第三十四幕 「鳥人族居住区画」
空を自由に飛ぶことを羨まれる
なにも知らぬくせに、と想う
自由には代償がついて回るという事を
連中は知らない。
「それでも我々は風と共に生き、風と共に死ぬのだ。」
トレードウィンドの街並み、中央通りを越えた北西の一角。
ルミナ大陸での空輸産業である『空便』輸送網の中核をなしている『トレードウィンド空便中央局』は、その一角に存在している。
更に中央局の海岸側には局の主要人材である鳥人族達の居住区画があり、様々な鳥人族たちがそこに居を構えている。
空を飛ぶ彼ら用に高い位置に備え付けられた入り口兼バルコニーやベランダには、見通しの良い窓ではなくしっかりとした造りの扉が備え付けられていて、地上階には居住用の部屋ではなく倉庫や来客用の部屋などが備え付けられている建物がほとんどだ。
一応、人族のために彼らの居住部屋へとあがるための梯子や、やたらと急な階段は存在するようだが。中にはそういった地上からの出入り自体ができない様式の鳥人族用家屋も存在する。
そして高い所に部屋を建てる関係上、水回りがあまり充実していないという。彼らの居住環境は人族には住みづらいところだと言えるだろう。
だというのに彼ら自身は行水や湯あみを相当好むようで、居住区画の中央には大きな共同入浴施設が建てられており、昼夜を問わず利用者が出入りしているそうだ。
地上の通路は人通りが多いとはいえず、まばらな人影はどうしても彼らの目に留まりやすいのだろう。
先ほどからずっと、空から次々と視線を突き刺されているのを感じる。
だが、その奇異なる眼差しも長くは続かず、興味を失ったかのように向けられている意識は途切れてゆく。
まぁ、当然と言えば当然だ。
『ほんと、“対の指環”さまさまよね。完全な視覚の隠匿機能だけに留まらず音も匂いも簡単には気取られない。それどころか高度な偽装機能を有していて、任意の姿に全体から部分的にまで自在に変容することが出来る。最終的には一時的に知覚しても意識や記憶に留まることも無く、姿を見せながら正体をばらすことなく自由に行動できる。』
『そして、どこでも二人きりで内緒話もできちゃいます。』
『いまだにそんな指環が存在する理由はわからないけど、この指輪のおかげで私たちの行動のしやすさはあり得ないほど自由度が高いわ。ほんと助かる。』
『でも、なんで姿をエルフ族に偽装するなんて提案を? てっきり隠匿状態で向かうものかと思っていました。』
そう言いながらリリスは私の姿をしげしげと眺めてくる。
真っすぐで腰まで伸びた金色の髪を丁寧に編み込み、髪飾りは中央に小さな翡翠をあしらった葉と蔓の意匠のもの。同じく木々や蔓のような刺繍が施された、緑系の落ち着いた色合いのローブを身に纏い、白い腰帯は布製で淡い黄緑色の刺繍が施されている。ローブの裾から見える素足には、木と革で作られたロングサンダル。
見る人が見たら「ああ、『森の民』か。」と直ぐわかる出で立ちだ。
だがその素顔や肢体を見た者はちょっと驚くかもしれない。
色白で整った顔立ち。新緑のような柔らかい翠色の瞳は穏やかで淑やか。
その金髪の隙間から覗く長い耳は間違いなくエルフ族そのものだというのに……その胸部にたわわに実る女性の象徴たる乳房は暴力的な大きさを誇っている。
『平たい胸族』なんて揶揄されるエルフにはあるまじきボディライン。
柔らかで落ち着いた上品なローブだというのに、胸と腰と尻の落差が……
ドン!キュッ!パーン!!
