第二十九幕 「夢見強化」
『自らの限界を決めるのは自らの心だ』
これは師匠の言葉だ
『極限状態での体験や、精神統一の果てに見える"先”がある』
これは別のナガレが言ってた言葉
「言うは易く行うは難し。だっけ?
それをよくも、さらっと。まぁ……感謝はしてるぜ。」
「いやああああ!来ないでぇぇぇ!!」
「アホかャ!捕まえに行くのが目的だがャ!」
谷間を縫うように逃げ回るルドの背後から、崖を蹴り飛ばしながらジグザグ機動で信じられない速度を出しながら彼女を追い上げるミア。
高低差があるものの、高度が制限されている『谷間』。本来であれば崖から飛ぶ範囲程度がミアの有効な行動範囲で、それ以外の空域は全てルドの制空権。
だったはず。
だが、ミアの強力な脚力と軽快な跳躍によって、切り立った崖は単なる足場となる。彼女は向かい合う壁を足場に、物凄い早さで跳ね回りルドへと肉薄する。
崖幅は10mは無いが、決して狭くない。
だがミアの脚力にとって、もはやこの谷は『良い足場』なのだ。
「ひぃっ?!」
ジグザグ軌道の最後、直線状に迫ってきたミアを。ルドは悲鳴を上げながら立体的な空中機動で、するりと躱す。
悲鳴と青い顔の割には接触まで余裕のある距離だ、が。空中で軌道変更できないミアにとっては憎らしい動きだろう。
「ぎにゃー!ずっこいのャ!!」
「ずずずずるくないもん!ていうかミア!貴女がその速さで突っ込んで私に触れたら、私怪我しちゃうよ!?ミアの負けだよ!?」
真っ青でミアの動きを非難するルド。
「ミァそんなに不器用じゃないですーぅ。ちゃんと優しく触れるのャー。」
ギチギチに力の入った手のひらをわきわきさせながら、ぎろりと空の標的を睨めつけるミア。なんかミア、爪が尖ってない?
獣人は手の構造上、通常のネコみたいに爪の出し入れは出来ないはずだけど。
「おらー、十秒たつぞー。次移れ!」
「あわわ!」
「待つがャ!」
慌てて上昇して近くの『岩場』へ逃げるルド。
壁際を二拍で駆け上がり、崖際から地面を這うように追跡するミア。
『岩場』はミアの有利領域だ。
一拍で数メートルを跳躍できる彼女にとって、高低差15mは制空権。
逆に高度を制限されているルドにとっては、平面的な軌道でミアの追跡を避けるしか無い危険領域。
ミアが荒れ地を四足低軌道で駆け抜け、ぐんぐんルドとの距離をつめる。
あと一拍でミアの手が触れる、そう思った次の瞬間。
「んぎぃ!」
全力のくぐもったうめき声と共に、ルドが直角に曲がる。
そのまま岩と岩の隙間に身を滑り込ませて翼を畳んですり抜けた。
「んゃあ?!」
予想外の動きに標的を捕えそこね、驚きの声をあげるミア。
「おー。今のは凄いわね。ギリギリの隙間を翼を収納した状態で、慣性だけですり抜けたのも凄いけど。鳥ってあんな直角に曲がれるかしら。」
「少なくとも野生の鳥類にあの動きは不可能ですね。私の知識にある鳥人族の動きにも覚えがありません。」
「羽根への負担を最小限にとどめつつ、風のマナによる強制軌道変更。体にかかる遠心力は尋常じゃないね。」
「ひっ、ミアちゃんが勢い余って岩壁に突っ込んでる!」
訓練領域の中央。『空域』よりさらに上空。
何も無い場所にテーブルセットごと浮かんでいる私たち。
眼下に広がる領域を一望できる位置からの、観戦。
私とシャルとディダと、そしてハラハラしながら領域を見守るリリス。
予想以上のものが目の前に展開されていて、先程から驚きの連続だ。
さらに少し下では、まるで当たり前かのように自ら隆起させた岩石の足場に仁王立ちしたティガが、競技の審判のごとく二人の動きに目を光らせている。
それだけではない。
「ミアァ!ボケっとしてんな!!相手の動きから可能な行動範囲を予測しろ!その中から自分の動きで捕えられる選択肢を瞬時に判断するんだ!!」
「やっとるがァ!!」
岩に突っ込んでぶつけた顔面を抑えて、涙目になりながら吼えるミア。
「ルドォ!目に頼るな!!相手の動きを風の動きと音で捕らえろ!!目にだけ頼っていると痛い目に遭うぞォ!!」
「は、はいっ!!」
血の気の引いた顔で、辺りをキョロキョロとしながら、翼とマナをフル稼働して逃げ回るルド。完全に追われる立場だ。
