第十幕 「回復魔法」
特別になれないことを嘆く人がいる
誰もが何者にでもなれるわけではない
でも、自分が特別であることを重荷に思う人もいる
だが君には君しかなれない
君がやることは君にしかできないことなんだ
「いつまでも他者と比べたり比べられるなんてまっぴらごめんよ。」
「『理力』や『夢見』、『魂の香り』と『残り香』。そして『魂の形』……どれもなじみのない無関係な存在なのに、何か共通したような要素があるのはとても不思議で興味をひかれます。」
相変わらず考え込むような仕草のまま騎乗しているエミリア。
「そういえば、あなたのマナ適性は木と風ね。もしかして3つ目は水を目指すのかしら?」
私は話を膨らませようと、今度はエミリアのことに触れてみる。
「そうですね、生命魔術への適正が高い構成といえば、木と水、そして風。零番隊の上司からもその方向性での成長を望まれているし、私も自分の適性の希少性を活かした活躍をしたいので。」
自分のことに話題が移ったのを知り、やや照れくさそうな表情で話すエミリア。温和な性格の彼女らしい反応だ。
五大属性において攻撃、防御、補助、回復に向いたマナ適正というのは確実に存在する。特に回復魔法に大別される魔術というのは希少性が高く、魔術師から魔導士、大魔導士に至るまで、その回復魔法を得意とする魔法使いは存在しない。あの稀代の大賢者ルキウス・ステラーノですら、誰かを瞬時に回復する魔法などできない。
止血や応急処置、身体強化や精神強化。あるいは生命力の増強、保持。という意味での回復魔法は可能なのだが、完全治癒の多くは霊薬と自然治癒力に頼ったものであり。その治療に要する時間は到底短いものとは言えない。
戦闘において傷を負うことは勝敗に大きく影響することであり、最も警戒すべきこと。それゆえ、強靭な肉体を持つ守り手の存在、危険な相手・場所を判断できる導き手の存在が重要になる。
人族の魔術体系各種において、日々研究は続けられているが。一般常識として戦略的、戦術的に実用性のある回復魔法というのは『高位神官が使用する神聖魔術』と、私が使う『理力』だけだ。
戦闘力を持たないルミナス教の神官を戦地に連れて行くことはあるが、前線に編入することはまずあり得ないし。後方基地においても野戦治療院は指揮所の次に防護の高いところに設営されるくらいには希少だ。
つまり、実質的に戦闘中に使える回復魔法というのは私の『理力』だけ。
『即時回復可能な魔術を使い、単独生存能力も高い聖女』の希少性は勇者や賢者どころではないという話も納得するしかないだろう。
しかも猫かぶってただけで戦えるしね、私。
「生命魔法の研究の果てに、実用的な回復魔法というものが見出されることがあれば、いろんな現場において人の命が救われます。そういう意味で私は零番隊での『長期的継続任務適正』と同時に、魔術界隈における『新たな回復魔法研究への参加』も期待されてたりするんです。」
エミリアが少し恥ずかしそうな顔で身の上を語る。
「エミーは家系の事情もあって零番隊への最年少所属を果たしたけど、魔術院の暗部からはそれを問題視する声もあったりするんですよ。」
ルーカスはため息混じりでそんなことを付け加える。
当然だけど、ルミナス王国軍とルミナス魔術院は別の組織だが、お互いが協力体制にある。当然、魔術院にも秘匿組織は存在するし、上層部はお互いの事情を裏側含めしっかり把握している。
そういった連中からしてみれば、希少なマナ適性を持つエミリアの存在は、問題視すべき存在というか、研究のためにその才能をよこせってことを言いたいのだろう。
ま、どんな組織も自分のところが一番可愛いもんだ。
「かの大賢者ルキウス・ステラーノすら成し得ぬ即時回復魔法……か。そういう意味では魔族たちはズルいわよね。」
「な、なんですか急に?意外な方向から責めないでくださいよ……。」
突如魔族としての話題を振られたリリスがたじろぐ。
「別に責めてないわよ?ただ、魔族は負のマナの適正ゆえに、高い生命力と回復力を持つじゃない?中には負傷した直後にはほぼ再生してるようなヤツと戦ったこともあるわよ?」
「まぁ……確かに我々の体は物理的損傷に対して高い耐性と再生力を持ちますね……切り飛ばされた腕を、ちょっと頑張れば再び生やせるやつとかも結構いますし。」
魔族の高い生命力と再生力、そして角の異常発達。
