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救済の聖女のやり残し ~闇と光の調和~  作者: 物書 鶚
第二章 第二部 目指すべきところ
199/216

第二十四幕 「浴場」

冷たい水で体をすすぐ

じんじんと痺れるような痛みを感じる

それでもお手入れはちゃんとしないと

飛べなくなったら私は死んでしまう


「この冷たさよりも……あの時のほうがずっと応えたなぁ……」


「ふぐぅぅ……ぎもぢいでずぅ~……。」


鳥人族のルドが大きな浴槽に浸かり、文字通り羽根を伸ばしながら泣いている。比喩ではなく、まじでぽろぽろと涙を流している。


「泣くほど風呂を喜ぶ人は初めてみたわ。」

「しんじらんないがャ。ミァは嫌で泣きたいがャ。」

「これが異文化ですか……さすがの私も想像を絶します。」

「意味わかんねぇ。」

私を含め、三姉妹が引いた眼差しをルドに向ける。


ちなみに三人ともまともに浴槽に入ってない。

シャルは腰まで、ティガは足まで。ミアにいたっては尻尾でお湯をぴたぴたしてるだけ。

どんだけお風呂嫌いなんだ。


「さすがに酷くありません?こんなに喜んでる子に対して。」

私たちの冷ややかな視線に対抗するかのように、ルドの近くでプカプカしながらリリスが睨み返してくる。


やさしい。


「鳥人族の行水好きは有名ですが……そういえば温かいお風呂って入るのかは知りませんね?」

そんな私たちを傍目に。念入りに体を洗いながら、妙な視点で鳥人族の文化を語るのはエミリア。




――あの後、蹴り飛ばされたルーカスは痛む箇所を抑えながら、引きつった笑顔でこういった。


「それと……ここの所忙しくて、エミーもゆっくり出来てないだろ。後の作業は俺が一人でやるから、セレナ様たちとここで休むと良い。……と、言おうとしたんだけどね。命令撤回しようかな。」


こめかみに青筋がぴくぴく浮いているギリギリの笑顔。


「ごめんなさいごめんなさい!!だってリリスさんが裸なのに兄さんが見ないようにしなきゃって思った時には足が勝手に!ていうか私もお風呂入りたいです!任務とはいえもう何日もお湯につかってない!私まだ10代なのに!!若いうちからこんなに酷使してたら老後がシワシワのボロボロになっちゃうよ!?兄さんもそんな妹いやだよね!?お願いだからお休みください!せっかく気遣ってくれたのならそのまま気遣ってぇ!!」


