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救済の聖女のやり残し ~闇と光の調和~  作者: 物書 鶚
第二章 第二部 目指すべきところ
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第三十七幕 「イグ・ヴァル」

夢を見る。

あの子と日々を過ごす夢。

叶うことのない夢。

遠い未来に描く夢。


「この夢は、私だけのもの。」


不意の状況に彼女が騒ぎ出すかもしれないと構えていたが杞憂だった。


意外にも、鳥人族の氏族、『ハクトウ』のイグ・ヴァルは椅子から立ち上がり辺りを不安そうに見回しているに留まっていた。


自分が寝ている間に不自然なマナの干渉を気取(けど)ればだれでも何事かと思う。

魔力崩壊時に発生する音も甲高く大きい、割りと耳障りなものだし。


それにしては彼女は冷静だった。



「……誰ですか!」

凛とした響きのある声。


彼女は無人の室内に対し、不安を打ち払うかのように声をかける。

だが当然ながら、彼女には誰も見えないし誰からも返事はない。


誰何の後、彼女は無駄なく最低限の動きと視線だけで室内を見回し、その後も不用意に動いたりなどしなかった。


さすが戦士階級だ。

一児の母といえど、そこら辺は一切の油断などしないのだろう。



とはいえ、このままでは事が進展しない。

諦めて姿を見せるしかあるまい。


『リリス、私が先に姿を現すから。貴女は彼女を驚かせないように彼女の死角で姿を現してくれる?一応まだエルフ状態でね。』


『はい、わかりました。』


リリスの返答を聞いてすぐ、私は風のマナを行使して室内に静かに風を吹かせた。


部屋を区切る壁の開口部にあった仕切り布がふわりと揺れて、まるで人が出ていったかのようにはためく。ヴァルは視界内に不自然に動くものが見え、一瞬だけ彼女の意識がそちらへと向く。


その一瞬の間隙を縫い、私は『対の指環』の「装着者隠匿機能」のみを切るように念じる。エルフへの偽装と、周辺からの隠匿結界はそのままだ。


「申し訳ありません。」


姿を現した後、一言だけ声をかける。


彼女は私の声にすぐさま反応し、振り返りつつ腰を落として構えた。即応の臨戦態勢だ。


やっぱり獣人族の身体能力は凄いな。


「エルフ族……の方ですか?」


やや険しい表情と、徒手空拳で対峙する覚悟を見せるヴァル。

魔術の行使こそしてないものの、彼女は全身に風のマナをたぎらせて私を警戒する。


「はい。玄関でお声掛けしましたが返事がなかったもので……鍵もないようですし開いておりましたし、勝手にお邪魔いたしました。」


いけしゃあしゃあと事実を述べる。


「……私になにかしましたか?」


「それについては謝罪を、秋風に体を晒しながら寝入っていらしたので、断熱障壁で包んで差し上げようかと、従者に頼みました。」


「従者……、そう言えば貴女、連れは?」


二人組で旅をするエルフが一人でここにいることに違和感を覚えたのだろう。ヴァルは私を見つめたまま問いかけてくる。


「私です。久々の術式に下手を打ちまして、術式崩壊など幼少の頃に失敗して以来です。大変の見苦しい様を、お詫び申し上げます。」


絶妙なタイミングで、彼女の背後にて姿を現したリリスが応える。


ヴァルはその声に反応こそすれど、視線を動かすのみで不用意に振り返ったりなどしない、目の前の私を脅威優先度が高いとして警戒し続ける。


それにしてもリリスも嘘が上手だ。


エルフらしく慇懃無礼(いんぎんぶれい)な態度を貫きつつ、不自然ではない程度に本当をウソを織り交ぜ、状況をでっち上げる。

リリスも私の話にあわせて柔軟なアドリブをキメてくれる。


さすがリリス。凄いぞ。


「そう……『森の民』が術式をしくじることなんてもあるのね。それと『風の民』である我々に風の冷たさなど苦でもありません。今後は無意味なことをされないほうが良いかと。」


「そのようですね。……リーサ、こちらへ。」


私は彼女の背後にいるリリスを自分の傍へと呼び寄せる。


「……なぜ姿を消して私に接近したのですか。」


「不用心にも扉の施錠もせずにあけ放たれた玄関口。お声掛けしようにも反応はなし。されど奥に人の気配はありましたので、良くないことが起きてるのではないのかと少々警戒しておりました。」


