第二十五幕 「食事会」
冷たい風、なかなか温まらない寝床
ここが私の安らぎの場所
温もりと子守唄は失われて久しい
それはもう記憶の彼方
「時々夢に見る、まだ何も知らない頃の私。」
スイートの一室、食事用のプライベートダイニングでは大きなテーブルに並べられた豪華な料理が食卓を彩っている。
私たちを気遣ってか、コース料理みたいな堅苦しいものではなく、ホームパーティースタイルで賑やかな食卓。
自由に食べられるように、肉料理と魚料理のメインをそれぞれいくつか。瑞々しい野菜をこれでもかと種類豊富で色彩豊かなサラダ。各種魚介類を濃縮調理した信じられないほど濃厚な海鮮スープに、透き通る金色の液体かと見まごうほど洗練された野菜スープ、舌触りの滑らかなポタージュを自由に選べる。サイドにはホクホクのおイモやふわふわのパン、キラキラ輝くライス。各々が自身の好みに合わせて自由に更に盛り付けてもらっている。
「んー!このスープ凄い!複雑な味わいで一匙ごとに楽しい!」
「ん。ほんとね。ポタージュも好きだけど、こういう濃厚な海鮮も好き。」
「お気に召しましたか?これは近海で取れた海産物を用いた海鮮ブイヨンに希少な――」
リリスは海鮮スープを口に含んで相好を崩す。口の中にブワッと広がる複雑で濃厚な舌触り。鼻腔を突き抜ける海の幸の香りがたまらない。
「良いわね、このお肉。凄く柔らかいのに脂がぜんぜんしつこくない。」
「ありがとうございます。専用農場でブリーダーによって育てられた厳選の一品でして――」
エミリアは上品に焼き上げられたステーキに舌鼓。するりとナイフが通り、慎重にフォークで口に運ぶと甘い脂が溶けてゆく。
「これ、なんの魚だ?海か?河か?すげぇふわふわしてんな。」
「シルバーイールじゃないかしら。確かここいらの河川流域の名産では?」
「その通りでございます、奥様。白銀山脈の流域から流れ出る清流に住まう、かの有名な『鈍色の河鰻』を白焼きにし特製ソースにて――」
香ばしい香りを漂わせる濃厚な照りの白身魚。淡白ながら独特の食感に驚かされつつ、秘伝のソースが食欲を促す。
「すまない。この料理が気に入ったのだが、追加は頼めるか?」
「さすがルークリウス様、お目が高い。もちろんでございます、もしご希望とあらば、アリマナ風の――」
夕食の少し前に合流したルーカスも、じっくりと料理を堪能している。何やら希少そうな部位の料理らしいが、郷土料理の一種だろうか?アリマナはルミナスの東南にある島国だ。
カチャカチャと食器とカトラリーが奏でる音、皆の料理を楽しむ賑やかなおしゃべり。見たこともない上品な料理なのに気取らず説明してくれる給仕やシェフ達。バトラーの細やかな気遣いで快適かつ朗らかな食事の時間が流れてゆく。
そんな中。
「ルド。どうしたんャ?」
魚のムニエルを次々に頬張っていたミアが、隣りに座っているルドに声をかける。目を輝かせて次々に色々な料理を楽しんでいたはずだが、先程から手が止まってうつむき加減だ。
「……なんか、嬉しくて。」
「だなー!ミァもこんなに美味しくていろんな料理一度に食べるの初めてだがャ!!」
「違うの。凄く、久々で……こういう風に誰かと食卓を囲むのが。」
「あー、ルドはお仕事忙しいのかャ?」
「えっと、それもあるけど。働く前から、ずっと……一人でした。」
「んャ?ルドもかーちゃんもとーちゃんもいなくなっとーャ?」
「えっ。あ、違う……けど。両親は生きて……。」
「じゃーアレかャ、ルド達はじりつが早かったとかかャー?」
「う、うん。……そんな感じ。というか、ミア。貴女もしかして……?」
「うん。ミァは本当の家族しらないのャ。シャル姉たんがかーちゃんで、ティガ姉ちゃんがとーちゃん。」
「うぁ。ご、ごめん!私しらなくて!」
「別にいーけどなー。ミァは今、別に寂しくないし。」
「そっか……。」
「ルドもこれから寂しくなくなったがャ!」
