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救済の聖女のやり残し ~闇と光の調和~  作者: 物書 鶚
第二章 第二部 目指すべきところ
202/216

第二十七幕 「憧憬」

謝罪を求めていたわけじゃない

見返したかったわけでもない


ただ褒めてほしかった

ただ認めてほしかった


「だが、望んだものは返ってこず。我が道はままならず。」


「そこからは、我は『風読(かざよ)み』としても過ごしました、たまに『風の便り』を色んな所へ届けたり、たまに魚を取っては1日を過ごしたり。5才になる頃にはようやく狩りにもだいぶ慣れて、ウサギのような小動物や中型の鳥ぐらいなら狩れるようにはなったんですけど。」


やや遠くをぼんやり眺め、夢見の場にて己の半生を語り続ける彼女の目は

乾ききった諦観(ていかん)の目をしていた。



「ですけど?」

「うぅ、ひぐぅ……」

私は臆すること無く、感情なだらかにルドの話を聞き続ける。

草原に腰を下ろし、淡々と語り続ける彼女を見つめる。


私の隣でリリスがうずくまって泣いている。


「その……まぁ、なんというか足りんのです。近海で取れる魚類や小動物程度の大きさでは最近の我の腹を満たせず。さりとて『風の便り』を生活の基礎にするには不定期かつ不安定、しかも対価とするものもあまりに多くを期待するのや金銭の要求をご法度とするのが、古くからの『風読み』の()()()()のようでして……親や同族、先達からの教育がなかった我は、そういった経験と蓄積された知識が皆無にございまして。それはそれは何度も痛い目にあったものでございます。」


自嘲気味で乾いた笑顔。


「あー、先輩の教育が無いわけね。」

「ひぐ、えぐっ……」


それは中々辛いことだろう。いちから自分の経験のみで是非と良し悪しを手探りしながらやらねばならない。非常に困難な道程(みちのり)だ。


シャルの背中に隠れるように、影で顔を突っ伏してミアが嗚咽(おえつ)を漏らしてる。


「そもそも、本来『風読み』も『空便(そらびん)』も戦士階級の役割ではないのですよ、セレナ。その膂力と空中機動、攻撃性の高い優秀な風のマナを持ってして『蒼天の覇者』の尖兵として空を舞う。本来ならルドはそういう将来を期待されていたはずです。でも、私たちがルドと出会った時に、彼女は自ら狩らず、物欲しげな視線を向けるのみだった。戦闘民族であるはずの『ハクトウ』に対し『空便』が仕事であると判断したのはそれが理由です。何か事情があるかもしれない、それくらいのことは考えましたけども。」


シャルは自分の膝の上で、羽根を畳んで小さく丸まっているルドの頭を撫でる。その口から発せられる言葉は現実的で厳しい物だ。


だが膝上でうずくまる哀れな少女を撫でるその手つきは慈しみと安らぎに溢れた柔らかなもの。泣いている子供を優しくあやす母の手つきそのものだった。




「なるほどね……運搬なんて仕事は戦士階級にやらせるほどのことではない。もしくは、早く届けるにしろ遠くに届けるにしろ、もっと適した氏族が他にも居る。まぁ、ごく自然で当たり前の話ね。わかるわ。」


私は話を続けて、ルドという鳥人族の異質さを改めて評する。


「生きるためには食わなきゃならないし、食うためには犠牲を払うしかねぇからな。しきたりという昔からの作法に従う。ゆえに弱いものは置き去りにされ、違う道へと進む。自然の摂理であり、あたしら獣人達の掟だ。

それは大きな負担を払ってまで保持すべきことじゃねぇ。あたしら獣人の世界じゃそんなに珍しい話でもない。」



腕組みしたまま目を瞑り、眉間に深いシワを寄せて、唸るような表情のまま深く頷くティガ。

なんかこう、目から溢れる何かを必死に堪えているようにも見える。



「そうでしょうね。子をなくした親や、親をなくした子、家族を捨ててそんな人を守る奴。血の繋がりも無いのに一緒に助け合いながら、あてもない旅をする。本来なら、あなた達みたいなのは獣人族にはあり得ない。せいぜい助け合って小さな集落で過ごすくらいよね。」


かつてミア記憶で見た、血の繋がらない氏族集団による猫人族の集落。

あれも血筋を重んじる獣人族としては稀有な景色だ。


シャルはミアと出会ってからしばらくしてティガと出会い、まもなくあの集落で一時を過ごしたのだという。だがミアの成長に伴い、彼女の生存能力の低さを集落の連中から疎まれるようになり、彼女たちは旅に出ることになった。