「見てみればご婦人が何もかけずに寝ていらしてるだけ。そこで思わず……といった具合です。いらぬ世話のようでした、浅慮をお詫びいたします。」


我ながらするすると上手な嘘が飛び出すものだが、それに話を合わせて整合性を固めてくれるリリスもなかなかだ。

身分を偽りながら様々な場面を乗り切った場数でいえば私よりも上だろう。


お互い仮面をかぶるのが上手。


とはいえ……


「……それで何用でございますか。」


未だ警戒を解かず。

まぁ当然だろう。



「色々と疑いが晴れぬのも致し方なし。まずは自己紹介をさせてください。私は趣味で文化調査の旅をしている者です。セーヤ・リャールスと申します。」


「セーヤ様に仕えております、従者のリーサ・ストリャーラです。」


「……私のことはご存じなのでしょう?門番が通し、受付で誰ぞが対応したのであれば。」


「もちろんでございます、イグ・ヴァル様。しかしながら、存じ上げているのはお名前だけでして。色々と話を聞きたくて尋ねさせていただきました。」


「……話とは?」


「先日、セーヤ様とノースウィンドの森で散策をしていたところ。珍しい出会いを果たしました。狩りが少々不得手な鳥人族の方をみかけまして。その方と交流する機会があり、色々と珍しいお話が聞けたもので。」


ヴァルの心臓が大きく跳ねる音が聞こえた。

だが彼女は冷静であろうとしている。


「鳥人族の戦士階級『ハクトウ』の氏族が狩りもままならないのは実に珍奇な風景でして。やはり、思わずといった具合にリーサにお手をお貸しするように命じましたの。」


「そこから数日ご一緒に過ごしまして。複雑な生い立ちであることを聞きました。血族の繋がりを重んじる鳥人族の方々にしては、少々度の過ぎる突き放し、さも深刻な事情がおありなのでは。と、セーヤ様が興味を示されまして。」


「不躾であると重々承知ながら、何かお話が聞ければ。そう思いまして、こちらを訪ねさせていただきました。若き『風読み』、『ハクトウ』の氏族、イグ・ルドのお母様。イグ・ヴァル様。」


彼女の警戒を解くと同時に、彼女の心を揺さぶる。


私とリリスはかわるがわるに言葉を紡ぎ、この奇妙な状況に正当な理由があるものだと信じさせ、話を聞きだそうと画策する。


「……エルフ族が他の種族に興味を示すなど、それも珍しい話ですね。」


少し言いよどみながら、彼女が絞り出すように言葉を(つむ)ぐ。


「同族からも良く言われますわ。私は変わり者だと。でも、どこにでもそういった変人はいらっしゃるでしょう? 別に仲違いを取りもつだとか、諭しに来たとか、そういうつもりは毛頭ございません。何か珍しい話が聞ければ、本当にそれだけでございます。」


「セーヤ様はそういった逸話の蒐集が趣味でして。駄目もとで聞いて回るのを苦ともせぬ趣味人の類なわけです。」


ほんと話合わせるのうまいなー、リリスは。



「それに何の意味が?」


震える声で疑問を口にする。



「意味など求めておりません。知りたいだけでございます。」


「知って貴女は……いったい何を得るので?」


何かを迷っているのであろう弱々しい声。



「はて。何かを得ることもあるでしょうし、何も得ぬまま終わることもございましょう。それが己にとって益となるか徒労に終わるかなど考えたこともございません。自己満足とも思ってませんし。

ご不快であれば無理にとは言いませんが……それですと、私の中には『無下に我が子を捨てた、軽薄な母の物語』だけが残ってしまいます。


それはあまりにも一方的で無責任なことではございませんか?


何かを知ろうとするとき、重要なのはその出来事の意味を知ることだと考えております。それは当事者が複数名いる時、それぞれが持つ意味を知らなければ成り立ちません。」


「……。」


彼女は相変わらず警戒を解かない。

だが彼女の心音と呼吸が迷いと葛藤をまざまざと語っている。



だがその理由はわからない。

それこそが知りたい。


もう一押し。



「彼女は実に健気に生きておられます。絶望することもなく、強く逞しく、孤独に耐えながら己の生と向き合ってらっしゃる。


それが私にはとても眩しく映りました。


彼女は本来得るべき愛を得られず、我侭をいうことも叶わず、導かれるべき人生の師をも選べなかった。


……いえ。

そんな彼女にも、愛と死を教えた方がいらっしゃいましたね。


ここからも良く見える、あの灯台の小さな小屋に住んでいた。

老いた鳥人族の灯台守、スレイ様と仰る方が。」


再び彼女の心臓が大きな音をたてた。

目には隠そうともしない動揺と情が灯っている。



「あの小さな墓石の周りには、厳しい海風にも耐えながら小さな花を咲かせている植物がありましたね。

……ちょうど、そこのバルコニーにあるプランターに生えているのと同じ。ハマヒルガオの花が。」


私はそう言いながら先ほど灯台を眺めた時に気付いた()()()()()()に視線を向けた。


私の言葉につられるかのように、彼女は揺れる瞳を小さな花に向けた。


控えめで地味なプランターには、あの名も刻まれていない小さな墓石の周りに生えていたのと全く一緒のハマヒルガオが、海風に吹かれてゆらゆらと揺れている。



「色々と考えてはみたのです。誰があの健気な少女に『風の便り』を持たせたのか。なぜ、彼女に持たせたのか。なぜ、あの老いた『岸壁の狩人』に、その人は便りを届けたのか。」


