表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
救済の聖女のやり残し ~闇と光の調和~  作者: 物書 鶚
第二章 第二部 目指すべきところ
201/216

第二十六幕 「良き風読み」

誰しもが望まれるように生きれない

誰もが自分の望むような生き方はできるわけではない


陽の光と、風の流れと、水のせせらぎと、大地の静けさ、木々のざわめき

ただそこに在るように、誰もがそこにいる


「それを認めることを何ていうか知ってるかい?」


私の思い出。

6年間の記憶。


嬉しいこと。

怒ったこと。

悲しいこと。

楽しいこと。

色々……あったと思う。


でも、正直いってしまうと。思い出してみても幸せな気分にはなれない。



だって。


私の記憶は辛いことでいっぱいだったから。




……一番古い記憶。

それは『悪い思い出』。

あの日のこと。


私が初めて狩りに連れて行かれた日。

仲間の誰だったかに連れられて、近くの草原に行った日。


それが誰で、他に誰が居たか。

もう顔も思い出せない。


思い出したくない。




なのに、1つだけハッキリと覚えている。


飛べるようになったばかりの私の、まだちっちゃくて力もあまりない鉤爪で刈り取った命の姿。


小さくて、生まれて間もないアナウサギの子供。



言われるがまま、風のマナを孕み、空を飛んで、見つけてしまった。

言われるがまま、風のマナを纏い、空を堕ちて、無我夢中で掴んだ。



必死だった私は、捉えた命を掴んだまま地面に突っ込んで、転がって、土と草まみれになっていた。


空からふわりと舞い降りてきた仲間の誰だったかが言った。



『この程度の相手に必死すぎだ。だが、まぁ初めては初めてだ。よく頑張った。それがお前の初めてのエモノだ。』


そんなことを言っていた、と思う。

よく覚えていない。



覚えているのは、ソレを掴んだ鉤爪から伝わってくる、命の温もり。

それがだんだん失われていく感覚。ぬるりとした感触。


ぴくぴくと、(わず)かに震える、小さな(からだ)


『どうした。エモノをちゃんと確かめろ。』


そんなことを言っていた、はず。

思い出したくない。



でも、私は見た。

見てしまった。


私の利き足の、右側の足の、蹴爪(けづめ)に突き刺さった。

アナウサギの子供……の、首が折れてねじ曲がった頭。


その小さな体の先の頭蓋(ずがい)から、じわじわと(にじ)む赤い液体。

私の小さな蹴爪の先から、どろりと(あふ)れる中身。

この小さな命が終わり、温もりが消える姿。



次の瞬間、私の背筋に信じられないほどの嫌悪感が走る。

絶望感と恐怖と後悔と恥と悲しみで、頭の中がいっぱいになる。



弱くて臆病で何をやってもダメな私の蹴爪が。

もっと弱くて臆病な生まれたばかりの命を。


無責任に無自覚に、終わらせた。



そう思った。



気がついたときには、胃の中身をそこらに吐き散らかしていた。

胸がムカムカして、息ができなくなって、空気を吸うたびに吐き気が込み上げてきて。


そのたびに吐いた。



ようやく胃が空っぽになって、吐けるものがなくなって。

やっと息が吸えた。


涙が止まらなくて、頭痛と耳鳴りで視界がぐるぐる回って。

立っていられなくて、地面をのたうっていた。


なのに私の足からは、ソレが突き刺さったままで。

離れてくれなくて。


冷たくて、ぬるぬるしたのがまとわりついて。

振りほどこうとしたら、なかみがとびちって。


それが顔について、私は金切り声をあげた。



それを見ていた、誰かが言った。


『なんてざまだ。』

『これが戦士の血筋だと?』

『冗談にもならない。』


そんなことを言ったかもしれない。

と、思う。




たぶん、聞いてなかった。


だって、それどころじゃなかった。


私にまとわりつく『死』が、気持ち悪くて。

必死に振りほどこうとしても付いてくる『死』が、恐ろしくて。


それどころじゃなかった。



だから、きっと……これは私自身の声。



その後、急に誰かに羽根を()()()にされた。

この思い出は、ここまで。





次に思い出すのは。


誰かが居た、たぶん……食事のときの記憶。


視界の奥に見える食卓。

テーブルの上に乗った料理。


離れたところの床に一人で座っている私。

眼の前の床に置かれた、小さな屑肉(くずにく)


