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救済の聖女のやり残し ~闇と光の調和~  作者: 物書 鶚
第二章 第二部 目指すべきところ
212/222

第三十六幕 「偽りの関係」

秋の肌寒い風が羽根をすり抜ける

日課も無事に終わり一息つく

今日もあの灯台を見守りながらうとうとする


「これが今の私には精一杯できること。」


しーんと静まり返った室内。


物音や何かが動く気配は無い。玄関と居間らしき部屋を区切る門構えには扉はなく、やわらかな仕切り布が風にたなびいていた。

鳥人族の生活様式に対して知識はないけども、そんなに人族の建築様式と違ったりしているというわけでもなく、違和感のある構造はしていないようだ。


居間の隣には台所らしき調理場もあるし、別の方向にはベッドやクローゼットなどが備え付けられた寝室もある。だけど部屋と部屋を区切る扉がどこにも見当たらない。


壁は全て開口部となっていて全体的にやたらと開放的な住居の作り、そこらへんの違いが鳥人族の生活様式なのかもしれない。


でも風呂場はないみたい。

中流階級でも入浴用の施設は持たないのかも。


そんなことを考えながら私は奥へと進む。


気配の主の所までリリスを誘導しながら、音も姿もなく目的の場所へとちかづいていく。

玄関を抜け、居間を通り、アーチ状の開口部からちらりと見える寝室を尻目に別の部屋へとつながる別の開口部へと歩いていく。




中を覗き込んだ瞬間、私の足がピタリと止まる。


広々とした空間、優しい色合いの壁紙や調度品。全体的なインテリアはとても可愛らしい作りの部屋。

赤ちゃん用のベッドに幼い子向けのおもちゃ、小さい女の子が好みそうな小物や人形が棚やスツールに所狭しと並んでいる。


どれも綺麗に手入れがされていて、(ほこり)一つ無い清潔に保たれた部屋。


だというのに、使用された痕跡というか……生活感が一切ない。



強烈な違和感が満ちた部屋。



一瞬、頭が混乱して動きが止まってしまった。

だが視界の隅に移る目的の人物に気づいて、すぐさま正気を取り戻す。


窓のそばに置かれたロッキングチェア。

その椅子に腰掛けて、ゆったりと寝ている女性。


白い頭髪、濃いこげ茶色をベースに白いアクセントの入った羽。胸回りや腰回りにもモコモコとした羽毛飾りがあるが、ルドよりも女性らしい大人びた体つきが人目で女性だということを理解させてくれる。



顔もルドによく似た、美しい顔立ちと優しい雰囲気を纏っている。



というか、この人は風のマナを使って自身の周辺に何かを展開している。

多分一種の遮音結界。単純な風のマナの保護領域魔術だ。



どうりで私の声に気づかないわけだ。

そして接近した今も指環の隠匿機能で気づけていない。




私たちの存在を気取ることもなく安らかな寝息を立てながら、呼吸により胸部がゆっくりと上下するだけ。


彼女のすぐ側の大きな窓は完全に開け放たれ、秋の冷たい潮風が吹き込んでくる。それでも彼女は何を体に掛けるでもなく、すやすやと穏やかに寝ていた。


私は指環の隠匿機能を維持したまま、彼女と窓の間に移動すると外の景色を眺める。



比較的高い場所に建てられた建物の四階ということもあって、見晴らしの良い風景が窓から見えた。

バルコニーにはいろいろな種類の可愛らしい花がプランターに植えられている。


景色を右から左へと見回す。

北西の端に高台が見えた。


ああ、やっぱりだ。


ここからはあの灯台がよく見える。

あのみすぼらしい小屋も。

あの小さな墓石も。



とてもとてもよく見える。



……予想していたことの幾つかが具体性を帯びてきて、頭の中でぐるぐると複数の思考が巡る。

だけど、まだ答えは完成していない。


そのためのピースが足りない。


なぜこんなことを……

こんなにしてまで……

こんなになってしまうまで……


いや、まだだ。

答えを出すのはまだ早い。


最後のピースはきっと手に入る。


私には最高の相棒がいるんだもの。

だけど時間に余裕がない。



『リリス、添い寝なしで彼女の記憶を覗ける?』


『えっ。できますけども、良いんですか? ミアちゃんのときとか、事前にやるの渋ってたじゃないですか。』


『今は時間がないの。そんなに間を置かずに他の鳥人族の介入が予想されるわ。でも私は知っておきたいの。なぜルドに対して他の鳥人族達が態度を固くするのか。狩りが下手だということだけにしては異常なのよ、彼らの態度は。』


