第三十五幕 「宿舎」
まだ小さい頃の記憶
羽根も生え揃わない同じ年頃の皆
原っぱで遊んだ思い出、突如現れた野犬の驚異
勇敢に戦って私たちを守ってくれた子がいた
「絶対に忘れられない思い出。君って本当は凄いんだよ。」
4階建てで大きな造りの建物。
外の壁面には窓がいくつも並び、部屋数の多さが一目でわかる。そしてどの部屋にも鳥人族用の玄関となるバルコニーやベランダが見える。
中に住んでいる人数は定かではないが、100人以上は居るのだろうか。
しかしそんな宿舎の一般客用出入口は簡素なものだった。
なんの飾り立てもないシンプルな両開きの木製扉で鍵もついておらず、ドアノブを回すと手入れがされていないことがわかるぎこちない感触が手に伝わる。扉も軋んで「ギイィ」と音をたてて開く有り様だ。
中に入ってみると状況はさらに閑散としていた。
右手に訪問受付らしい窓口がぽつんとあり、その向かいにある待合室のような場所には簡単なテーブルと机があるだけ。
後は廊下があって、突き当りには階段。
そうとう長い間利用者が居ないのだろう、どこも埃がうっすらと積もっているのが遠目にもよくわかる。
「……余程来客の無い場所の様ですね。」
「ええ、手入れが全くされておりません。というか、窓口が無人です。勝手に中を歩いてよいということでしょうか?」
そんな会話をリリスと交わしていると、窓口の向こうからドタバタと慌ただしい音が響いている。
「わー!?埃っぽい!!誰も掃除してないんですかコレ!!」
そしてやたらと大声の独り言。
間もなく窓口に人影が見え、鳥人族の少女が顔を覗かせた。
「ええっと……どうも。宿舎の一室を訪問ということでしたよね?訪問記録台帳の記入をお願いできますか。」
そう言いながら小窓から顔を覗かせた鳥人族の少女をみる。
誰かに受付を命じられ慌てて来たのだろう、可愛らしい顔立ちにうっすらと上気した頬が良く映える。
ルドと同年代ぐらいだろうか?
頭髪は黒いが体を覆う羽毛はうっすらと青みがかった灰色、腹部の羽毛は白に黒い斑点模様がみられる。
たぶん『空駆け』の氏族だろう。ハヤブサの因子を持った獣人族で、世界最速の鳥人族だ。速力に特化したスマートな翼の形がとても綺麗だ。
「はい。えっと、台帳はどちらに……?」
きょろきょろとカウンターを見回し、窓口の少女に困った顔をしてみせながら私が尋ねると。
「あれ? そこに台帳でてないですか??」
向こうも困った顔で応えてきた。
「はい……カウンターの上には何もないどころか、埃が積もっております。」
見たまんまを伝えておく。
「うわー……えー、どうしよう。台帳しまってある場所なんて私知らないよー……。」
そう言いながら、受付室内をきょろきょろと見回す少女。
「あの、帰りに全部を記帳するというのではダメでしょうか?我々が用事を済ませてる間に探し出していただければ。」
ダメもとで解決策を提案してみる。
「あ、そうですね。その方がいいかも。じゃあ私探しておくので奥へどうぞー。」
あっさりと受け入れられてしまった。
この子はちょっと他の鳥人族とちがって、のほほんとした楽観的な雰囲気を纏っている。町中で突き刺さってきた視線や門番たちとは違う感じがする。
「ありがとうございます。それで……大変申し訳ないのですが、お住まいの方の部屋がある場所への経路をお尋ねしてもよろしいでしょうか?」
リリスの夢見によってだいたいの場所は把握しているのだが、ルドの記憶には一般来客用の通路の構造は無かったのだ。
「あ、そっか。えっと、ヴァル様のお住まいは廊下奥突き当りの階段を上がっていただいて4階から――」
口頭で説明を始める彼女。
こちらの要請に快く答えてくれる様子は、やはり他の鳥人族とはなにかが違う印象をうける。
というか、私がルドの母親である「イグ・ヴァル」を尋ねることはこの少女も承知済みのようだ。私はこの子に一言も目的の部屋がどこの誰だか喋っていない。門番か、あるいは別の誰かづてに聞いたと考えるべきだろう。
やはり、この敷地内において既に我々は警戒対象のような扱いになっていると考えた方が良いかもしれない。
「ヴァル様がお住まいの4階は大部屋階なので、そんなに複雑ではないです。階段上って廊下を真っすぐ行った一番奥ですので、すぐわかるかと。」
屈託の無い笑顔でそういいながら経路の説明を終えた少女。
「はい、わかりました。説明ありがとうございます……えっと、お名前をお伺いしても?」
ちょっとコミュニケーションを試みる。
「あ、すみません。私はルコっていいます。ペレヌス・ルコです。」
「ご丁寧にありがとうございました、ルコ様。私は旅のエルフ族、セーヤ・リャールス。こちらは従者のリーサです。」
「リーサ・ストリャーナと申します。色々お気遣いいただき感謝いたします。セーヤ様と文化調査の旅をしております。」
「あ、いえいえ。こちらこそご丁寧に。……お二人はルドのことで来たんですよね?」
おや?