って感じだ。
すごい。
『対の指環』まじ凄い。
『エルフの方々には珍しい体つきですね。居ないわけじゃないけど、ほんと稀有だったと記憶してます。』
『あれ、もしかしてリリス。エルフ領にも文化調査にいってたの?』
『あ、いえ。ルミナ大陸の各地でたまーに見かける方への感想です。』
『そっか。まぁルミナスにもぼちぼち居るものね、商業関係者や魔術関係者のエルフ族。ほんとうにちょっとだけど私も見た記憶はあるわ。』
『まぁ、セレナのことですから何かしらの意図があってのことでしょうし。当人が楽しそうなので異論はありません。何よりです。』
『そりゃ意図はあるわよ。私とは似ても似つかない姿でしかも関連性がほぼない容姿。人族どころか巨乳のエルフなんて、王国関係者の誰とも結びつかないでしょ。』
『ふむ、確かに?』
『……何よりちょっと嬉しいし。』
『あ、やっぱおっぱい大きいの嬉しいんだ。』
『うん。正直いってかなり。思いがけず夢が叶ったかも。』
『そういうものなのかなぁー……。』
『なんかね、すんごい重量感。身体の軸がずれて体幹がぶれるの。これ、例の魔導工学の下着がなかったら振り回されて痛いかも。』
私は腰を捻り腕を水平に振り回す。
胸の重みが身体を翻弄してなぜか笑顔に顔が歪む。
『…え。ちょっと待ってください。指環の擬装で当人の身体の感覚にも変化があるんですか?!』
『え、うん。あれ?もしかして知らなかった感じ……?』
あれま。
意外。
『えっと、私の良く使う偽装人物のリサ・ストレイアは体格は全く一緒だし、そういった意識を持ったことは……なかったかも。』
彼女の言う通り、今のリリスの容姿は例の調査用偽装人物『リサ・ストレイア』だ。
銀髪を上品に結い上げた、長身の色白美人。
切れ長で鋭くも知的な瞳は深い蒼。
だが、どことなくおっとりした雰囲気を醸し出す不思議な気配。
あといつものリリス同様に、おっぱいとお尻が立派。
むっちむち。
ちなみにシルバーハートで見せた時とは耳の形と服装が違う。
どちらも私同様エルフ仕様に変更済みだ。
新緑のチュニックに深い緑のハイスリットロングスカート。
それぞれには私同様の刺繍が施されている。
ちなみに手荷物は何も持っていない。なんせ私たちの旅道具は、おそろいの魔導具バングルに全て収納されている。
でもエルフたちも旅道具は魔具にしまうのが普通だ。
手ぶらでもそんなに変ではない。
『おー……なんてことだ。私の妙な欲求が新たな発見を生んだのか。』
『びっくりです……。いや、妙な欲求って。』
『我ながらやってることはむなしいとは思っています。』
『?! き、急に笑顔を絶やさないでください!』
スンとなった私を心配してか、慌てて私の肩に手をおいて身を寄せてくる。
良い子。
『戯言はさておき。思ってた以上に警戒心のある視線を投げつけてくるわね、ここの住民たちは。』
『確かに。もし指環がなかったら警戒どころか排斥行為に発展してたかも。』
『リリスでもそう思う? ちゃっちゃと目的の確認を終えたら撤収したいところね。この雰囲気は。』
『うん、同意です。』
『目的の場所への道は大丈夫なのよね?』
『……一応、ルドちゃんに許可貰って氏族のいるエリアと、お母さんの家の場所を確認したので、間違いないです。』
直後、彼女の表情が少し曇ったことに気付く。
『気持ちはわかるけど、ルドの心情を案じて貴女が気落ちする必要はないのよ?……そんな顔しないで。』
当然だろう。彼女は夢見で誰かに触れるたびにその人の心情を深く知るのだ。人の良い、親切で寂しがり屋の彼女にとって、あまり良くない感情に触れることは良いことではないのだろう。
『やっぱ、夢見で記憶を覗くと……嫌な感情に触れた時は私もちょっと気分が沈んじゃうんです。どうしても。』
『さっき岬で言ってた夢見時の共感ことね。それがあるなら、きっとなおさらでしょうね。まぁするなとは言わないけど、辛かったら励ますぐらいはするから、ちゃんと言ってね?』
少しでも力になれれば。
そう思って私は彼女にそう話しかけた。
『……ふふ。』
『何よ、急に笑顔で。』
『その気遣いだけで凄くうれしいです。』
リリスが頬を染めながら素直にそう言ってくれる。
よかった。
『そ、なら特に何もしなくて平気ね。』
『あー!またそうやっていじわるするー!!』
『ええ、大事な相棒ですから。元気になってもらわなきゃ。』
『もー!どうしたら良いんですか私はー!!』
『好きにしてくれれば良いわ。』
『ぐぬぅ。手玉に取られています!』
『で、目的の建物はどれ?そろそろ彼女の氏族らしい人影が目に入ってきたんだけど。』
『わー、凄い流された。』
『あとで幾らでもじゃれあいに付き合うから、そろそろ真面目にしましょ。』
『もう……約束ですからね!で……えっーと、ルドさんの生家はー…あっちですね、この角を右に曲がった先にある、通りの突き当りです。』
『ふむ、ありがと。』
私はリリスに言われた場所を右折して通りにはいる。
比較的広い通り、左右に立ち並ぶ家屋はどちらかというと裕福な人たちが住んでいそうな印象を受けるしっかりとした造りだ。
ただし地上の入り口はほとんど存在せず、鳥人族用の入り口が上の方にちらりと見える。
ちょっと異質な景色だ。
そして突き当りの建物に目を向ける。
なんていうか。
デカい。
わね……。
どう見ても他の鳥人族の建物よりデカい屋敷。彼らの家屋のほとんどは正方形に屋根が付いただけの、大小さまざまなシンプルな作りの家であるのが大半なのに対して、その屋敷は来客用の立派な扉を備えつつも、ちゃんと鳥人族用の入り口を幾つか備えていて、他の住宅にはない、建物の横幅がしっかり伸びている様子が一目でわかった。
『もしかしてルドってお嬢様?』
『ううん、ちょっと違うの。あれは“ハクトウ”の氏族が複数詰めていて、中心にいる“蒼天の覇者”の一族がここら一体の鳥人族の統制をしていて。ルドちゃんのご両親も、おそらくその権力者に仕える兵力の一翼を担っていたのかと。』
『なるほど、トレードウィンドに住まう鳥人族の長とその尖兵たちの屋敷。というわけね。』
『屋敷の敷地内に兵士用の宿舎があって、家族もそこに住んでいるみたい。』
『なんていうか……排他的な雰囲気をひしひしと感じるわね。』
自身の宮廷に私兵とその家族を囲い込み、一族の固い結束を維持しつつ他者を拒む様式。そんな意図が透けて見える。
『でも姿を現しながらいくんだよね? 門前払いにあわないかなぁ。』
『そん時は隠匿状態でルドの母君のところまで直行するまでよ。宿舎の場所と目的の部屋もわかるでしょ?』
『うん。ルドちゃんのお母さまがいる場所も大丈夫。』
そんな思念会話を交わしながら、私たちは目的の屋敷の前までたどり着く。
門構えは立派で衛兵が2名、気難しい顔で立哨をしている。
「何者か。」
挨拶もなしに誰何。
うーん、予想通り。
「ごきげんよう、『ハクトウ』のお方。私はエルフ族の『セーヤ・リャールス』。旅の者にございます。お仕事中にお邪魔してもうしわけありません。」
『セーヤ・リャールス』はエルフ状態の偽名として考案した。
なんのことはない『セレナ・ルミナス』をエルフ言語風に発音アレンジしただけ。
っていうか、自分でもちょっとビックリするくらいめっちゃいい声が出た。
え、なに。この指環は装着者の声質まで偽装するの??