『それは確かに思いました。どうしてそこまでしなきゃならないんだろうって……ミアちゃんたちみたいに助け合いながら生きることすら出来ないなんて、ちょっと排他的過ぎるかなって。』


『そうよね。その選択をしない、させない理由が何かあるはずなの。それがどこにつながるかはわからないけども、知っておきたいわ。』


『わかりました。記憶を覗き見するだけなら添い寝も接触も不要なので、いまやっちゃいますね。』


『うん。それと……ごめんねリリス、嫌な役回りさせて。』


『平気ですよ。これだってルドちゃんのためを思ってのことなら、私は気になんてしませんから。』


『……ありがと。』


『ふふ。セレナはいつもはちゃんと優しいですから。』


『そこら辺はまた別の機会に反論するわ。』


『はい、今はこちらに集中します。』


そう言ってリリスは真剣な表情になると、立ったままの姿勢で体をゆるく構えて魔術を行使する。


ふわりと紫紺の(もや)が立ち込める。

窓から吹き込む風に流されることもなく、その靄が眼の前の女性へとまとわりついていく。


幻想的な風景。


でも他人が今のこの現場をみても、ロッキングチェアで寝ている鳥人族の女性しか見えない。


指環による隠匿効果のおかげだ。

でものんびりはしてられない。




私はヴァルにふわりと纏わりつく紫紺の靄をじっとみつめる。




彼女の種族魔法である『夢見』には段階があるそうだ。


夢魔として相手の記憶と『魂の形』を認識し、それを材料に世界を構築する。必要であればその世界に当人を誘い、なにかしらの交流を経て心を揺さぶる。



結果として得た感情を思いの力であるマナに変換して彼女たちはそれを取り込む。


その接続が深ければ深いほど相手は夢を現実的な事象と認識し、己の体験として記憶に強く落とし込む。


その記憶に影響され、対象は何かしらの感情を発露する。


通常のサキュバスであれば、その体験は悪夢であったり淫夢であったりするのだろうけども、リリスの場合はそういった利用方をしてこなかった。


というより、私と出会うまでのリリスは『夢見』を記憶を覗き込むことによる文化的調査にしか用いて来なかったのだろう。

構築した世界で対象と交流するのも、調査内容の深堀りや確認のためだけだったに違いない。



メイの一件以来、自身の『夢見』の価値に対する認識を改めたリリスは自身の種族魔法の進化に戸惑いつつも、私の目的に応じて柔軟に対応をしてくれている。


だから私も彼女の信頼に応え、正しく『夢見』を活用するつもりだ。彼女の本意に逆らうような濫用は避けたい。


そもそもリリスも夢見の使用自体は好きなようだし。

他の魔族同様、他者のマナを取り込むことをリリス自身は無意識に好んでいる。それが『負のマナ』なのか『正のマナ』なのかの違いだけだ。


しかし『対の指環』の抑制効果により『負のマナ』に対する渇望が皆無である彼女にとっても、『夢見』で嫌な感情に触れるのは好みではないのだろう。


ボロスに対して「時間圧縮悪夢」を行使した後、彼女はちょっと気分が悪そうだった。あれだけの短時間に濃密な死を伴う悪夢を体験させ、自身もそれを認識したのだから、結構な量の「負のマナ」が発生したと思う。


でもそれらは指環の装着者には何ら影響を及ぼさないはずだ。

単純に、リリスの中にない価値観が生まれたことに対する不快感程度のものに留められているはず。


だけど彼女に嫌な気分を味わわせたことには変わりない。


それがとても心苦しい。



今度なにかの形で埋め合わせしなきゃ。



そんなことを考えながら、じっとリリスの術式を眺めていた。




――突如、リリスの顔が不安と疑問に染まる。


『セレナ、変です。』


焦りと狼狽が込められたままの思念会話が頭に響く。


『どうしたの?』


『この方がルドちゃんのお母さんであり、イグ・ヴァルという名なのは間違いありません。生まれて間もない頃の記憶を閲覧することはできました。』


『ルドを追放したことに対する記憶や考えは?』


『そこが変なんです。探しても見当たらない、というより順番に記憶を捜査しているのに、とある時点からルドちゃんに関する記憶を見ることが出来ません。』


焦りの表情が濃くなるリリス。

額に汗が滲んでいる。


『どういうこと?記憶喪失かなにかってこと?』


私にも彼女の焦燥が伝播したのか、事態が飲み込めず適当なことを口にしてしまう。


『違います、ごく最近にルドちゃんがこの鳥人族用区画を訪れたことに対する記憶があります。でも、その間の……親から子に向けられる感情の一切が見当たりません……これは封印や拒絶に近い……そうか、拮抗術式です!』