境遇としてルドに同情をするのは察して有り余る。

でもシャル達は独りではなかった。


しかしルドは、その人生の多くを独りで過ごした。

手にしかけた温もりも、時と風の流れに(さら)われた。



なるほど。

彼女がこのような性格になるのには、ちゃんとした理由があった。

とても現実的で、あまりにも悲劇的な理由が。


だけど……



「ひどいがャ……あんまりだがャー……」

「ルドぢゃん、たった独りで頑張っでぎだんでずね……」


先程からボロ泣きのリリスとミアが、涙と鼻水でひどい顔をしながら、心からの同情をルドに向けている。


だが一方のルドは、自らの身の上を話したものの諦めきった乾いた反応だ。きっと彼女の中では()()()()()()()()なのだろう。


己の無能さも、一族からの扱いも……家族からの温もりが理不尽に隔たれたことも。受け入れ終わって、挫けた心も奮い立たせ終わってしまったのだ。


そうして彼女は這いずり回った地べたから、再び己の力で飛び立った。


そんな彼女を、風の精霊が認めたのか祝福したのかはわからないけど。ルドを『風読み』として認め、『風の便り』を持たせた。

結果として彼女は稀有な出会いと新たな出会いにより、大きな学びと小さくない別れを経て、またひとつ成長したのだ。



なんて強い子なのだろう。


自らのことを認めることも愛することもできず、奪うことを厭い。一族からも、母すらからも見捨てられ。絶望と孤独の日々を耐え、だれも気づくことのない当たり前のことから、自らへの愛と許しを得て……自らを生かす為に自らの壁を越えて成長したのだ。





「少し、貴女を(あなど)っていたわ。ごめんなさい。」


すこしだけバツが悪くて、彼女の目を控えめに見つめ私は頭を下げた。



「え……?それはいったいどういった……。」

唐突に放たれた私の賛辞と謝罪に、ルドは困惑して目を瞬かせた。


「私、最初はちょっと貴女のことが嫌いだったの。過剰に控えめで自分を下に置くような振る舞いが目についたっていうか、少し気に入らなかったのよ。

でも『夢見』で貴女の生き様を見て思い知ったわ。こんなにも弱い者が、こんなにも足掻き続けることができるのか。

素直に、凄いと思ったわ。」


「……恐縮に。」

彼女は唖然としたまま、私の言葉を受け入れる。


「だけど……それを差し引いても、今の貴女はちょっと卑屈ね。」

顔をあげ、今度はすこし問い詰めるような視線を彼女に向けた。


「否定のしようもなく……。」

すこし沈んだ顔で情けなさそうにはにかむルド。

やはりその表情から見て取れるのは、諦観。



だからこそ、私はここで留まらず、まして引くことはしないと決めた。


「でもね。1つだけ貴女の行動が理解できないの。」


確信はなかった。でも、まだ彼女は何かを隠していて……それが彼女の中で不安や不満となっているんじゃないか。


そんな気がした。

だから引かずに突っ込んでゆく。


「……と、仰られても我には見当もつかず……。」

どこか後ろめたさそうな、煩わしそうな顔。


「ルド。私もセレナの言っていることと同じことを感じていました。」

彼女を膝の上に乗せたまま、ずっとルドの頭を撫でていたシャルも。

私の言葉に呼応するかのように口を開く。


「……シャル様まで。いったいそれは、何だと仰られるのですか?」

目を合わせず、視線を落として。

非難するかのような口調で、彼女は問い返した。


「貴女には悩みがあったはずね。『告げ役』として時代の転換点ともいえる大事な『風の便り』を届ける役目を請け負った。それでも一族からは認められないことを予感しながらも、それを完遂した。私に『古き民』からの言葉を届け、『古き友』からの『古き風の便り』を届けることで、貴女自身の疑問であった『星の流れ』の違和感の正体、『星流軸』の異変を確認できて貴女は自分の悩みの答えを得た。それで終わり?」


自らの考えと予感に従い。彼女の真意に踏み込もうとする。



「……左様です。感じていた『星の流れ』の違和感、その理由と結果を知ることを望み、我は姫君と聖女の強力を得て、我が間違っていなかったことを知れました。」


だが彼女の反応はやはり(にぶ)い。


「ルド。貴女はそのことに確信を得られただけで満足なのかしら?」

「……満足してはおります。」

シャルの問いかけにも、歯切れの悪い返事。


「違うわね。ならば、そう……質問を変えましょう。」

私は改めて彼女に対し、視線を突き刺す。


「……。」

彼女は目を伏せたまま黙る。

なにかに怯えるように佇む。


「もしかして……貴女以外の鳥人族は『星の流れ』の異変に気づいてないんじゃない?」


私の問いかけを聞いていた一同は、黙したまま成り行きを見守る。

リリスとミアは私の発言の意味が理解できず、すごい顔のまま固まってしまっている。ティガも発言の意味は理解しているが、意図がわからないといった風だ。


シャルだけは、手を止めず。伏し目がちなルドの頭を優しく撫で続ける。

そしてルドに問いかけた。



「きっと貴女は成長してから、一度だけ仲間を訪ねたのではないかしら?それもごく最近。それは……世界が魔王討伐の報せに湧いていた、およそ一月半ほど前。貴女が『星の流れ』の違和感を感じた後に、仲間を訪ねて異変の正体を探ろうとした。そんな感じの経緯ではないかしら?」