そして上から怒鳴りつけるように、試合中の二人に大声を浴びせかけるティガ。
既に練習試合は済ませた。領域範囲の確認と軌道の感覚をある程度掴んだ二人は、さらにもう一度練習をしたあと、本格的な『追いかけっこ』を始めている。
練習の時は、なんとなくきゃいきゃいとはしゃいでいたが。
今は二人とも真剣そのもの。
捕えようと、捕えられまいと必死に動き回っている。
「ふふ。ティガが嬉しそう。」
「ええ。あんなに一生懸命指導している姿は初めてかも。」
「訓練とは単独より競う相手が居たほうが効率的な場合がある。ミアもルドもその典型だね。」
「あっあっ、ルドちゃん!そっち行くとミアちゃんが!!」
岩陰を低空飛行で抜けようとしたルドの行き先に、岩陰に潜んだミアが待ち受けている。
上から見ると一目瞭然だ。
ていうか、リリス。
あんたはどっちを応援してんだ。
っていうか、この子。普通に目で二人の動きを追えてるわね。
この子も割りと戦いの動きというのに慣れてきてるのだろうか?少なくともミアの動きもルドの動きも、もはや並の戦闘機動ではない。流石は陸の戦闘民族と空の戦闘民族だ。
まだ強化してないのに、この動き。
すごい。
ルドの動きに目を配る。
大きな岩陰を隠れ蓑に、上昇しようと意識が上に向いた瞬間。
その岩の向こうから、何かが飛び出す。
瞬間、彼女は反応した。
「ひっ!?」
ミアだ。
と思ってしまったルドは慌てて軌道変更しようと翼の動きを変えつつ、風のマナの軌道修正を開始する。
意識は飛び出した影に集中しつつ……だがコレがまずかった。
「え……?!」
ルドの目に写っているのは、ミアの着ていたシャツだけ。
次の瞬間、岩陰の下方からするりと飛び出して軌道変更の一瞬の硬直を狙ったミアが飛び出す。
「あ。」
「うャん♪」
同時に声をあげ、固まるルド。上機嫌でふわりとルドの体に抱きつくミア。
「つーかまえたーんャ!」
手で触れるどころか、しっかりと抱きかかえられてしまうルド。
そのまま頬ずりしつつ、ルドといっしょに地面に危なげなく着地する。
「よぉし!よくやったミア、少々変わり手だが、間違いなく有効打だ。」
「えぇー……これは我への攻撃にはあたらないんですかぁ……。」
心底がっかりしたように地面に落ちたミアのシャツを指さしながら、ルドが監督に抗議してる。
「ふぇいくだャー。実践では一瞬の油断が命とりャー。」
「そうだぞ、ルド。視覚に頼るとそうなる。もし風の流れと音に意識が向いていたら、布が飛ぶ程度の気配に意識は取られない。」
「うぐっ。」
正論を言われてしまえば素直に引き下がるルド。
純粋に悔しそうな顔をしている。ミアは満面の笑みでルドに頬ずりだ。
上半身が半裸だが。
ルーカスからもらった、魔導工学がどうたらの黒い機能性運動用下着『ブラ』が目に入る。
なんで下着の名前がブラやねん。
あれか。でかいとブラーンブラーンてか。
ちくしょうめ。
たれてしまえ。
「これで3-2。ミアの勝ちだ。」
地面に降り立ったティガが判定を下し、結果を告げる。
「やったがャー!」
「ぐうぅ!」
本当に嬉しそうなミアと本当に悔しそうなミアが汗だくになりながら感情を全身で現している。
ふふ。
とってもいい傾向。
「リリス。私を一旦下へ。あの子達見てくるわ。」
そう言いながら、私は椅子から立ち上がる。
「はい。わかりました。」
ふっと足場の感覚が消えて、私は30m程下を目指す。
「よし、二人とも一旦休憩だ。あと、ルド。翼を見せてみろ。」
「え?」
ルドはきょとんとしながらティガを見つめる。ミアも何事かと二人を眺める。
「良いから、広げて見せてみな。」
「は、はい。」
ルドは背中を向けて羽根を広げてみせる。
「……むぅ。さすがに勝手が違うか。」
「私が診るわ。」
ルドの翼に手を添えながら難しい顔で唸るティガに、私は頭上から声をかけつつ、シュタっと地面に着地する。
「セレナ、呼ぼうと思ってた。アレは大丈夫なのか?」
「さて、どうかしら。」
私は翼を広げたままのルドに近づいて理力による診断を開始する。
「あの……えっと?」
「貴女が最後にやった直角機動と岩抜け。見事だったわ。」
