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救済の聖女のやり残し ~闇と光の調和~  作者: 物書 鶚
第二章 第二部 目指すべきところ
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幕間 「枠の向こう」

世界の枠組みとは世界が在るために必要なのだ

それが善なのか悪なのかという話は

芯を持たず、精神の弱い他責思考の者の戯言だ


「世界よ、こうあれかし。そう想う心に善悪の境などない。」


喉が渇く。


足が震えて背筋が凍る。

だというのに脂汗が止まらない。


今、私の目の前にあるのはただの木枠だ。普段は壁にかかっていて、何の変哲もない木製の戸が付いてるだけの小さな枠だ。


それがテーブルの上に置かれており、戸は開いて置かれている。


それだけだ。



だというのに、その木枠の向こう側からは尋常ではない威圧感と存在感が放たれ続けている。


そもそもただの木枠であれば、その枠内には向こう側の景色があって然るべきなのに、実際は完全な漆黒が景色を遮っており、無限とも思えるほどの広がりを感じるのだ。


そして、先程からその無限の先から私を「見ている者」がいる。


そう感じるのだ。




なにも言葉が出ない。



これは恐怖なのか、畏敬なのか。

平常心を保てない今の自分には正確な判断ができない。



だがこれだけは理解できる。


今の私が下手な発言を安易に吐き出せば、そう時間を要さずして私は世間から消えるだろう。


物理的にも、社会的にもだ。



そう思わせるのに十分な圧が木枠の向こう側から放たれ続けている。



だから私はひたすら待つ。

向こうから語りかけられる何かがあるまで。


ひたすら精神を奮い起こしながら待ち続ける。


それしか出来ない。



『クラヴィス・モルド』


枠から声がする。


「はい、ここに。」


私は早すぎず、遅すぎず、相手に不快感を与えぬよう細心の注意を払いながら返答する。


『今回の一連の件。どう捉える。』


問い。

答えねば。


「あまりにも短期間にかつ的確に、我々の計画を害する結果の数々。もはや無視できず後手に回ることは避けるべき段階かと愚考いたします。」


準備していたありとあらゆる会話の可能性、やり取りの予想のなかから最も的確なものを即時に選出し、しっかりと返答する。


『ではどう動く。』


短い問い。


「既に私に割り当てられている『深き影』たちに追跡の強化に加えて、取得可能な情報の分析を進めさせております。」


的確な答え。


『今までに何を得た。』


「件の聖女の行動原理には我々の計画に対する明確な反意は存在しません。全ては聖女の表向きの目標である『世界救済の旅』の過程で偶発的に発生した問題を解決した結果おきた事態。

しかしながら、奴めは既に我々の存在と、自身が起こした行動の結果によって生じる我々の損失を理解していると考えるべきです。

『実験場』での『深き影』たちの対処行動に即応する姿勢、『銀の筒』に対して的確な原因調査と応援の要請、何より神殿の高位神職者の養女という立場が全てを悪い方向へと導きました。」


包み隠さない陳述。

下手な言い訳は避けねば。


『ボロスの件はどう捉える。』


「手段はいまだに判明すらしていません。あれほど魔族を憎んでいたものを消さずに懐柔しつつ、政府への強力者として寝返らせるほどの説得材料を小娘が用意できたとは考えにくく。何かしらの手段、特異な魔術や未知の魔具による精神への強い干渉があったものだと推察します。」


率直な所感。

余計なことは言ってはならない。


『切り捨てるはずだった者たちへの接触と事後対応の手筈は。」


「……遅々として進んでおりません。野盗連中は王国の庇護下にあり、強い監視と保護が徹底されています。既に何度か『深き影』による侵入を試みましたが、物理的・魔術的防護対策は完璧であり、関係者の限定と、ごく短い期間に頻繁に行われる精神分析により手のものを入れ込む隙間がありません。ボロスも同様です。やつの家族をネタにボロスとの接触を計画しましたが、ボロスの親族や家族もまた王国の精鋭による保護下にあります。長期的に慎重な姿勢を保ち、信用を得るまでは新参者は近づくことも叶いません。」