これは魔族が内包する高濃度の負のマナが引き起こす現象の一つ。『負のマナが生命体の身体に異様な変容をもたらす性質』のせいか、あるいは『魔族の特別なマナ適性』ゆえか。ある一定の濃度の負のマナを溜め込んだ魔族は、それまで続いていた身体の変容が安定するようになり、代りに角が変化し続けるようになる。
一説には魔族当人が潜在的に現状の自身の肉体に満足し、そのうえで日常的にさらなる負のマナを取り込み続けるため、最終的なマナの濃縮先が角になり、そこから還元される負のマナが損傷した肉体の修復や再生に用いられる。というものがある。
これゆえに魔族の多くは角を落とされると極端に弱体化するが、そもそも身体において最も硬いのが角と頭部なので『角落とし』は難易度が高い。
「そういえば、リリス様。今の外観は偽装されてるんでしょうけど、普段の魔族としての容姿はどんななんですか?」
興味本位、というより零番隊として知っておきたいのだろう。
だが、話題にするにはあまりにも具体性と問題のある質問が、ルーカスからリリスへと投げかけられる。
「うぇ?!あの、えっと……そのぉ……。」
途端にしどろもどろになるリリス。
そりゃそうだ。
魔族としての容姿を知られる抵抗感以上に、リリスは自身の角に対してかなりの劣等感を持っている。
だが人間側の価値観としても、魔族の強さや地位の高さが角から読み取れる文化があるので、自然な質問といえばそうだろう。
それゆえに、リリスは角を見られることを種族性別無関係に厭うわけだ。
「あの……私、実は戦闘力といったものはからっきしでして……そのぉ、魔族としての容姿もとてもお見せできるようなものではなくてですね……。」
顔を真っ赤にして、両手でおでこを覆う仕草。
うつむき加減で上目遣いになり、必死に許しを懇願するかのようなその仕草は、普段の母性的な彼女に見られない幼稚な振る舞いで……なにかこう、嗜虐心のようなものをくすぐってくる。
そんなリリスの反応を見てローム兄妹は不思議そうだ。
「あの、リリスさんは魔王の娘さまなのですよね?先天的に相当強い身体能力と魔力を有しているものかと思ってました……違うんですか?」
腑に落ちない表情のエミリアが疑問を口にした。
「ぜんっぜん!全く微塵も。」
自信たっぷりに自身の弱さを宣言するその姿は、とても魔王の娘とは思えない有り様だ。
私も最初はてっきりそうなのだと思っていたが。
現実はまったく違った。
「ぷにぷにのムチムチでしおしおのよわよわよ。」
「そこまで言われると流石にめげそうなんですけど。」
「まぁ努力家だし勉強家でもあるのだけど。」
「えへへ。許します。」
チョロい。
「それと、多分だけど。リリスは魔族として先天的身体能力の高さはもっているけども、高い生命力だったり再生力の高さは持ち合わせてないわ。」
私がそう続けると、ローム兄妹は不思議そうな顔をしている。
「リリス、ちょっと腕だして。」
今まで清聴に専念していたティガが荷代からのそりと姿を見せ、リリスに腕を見せろと手を差し伸べている。
「う、うん?」
言われるがままに自身の右手を差し出すリリス。
ティガは彼女の腕を手に取ると、両手でさすったり撫でたり揉んだりする。
「ティガ、くすぐったいです。」
「ダメだなこりゃ、戦ったことが一切ないヤツの腕だ。筋肉の質はしなやかで密度があるけども、鍛えられてねぇ。」
「そう言ってるじゃないですか……そりゃ、人族の女性に比べたら腕力とかはあるでしょうけど、私武器なんて持ったこと無いですし、誰かを殴ったりなんかできません。したくもないです。」
「うわ、二の腕ぷにぷにじゃねぇか。リリス、もう少し痩せろよ。」
「たったいま殴りたくなりました。」
「とまぁ、この通りよ。それと再生能力についてもダメね。私が治療してあげないと、自身でまともに自然治癒すらできないのよ、リリスは。」
「この間、笑いすぎて腹筋が攣って筋肉痛になりました。」
「ひでぇな、おい。」
「正確にはくすぐられすぎて攣ったんですけどね。」
そう言って私をじっと見つめてくる。
「実にくすぐりがいのあるお腹だったわ。」
私は無言の訴えを無視して涼しい顔。
「ひでぇな……。」
「ティガ、私のお腹を見て残念そうな顔しないでください!」
リリスは悔しそうな顔をしながら、ティガのきれいに割れた腹筋の見えるお腹をどすどすと殴る。
全然腰が入ってない。
「どうしよう。全く痛くない。」
ティガがすごくがっかりした顔をしている。
「つまり、セレナ様はリリス様が魔族として『負のマナの影響がまったくないちょっと強いだけの女性』であることを主張しているんですね。」
