まっすぐこちらに視線を突き刺してくる。
背中の翼をやや広げて荒ぶる鷹の構えって感じだ。
いや、鷲か。
左右の20名よりも強そう。
しらんけど。
というか、リリスが出口で固まって付いてこない。
「リーサ。行きますよ。」
「え? あっ、はい!」
私に声をかけられて我に返り、慌てて駆けだす従者。
色々とだいなしだ。
しかし、ものの見事に狼狽えてるなぁ……。
まあこれだけの歓待を受ければ無理もないけどさ。
やや怯えがちに私に身を寄せつつ付いてくるリリス。
そんな彼女に気を配りつつ、左右と正面に立ち並ぶ戦士たちを気にする事もなく、ずんずんと進み続け横隊に接近する。
すると目の前にあった横隊の壁を形成していた6名が翼を畳み左右に開き道を空けた。
その先には更に強そうな『ハクトウ』の戦士たちが3名。
女性もいる。
「お、ようやく来たな。」
「おれら、そんなに、まってない。」
「ちょーどぴったしよ。クロイヌ様も。」
「初めまして。『ハクトウ』の戦士たち。我々に何か御用でしたか?」
明らかに他の戦士と異なる雰囲気を纏う3名に声をかける。
「あ、用があるのは俺らじゃねぇんだ。」
「ひきとめを、めいじれた。」
「『命じられた』ね。すぐいらっしゃるから、ちょーっと待ってね。」
かわるがわるに喋る彼らを無視して上空を向く。
「ん?こいつ、クロイヌに気付いてる。」
「すごい、すどるい。」
「『鋭い』よ。この子も只者じゃないもの。様を付けなさい、ハゲ。」
よくしゃべる連中だ。
エリシア語が下手なのが一人居るけど。
あと実際の所ハゲは居ない。
どちらも白くて綺麗な髪だ。
ハゲと呼ばれた男はツンツンと上を向いた短髪。
女性はまっすぐできれいに切りそろえられたショートヘア。
エリシア語が下手な男はもっさもさの長髪。
そんな連中の気ままなやり取りを視界の端に捉えつつ、はるか上空に目を凝らす。
直上より急速接近する黒点。
漆黒の翼をピタリと畳んで、風の影響を最小限にしつつ、風のマナを行使して自由落下ではなく加速落下している。
目算で300m毎秒、遷音速。
直下への急降下にて一切減速もせず、余裕の表情だ。
ていうか私と目が合う。
驚いた顔のあと、すぐさまニヤリと嗤う。
そのまま彼はまっすぐ私たちに向かって加速し続けた。
「えっ、あの。ちょ!?」
私よりだいぶ遅れて直上で起きている異変に気づいたリリスが本格的に狼狽え始めた。みるみる内に接近し、通常の肉眼でも確認できる程度には見えてくる。
「あの?せれっ、セーヤ様!?」
一瞬ボロ出しかけながら何とか取り繕うリリスだが、完全に腰が引けている。
そりゃそうだ。
あれが空からあの速度で我々に衝突したら間違いなく大惨事だ。
だが私は上を向いて、彼の接近を待ち構える。
微動だにせず、じっと見つめたまま。
向こうも構わず加速し続けたままで私に向かって落ちてくる。
酷くごきげんな笑顔で表情を歪ませたまま。
衝突まで残り1秒……
0.5秒
0.1秒
0.05秒
0.01秒
0.005秒。
「ひぃ!」
衝突の直前、リリスが悲鳴を上げながら尻もちをつく。
だが相手が落下し続け地面へと墜落することは無かった。
直上よりやや前方1~2m程離れた場所、私の目線の高さ位で対象は音もなく止まったのだ。
ふわりと翼を広げたかと思うと慣性も重力も無視して、無音で300m毎秒から速度0へと急減速停止する。
とんでもないスピードで私の眼の前へと降り立ち、その直前まで音速を越えようかという勢いで加速していたというのに。なんの衝撃もなく、纏った風が辺りを薙ぎ払うこともなく、そよ風の一つも感じない。
完全に制御された風と風圧、運動エネルギーや位置エネルギーすら、全て制御したのだ。
