第二十八幕 「夢見訓練」
時折自分の中に首をもたげる戦士の血
標的を効果的仕留めようとする思考と動きが脳裏に浮かぶ
でも、なぜかそれが怖かった
それを使えば……『死』が起きるからだ
「でも。それを使わないことで起きることを考えてなかった。」
「ルド……どっかにいっちゃうのかャ……?」
悲痛なつぶやきが聞こえた。
ミアがふらりと立ち上がり、悲しそうな目をルドへと向けている。
「ミア……。」
彼女は少し驚いた顔で、自らに向けられた視線をまっすぐ捉える。
既に強い意志を宿したその瞳は、向けられた思いから逃げることなく、ちゃんと向き合おうという優しさをも持っていた。
「せっかく、ミァと友達になったのに……もうお別れなのかャ。」
ミアはとても辛そうな声で追いすがるように、ふらふらと歩み寄る。だけど、泣きつくようなことはしない。
だからこれは身勝手な我儘などではない。
相手を思うからこそ、気遣うからこそ踏み出しきれない。
ミアの優しさと、彼女への親愛の形。
「ごめんね、ミア。私は飛び立たなきゃ行けないんだと思う。そしてここではない何処かを探したいんだと思う。そこで、私の大切な何かを見つけたい。」
少し震えた声。
彼女だって理解している。自分がしようとしていることが今の自分から何を奪ってしまうのか。
手に入れたばかりの、初めての友達を手放さなければならない。
彼女を惜しんでは飛び立てないことを。
二人とも、お互いを想い、お互いのためだと、ちゃんと理解している。
「寂しいのャ……ルド。」
「私もだよ、ミア。」
そういって、二人はどちらからともなく歩み寄り。ふらりと手を伸ばして静かに身を寄せ合った。
二人とも泣いたりしない。溢れる感情に必死に耐えながら。代りにお互いをきつく抱きしめ合っている。
シャルはそんな二人を静かに見守る。
ティガも感情を押し殺すかのように、硬い表情を保っている。
リリスだけが悲痛な面持ちで、またポロポロと涙を零していた。
はぁ……本当に、泣き虫で優しい子だ。
まったく、世話が焼ける。
そう思いつつ、私はため息を一つ吐き出した。
そして――
「しんみりしてる所申し訳ないけども、だいぶ気が早いわよ、あなた達。」
私は一笑に付すように、吐き捨てた。
「……ふャ?」
「……え?」
同時に顔を上げて涙目でキョトンとする二人。
「ふふっ……。」
何故か嬉しそうに笑顔を零すシャル。
「……はっ!」
驚いた顔をしたあと、面白そうに短く笑うティガ。
「……?」
涙と鼻水でグシャグシャの顔のまま、目を丸くして私を見つめるリリス。
「お別れするにはまだ早いって言ってるのよ。ミア、あなたにだってまだやってほしいことあるし。ルドにもまだ聞きたいことはあるわ。」
口を半開きにして、唖然としたままの二人に対し。
私は腕を組んだまま不敵な笑顔を向け、口を開く。
「私、やり残しは嫌いなの。」
そういって、右手の人差し指を立てた。
次の瞬間、景色が一変する。
荒涼とした台地、点在する大きな岩、まばらに立ち並ぶ荒原の大きな木々。台地を分かつ曲がりくねった見通しの悪い谷間。灰色の雲が立ち込める空。
「はっ!? えぇ!?」
夢見の主であるリリスが素っ頓狂な声をあげて最初に反応する。
「ほー。こりゃいいね。」
続いてティガが辺りを見回し感嘆の声をあげた。
「なるほど、確かに。」
すらりと立ち上がり、ティガ同様に辺りを見回すシャル。
「は? えっ!?」
未だ夢見に慣れないルドがキョロキョロと辺りを見回す。
「……あ、そっか。わかったのャ。」
ポカーンとしていたミアだったが、ハッとしたように目を見開く。
「こんな感じでどうかな?セレナ。」