私は次々と疑問を口にする。

幾つかの答えを想像することはできているが、それぞれが致命的な矛盾を抱えている。


どう考えても繋がっているのに、どうしても一つの事象がその繋がりを断ち切ってしまう。


「はたして便りの主が托したかったのは……何なのか。」


私はハマヒルガオから視線を外し、再び彼女に目を向けた。


じっと揺れる花を見つめたまま動こうとしない彼女は、すでに構えは崩れ去り、緊張と警戒を解いてしまっている。


ただ茫然と虚空を見つめ、窓の方から視線を離せずにいるようだ。


彼女が見ているのはきっとプランターの花ではなく、その先にある灯台と小さな小屋、そして名もない墓。その周りにある花たち。



彼女はじっと遠くを見つめたままで何も言わず、動かない。




もう言ってしまおう。


そんな彼女を見ていて、そう思った。


「……貴女がなぜ隠しているのかが解らないのです。なぜ愛する我が子に自分の愛を隠し続けているのかが。どうしても繋がらないのです。」


だから言ってしまった。



その言葉を聞いた瞬間。

彼女の顔が憤怒に染まる。



「私はあの子を愛してなどいない!!」


風を切り裂くような叫びが室内に響きわたる。



「あの子は戦う力を持たず、命を奪う覚悟すらない!我々戦士の一族においてそれは無価値の証明だ!そんなものに愛などくれてやる必要はない!!」


彼女は激昂し目を見開いて、敵意を隠さずに私を睨みつける。


「あれが勝手に怯え、勝手に堕落し、勝手に離れた!だから私もあれから手を引いた!それだけだ!」


「でも彼女は自身の力で再び立ち上がりました。狩りの腕も少しづつでも磨かれているようで、小動物くらいは狩れるようになったそうですよ。」


感情をむき出しにする彼女に対し、私は努めて冷淡に語る。


「それが何だというのだ!我々はその程度のことは生まれて最初の歳には皆やってのける!6年もたってなお、その体たらくの者に戦士の価値などない!あれは戦士として生きる才を持たぬ者だ!だから我々とは暮らさせない!誰もそれを望んだりなどしない!!」


何かを振りほどこうと頭を振りながら、声を荒げて彼女は叫び続ける。


「それが我々の選択だ!貴様らなどに何を言われようと何も変わらない!」


そう吐き出したあと。


彼女は息を吸うのを忘れていたかのように、悲痛な喘ぎを洩らす。

溢れる感情を歯を食いしばって留め、必死に息を吸おうとしている。



そして。


「もう……何も変えられない……!」


絞り出すようにつぶやいた。



その後、彼女は眉間に深い皺を刻み、歪んだ眉と潤んだ瞳のまま歯を食いしばり、何かを堪えるかのように上を向いて黙り込んでしまった。



「そうですか。」


私は感情を殺したまま淡白な反応を返す。


「ここから見える景色を知りました。ここに植えられた花を確かめました。この部屋を見ました。貴女の姿をみて、声を聞きました。 

……あの子が話してくれたことで私が考えたこと。それと、貴女が発した全てが……私に答えをもたらしてくれるでしょう。」


「……。」

何も返ってこない。



もう充分だ。



「他に私に話しておきたいことはありますか?」


一応、確認。


「失せなさい。」


微動だにせず、表情も変えずに。

彼女は一言、そう吐き捨てた。



「承知いたしました。色々とお話しいただいたこと、感謝いたします。」


私はそう言って深々と礼をすると。


「リーサ、行きましょう。」

そういって歩き出す。


「はい。」

リリスもまた、何かを必死に押し殺しながら小さく答えた後。私のすぐ後ろをついて歩く。



こちらを見ようともしない彼女の横を通り過ぎ、仕切り布を払いのけようと手を上げかけた時に、私は一言伝え忘れていたことを思い出す。


「そうでした。お伝えせねばならぬことが一つ。」


振り返らず、言葉だけを投げかける。


「ルド様は近々この地を離れます。彼女は飛び立つことを選ばれました。行先は私も存じ上げませんが……何か言伝でもあれば伺いますよ。」


私の言葉を聞いた瞬間。

背後の母親の肩が小さく揺れ、僅かに息を呑む音が聞こえた。



だが、それだけだった。



「承りました。」


これもまた答えなのだろう。


今度は立ち止まらずに、風に揺れる布を払いのけ足早にこの場を去る。



開いた玄関扉が見える頃、私を追い越すように冷たい海風が私の背中を通り抜けた。


先ほどよりずっと、酷く苦々しい潮の香りが私の中に沁みていく。




嘘つき。


おかんおっかないん


まだ真面目回は続きます

戦闘のないクライマックスみたいなもんです

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