第三十一幕 「やりすぎ」
求めていた物がこの手にある歓喜
感情が膨れ上がり暴れまわる
渇望が満たされた瞬間の達成感
「壁一つ越えただけなのに、こんなにも世界が広がるんだな。」
ティガが地に伏して這いつくばっている。
地面を舐め微動だにしない。
少し離れたところでルドが泣いている。
その隣で怒りに顔を歪ませているミア。
周辺の様子は、もはや元の姿とは似ても似つかぬほど荒れている。
視界に入る構造物というか、障害物は何も残っていない。
大木はなぎ倒され、岩山の殆どは砕け散り、谷に隔てられた台地は岩盤ごと掘り返され穴だらけだ、谷は崖が崩れてそこかしこが埋まってしまい、谷底の川は流れが変わっている。
誰がみても理解できる、ここで尋常ならざる者によって破滅的な暴力が振るわれ、破壊の限りを尽くしたのだと。
さらに見るものが見れば、その猛威は何かを追いかけながら暴れたのだと理解するだろう。そして目に映るものを手当たり次第に壊しまわったのだと。
とても理性的な者が行ったとは思えない。
そう感じることだろう。
「まぁあんたなんだけどね。こんだけ暴れ回ったのは。」
心底呆れた口調で私は吐き捨てた。
「すんませんでした。よくわかんないけど、すんませんでした。」
地に伏して這いつくばるティガが謝罪を述べる。
「ティガ姉ちゃんのバカー!」
「うぐっ……えぐっ……」
「よくもまぁこんだけ暴れたもんだね。さすが『ナガレ』を目指す者だ。領域を構築したものとして言わせてもらうと、むしろ気持ちいいぐらいだよ。」
ディダは嫌味ではなく本当に楽しそうにしながらそう言った。
「いえ、せっかくお創り頂いた場所を。ほんとすんませんでした。」
だが平身低頭謝罪するバカ。
「じ、じぬがど……ほんぎでじぬがど、ひぐぅ……」
「のうみそまで筋肉なんじゃねーかャ!!アホー!!」
「ティガが領域を好き勝手ぶっ壊すたびに、意識が遠のきました。なんなんですか、あの破壊力。ミアちゃんの雷化の方が、まだ処理が楽です。」
珍しくリリスまでぷりぷり怒ってる。
腰に手をあてて上からティガを睨めつける。
「いや、ほんと。無茶させてすんませんでした。」
微動だにせず、謝り倒すアホ。
「あんた……あのまま腕を振り抜いてたら、ミアとルドがまとめてミンチになってたかもしれないんだからね。私が割り込んで止めたから良かったものの……夢見だからって即死級のダメージを受けたら、現実の肉体にどんなフィードバックがあるか、ちょっと考えたら判るでしょ。」
土下座したティガの背中に座ったまま、私は苦言を続ける。
「はい。仰るとおりで。いや、現実の肉体に何が起きるかは正直頭になかったし、考えてもわっかんごふぁ!?」
座ったまま踵をティガの脇腹に打ち込む。
「下手すりゃ廃人よ? 『夢見』において高度な知覚と現実感を維持したまま、己の意のままに動いていながら。他者による抗いがたい脅威によってもたらされる絶対的恐怖、すなわち『死』への圧倒的実感。これは精神に多大な影響をおよぼす可能性が高いわ。覚えておくように。」
ティガの脇腹を踵でグリグリしながら、くどくど説教。
ちなみにこの話。ボロスの実例があるので、これは本当のこと。
精神強度次第では一発だろう。
「は、はいぃ。わかりました!」
くすぐったいのを堪えながら返事をするティガ。
まぁ彼女の筋力じゃ、この程度はいたくも痒くもなかろう。
ていうか、あんたも脇腹弱いのか。
「セレナ。もうそろそろ、その子を許してあげてくださいね。ちょーっと、脳みその筋肉に血が登ってしまって、ムキになっただけなんです。」
フォローなのか罵倒なのかよくわからないことを言いながら、シャルが笑顔で私を諌めてきた。
「シャル……あの状況下で、多少なりとも慌てない貴女も大概よ……?」
「あら。私は何かあってもセレナが止めてくれると信じてましたので。」
「……逆に凄いわね。ほんと。」
まったく、この肝っ玉母さんには勝てる気がしない。
「まぁ。ティガは長年手にできなかった悲願を貴女のおかげで思いがけず得たのですから……その喜びようも理解してあげたいのですよ、身内として。」