必死に謝罪を述べながら命令の撤回を撤回してくれと懇願するエミリア。


阿鼻叫喚。


二人とも特務官としての取り繕いを忘れるくらいに取り乱していた。

指環の効果範囲内に居なかったら、廊下のスタッフに色々聞かれていたろうに……油断するにもほどがある。


結局、私が彼の負傷を治して、ついでに理力で疲労などの解消のために色々と身体の調律をしてあげることで、なんとか彼の機嫌をなだめることが出来た。


「まさか蹴られるとは思わなくて防御が間に合わなかった。」

などと彼はぶつくさ言っていたが。私の魔力感知では、蹴撃の瞬間に彼が腹部に土のマナを集中させて、しっかりと防御を高めていたのは一目瞭然だった。


エミリアの無心の一撃が風のマナをまとい、無拍子(むびょうし)の一撃となって兄の魔術的・身体的防御を貫いた。ということのようだ。


無意識って怖い。




――そんな一騒動の後、結局エミリアも交えて私たちは7名で入浴中。

この大人数で一度に入浴しても、なんの苦にもならないほど広い浴槽。洗い場も広く、一気にお互いの背中を流したあと、私たちは思い思いに湯船を楽しんでいる。


最後に残ったエミリアも、もうじき体を洗い終えるようだ。




「エミリア。あなた平静を装ってるけど、後でもう一度ルーカスにお詫びしなさいよ。あいつ、(あばら)が数本折れていたんだからね。」


「え゛っ。」


「ひぇ……エミィアこわャ。」

「ルーはちゃんと土のマナ練ってたよな?防御貫通したってこと?やべーな、エミーの風のマナは速さ特化型?」

「綺麗なマナの流れでしたねー。あんな鋭い一撃なかなか見れません。」

「もっとお兄さんを大事にしないとダメですよー、エミリアさん。」


皆思い思いにエミリアをなじる。


「リリス。元はと言えば貴女が裸でうろつくから起きたことなの、忘れないようにね?」

「うぐっ。」

私の一言に、バツが悪そうに視線を逸らすリリス。


まったく、うっかりにもほどがある。今後はリリスのためにも節度ある振る舞いを徹底するように気にかけねばなるまい。


「別にルーカシュなら、リリシュの裸見たって変なことにはならんと思うがャー?」

「まー、あいつはあたしらの方に興味あるだろうからなー。」

「それも欲情とは別の感情ですね。慈しみとか、敬愛に近い匂いです。」


そして、やはりルーカスに対して微妙に甘い三姉妹。

どこからその信頼は来るんだ……。

『魂の香り』とは別に、何やら別格の依怙贔屓(えこひいき)を感じる。


「まぁ……シャルさんたちの視点は正しいと思いますけども……とはいえ、兄に女性の裸を見させるわけにはいきませんからね。女性ばかりの部屋に無作為に侵入した兄の落ち度です。リリスさんは悪くありません!」


キリッとした表情で自身の正しさを説く彼女の姿勢はある意味潔い。


それはさておき。


「とはいえ、肋骨を折るのはどうかと思うのよ。私が居たからなんでもなかったで済んだけれども。今後は任務に支障が出るようなことは慎むべきね。零番隊特務官殿?」


「……はい。」


「ま、そりゃそうだ。」

「だャ。」

「そこは同意です。」

「うう、エミリアさん。ごめんね……。」


「あぁっ、もうこの話題はいいです!」

そう言って彼女は体についた泡を洗い流し、足早に移動して浴槽へと浸かる。そしてそのまま体を滑り込ませてお湯の中に潜ってしまった。


逃げよった。


「ま、私は面白かったから良いけど。」

そういって鼻で笑ってやる。


「鬼かャ。」

「ひっでぇ。」

「セレナ……貴女時々本当に酷いですね。」

「これは本気で面白がってるやつです。」


引かれたわ。

悪者ぶる処世術やや失敗。


「っていうか、ルド。貴女そんなに深々と浸かりっぱなしで大丈夫?」

私は自身の不利を脱するために話題を変える。


「あい~……、我は幸せですぅ~。」


私たちの会話に混ざるでもなく、ひたすらにお湯を堪能するマイペースなルド。リラックスしすぎて顔が(とろ)けている。


「ていうか顔が赤くないかャ?」

「茹で鳥……晩飯は魚と思ってたが、鳥料理もいいかもな?」

「ティガ、彼女を見てその発想になる貴女も大概酷いわよ。」

半身浴をするシャルが隣で足湯に留めるティガを諌めている。


「まぁ……そういうの問題視される獣人族の方はたまーに居ますよね。」

いつの間にか浴槽の反対側で顔を出しているエミリア。

またも視点が独特。この子の着眼点は色々と面白い。


「結局、元来の鳥獣たちも別の獣を狩って食べるのよ。そういう妙な気遣いは逆に差別だと私は思うけどね。ま、各々自由にしたらいいわ。」


「あら、私だって別にルドの前で鳥を食べても失礼だとは思いませんよ?ただ、今の彼女を美味しそうみたいに言うのはどうかな、と。」

「シャル姉。私はそこまではいってねぇよ……ただふと思いついただけ。」

「ややこしいのャー。姉ちゃんが悪いがャ。」


「我も鶏料理は好きですー。のでー、お気になさらずにー。あふぅ。」


まぁそうよね。猛禽類の捕食対象には鳥も含まれるものね。


「ほら、本人が良いってよ。」

「なら良いです。」

「だャ。」


「あはは……それにしてもルドさん、本当にお風呂好きなんですね。」

リリスは広い浴槽で泳ぐようにルドのそばへと近寄る。


「普段は水場でわしゃわしゃーって翼を震わせて、羽根に入り込んだホコリを洗い落とすのが関の山なのです。自分の手で洗っても、どうしても大変で。でもこうやって温かいお湯に浸かると、じんわりと根本までほぐれて、たまらんのです。」