さすがルーカス。
こちらの意図をしっかり察してくれる。
思わずニッコリ笑顔で彼を見る。
「私はリリスの本当の姿、魔族としての角も見たことあるけども。なんというか、可愛らしいという印象しかなかったわ。極寒の死地で幾度となく遭遇してきた凶悪かつ強靭な魔族たちとは似ても似つかないわね。
あ、目は一般的な魔族の目ね、瞳孔はシャルたち猫人族と形はにてるけど、虹彩がすごくきれいな赤系で、ある意味禍々しかったわ。」
「なんでさっきからリリス様は恥ずかしそうに黙ってて、セレナ様がリリス様の容姿を説明してるんですか?」
ルーカスは今度こそ不思議そうな顔で個人的な疑問を口にする。
「うぐっ……」
「この子、たぶん魔族としての容姿にコンプレックスがあるのよ。角もちっちゃくて白くてかわいいのだけど、魔族は自身の角の色や形状を誇るフシがあるでしょ?きっと、文化的な差異ってヤツね。私は別に気にするほどでもないし、似合ってて良い思うけども。」
リリスがルーカスの背中ごしに私の肩をぺしぺし叩いてくる。
顔が「なんで言うんですか!恥ずかしいから言わないのに!!」って感じ。
なるほど、微塵も痛くない。
「なるほど、負のマナが一切蓄積していない魔族。つまり、これが指環の効果であり、リリス様が魔族でありながら他の方と違う理由なんですね……不思議だ。」
背後で振り下ろされる手のじゃまにならないように、少し前かがみになって気を使うルーカスはひどく納得したように、うんうんと頷き続けている。
「あー、零番隊でも知らない事実がどんどん明かされていく……報告書どうしよう。どこまで喋っていいかわかんなくなりそうです。」
エミリアがハッとして今後のことを悩みだす。
「お願いだから、まだ王国側にリリスの正体が露見するようなことだけはしないでね?あなた達を信頼してここまで明かしたんだから。」
「わかってます。ベルの魂に誓って、俺がセレナ様とリリス様を裏切ることはしません。」
「私もです。ただ、報告する情報の整合性については慎重に検証しないと、そこからボロが出かねません。」
「そこは頑張ってちょうだい。零番隊特務官。」
「「承知いたしました。」」
「そんなに畏まらないで。かたっ苦しいわ。」
「「承知しましたー。」」
「……まぁいいわ。」
リリスとシャルがニコニコ笑顔で笑っている。
ローム兄妹もなんだか嬉しそうだ。
良いことだ。
そんな朗らかな雰囲気の中。
「なー、ルー。馬車での移動は楽だし、あったかくて良いんだけどよ。ずっと座りっぱなしは体が凝っちまうよ。今日は早めに野営場所見っけて、狩りにでも行かねーか。」
ティガが唐突にそんな提案をしてきた。
彼女は風上の方を向きながら、鼻をひくひくうごかしている。
「ティガさんのご要望とあらば、是非もなく。」
ルーカスはノウスの歩調を弱めながら周囲に視線を送る。
「ほんと、いい鼻してるわね。ティガ。」
私が感心してるのをみて、リリスが不思議そうな顔をする。
おそらく風上から漂う鹿の匂いに気づいてのことだろう。
この中で気づいているのは私とティガだけだ。
「ティガさん、何か獲物の匂いですか?」
エミリアも風上に顔を向け目を凝らすが、視界の向こう側には山裾に広がる小さな森が見えるだけだ。
「鹿の生息域だな。森の中にいくつか群れが居る。」
「あら、今夜は鹿ですか。そういえば、シルバーハートについてから一切狩りなどしてませんね。久々に体を動かすのも良いかもです。」
シャルも乗り気だ。
「ミァ寒いのだがャー……でも行くのャ。」
毛布にくるまったままでシャルの体に身を寄せ、大人しくしていたミアだが、どうやら彼女も狩りをすることに疑問は持たないらしい。
「そうね、私も賛成。ずっと馬車で座りっぱなしは、体が鈍っちゃう。」
「どうやら決まりのようですね。ノースウィンドの森は狩猟シーズンですので、獲物はたくさんいます。そんなに時間もかからず獲物にありつけるかと。では……設営班と狩猟班に分かれて行動しますか。」
「狩猟班はあたしらに任せてくれ。久々に3人で連携したいし。」
「じゃぁ……俺たちは設営と火の支度を担当します。」
「リリス、私たちは軽く設営補助してから途中で狩りの方に向かいましょ。」
「はーい。」
猫人族の狩りのお手並み拝見。
今夜は鹿肉料理だ!
私は夏より冬が好きです
寒い日々は布団の中が天国になりますので
結果、休日は惰眠を貪る生物になります
……抗いがたい睡眠欲。
きょーてきだ