ようやく少しだけ申し訳なさそうな顔をしながら、そんなことを言ったあと。シャルはゆっくりと頭を下げた。
「……悲願、ねぇ。」
「否定はしねぇよ。あの時は夢がかなって浮かれてたんだ。」
地面に伏したままティガも潔く真意を語る。
「ということは、この事態の責任の一端はセレナにもあるということじゃないかな?」
おいやめろ。
神格が余計なことを言いやがった。
「ないとは言わないけどもね、それにしたって我を忘れ過ぎなのよ。あそこまで暴れまわるとは、さすがに予想してなかったわ。」
当たり障りのない言い方で責任の回避を試みつつ、私は想定外を装うために再度ため息をついた。
あの時。
私はミアとルド、そしてティガに対し理力を用いて知覚と思考、そして運動性能を含む総合的戦闘強化術を施した。
そしてそれは、討伐隊の仲間にすら施さなかったほどの高い強化値。
高い戦闘適正と獣人族としての資質はそれを可能にすると判断したからだ。
結果としてミアとルドは本能を呼び起こされ、その資質に相応しい動きと才能を見事に示した。
……だが、監督役として危険防止のつもりでティガにも強化を施したのがまずかった。
私としての意図は……何かあった時に止めるのは監督の仕事。
万が一、二人の動きにティガが追従できなかったら事故が怖い。
そういうものだったのだけど。
だが、ティガの中では別の状況が進行してたわけだ。
彼女は獣人族の単一最強戦力『五色』と呼ばれる5人のうちの一人、『土のナガレ』を目指して修行中の身なのだが。現代において、その立場は一つの難点を常に抱えているのだろうと予想できる。
今回の大戦以前、世界各地には大小さまざまな争いが溢れていた。人族とエルフ族の戦争然り、獣人族同士の種族闘争然り。また各地で散発的に発生する魔族による襲撃もそうだ。
人族もエルフ族もドワーフ族もその他亜人種も獣人種も、皆一様に命を削り生存権を賭けた死闘を数多くこなしてきたことだろう。
こういった戦時下という環境は、当事者たちに様々な変化をもたらす。
それは何も命や資源が湯水のごとく消費されるという、非生産的な側面だけではない。
戦いによって培われる経験や結束、新兵器や新戦術開発のための知識の好循環。戦術的に有効な魔術の開発だって、それによって新たな視点が生まれることは少なくない。
戦争によって必要に迫られた結果、生まれた何かが後の世の文明の発展に寄与すること。
そういった側面は否定できない。
そして職業軍人や武人にとっては、自分の培った技術を披露できる場所ということと、それ以上に自己研鑽の場という得難い環境でもあるのだ。
なぜなら常に死との隣り合わせの環境や極限状態というものは、個人においても生きるための必要に差し迫られことで究極の集中状態を生み出し、結果として活路を見出した先にある境地を必然的に得ることとなる。ある種の開眼を成すための絶好の場となる。
ということだ。
だが、平和と成った昨今はそれを叶えるのは難しい。
大戦期においても打倒魔族の旗印のもと、世界中が一丸となったおかげで各地では一斉に争いがなくなり、問題だった魔族も『極寒の死地』に引き下がり、本土決戦を待つのみとなってしまった。
本来であればこれは良いことだ。と思う。
亜人族を含む全人類が共通の敵を見出し、全員が一方向へと進み続ける。
……普通の価値観の人にとって、これは望ましいことなのだろう。
結果、ティガは戦いの場を見いだせず、己の『土のナガレ』足りうる才を磨き試し、打ち直す機会を得ることがなかったのだ。
と、まあ。
そんなわけで彼女は自分の成長に限界を感じてしまい、長い間立ち止まり、目指すべき先を見いだせず伸び悩み続けていた。
だが、私の理力強化を受けたことによって、己の内に今まで感じ得なかった限界突破の感触を得たのだ。
それは恐らく最近の彼女にとっては祝福に等しき僥倖。
そんな喜びとも興奮ともつかない感情が身体の芯から溢れてきて、己を突き動かして急かしてきているというのに。
眼の前では若き獣人族がとんでもない攻防を繰り広げているというのに。
新たな領域へと至った自身の体を、1秒でも早く確認したいというのに。
『王虎』で『土のナガレ』を志す私に我慢しろと??