「えっ。」
「ミァが居るからな!もう友達だがャ!!」
「あっ……。ありがと。」
私はリリスと会話や食事を楽しみつつ。ミアとルドの小さな声を聞き取っていた。気落ちしそうなルドを屈託のない笑顔で気遣うミアの自然な振る舞い。この様子なら、二人だけで大丈夫だろう。
そして、多分シャルとティガにも二人の会話は聞こえてる。だけど年頃の娘たちの会話をかきまぜたりしない。気にしつつもそっとしておいている。
もちろんルーカスやエミリアも、周りのスタッフたちも同様だ。
気づいていながら気づかない振りをする洗練された自然な優しさ。
それでもプロとしての仕事を怠らず、二人の会話の間隙を縫い、飲み物を注いだり、追加の御用聞きを挟むなど見事な腕前だ。
王族や貴族の面倒くさい作法を含んだ食事時を完璧にこなす彼らにしてみれば、この程度の気遣いは微笑ましいくらいだろう。
なんとも頼もしい限りだ。
私は再び二人の会話に耳を傾ける。
「ルド。これすげー美味いのャ。ミァ止まらんのだがャ!ルドも食ってみて!」
「あ、うん。私も食べてみたいかも。……給仕さん、同じのはまだありますか?」
「申し訳ありません……この品は本日仕入れが少なく、お嬢様の皿が最後の一品になっておりまして……。」
ルドのオーダーに間髪入れずに詫びを述べる女性給仕。
ふふ、給仕の女性の鼓動と呼吸が急に『緊張』している。
とても上手なウソだこと。
バトラーがキッチンマネージャーに即座に小さな声で伝言を伝えている。
「白銀鯛のムニエルはストップです。」
だってさ。
凄い連携と対応力。
「あー……大丈夫です。すみません。……もう無いって、ちょっと残念。」
「うャー……。」
素直に引き下がるルドが残念そうにミアに告げる。
そんな彼女と眼の前の皿を交互に見ながら、深刻な表情で唸るミア。
一瞬の逡巡の直後、彼女は意を決したかのようにナイフとフォークを構え、眼の前の皿に載せられたムニエルを半分に切り分ける。
そして勢いのままに、ルドの眼の前にある皿に片方を移し替えた。
ミアの皿に残った方よりちょっと大きい切り身を見て、ルドがぱちくりと目を瞬かせている。
「あの、ミア。我は別のでも……。」
「ダメだがャ!ミァがルドと食べたいの!!」
「あ。うん……ごめ――」
「そこはありがとうっていうのャ!」
「……ありがとう、ミア。」
「うャ!!」
ちょっと赤い顔をルドから背け、ミアは眼の前に残った切り身を一口で頬張ると、満足そうに頬をほころばせた。
ルドも嬉しさと申し訳なさが混ざった顔で切り身を口に運び、何かを噛み締めるように何度も何度も、じっくりと咀嚼していた。
次第にその顔は笑顔に染まり、目尻からポロポロと感情が溢れている。
なんともまぁ、不器用で微笑ましいことだ。
察するに、ミアが自分の気に入った料理を誰かに分けるのは初めてのことなのだろう。
ティガが驚いた顔をして手を止めてるし。シャルに至っては歓喜に打ち震えて尻尾がうねんうねんしてる。顔は平静を装ってるが、頬がほんのり赤い。
大変だねぇ、おかんとおとんも。
『ルドちゃん、ミアちゃんのお陰でどんどん心が安らいでってますよ。』
珍しくリリスの方から届く思念会話。
彼女の方に視線を向けると、目をうるませながら二人を見つめるリリスの横顔が見えた。
『それは何よりね。それに、シャルもティガも娘の不器用さを気にしてか、さっきから平静を保ててないのが面白いわ。』
え?といった具合に、二人の姉の方に視線を向けるリリス。
彼女たちの皿を見ると、肉料理にサラダドレッシングをかけたり。スープをフォークで掬おうとしてたり。注意散漫の極みといった感じでだいなしだ。
『娘の初めての友達との仲が気になって仕方ない。って所ね。』
私はため息を零しつつ4皿目の肉料理を平らげ、追加を給仕にオーダーする。