相変わらず唐突に現れては喋りだす奴ね。
「良いんじゃないかしら。これを活かすも殺すもこの子たち次第よ。」
そういって私は背後を振り返る。
いつの間にか、誰の視線も向かっていない死角。
白いテーブルとイス、ティーセットと茶菓子。
そして小柄な神格が出現していた。
「なんでボクが一番最後かな。」
「様式美よ。ディダ。」
そういいながら、私は涼しい顔をしてイスに腰掛ける。
「ティガ。監督は貴女に任せるわ。何か思いつくかしら?」
そういって彼女の方を見る。
「……。」
が、既に腕を組みながら各地系を見つめ、慎重に吟味しつつ。
真剣な表情で、黙って思案しているティガ。
「ふふ。言うまでもないみたいですよ。」
嬉しそうに笑いながら、空いてる席に優雅に座るシャル。
「ディダさん……だんだん遠慮がなくなってきてないですか。」
ちょっとだけ不満そうな顔で私の隣の席に歩み寄ってくるリリス。
「リソースを潤沢に使いつつ、一気に構築できるくらいには領域に余裕が出来てきてるからね。リリスの成長のおかげだよ。」
そういって、ディダは悪びれる様子もなく紅茶を手にして一口すする。
「それは嬉しいですけどー……セレナとばっかり内緒話はズルいです。」
そう言って彼女は不満げな態度を現しつつ、とすんと大きなおしりをイスへと落とす。
さっきまでぐずぐずだった顔が治っている、さすが夢見の主。
ちゃんと取り繕うじゃん。
「えっ? あの、いったい何が……。」
未だ状況が飲み込めてないルドは独り狼狽えている。
「前にいってたヤツだがャ!」
何やらワクワクした様子のミアが、ルドに抱きついたまま期待の眼差しをティガへと向けている。
「前に、言っていた……??」
理解及ばず困惑したまま固まるルドに対し。
ミアは手を伸ばして彼女と体を引き離す。
「とっくんだがャ!」
そして満面の笑みで、嬉しそうにそう言い放った。
「……ひぇ!?」
数拍間をおいて、間抜けな声と怯えた顔になるルド。
ここらへんはまだ覚悟がキマってないようだ。
そんなこったろーと思ったわ。
当然だが、この空間は私の案によるものだ。
ミアが以前言っていたルドの自信をつけるための戦闘訓練。可能であれば私の理力強化を含む、彼女の資質の開花を促すための『夢見訓練』だ。
これ、すごい便利よね。
「よし、決まったぜ。」
ティガが大きく頷き、腕組みを解く。
ミアの耳がぴこーんと立つ。
ルドの翼がシュッと縮んだ。
反応が真反対だね。
おもろ。
「今からルドの為の戦闘訓練をするぞー。説明すっから、二人ともこっちきな。」
そういってティガは満面の笑みで、二人を手招きをしている。
「うャ!!」
そういってルドの手を掴んだまま駆け出すミアと。
「ちょ、ミア!まっ――」
待って、と言おうとしたのだろう。だが元気よく駆け出すミアに引っ張られて、ルドはそのままティガの前まで連れて行かれてしまう。
腰に手をあて、仁王立ちするティガの眼の前。
笑顔でちょこんと正座するミア。足の構造上、正座が無理なルドは深くしゃがみ込んで不安そうな顔だ。
「とりあえず、お前らはアレだな。二人とも軽量型のスピードタイプだ。だから、ド付き合いっていうのも無意味だろう。」
「うャ!」
「あ、あの。ティガ殿、我はスピードタイプという程のものでは――」
「お前は『岸壁の狩人』に指導されてんだろ?海中の魚を取れるっていうのは、それだけで結構な速力を要する。お前の体格と羽根の大きさなら、ミアと良い勝負になると思うぜ。」
「うぅ……。それは、確かにそうですけど。」
ほー。あのスレイとかいう鳥人族の老人が『岸壁の狩人』の氏族なのか。