「ストッ」と軽快な着地音だけを響かせて、眼の前に大きな鳥人族が降り立った。
「すまんな。待たせたか。」
全身を覆う羽毛は艷やかな黒い羽毛、所々が白い線形の美しい模様を作っている。翼は大きくガッシリとした力強ささえ感じる。
頭髪も黒髪を後ろに流し雑に縛ってある、羽毛同様に白いメッシュが入っている。
肌は健康的な褐色。ガッシリとした体格。
キリリとした眼差しに赤い瞳。面長で背の高い美男子。
見た目は若そうに見えるが、四肢を覆う鱗は年嵩を思わせる古い傷や無骨さを備えていたし、羽毛の生えていないところの褐色肌には昔の疵痕であろう大小さまざまな治療痕が見て取れる。
「いいや。ほんの1~2分だ、クロイヌ。」
「クロイヌさま、早かった。」
「白峰山脈の警邏、お疲れ様でした。」
上役っぽい3人が直立の後に左手を添えた礼をしつつ
口々に彼に語りかける。
気がつけば左右の20名も横隊の6名も傅いて平服の意を示していた。
「うむ。貴殿も待たせたな。」
そう言いながら彼は赤い瞳で私を捉える。
好奇心に満ちた興味深そうな表情。
「あの急降下に些かも引かんとは、外見に似合わぬ胆力よ。」
「最近似たようなのを拝見いたしましたので。」
感想を述べる彼に淡白な反応で返す。
「ほぉ?それは興味深いな。」
顔が一瞬驚愕に染まり、すぐに嬉しそうな笑顔になる。
「しかしだな、貴殿。なぜ姿を偽っている、風の流れが狂っているぞ。」
面白おかしそうに偽装エルフ状態の私を上から下まで睨めつける。
……即時に看破されたか。
ならば嘘をつく意味もないね。
「立場上、おいそれと姿を晒すと面倒事に巻き込まれやすい物でして。」
「そうかお前はそんな立場だったな。2年前、ここに来た時に見た時も驚いたが……先日街に入った時に人族がたったの2年でこうも成長するものなのかと驚いたのだ。近くで是非とも見させて頂きたかったのだがな。」
……魔王討伐隊として魔導飛空艇発着場に居たときのことだろうか。
というか、トレードウィンドに入ってからずっと見られていたってこと?
つまり、ずっと監視を受けてたのか。
『深き影たち』よりよっぽど困る。気配など一切気取れていない。
「ずっと空から見ていらしたのですか?」
「然り。暇があれば自ら、儂が用事の時は部下に上空からの監視を命じてある。」
したり顔でそんなことを彼は曰う。
「……まぁ良いでしょう。ところで、貴方様は私をご存知のようですが。私は未だ貴方のお名前すら把握できておりませんので、自己紹介などいかがでしょう?」
名乗れや。
と、有り体に苦言を呈してみる。
すると彼はキョトンとした顔をして見せる。
「……貴殿はアーシオンの長姉と一緒にいたではないか、儂のことはきいておらなんだか。」
「そのアーシオン様がどなたなのか、私には判りませんので。」
「はっ。あやつめ自分語りは相変わらず嫌いか。」
「名乗ってはいただけませんので?」
「その仮面をまず脱げ。姿もだ。双方の礼儀においてまずそこからであろう?」
む。
言われてしまった。
たしかにソレは御尤もだわ。
「……そうね。ちょっと色々と思うところがあったから。こっちも警戒していたのよ。」
私は聖女の仮面を脱ぎ去り、同時に偽装エルフの姿を解くように指環に念じた。風に吹かれ散ってゆく靄のように、私のエルフとしての外観が音もなく拭き消える。
周りが少々どよめく。
暴力的な長身を緑の衣装で包んだ金髪のエルフの姿が、一瞬でいつものちんまい残念ボディへと変貌を遂げる。
ちなみに旅装のままだ。
「ふむ、見事な偽装だ。だが聖女よ、一つ警告だ。その偽装は元の体との差を付け過ぎぬ事だ。さっきも言ったが、体に纏わりつく風の流れが不自然に変容している。儂を含む『ナガレ』には通じぬぞ。」
なるほど?