『すごい勢いで料理を堪能しつつ、私と普通に会話をこなし。ミアちゃんとルドちゃんの会話を聞き取りながら、シャルさんとティガさんの一挙手一投足を観察してる。相変わらず器用ですね、セレナは。』
『あと、ルーカスたちの出身地が判明したかも。料理の好みが独特だわ。』
『ひぇ。国家諜報員の隙も伺ってたんですか。』
リリスが私を見ながら目を剥いている。
『ま、本当に気になっていたのはルドの仕草だけどね。』
『……セレナ、気づいてますか。』
『何かしら。』
『ルドちゃんが、あんなに卑屈で自信がない理由。』
『大体は察しがついたわ。シャルが“先見の瞳”でルドの過去を見て怒っていた理由も納得よ。』
『きっと、ミアちゃんも“魂の匂い”で気づいてます。だからあんなに一生懸命に励まそうと頑張ってるんです。』
『ミアにしてみれば、ある意味理解し難いでしょうね。両親が生きているのに一人ぼっちで寂しい、だなんて。』
『うん……。』
『リリス。この後の“夢見”で見るものは、もしかしたら過去一番えげつない景色かもよ。』
『セレナ……あなた、またそんなことを考えてたんですか。』
『まだ顔に出さないで。』
『そ、そうだね。ごめん。』
『ちゃんと救ってあげましょう。』
私は強い意志を込めて相棒に想いを乗せた言葉を送る。
『……うん!』
とても嬉しそうで安心しきった反応と言葉が返ってきた。
とりあえず納得してくれた相棒の様子に、私は一安心して眼の前のグラスに入った果汁で口の中を洗い流す。
まだまだ入りそうな貪欲な胃袋を宥めつつ、賑やかな食卓で思いにふける。
ルドのこと。
親を知らない私でも想像がつく。
どうしてルドがあんなに卑屈なのか。
とても残酷で救いようのない物語。
でもこれは想像でしかない。
だから確かめないといけない。
それが、たとえ彼女の心に空いた大きな穴をさらに抉ることになってもだ。
そうしなければ彼女を知れない。
そうしなければ彼女を救えない。
そう思っている。
持つがゆえの不幸か。
持たざるものの不幸か。
生きるっていうことは、残酷だと思い知らされる。
奪わずには生きられない。
奪われないためには戦わなければならない。
戦うためには強くならなければならない。
強くあるためには、弱さを跳ね除けなければならない。
……弱さを、抱えて生きていくのは難しい。
眼の前に運ばれてきた5皿めの肉料理に、ふと視線が落ちる。
家畜のごとく飼われて生き、とある日にふと死ぬか。
戦士として戦って、命を削る日々の果てに死ぬか。
為政者として屍の山の上に立ち、苦難の末に死ぬか。
悪人として薄暗い影の奥で足掻いて死ぬか。
あるいはもっと別の生き方をして死ぬか。
あの子はまだ、道を選んでいない。
選ぶことが出来ない。
それはきっと捨てきれない何かがあるから。
それが一族の名誉たる『告げ役』をちゃんと果たしても、彼女が自分の将来の道を見いだせない理由。
ちゃんと見極めて、できることをしてあげたい。
そして、この程度のこともできないなら……私に世界なんて救えない。
そう思う。
でも私は一人じゃない。
リリスが居る。
こんなにも心強い相棒がいてくれる。
だから頑張らなきゃ。
今までそうしたように、これからもそうしよう。
二人なら。リリスと一緒なら。
ルドのことも、世界のことも何とかできる。
心からそう信じている。
ダイニングルームにある大きな窓から、雲一つない秋の星空が見えた。
なぜだろう……今夜の『夢見』は荒れそうだ。
そんな気がした。
私はそこで思考を区切り、眼の前の料理をナイフで切り分け口に運んだ。少し味の違う上等なはずのステーキに、笑顔と賛辞の言葉を貼り付けた。
こういう無垢な優しさってきゅんきゅんする人です
そしてナイスだ女給さん
バトラーのフォローとマネージャーの連携も完璧
プロの技にはこういう助け舟の出し方も有るはず
いや、想像でしかないけど
ロイヤルスイートでのプライベートディナーなんて体験したことねー