たしか『ミサゴ』という鳥の因子を持ち、海岸の崖際などに居を構える鳥人族だ。猛禽類としては珍しく魚を好み、空中静止からの高速強襲で海中の魚を捕る。そして、海面際で捕えた獲物を持ったまま『海上から飛び立つ』膂力と技術。
これだけでも他の鳥人族とは一線を画す飛行技術だが、彼らはさらに陸上の生物や空の生物も狩りの対象とすることが可能だ。
つまり、陸海空を制する狩人。
空飛ぶマルチハンターという訳だ。
その彼から体格と膂力、速力で上回る資質を持った『ハクトウ』のルドが指導を受けたとなれば、確かに通常とは違う結果が生まれそうだ。
「どうやってミァとルドは戦うのャ?」
「み、ミア。私あなたと戦うなんてできないよ……?」
「それはやってみないと解んないがャ!」
「なにも殴って引っ掻きかみつけって話じゃねーぞ。お前らがやることは『追いかけっこ』だ。」
「ぬャ??」
「追いかけっこ……?」
「ルドは逃げる方。ミアが捕まえる方。ただし、このディダ様が造った『夢見』のフィールドでの追いかけっこに、一定のルールを設ける。」
「るーる?」
「逃げる方……。」
地面に木の枝でガリガリと見取り図を描きながら、ティガが説明を始める。
「まずは訓練場の領域を区分けする。まずは『空域』、あの一番高い岩山より上の空全部を一つの領域に定める。」
ルドが指さした先にある、一番大きな岩棚の中心にそびえる岩山。
台地を基準に高さを定めるなら15m程の大きさだ。
良い目印ね。
「次に『岩場』、あの台地を中心として辺りに散在する大岩をひとグループにして。一つの領域と定める。あたしから見える岩棚が4つあるから、『岩場』は4領域だ。」
地面の見取り図通り、正面から荒れ地を綺麗に割り、三本に枝分かれしている谷間。その谷間によって形成された台地は大小4つとなる。
それぞれが隣り合っていて、各々が風化によって個性的な地形を形成している。
「次が『大木』だ、『岩場』の間にある荒れ地に生えているあの大きな木の周りを領域と定めるぞ。『大木』は結構な数があるから……えーと。」
「17本あるわね。」
私は大木を数え数字を口にする。
「おう、さんきゅセレナ。『大木』は17領域だ。『岩場』と『大木』の中間点を境界とするぞ。」
4つの岩棚にはそれぞれ大木が3~4本。
荒れ地の木にしては幹が太く、大きい。枝分かれも激しくて、良い足場になりそうだ。高さは10mちょい。
「そして4つ目の領域が『谷間』だ。この4つの岩棚を分かつ谷間を一つの領域として定める。わかったか?」
「うャ。」
「は、はい。」
いつの間にか二人とも真剣になってティガの説明に耳を傾ける。
上空10m以上の空を繋ぐ『空域』、何も無いが全てに隣接する。
谷によって別れた4つの『岩場』、平面的地形が複雑で隠れるところが多い。
その周りに点在する数本の『大木』、見通しは良く立体的な足場が多い。
そして岩場を分かつ『谷間』、空同様高低差があるが、壁に囲まれている。
それぞれのフィールドが大きさも異なり、共通点はなく個性的で面白い。
「そして、ここからが重要だ。逃げる側のルドは各領域に留まれる時間制限を指定する。最大10秒だ。そして、次の領域に移るまでに最低5秒はその領域に留まるように。」
「5秒かャー。」
ミアが各領域を見渡しながら、何かを思案している。
「10秒……。」
ルドは空を見上げて呟いた。
ふふ、なるほど。
良い下限と上限設定ね。
「それと、もう一つ。『空域』から『谷間』への直接の移動は禁止する。」
「うャ。」
「うっ……。」
これはルドの高い優位性を打ち消すルールね。飛ぶことのできるルドにとって『空域』と次に『谷間』が逃げる側にとって有利。