そんな景色だけを覚えている。




『まともに狩りも出来ないお前にはこれだけだ。』

『食いたければ自らの手で狩れ。』

『お前に相応しい食事だ。』


何も覚えてない。

でも、そんなことを言っていたはず。


きっと。




次の思い出。


小さな木の(うろ)

集めた枯れ草。

私だけの空間。

冷たい風。

頬を伝う涙。

震えるからだ。




次の記憶。


昔、いつも一緒にいたはずの誰か。


冷たい目。

一瞬私を見て、違う方を向き、飛び立つ誰か。


声も出ず。

涙も涸れた。




記憶。


独り。

会話もなく。

温もりもなく。


ひもじさ。

寒さ。


虫を喰って。

草を()んだ。



空腹で眠れない夜。


寝床の外をふと見ると、木の根本に小さなネズミが居た。



捕まえよう。




そう思って、木の洞から出ようとしたら、羽根がガクガク震えて、上手く動かせなかった。


吐きそうになって。

だめだった。


飛び立てなくて。

動けなかった。


すぐ寝床に戻った。


羽根を畳んで。

枯れ草の上でうずくまって。

震える躰を必死に止めようとした。


しばらくして、震えが止まった。



でも今度は涙が溢れて止まらなくなった。


情けなくてしかたがなかった。


臆病で、弱虫で、何もできない。

何も狩れない。

誰も殺せなくて。

でもお腹は空いて。

そのくせ死にたくなくて。


『それが戦士の血筋のざまか。』

『なぜ生きている。』

『なぜ死なない?』


そんな声がした。



だって。


『死』が怖かったから。


ただ生きてる。


だから泣きながらうずくまって。

震えながら、寒さと悔しさに耐えて。

目を瞑って、暗い夜に潜んだ。


そして、疲れて眠った。





夜が明けて。

お日様が上がって。


少しだけ温かい風が頬を撫ぜると。


目が覚めた。



目を開けた時、まだ生きてることに、ホッとした。

すぐに寝床を飛び立ち、飢えを凌ぐために、樹の実や虫、川の水を飲んだ。そうやって過ごすうちに、お日様は高く登りきり。ひもじさが紛れた頃に温かい風に包まれて、私はようやく安心できた。