何やら饒舌に普段の事情を話すルド。鳥人族独特の色々と悩ましい問題があるらしい。


「じゃ、こうやってマッサージしてあげたらどうです?」

そういっておもむろに広がったルドの翼に指を絡ませるリリス。

妙に慣れた手つきで、彼女の羽毛の隙間に優しく指を這わせている。


「あひぅ。あっ、はぅ。」


普通に喘ぎ始めるルド。

なんつう声をだしよるんだ、この子は。


「どうですー?」

「ひ、姫ぇ。あぅ。そ、そこ。そこの関節の。」

「ここですか?」

「ひぐぅ!」


ルドは悲鳴のような矯正を上げると、そのままピンと足を伸ばして背中を反らせて固まる。彼女の動きで水面が揺れてちゃぷちゃぷと水音が響く。


おいこら。

おま、まさか。


「ちょっとコリコリしてて変な感触ですけど……痛くないですか?」

「あっ、あっ。ひぃんっ。」


当人のあられもない反応を一切気にすることもなく、慈愛溢れる笑顔で優しく丁寧に彼女の羽根をまさぐる淫魔(サキュバス)


やっぱり、リリスの性への認識はどっかしら狂っておるわ。


恐ろしい子。



何やら嬉しそうに鳥人族のツボを愛撫し続けるサキュバス。

そんな二人を、目が点になりながら凝視する周囲の面々。


私は色々面倒くさくなって湯船に肩まで浸かり目を軽く瞑る。


「……シャル姉。これ、ほっといていいの?」

「……まぁ。ルドが嬉しそうですし。」

「なんか凄いのャ。」

「……リリスさんの手つきが……。」


観戦者の尋常ならざる雰囲気を孕んだ会話が聞こえる。



「……ていうか、これ見てていいの?あたしら。」

「まぁ……当人たちが平気?そうですし。」

「ルドが幸せそうだャ。」

「これが……サキュバスの力……なのでしょうか。」


ちげぇよ。

あくまでマッサージじゃろがい。


「はい。じゃ、もう片方の翼もやってあげますね。回ってくださーい。」

何を良しとして判断したのか、もう片翼を差し出すように促す淫魔。

「……お願いいたします。姫。」

そういってするりと体をひねり、おずおず翼を差し出す鳥。


おめーもなすがままか。

どハマりしとんぞ。


薄目でちらりとルドを見たら、明らかに表情がとろんとろんだった。

というか、周りの奴らも食い入るような視線ですごく怖い。


何をそんなに見入ってるんだか……。



そんなこんなで、広い浴場はやけに静かになり。時折悩ましげな嬌声と水音だけが、熱気の籠った室内にやたらと反響する妙な空間となってしまった。


なんなんこれ。

アホくさ。


私は完全に目を閉じて、のんびり湯あみを楽しむことにした。






「皆様随分と長湯でございましたね。聖女様。」


「旅の疲れを徹底的に()()()()おりました。大変良い時間でしたわ。」


人様にはとても見せられないけどな……。


「それは何よりです。湯上がりにこちらの果汁をご用意しました。どうぞお召し上がりください。」


入浴を終え、身支度を整えた我々がリビングへと戻ると、初老のバトラーが備え付けられたバーにて待ち構えていた。


女給たちも我々の世話のために待機していたようだ。


「有難うございます。いただきますね。」

私は聖女モードの笑顔で彼からグラスを受け取る。

柑橘系の爽やかな香りが鼻腔をくすぐる。


一口飲むとさっぱりしたオレンジの味が口いっぱいに広がって火照った体を冷ましてくれる。


「御髪失礼いたします。」

そういって女給の一人が私の背後に立ち、濡れた髪を手入れしてくれる。手にはルーカスから買った温風がでるヤツとよく似た魔導具。すぐそばには髪や肌の手入れ用品らしき道具や薬剤が乗ったワゴンまである。