ウソを隠す子供に対して、優しく諭すように言葉をかけ続ける。

母親の様な慈しみと優しさを込めて、卑屈で内気な少女に語りかけた。


「……。」


ルドはシャルの問いかけにも反応しない。


「……そして、貴女は再び同族から否定され、拒絶された。」


私は臆することなく口にする。

彼女のトラウマの根源と、彼女の奮い立たせた勇気が生み出した残酷な結末を。救われなかった物語を。


ミアが息を呑んで、リリスは愕然としている。

ティガは大きくため息をついた。


「……。」

ルドは黙ったまま。

肯定もせず否定もしなかった。



そして彼女はシャルの膝から離れ、立ち上がると少し歩いて崖の際で立ち止まり、岬の東にあるトレードウィンドへと目を向けた。


そしてじっと町並みのとある一点へ目を向ける。

その眼差しは、諦めの奥底に宿る……重苦しく熱の籠もった視線。



渇望、あるいは羨望。

いや、これは……もっと別の。


そう、憧憬(どうけい)





こうも理不尽な話があるだろうか。


試され、打ちひしがれ、捨てられ、絶望の果てに立ち上がった。

自ら再び歩き出し、闇を払い、壁を乗り越え、成長してみせた。

精霊に認められ、自らの内にある疑問のため、(わだかま)りを越えて再び対話を試みた。


そして再び(こばま)まれた。


だというのに。


彼女はまだ耐えている。



「ねぇ。ルド。」


私は立ち上がり歩き、彼女の隣に立つ。


「貴女の視線の先にある、貴女の仲間たちが住まう所。そこは貴女にとってまだ求めるべき場所なのかしら?」


「……わかりません。」


顔を街に向けたまま、視線も動かさず。

彼女は静かに答えた。


「貴女の記憶の底にある、貴女の大切な人が住まう所。そこは貴女にとってまだ必要な場所なのかしら?」


「……今の我には、もう必要ないのかも知れません。」


乾いた眼差し、抑揚のない平坦な言葉。

期待することをやめた、絶望の先にある境地。

そんなことを思わせる、枯れた感情。


「貴女の手の中にある、貴女自身が得てきた物。それはあそこに住む者たちに見せてやるほどのものかしら?」


「……少なくとも、必要ではないのかも知れません。」


絶たれた望み、空虚な心。

求めたものは得られなかった、空回りの意思。

汲まれることすらなかった、願いと思い。



「でも、私たちは貴女がちゃんとやり遂げたことを知っている。貴女が告げたことを信じてる。貴女の思いと願いを受け入れてる。これは貴女自身が自ら手にした未来よ、貴女にはその力がもう備わってる。」



だが、彼女は何も手にしてないわけでもないし。何も残っていないわけでもない。ちゃんと彼女は必要なものを自ら得てきた。



「貴女は、もう飛び立ってもいいと思うわ。」


私の言葉に、ルドが少しだけ翼を震わせる。



「貴女が『夢見』で見せてくれた、この岬にある思い出の場所。寂れつつある灯台守の一軒家。貴女はここで十分学び、自分にとって大事なことを考えたわ。戦士の血筋が戦えなければ価値がないなんて他人の決めた型にはまる必要もない。貴女は貴女が持つ何かを携え、それを必要とする者のところへ行くべきよ。」


私はどんどん突き進む。

いろんな物を捨てきれずに、いまだ足踏みをして前に進むことが出来ない者の背中を押すために。


「……居るのでしょうか。我をそのように必要としてくれる者が。」


道は途切れ、切り立った崖があるのみ。

崖下は冷たく荒れ狂う波、渦潮と尖った岩肌がひしめく危険地帯。


「探すのよ、今の貴女が持てる総てを賭して。その人がいる場所を。」


踏み出せばどうなるかわからない、無事では済まないのだろう。


「……その様な場所へ、我ごときがたどり着けるでしょうか。」


ずっと古巣のそばを離れず、さりとて戻ることも出来ず。

それなのに旅立つことも出来ず。仮住まいを捨てきれず。


「行けるわよ。貴女には空を舞い、風を切り裂く立派な翼があるでしょ。」


だが一度『飛び立て』ば、彼女は全てを飛び越えて知らない場所を目指せる力を持っているのだから。



もう一度。

彼女は背中の翼を震わせた。先程より大きく。前よりも強く。



「……その先に、一体何があるというのでしょうか。」


いつの間にか、彼女の顔は空へと向いていた。


縛り付けられていた視線は古巣から離れ、知らない何処かへと向けられている。手にできない虚ろを見つめる憧れの眼差しは。いつしか未知へと向かう憧憬へと変わる。


「私は知らないわ。それを貴女自身で確かめることこそが、この道の醍醐味よ。だから自分でちゃんと探しなさい。」


私は突き放す。

心配などしていない。


なぜならば。


「……聖女は。とても厳しいお方ですね。」


そういって振り返った彼女の顔は良い笑顔で、どこか吹っ切れていたから。


きっと持ちきれないものを探し続けるのを止めたのだろう。

飛び立つのに必要なものだけ。




それはもう彼女の中にある。




「そうよ。私、好きな人には意地悪なの。」


私も笑顔で応えた。


強さってなんだろうね

弱さってなんだろうね


弱くても、強く在ることはできるはず

逃げることは、悪いことじゃないはず


何処へだろうと、進み続けりゃいいのよ

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