『まって、何がおきてるの?ヴァルには“夢見”に対抗しうる精神強化の魔術が施されているっていうこと!?』


『いいえ、これはヴァルさん個人の術式ではありません。もっと大きな存在による……こんなこと初めてです!!』


明らかに狼狽した様子のリリス。



私も意味が理解できなくて焦ってくる。


だってサキュバスの種族魔法である『夢見』ほど、柔軟かつ高度に人の記憶と精神に介入や干渉ができる精神魔術をしらない。



まして『魂の形』すら捉えるのだ。


そんなものは『神の力』だ。



その術式に対抗しうる力を持つもの……そんな、一体何だって言うの?!



『いっそのこと全てを囲い込んで私の領域に落とせば……!』


私が妙なことを考えている間に、なんとかして記憶に干渉しようとしたリリスが拮抗術式に対応しようと何やら念話で呟いている。


表情は険しく、彼女には珍しく躍起になっているようだ。


『まって、リリス。無理だけはしないで。』

『大丈夫です、術式の負荷や反発はありません。硬い防壁のような物に包まれているだけです。だったら後でじっくりと――』


『リリス。無理矢理はしちゃだめだよ。』


ディダの声が頭の中に大きく響く。


「えっ。」



リリスが素っ頓狂な声をあげる。

現実でディダの声が聞こえたことに驚いたのだろう。


そして無理やり術式を練っていたことが災いしたのか。


キィン!


という甲高い音と共にヴァルを包んでいた紫紺の靄が霧散してしまう。


「あ。」

リリスが間抜けな声を漏らす。


やっちゃった。



無理やり魔力を込めて練り上げようとした術式が安定を失って崩壊したのだ。未熟な魔術師がやりがちな集中を欠いた行動により、イメージが結実する前に込めた魔力が弾けて霧散する現象。


『魔力崩壊』といったりする。


いつもの『夢見』時でなくてよかった。

精神が接続され取り込まれた状況下で術式が崩壊したら、それなりに心身に負荷が掛かりそうだし。


『大丈夫?リリス。』


ぼーっとしたままのリリスに思念を送る。


『あ、はい……大丈夫ですけど……いま、ディダさんが私に声かけてきました。現実なのに……それで驚いてしまって。』


ディダがリリスに念波を送れる状況は『夢見』内だけだったはず。夢見に参加する者たちに内緒で私やディダとコミュニケーションが取れるようにとの配慮だが。


『別に指環の装着者だし、不思議でもないでしょ。どちらかと言うと混乱しないようにディダが控えていただけだろうし。能力解放はあくまで段階的な認識を改めるための、いわば事前通達よ。』


『そうなんですか?ディダさん。』


『そうだよ。リリスがセレナと出会ったときから、ボクはリリスにも念波を送れた。少なくとも二人が指環の領域内に居る限りね。それをしなかったのもセレナの言う通りだ。段階を踏まないと混乱するでしょ。キミ。』


『……今大混乱です。』


『ま、そのことについては次の機会にしましょ。』


『それがいい。二人とも、眼の前の問題から片付けてね。』


『え。』


どういうことだろう?

といった具合の呆けた顔でリリスが私を見てくる。


『お目覚めよ。』


私は手を越しに当て、ため息を一つ吐き出すと。

寝ていたはずのヴァルを顎で指し示す。


ロッキングチェアにもたれ掛かって寝ていたはずの彼女は、いつの間にかぱっちりと目を開いて上体を起こしている。


「えっ。」


思わず声に出して驚くリリス。

顔が「どうして」と言わんばかりに疑問に染まっている。



そら夢見のプロが、間違って対象起こしたらダメだよ……。


椅子からするりと立ち上がる彼女を見つつ。



私はもう一度ため息をついた。


うっかりムリヤリ淫魔


無理やり淫魔とかえっちですね?


そうでもないか。

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