こんな私でも。


陽の光はちゃんと照らしてくれた。

温かな風はちゃんと空を飛ばしてくれた。

冷たい水は私を生かしてくれたし。

土と木は私の命を繋いでくれた。


独りの夜は怖かったけど。


でも、眠る時は暗闇が私を包んでくれてたし。

冷たい風も私の翼がまだ役立つことを教えてくれた。

枯れた草も、それなりに柔らかかったし。

虚ろな木の洞も、私のことを守ってくれた。



こんな私にも、分け隔てなく接してくれる『モノ』があるって思った。


風の精霊だってそうだ。

まだ私は風を捉えて飛べる。


まだ私を見捨てない、まだ私を嫌わない何かがあるって気付いた。



『世界』は私を嫌ってない。



そう思えた時。

少し気が楽になった。




そんな月日を独りで過ごしていた、ある日。

爽やかな夏の風が吹く頃。


私はふと思い立って山裾のなだらかな川へと向かった。


魚なら。

そう思って。


水の中を泳ぐ小魚は空からじゃ上手く捉えられなかった。

だから、手を使って石を運んで、囲いをつくって、そこに魚を追い込んだ。


そしてずぶ濡れになりながら、手で魚を捕まえた。


どうにかこうにか、小川の小魚を捕まえられるようになったのが嬉しくて。

ピチピチ跳ねる魚をしっかり掴みながら、独りで川辺をはしゃいで跳ね回った。



水から揚げられた小魚の動きが鈍くなった時。

また手の中の命に『死』が訪れようとしていることに気づいて。


急に濡れた翼が重くなったような気がして。

胸に嫌な気分が込み上げてきた。


だけど。


でも、頑張らなきゃ。

耐えなきゃ。


生きたいなら、殺さなきゃ。

って必死に自分に言い聞かせた。



やがて、魚がピクリとも動かなくなった頃。

自分の心が穏やかなままだったことに。

私は、一人でホッと安堵の息を漏らした。


そして手の中にある、潰えた命を見つめた。

そしたら、またポロポロ涙が出てきた。


でも、今度は嫌悪感とか後悔とかはなくって。


なぜだかわからないけど。


「ありがとう。」


って一言だけ、(つぶや)いた。




その後、枯れ木を集めて。

頑張って火を起こして。

ちっちゃな魚を焼いて。

焼き上がって。

さらにちっちゃくなっちゃった躰に食いついて。

温かい物を久々に口にして。


また一人でわんわん泣いて。


頭も骨もヒレも全部食べて。


最後に「ごちそうさまでした。」って、一人で呟いた。




その後。

なぜか、どんどん元気が湧いてきて。

その後も頑張って魚を取って、食べて。


本当に、ほんとうに久々に、お腹いっぱいになって。

夜、小さな木の洞でゆっくり寝た。


なぜだかわからないけど。その夜の風と枯れ草は、ちょこっとだけ暖かったのをよく覚えている。



これが私の中にある、一番古い『良い思い出』。





その夜、寝ている時に声がした。


声というか、頭の中に響くイメージといったほうが正しい。



『小さな風読み、私の話をきいておくれ。』って。


すぐに理解した。

風の精霊が私に『風の便り』を持ってきたんだ。って。


誰にも聞いたことはなかったし、今まで知りもしなかったけど。なぜだか、そうなんだと理解した。



その初めての『風の便り』のことも覚えている。

トレードウィンドの外れ、北端の岬にある一軒家。灯台守(とうだいもり)の老いた鳥人族。


便りの中身は、多分奥さんからのお便り。


『私の願いは叶い、想いは遂げられ、私の名誉は守られました。もう戻ることできないけれども、貴方を思い、残りの日々を過ごします。本当にありがとう。愛してるよ。』



内容の意味も、どこの誰からかも私にはわからなかったけど、彼は静かに泣いて喜んでいた。


その老いた鳥人族は、『スレイ』って名前で。白髪に黒い帯のような模様の入った、私と同じ猛禽類の氏族だった。氏族名はわからなかったけど……凄く魚を取るのが上手かった。

便りを届けた対価を聞かれた時に「魚の捕り方を教えてください。」って言ったら、凄い驚いた顔をしてたっけ。


そりゃ戦士階級の『ハクトウ』の氏族が『魚の狩り方』を聞くなんて変だよね。


でも、その老いた鳥人族はすぐに優しく微笑んで頷いたあと、私に魚の捕り方を教えてくれた。すごく丁寧に親身になって教えてくれた。


私のエリシア語も彼と彼が読む書物から教わったものだ。

ちょっと喋り方にクセがあったみたいだけど、今となっては感謝しかない。


そこで漁の仕方を教わりながら冬を過ごして、春になって少し経った私が1才になる頃。私は近海の魚を一人で取れるようになった。


その時にはスレイ爺ちゃんは上手く飛べなくなってしまっていて、私が代りに魚を取る日々がしばらく続いた。


そんなある日、スレイ爺ちゃんが「親戚を頼って引っ越すことにしたから。もう魚を取ってきてくれなくていいよ。」って言ってきた。

私はなぜだかそれが凄く悲しくて、親戚が来るまでそばに居ようとしたけど……スレイ爺ちゃんはそんな私を優しく諭して岬の一軒家から離れるように言ってきた。


私は彼に嫌われるのが怖かったから、素直に彼の言うことを聞いて、すぐにその場を去ることにした。



去り際にスレイ爺ちゃんが私に言った言葉。


「若き風の民、良き『風読み』ルドに、風の精霊神の導きが常に在りますように。」


その言葉を聞いた時、初めて誰かに認められた気がして。

私は泣きながら「ありがとう。」って言って、その場から飛び立った。



しばらくして2~3ヶ月たった夏のある日、スレイ爺ちゃんのことがふと気になって、灯台を訪ねた。


だけど一軒家には誰も住んでいなくて、潮風に晒され傷んでいた。


家の中も私が出ていった頃そのまんま。





代わりに、岬の一番端っこに小さな墓石が立っているのをみつけた。



墓石の周りには、ハマヒルガオが幾つか咲いていて、海風に吹かれている淡い紅色の花弁をただじっと眺めていたのを、よく覚えている。



これが次に古い、私の『思い出』。



私に足りないモノを教えてくれた。


大事な大事な思い出。


ただ生きて、往きなさい

ソレだけで良いんだ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