本気で何でもありだな!
「連れのリーサ・ストリャーラです。少々お時間をよろしいですか。」
リリスもリサモードかつエルフ状態の偽名を使ったようだ。
これも『リサ・ストレイア』エルフ言語の発音風だろう。
でも、シルバーハートの時も思ったけどリサモードのリリスは、なんというかいつもと違う凛々しさのようなものを感じるな。
普段とのギャップがすごい。
「何用か。」
ひえー、門番すげー塩対応。
「旅の途で鳥人族の少女と交流を果たす機会を得まして。少々興味深いお話が聞けましたので、詳しく調べているところです。イグ・ヴァル様はいらっしゃいますか?お時間を頂きとうございます。」
「是非お話を聞きたいのだが、お取次ぎ願う。」
「……鳥人族の少女とは『イグ・ルド』というものか。」
「左様でございますよ。ノースウィンドの森で一人狩りの修行をされている所でご一緒になりまして、縁あって数日共に過ごしておりますの。」
上手な嘘の条件は本当のことを混ぜること。
「別に妙な勘繰りなどではない、これは我々の文化調査のようなものだ。一族と血族との結束を重んじる、貴殿らの生き方を否定するためではない。むしろ我ら同族との近しいものを感じている。その意味と理由の在処に興味があるのだ。」
これが単独文化調査員としての経験力なのだろうか。
普段のおっとりしたリリスからは信じられないほど饒舌に語られるもっともらしい言葉。
さすが変装と話術をもって20年間調査をしていただけのことはある。
「……まぁ、よかろう。ヴァル殿が居る宿舎は門を抜けて北にある宿舎だ。部屋への案内は宿舎の窓口でたずねよ。言っておくが目的の建物意外への立ち入りは禁ずる。不要な立ち入りはご遠慮願おう。」
そして意外にもあっさりと門番は我々の訪問を許可してくれた。
条件付きでは有るが。
「ご快諾いただき、ありがとうございます。」
私は驚きを顔にださず、笑顔で相手の対応への感謝を伝える。
「そう時間は取らせぬつもりです。ご協力に感謝する。さぁセーヤ様まいりましょう。」
右手を胸に添え、軽く会釈をした後。私の方へと振り返り笑顔で先を促すリリス。あれもたしかエルフの礼儀作法のひとつ。
すごい。仕草まで徹底してるのか。
私よりよっぽど細部への気配りがきいている。
「ええ。リーサ。」
対して私は先程から直立不動。
実はこれもエルフの礼儀作法のひとつ。
彼らは単独での旅を行わない、必ず最低2人での旅を徹底しており。その組み合わせは主人と従者という関係があるそうだ。
そして主従の立場を明確にすることで、自身が地位の高い人物であることを周りへ知らしめる意味があるとかなんとか。
エルフ族に偽装するのは私の案だが、その際に色々とアドバイスをしてくれたのはリリスだ。
なんだかんだ言ってリリスは彼らの俗習にも造詣が深いのかも知れない。
ほんと、リリスは凄いなぁ。
そんなことを思いつつ、私たちはしずしずと屋敷の敷地内を歩いていく。
やがて眼前に集合住宅のような副階層の建物が見えてきた。
あれがルドの母親のいる宿舎か。
……さて、どんなお話になるのやら。
有る種の難戦を予感しつつ。
私は相棒と目的の場所へと立ち入る。
いざ。
真偽と真意と解明へ。
最近、セレナとリリスのタイマンいちゃいちゃが書けてません
禁断症状がでそう
近い内に徹底的にいちゃこらさせます
絶対にそうしよう
作者の怠慢だと言われない内に