この感じは……。
ルコと名乗った少女の雰囲気が変わる。
何かを聞きたそうな、言いたそうな、でも尻込みするような。
そんな雰囲気。
「ええ、旅の途中で彼女と交流する機会がありましたので。色々とお話をきいて興味をひかれましたの。」
「あー……えっと、それで他の鳥人族には私が言ったこと内緒にしてほしいんですけど。」
何やら改まって私たちを上目遣いに見つめながら、控えめな前置きでルコがなにかを言おうとしている。
「はい?なんでございましょうか?」
私は努めて何も知らないふりをして彼女の発言を促す。
「なんていうか、色々嫌な気分になっちゃうとおもうんですけど。その……皆、悪気があってのことじゃないんで。予め言っておきます、ごめんなさい。」
そういったあと、彼女はぺこりと頭を下げた。
なにがどうとかハッキリとは言わないものの、何やら意味深で含みのある言い方だ。やはりルドと鳥人族には何かがあるのだろう。
「……はい。我々も異文化との交流には寛容な心持ちで臨むべきだと思っておりますので。お気になさいませんよう。」
無難にそう答えておいた。
「……ルドは元気でした?」
顔を上げたルコの表情は心配そうな顔をしていた。
「ええ、立派におひとりで生活されていらっしゃるようですよ。」
「ならよかった。すみません、引き留めてしまって。どうぞお進みください。」
私の表情からルドの無事を悟った彼女は、ほっとした顔になる。
そして再び会釈をしながら、我々に進むように促した。
「はい。ではまた後ほど。」
「失礼する。」
彼女の心中がどのようなものかを量りきれずのまま、私たちは促されるままに廊下の奥へと進んだ。
……きっとルドとルコは、小さな頃の知り合いなのだろう。
だがあの感じは……表だって心配することができない状況だと言うことを我々に伝えているのかもしれない。
煮え切らない態度と手短な会話だけで彼女が息災かを尋ねる様子は、なにやら並みならぬ状況であることが、ひしひしと伝わってくる。
やはり、この鳥人族のコミュニティには……妙な気配と嫌な予感ばかりがする。嫌な感じだ。
『ルドちゃんを心配してる子がいて、ちょっとほっとしました。』
廊下を歩きながらリリスがそんなことを思念会話で伝えてくる。
『……そうね。それでもやっぱり何かしらの事情がある雰囲気がひしひしと感じられたのは悩ましい所ね。』
そんなとりとめのない返事をする。
『それでも、一人でも心配してくれる人が居たのはルドちゃんにとって、とっても良いことだと思うな。』
それはそうだ。
だが、それが表だって行えないということが更なる厄介ごとを予感させる。
それを彼女に伝える事無く。
『兎にも角にも、当事者から話を聞いてみないことには、ね。』
私には再び無難な返事をすることしかできなかった。
そのまま私たちは廊下の奥にある階段を二人で登った。
やはり手入れが行き届いてないのか、階段も踊り場も埃まみれだし、階段の手すりなど掴もうものなら逆に滑りそうなくらいだ。
空を飛んでベランダやバルコニーから家屋に入るのが常識の鳥人族にとって、滅多に人が来ないのに共用部分や階段を綺麗に保つことは無意味だと考えているのだろう。
やはり少々排他的な感じがする。
そんな階段を上がり続け、私たちは4階まで到達する。
上る途中にちらっとだけ見えた2階と3階には、廊下沿いにいくつものドアがずらっとならんでいて、小部屋がひしめいているであろうことがよみとれたが、それに対して4階は各部屋の間取りがずいぶんと大きいようだ。