「あたしもアレはすげえと思った。」
「ミァもかんっぜんにスカされたがャ。」
ルドが驚いたように目を丸くした後、照れくさそうに頬を染める。
「それと同時に、貴女の体と翼に掛かる負担が心配になったわね。」
「骨とか、筋とか。翼の関節や付け根に違和感はないか?」
「え、ルド。そんな無理したのかャ?」
「あ……うん。無我夢中で動かしたから意識してなかったけど。別に痛かったりはしておりません。我は問題ないかと思っております。」
「それは興奮状態で脳内からエンドルフィンが出まくってるだけってこともあるわ。こういうのは後で傷んだりすることもある。」
「何だそれ。ていうか考えてみりゃ、ここはリリスの『夢見』の訓練戦闘だろ?もしかして体が壊れるってことはねーのか?」
「ミァもそうおもっとーたがャ。」
「ちょっと違うわ。以前の戦闘訓練でも空腹だったり、体に疲労が残留したりしたでしょ。『夢見』でも過度な運動は肉体に相応の影響を及ぼすのよ。筋肉の動き然り、出血や発汗然り。痛みや、違和感もね。」
メイの魅了フィードバックとかも、それな。
「あー、前回の戦闘訓練では汗は確かにあったな? でも疲労感は無かったぜ?」
「それは私が『夢見』中に理力であなた達の体を調律したからよ。」
「おやま。そりゃすまんかった。で、ルドの翼はどうなんだ?」
「ど、どうなんでしょうか?聖女よ。」
「……正直驚いてるわ。私が診る限り一切の異常は見受けられない。骨の異常や腱の断裂くらい起きてもなんの不思議もない動きだったけど。」
私の返答に、ホッとしたように一同肩を撫で下ろす。
「すげえな、鳥人族。マナの操作なのか、肉体的な操作なのかわからんけども、あたしが空中姿勢制御であんなことしたら、間違いなく腱がどっかしら痛むわ。」
「私もよ。ただ、私の場合は即治療するけども。」
「便利だャー……。」
「ま、大事に至らず何よりよ。続ける?」
「そうだな、その前に総評だな。ミア、ルド。こっちきてならんでくれ。」
そういってティガは二人を手招きして、この5戦の評価を述べ始める。
正直言うと、ルドがここまで動けるのは意外だった。
初戦こそミアの立体的な瞬発力型高機動に驚いてしまい、ものの1分でルドは捕まってしまっていた。
だが、次の2戦目はルドが逃げに徹したため、ミアの接近を許さず。時間がかかりすぎたためルドの勝ちとし、1-1。
3戦目以降は制限時間を5分と定めて試合を再開。
続けざまにルドが逃げ切って、1-2。次の4試合目でミアの動きが変わる。遠慮していたのか観察していたのか、途端に緻密で最小限かつ最適な動きをするようになり、ルドがどんどん追い詰められる。
結果、4分を過ぎたところでミアが彼女を捕えた。
これで2-2。
5戦目はお互い必死の追いかけっこだ。言葉での挑発も織り交ぜつつ、器用にじゃれ合うふたり。
結果は見ての通り。
2分での決着だ。
やはり機動力の高さから有利だったのはルド。
だがミアはその不利を観察による行動パターン学習と瞬発力によりカバーした。最後にはちょっとズルいけど、相手の意識の隙をついて勝ち越す。
見事な『追いかけっこ』だったと言わざるを得ない。
ティガの総評もほぼ同様だ。
「だから、二人とも動きの方は問題ない。さすがといえる資質の持ち主だ。だが、ここから鍛えるべきは目と感覚。つまり情報面での修行なんだがな……こればっかは時間をかけなきゃ鍛え上げられねーんだ。あたしから言ってやれることは幾つかあるが、聞くだけ聞いとくか?」
「うゃ!」
「是非もなく!!」
相変わらず楽しそうに頷くミアと。
いつの間にか意気軒昂な笑顔にて強く頷くルド。
たったの30分で凄い変わりようだ。
恐ろしいわね、獣人族の野性って。
これがルド本来の資質。彼女自身が自ら克服し、立ち上がったことによって得られた彼女自身のポテンシャル。
だったら、次はこうすべきよね。
「ティガ、待ちなさい。」
そういって彼女の肩に手を置き、待ったをかけた。
「ん?なんだよセレナ。」
「こっからは『強化込み』にしましょう。」
ミアの顔が喜色に染まる。
ルドは首を傾げた。
ティガは……一瞬間を置いた後、ニヤリとして。