取り繕うことのない実直な対応の報告。

だが無能さは感じさせられぬ。



『では、聖女への干渉をもって対策とするのだな?』


なんの感情の起伏もない反応と問いかけ。


「それが最善かと。既に幾つかの手を打つための準備を進めております。」


全ての感情を抑えて誠意ある返答。



『何を使う気だ。』


既に答えをもっていながら、こちらの反応を伺うような。

そんな気にさせる確認行動。


呑まれる。

だがしくじれぬ。



「旅程に大幅な変更がなければ、連中はトレードウィンドに滞在中のはずです。ですので『五感』に入りこませた手札を使います。」


『ほう。どう揺さぶる。』


間を置かぬ問い。

想定の範囲内ということか。


「『鼻』が大戦終結時に魔族から回収した遺物の一つを用いて、連中に自然な接触を試みます。可能であれば内偵と情報撹乱をさせます。」


『“鏡”を使うのか。』


見透かされた手段。

やはり考えていた。


「仰る通りでございます。既に息のかかったものを各所に配置しております。連中が港を出る気配はまだありませんので機会はあるかと。」


『良かろう。遺物管理は貴様の管轄だ、利用法は一任する。しかし回収の手筈だけは整えよ。』


隙を見せぬ徹底ぶり。

逃れることは叶わない。


「承知しております。」


『騒ぎを起こすための“鏡”であろうが、それはどこで実行する気だ。』


ああ、これも見抜かれているのか。


「ブリッジポートの民族対立を利用し、『鼻』にきっかけを作らせます。」


『なるほど、良い案だ。目標は例の従者だな?』


一切の時間をおかず承認を得た。

全ては思い描いていたことに違いない。



「はい。聖女の守りの頑強さは尋常ではないです。隙をつくとすれば最近現れたあの者かと。」


『既に予想している正体の候補の幾つかは我々にとって非常に“得難い存在”だ、慎重に慎重を重ねて大事に扱うように厳命する。』


熱の入り様を隠すこともなく多く語る。

それだけで尋常ではない重要性を示唆する。

加えての厳命。


本当にこれだけはしくじれない。



「もちろんでございます。」


『仮にあれを失うことがあれば。“お前”という存在と、それに連なる“全て”が歴史から消え去ることになる。ゆめゆめ忘れるな。』


「は……はい。」


声が震える。


しくじった末の結果など、そう変わることもないはずだと理解している。

だが相手はそれを確実に実行する存在であるうえに、それを実行すると忠告してきている。


恐怖。



『良いだろう。お前の計画は承認しておく。監視と調査を怠るな、相互の連絡と報告も密に行え。』


「し、承知いたしました。」


『以上だ。また何かあれば言ってくるように。』


「ありが――」


枠の向こうから気配が消える。


「……とう、ござい……ます。」




背中からどっと汗が吹き出す。

緊張していた体から力が抜け、全力で背もたれに体を投げ出す。


「はあぁあぁ~……」


自然と口から情けない安堵のため息が漏れてゆく。




――よかった。


これならば私の行動は問題に対処しきれていたと評価されているに違いない。私の立場と地位と命は守られる……はずだ。



気がつくと手も震えている。

膝も腰も力が入らない、完全に抜けてしまっている。


これが言葉と威圧だけによる結果だというのか、まるで……神や悪魔を相手しているかのような。いや、そんなことはありえない。


しかし……本当に何度やっても慣れない。




数分の間をおいて、ようやく収まってきた震えと動悸に気付くころには手足も腰も普段を取り戻していた。


座っていた椅子から重い腰を上げ、テーブルの上にある木枠の戸を閉じて持ち上げ、いつもの部屋の片隅にある壁掛けへと戻す。


おぼつかない足取りのまま棚へと向かい、用意してあった水差しから中身をコップへと注ぎ、一気に飲み干した。


ゴクゴクと喉を鳴らすたびに生き返る。

喉を潤してゆくただの水が命を救う恵みのように、身体に染みわたってゆく。九死に一生を得た気分だ。



「ぷはぁっ……ふぅ。」


飲み干したコップを棚に戻し、隣に用意してあった手拭いを手に取ると、ふらふらとその場を離れ部屋を出るために扉へと向かう。



――今日は心の底からくたびれた。

酒も飯も喉を通らんだろう。


湯あみも億劫だ。


汗ばんだ服を脱ぎ去り、ただただ眠りたい。



そんなことを考えながらドアノブに手をかけた。



――だが、明日からは本腰をいれて動く。

ありとあらゆる手を尽くして奴らをなんとかせねばなるまい。


もはや手加減は無用だ。


そう心に決める。



冷たいドアノブを捻り、気怠い体で扉を開いた。



我々には果たすべき悲願がある。

貫き通すべき意思がある。


負けてなるものか。



汗ばんで疲労感が刻まれた顔。

だがその眼には確固たる意志の炎を宿した者。




――クラヴィス・モルドが、いよいよ動き出す。


思わせぶりな会話って腹たちません?

しかも思わせるだけ思わせて無意味だったりした日には

もう、肩透かしも良いところです


……そうならないよう頑張ろう。

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