そんなん無理。
といったところだろう。
実に判りやすい脳筋思考。
まぁ結果はご覧のとおりだ。
「死ぬ気で逃げろ。」と、言われた2人は、文字通り死ぬ気で逃げ回った。
だというのに、超高速戦闘を可能とするほど急速成長した彼女たちをティガはものともしなかった。
彼女が移動するたびに、地面と空気が爆発したように弾け跳んだ。
4mを超える巨体が信じられない程のパワーをもって全力で踏み出せば、そんじょそこらの岩盤など砂地のようなものだ。
そしてそれはティガが亜音速での機動を可能としている証拠。ただ、風のマナを操作できる私と違い、空気抵抗によって速度は維持はできず。威力の減衰は避けられていなかった。
だがその初速は音速に迫る威力を有していた。
十分な脅威だ。
当然ながらそれはミアやルドより格段に早い。
それどころか、ルドが空に逃げれば土のマナを駆使して自在に足場を作り出し、ミアが岩陰や崖の隙間に隠れようとも今度は虚術で土のマナの安定を反転させて一体を破壊し、一瞬で見つけ出してしまう。
時間稼ぎにもなっていなかった。
そして言わずもがな、獣化したティガは筋力もリーチも2人を圧倒している。以上の状況から、圧倒的に有利なティガは悠然と2人に迫り捕まえようとした。
嬉しそうに嗤いながら。
が、ミアもルドも寸でのところで、するりと躱してしまう。
ここは私も意外だった。
彼女が指定した3分は保つまい、そうおもっていた。
だが先の訓練で高まった集中と温まった体が、ティガの猛威を本能的に嗅ぎ取り、さらなる成長を促したのかも知れない。
最初は「ヨォシ!エライゾ!ソウデナキャナ!!」なんて吠えていたティガだったが、1分を過ぎても2人はするりひらりと避け続け、いつまでたっても捕まえられず。2分に迫る頃には想定外の事態に焦ったのか、どんどんコイツの行動は破壊的に。
残り30秒の時には、もはや目的を忘れて暴れまくったわけだ。
本気中の本気になったティガの形相と気迫に、おなじく本気で怯えて泣きじゃくりながらも逃げ続ける2人。
頭に血が上った状態で、せめて一撃でも当てねば。
とでも思ったに違いない。
結果、終了間際に掛け値無しの本気の一撃を繰り出したティガ。
無事私の介入によって獣化状態の利き腕を破壊され、そのまま地面へ蹴落とされた。
痛みと衝撃で我に返った彼女は、現在このように平謝りモードというわけ。
「ほんと……あんたが殴るたびに爆散する岩や地面を見てたら、爆裂術式でも拳に纏ってるのかと思ったわよ。あんなんで防殻術式もろくに組めない奴を殴ったら、血と肉と臓物の汚い花火にしかならないわよ。」
「ひっ!?」
「ひぎャ……。」
私の残酷な表現に、ルドは顔から血の気が失せて、ミアまで顔が青くなる。
やべ。
「セレナー? ティガを怒るにしても、貴女も言葉の選び方は気をつけてくださいねー??」
リリスが貼り付けた笑顔で私の方を向く。
いかん、滅多なこと言うと矛先がこっちに来る。
「あたしは爆裂術式なんて使えねえぞ?『ナガレ』は肉体の究極化と単一属性を極めることで得られる称号だ。爆裂術式なんて複合属性でしかできねーこと、一人の『ナガレ』じゃできねーよ。『サンシキ』や『ヨンシキ』じゃあるまいし。」
そういうこと言ってんじゃねーし。
ていうか何よ、サンシキやヨンシキって。
しらんわ。
「ま、兎にも角にも。各自はセレナのおかげで新たな境地へと至り。セレナのせいで死ぬような目に遭い。セレナのおかげで無事で済んだんだ。何も言うことは無いんじゃないかな?と、ボクは思うけども。」
そう言って、ディダは涼しい顔をしながら紅茶を啜る。
おい。
それだと全責任が私にあることになるだろが!
「じゃー、セレナのおかげということで。」
シャルがぱんっと手を打ち鳴らし、笑顔で曰う。
「まぁ、セレナがすごすぎたせいではあるかも。」
リリスが何か納得したように頷く。
「確かに、セレャのすることなら……しゃーなしかャ?」
ふんふんと頷きながら、ストンと表情が落ち着くミア。
「聖女の試練とは……かくも苛烈で心身に突き刺さるものですか。」
ルドは涙目のまま、なぜか腑に落ちたような落ち着きを見せる。
「ま、そういうことなら仕方なぐぶぅ!?」
今度は両足を勢いよく畳んで、両踵をティガの腹に打ち込む。
「なに流れにのって責任逃れしようとしてんのよ。させないわよ。」
こうなってしまっては仕方ない、道連れよ。
自身の不利を悟った私は、その後謝るティガに腰掛けたまま、しばらく左右の踵を彼女の鍛えられた腹筋に交互に打ち付けることにした。
その状況を本人も含め、誰求めずに生暖かく見守っていたのは……ある種の優しさと厳しさであり、全会一致の景色ということで。
一応、この場は無事収まったのだ。
と、思っておこう。
「あの。セレナ。踵で蹴るのは、い、良いとして。あっ、あたしのみ、右手は、砕けたっ、ままま!やめて!グリグリしないで!!それはくすぐったい!!」
うっさい。
後でちゃんと治すから、静かにしてなさい!
ミアの『雷化』について
物質が光速に近づくことの危険性は、もちろん承知していますよ。
だがミアの『雷化』は、そうした常識を覆す特異なユニーク魔術。
彼女は土と風のマナが激しくぶつかり合う自然の雷を、己の身体で一瞬だけ再現してしまう。
魔術的才能のないミアが、高位のマナ使いに囲まれて育ったことで後天的に獲得した、本能の産物である。そんなところでしょう。
その刹那、ミアは光や雷に等しい運動力を発揮する。
ただし持続は極めて短い——ピコ秒かフェムト秒の領域。
では、加速の際に生じる膨大なエネルギーはどこへ消えたのか?
答えは「粒子化」と「高速移動」、そして即時の「再構成」にある。
その過程を可能にし、自身と周囲を守るための力場を同時に展開する
——それがミアだけのユニーク魔術『雷化』。
土のマナを極めた者が誰かは言うまでもない。
風のマナについても……いずれ、物語の中で明かされることになる。
と、いいなぁ