「イケるのかよ。2人同時でも。」
「3人よ、あんたもちゃんと見えるようにね。」
即答した瞬間。ティガの顔が引くくらい「ニチャァ」っとした笑顔になる。
ていうか、ノースリーブから見える肌が泡立ってないか、コイツ。
「それは……楽しみだね。とっても、とっても楽しみだ。」
何故か握りこぶしをギリリと握りしめ、ティガが呟いた。
こういうところが怖いのよ、戦闘民族は。
「……程々にね。」
そう言って私はリリスとディダに思念を送る。
『リリス、ディダ。これから3人に理力強化を施すわ。』
『えっ。それって。』
『ふふ……思い切るね。』
リリスから驚きの思念会話が返ってくる。
『リリス。魔力はまだ大丈夫ね?』
『は、はい。全然負担らしい負担にもなってません。』
なんて頼もしい返事。
『ティダ、球形で戦闘領域を半径5倍に広げて。』
『いいよ。楽しいことになりそうだね。足りるかな?』
なんて恐ろしい返事。
『貴女も後で強化するわよ。』
『そ、それはセレナが大丈夫なんですか?』
『リリス。君同様だ、セレナもしっかり成長してる。』
そうなのだ。
少し前から感じていた違和感。
リリスの『夢見』の魔術的性能同様。
ここ最近、私の理力の効率が変化しているように思える。
理由はわからない。
考えてもいない。
だけど、確実にそうなのだ。
だからこそ、私も試したい。
私は期待に溢れた顔をした2人と不安に満ちた顔の1人に対し、同様の強化を施す。
強化値はミアに最後に施した時の倍。
私の基本強化値の24%程度。
運動性能、体力。そして思考と知覚。
かつての仲間に施した強化値の10倍。
だけのその瞬間。
ミアとルドの顔が驚きに染まり、ティガの顔が歓喜に歪む。
「いい?最初から全力じゃなくて。徐々にね。」
返事はない。
3人とも、自分の体にほとばしる何かを確かめるように。
体を開いてゆるく構えたまま、じっとしている。
視線は動かず、虚空を見つめる。
呼吸はゆるく長く。
脱力しつつも、芯は硬く体側はしなやかに。
「聞いてないわね……、いいわ。存分にやりなさい。」
そう言って私は直上に跳躍する。
はるか上空では、待ち構えていたリリスが不安そうな顔をしている。
少し前から気づいていたこと。
理力の効率のことじゃなく、それとは別に。
『夢見』中に他者へと理力強化を施すと、普段はその効率と難易度を飛躍的にあげてしまう距離的制限がなくなる。
考えてみればこれは、私たちはリリスの『夢見』の世界に内包された存在であり、現実での物理的距離は変わっていないのだから当然だ。
だがそれが私の中で違う意味での違和感になっているのだ。
この経験。リリスの『夢見』での理力運用の経験が、私の現実での理力行使にも影響を及ぼしている。
そんな気がしてならない。
私は先程より遥か上空にいる3人の元へと戻り、リリスに強化を施す。
知覚と思考。
私の基準値の40%だ。
「セレナ。私は仲間外れですか?」
これから起きることを察したシャルが、期待の眼差しを私に投げかけてきた。
「いいえ。私としても願ったりかなったりよ。」
笑顔でそう応えると。柔らかな笑顔を湛える彼女に理力による強化を施す。
知覚と思考。
基準値24%
まだ余裕がある。
気がつけば私の肌も泡立っていた。
「セレナ、あちらは始めるようですよ。」
「ふふふ。あんなに嬉しそうにはしゃいじゃって。皆かわいいわ。」
「シャルにはそう見えてるんだね。さすがだ。」
3人の声に私は再び視線を地上へと向けた。
空中は遥か上空300mより。
眼下に広がるのは訓練のための広大な戦闘空間。
半径2.5kmの巨大な白い壁に包まれた円形の領域。
中央に佇む3人は豆粒のようだ。
3人は、やがて動き出し、ルドとミアが静かに距離を取る。
そして2人が止まったのを確認したティガが手を高くあげた。
2人が流れるように構え、腰を落として互いに相手を待ち受ける。
数拍の後。
ティガの手は音もなく振り下ろされた。
試合開始だ。
あーあ。
セレナはとんでもないことをしてしまいました
肉体の極限化を求めて修行する奴に
同じ「割合強化」を施すなんて
ディダ内心大爆笑