そういう理屈ね。
「そういうことなのね。じゃあ貴方が『風のナガレ』ね?『蒼天の覇者』の氏族長にして、鳥人族の頂点。確か……『天狗のクロイヌ』だったかしら?」
「何だ知ってるではないか。聖女セレナ・ルミナリス。」
「『ナガレ』として存在は聞いてはいたけど。外見は知らないわ。そして、アーシオンとはティガの事ね?」
「そうだ。『王虎』の氏族であり『土のナガレ』の末裔。アーシオン家の長姉。ティガ・アーシオン。『高貴なる白』や『灰の一族』に付いて旅している事は他の『ナガレ』達に知らされている。」
「そこら辺の獣人族情報網や『ナガレ』の事情はどうでもいいわ。」
「つれないな。貴殿のお陰であの娘は盲が啓かれたのであろう?」
そう言ってクロイヌは灯台の方に目を向ける。
「私のせいかどうかは知らないけども、あの子もそんなことを言っていたわ。」
彼ら鳥人族は目が良い。猛禽類であるイヌワシの因子を持つ『蒼天の覇者』であれば、ここから灯台の景色を眺めるなどさしたる苦でもあるまい。
「本来であれば儂らは半生を賭けて『ナガレ』として開眼する。だがあの娘が天才的な資質の持ち主であったことを考慮しても、既に開眼へと至るのは実に想定外だ。貴殿、あやつに何をした。」
「別に隠すほどのことでもないから教えるけども……その前に私の疑問に答えてくれないかしら?」
私はため息をつきつつ宿舎の4階に視線を送る。
「ふむ。ヴァルとルドの事か……良かろう!元はそれが主題だ。貴殿に話しておきたいこともある。従者殿と一緒に付いてくると良い。」
そう言うとクロイヌは振り返りつつ空へと飛び立つ。
「先に邸宅にて支度して待つ。ガスト、イスタ、トーム。客人を案内せよ。」
「ん、あいよお。」
「承知いたしました。」
「うい。」
「では、後ほどな。」
そう言い残して彼は飛び立ってしまった。
「疾風の如し、ね。」
「まぁ、クロイヌは気が早いな。」
「いつも、いそいるどる。」
「『急いでる』ね。セレナ様、我が鳥人族の長が住まう邸宅まで、我々がご案内いたします。私が先導するので後ろを付いてきてください。」
「ありがとう。お願いするわ……えーと。」
「イスタと申します。」
「あ、俺はガストだ。」
「なまえ、トーム。」
「よろしくね。こっちのはリリィよ。」
そう言って振り返りながら地面を見つめる。
二重偽装は外さず魔族であることはしっかりと伏せる。
「そういうことだから、立てるかしら?」
クロイヌの直下墜落に恐怖して腰が抜けてしまったのか、地べたに尻もちを付きエルフ姿のままでリリスがぼーっとしている。
「リリィ?大丈夫?」
手を差し伸ばしてもう一度声をかける。
「あ、はい……だい、じょうぶです。」
「さ、偽装はもう意味ないわ。リリィに戻っていいわよ。そして話を聞きに行きましょ。」
「は、はい……セレナ様。」
彼女はそう言うと偽装エルフの姿を解き、いつものアッシュグレーの長髪と褐色の肌にもどったのだった。
さて。
どんなお話が聞けるかな?
ナガレは頑張って全員個別シーン造りたいんだけどね
多分無理ぃ
最後にな、最後