階段から続く廊下には、扉が2つ。廊下はその先で十字路になっていて、交差路の先にも2つの扉が見える。
おそらく十字路の左右に行った先にも2つずつ部屋があり、合計で8部屋がこの階にあるのだろう。
おそらくこの階は中流氏族向けの部屋がある階だ。
ルドの家族は戦士階級の中でも上の方なのかもしれない。
私たちは廊下を進み、十字の交差路に差し掛かったところで、私は左右に視線を泳がせた。どの廊下の突き当りも大きなガラス戸になっていて、バルコニーに出られるようになっているっぽい。
そのまま真っすぐ廊下をすすんだ突き当りの左側にある扉。廊下の奥にある扉はこれだけ。たぶん、これがルコが言っていたルドの家族が住んでいるところの玄関だ。
右側の玄関扉は交差路を過ぎてすぐ右にあったし。
多分間違いないだろう。
呼び鈴やドアノッカーの類が見当たらないので、直接扉をたたこうと手を挙げたところで気付く。
扉がわずかに、数センチだけ開いている。
鍵もなければ閉められてもいないとは不用心な……。
でも、よそ者は警戒するし排他的な民族って、どないやねん。
意味が解らん。
「ごめんくださーい。どなたかいらっしゃいませんかー?」
私は声を張り上げて扉の隙間から中に向かって訪問を告げる。
……無音。
人の動く気配がない。
私の強化された知覚には、扉の向こうに人が居る気配はすでに感じ取れている。だが動く様子はない。というかこれは……
「こちらにイグ・ヴァル様はいらっしゃいませんかー?旅の者ですー。」
再び声を張り上げるも、何処からの反応もない。
というか、この敷地内に入ってからというもの、門番とルコ以外には一切の鳥人族を見かけていない。
外観を見た時に窓玄関からの出入りはなかったし、今こうして声を張り上げているのに同じ階からの反応も感じ取れない。
『……留守ですか?』
『ううん。中に気配があるの。女性が一人いるわ。』
『居留守ですか……。』
『そうじゃなくて、寝てるっぽいのよね。』
さっきから私が感じ取ってる気配。強化された聴覚に届くのは微かな寝息。私の声に反応することなく、安定した呼吸を繰り返すだけの音。
それだけだ。
鍵なし、戸締りなし、寝こけて、来訪気付かず。
どんだけだ。
『よし、入りましょ。』
『大丈夫ですかね……?』
『もちろん、指環の隠匿機能起動してね。』
『はーい。』
私は少しだけ空いたドアを軽く押す。「キィ」と僅かな音を軋ませただけでスーっと扉は開いた。
『いきましょ。』
『うん。』
部屋へと体を滑り込ませながら、私とリリスが指環を起動する。
リリスの意識が指環へと伝わり、手慣れた感じで彼女の存在が虚空になるのを認識する。私もそれに倣い、指環へと意識を流す。
刹那、そこにあったはずの存在が消える。
途端に私の知覚が妙な違和感を訴えだす。ぼちぼちこの感覚も何回目だろうか? 指環の相互認識機能と同期がとれていないのか、いまいちこの違和感には慣れない。
指環の装着者同士としてお互いを認識しているのに、超知覚と魔力感知は妙な空白の発生を訴え続けてくる。
やっかいではある。
『それについては慣れてね。としか言いようがないね。まぁ機が成ればその違和感もなくなるよ。』
ディダが私の不満に一言付け加えてきた。
ならしょうがない。
私たちを警戒してバレないように追跡していた鳥人族達は度肝を抜かれていることだろう。
はてさて、どう事態が展開されるのかわからないけども……。
とにかく会ってみるとしましょう。
ルドの母君に。
話はそっからよ。
ややご無沙汰しております
真面目回が続きますね
茶化すシーンではないのでバランスが難しいです