さすが王族御用達の宿泊施設のスタッフだ、準備も装備も一級品ということか。


「あ、ありがとうございます。」

とはいえ、突如人の手が髪に触れた未だに慣れない感触にちょっとだけびっくりしてしまう。


いつぞやの凱旋パレードの準備前にメイドたちに囲まれた時も思ったけど、意識下で誰かに髪を触られるのはどうもにも慣れない。


ま、今回は大した時間もかかるまい。たまにはされるがままに任せてみようかな。


もう一人の女給はリリスに向かったようだ。視界の隅に同じようなワゴンが見える。ちなみにリリスはルドの風呂上がりを手伝っていて、翼に自前の魔導具で温風を吹きかけてあげている。ルドも大人しくお世話になっていて微笑ましい。


それにしても、ルドもずいぶん皆と打ち解けたもんだ。


そしてシャルはミアの世話を。ティガは自分でわしわしと、バスタオルで雑に頭や体毛を拭いている。毛という毛が逆立ってボッサボサになっている。


「聖女様の御髪は……なんというか、見たことも無いほどの艶と張りをお持ちですね……王族の方や上級貴族でもこれほどの美しさを持ったご婦人は見かけたことがありません……。」


何やらため息交じりの声でそんな感想を述べる女給。いつのまにか手つきも尊く希少な逸品を愛でるかのような、丁寧かつ(うやうや)しい仕草。

髪はすっかり乾いて櫛も通し終わったのに。


いつぞやのメイの反応を思い出し、背筋にぞわりと悪寒が走る。


「ま、まぁ……常に体調は気遣っておりますので。ルミナスの徒として、奇跡の業を用いた副効果と言いましょうか……そんなところです。」


凱旋前の幕屋ではここまでの反応がなかったのにな……風呂上がりってそんなに変わるもんなのかな?


「同じ女として……羨ましいやら神々しいやら。貴重な体験をさせていただいております。」

そう言いながら、一向に私の髪を撫でるのを止めない女給さん。


あの、もう終わったのだから解放して欲しいのだけども……?


気付けばリリスの世話をしている女給も手が止まって羨望の眼差し。

どうすんだこれ。


「オホン。」

そんな空気を気にしてか、後方で控えていたバトラーが咳ばらいを一つ。

女給の有様を見かねて注意を促してくれたようだ。


ナイスです。


「はっ!…も、申し訳ありません、大変不躾な真似をいたしました!」

慌てて手を引き頭を下げる女給さん。リリスの担当さんも大慌て。


「あ、いえ。お気になさらないでくださいませ。私は王族や貴族のような立場ではありません。むしろこの身に尽くしていただいて、恐縮でございます。……よろしければ、お二人ともあちらのシャル様の御髪もお願いできますでしょうか?」


「は、はい!ただいま!」

助かった。とでも言わんばかりに、ほっとしながら。彼女はいそいそとワゴンを押してシャルの方へと向い、彼女の豊かな髪を手入れし始めた。


「ふふ。セレナ様の魅力は神格のごとき尊さなのですね。」

何やら大人の余裕めいた態度で、面白おかしそうに微笑むシャル。


「それはもう。ルミナスの聖女に相応しきお姿にございますので。」

同じく手入れの終わったリリスも、従者らしい振る舞いと笑顔で宣う。


くそう。大人の女性の余裕を見せつけよって!




いまだ慣れない奉仕と、心地よい喧騒の中。


妙な気恥ずかしさと新鮮な心の安らぎを覚えつつ。湯上りの火照った身体とは別に、頬の熱を感じる。


後ろではバトラーとやり取りをしつつ、夕食の手配をするエミリア。

リラックスしながら柔軟運動をして身体をほぐすティガ。

(しと)やかに女給たちの手入れを受け入れるシャル。

着替えも終わったミアとルドが仲良くバルコニーではしゃいでいる。


向かいに座るリリスは、グラスを傾けて湯上りの(りょう)を優雅に楽しむ。


各々が自然体でこの場を過ごしている。

なのに私は聖女の仮面をかぶっているのが、ちょっとだけ煩わしく思えた。



気が付けば窓ガラスから見える外の景色も夕闇に沈みつつある。


悪くない騒がしさを感じつつ。



いつかは自分も、ずっと自然体で過ごせたらいいな。



そんなことを一人考えた。


7名。

一度に7人も一緒にお風呂ですよ!?


しかも何やら始めるリリスさん。善意100%。

ただのマッサージですけどね。


ごくり。

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