この2箇所を往復されたら、ミアに勝ち筋が薄い。
「そしてさらに。『空域』か『谷間』の次には必ず『岩場』と『大木』を2回以上挟むこと。もちろん、この2回は『岩場』だけでもいいし、『大木』だけでも良い。だが当然、同じ場所はだめだ。」
「ぬゃ。」
「に、二回。」
これは一見するとルドに不利な、ミアに有利なルール。だけど、実際はルドにも重要なポイント。『空域』から『岩場』や『大木』に移動する時は選択肢が20以上もある。そこから隣接する領域は絞られるが、それでも10ほどの選択肢になる。2度の『岩場』と『大木』を挟んでしまえば、再び選択肢に『空域』と『谷間』が復活するから、自分の優位性を取り戻せる。
機動力の高さにおいて有利なルドにとって、この選択肢こそが逃げ続けるための重要ポイントね。
「うー、大体わかったがャ。」
「あ、あのどうなったら私は負けなんですか?」
「ルドはミアに捕まったら負け。ミアはルドを捕まえられなかったら負けだ。ただし、ミアは攻撃とかしちゃダメだ。ルドの体の何処かに触れれば勝ちとしようか。」
「むー、わかったがャ。」
既に何やら色々と考えているミア。
「か、体のどこか。」
そういってルドは、自分の翼や尾羽をチェックする。
「ちなみに、逃げる側のルドはミアに直接攻撃しても良いぞ。ただし手に触れられたら負けだからな。ちゃんとそこら辺考えて攻撃しろよ。」
「ぬゃ!?」
「えっ。そ、それはミアが危険では!?」
「ほーん。ルド、あんたミアに攻撃あてられるつもりか?」
にやぁ。といい笑顔になるティガとーちゃん。
「う……それは……。」
「ふふふ。やってみればわかるぜ。」
彼女はルドの返答を待たず言葉を続けた。
何故か自信たっぷりの自慢げな態度でルドを睥睨するティガ。
そんな姉を見て、一瞬驚いたものの、何故か誇らしげな顔になるミア。
そんな姉妹のやり取りを見てルドは唖然としている。
ティガも随分親バカね。
まぁ見立ては間違ってないと思うけども。
「とりあえず練習がてら、やってみっか。」
「なー、ティガ姉ちゃん。端っこはどこまでだャ?」
「そりゃ、監督の私が見えるまでだ。」
「そんなん解んないがャ。」
「じゃ、こうしてあげよう。」
姉妹のやり取りを聞いていたディダが、人差し指を立ててクルリと中空に輪を描いた。
すると谷の枝分かれを中心として、半径500m程の白い半透明の壁が現れる。
ふむ、これで直径1kmの訓練領域ね。
まぁ今のルドならこれくらいが適当かしら?
「あとは、練習の間はこうかな。」
そういって、立てた人差し指をピッと差し向けた。
次の瞬間、各領域の境界線を表すような、薄く淡い色合いの黒い膜のようなものが、各領域の境界や限界高度、そしてちょうど中間点に出現している。
「いいね。さすがディダ様だ。最初はこれで領域の間隔を掴んでみな。」
感心したような顔でディダを見つめたあと、ティガはにこりと微笑むと。ミアとルドの方へと向き直る。
二人は並んで、眼の前に現れた薄く半透明の黒い膜に不思議そうにつついて空を切っている。すぐ目の前にあるのに、手で触れようとしても何も無い。
良いガイドラインね。
「さ、二人とも。準備はいいか?」
ワクワクした笑顔のティガが、二人に声をかけた。
「うゃ!」
「は、はい。」
同じくワクワク笑顔のミアと、対象的に不安そうなルドが。
揃ってなかなか良い返事を返した。
さてさて、お手並み拝見と参りましょ。
企画:セレナ 構成:ディダ
運用:リリス
監督:ティガ 補助監督:シャル
出演:ミア、ルド
さぁとっくんだー




