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救済の聖女のやり残し ~闇と光の調和~  作者: 物書 鶚
第二章 第二部 目指すべきところ
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第九幕 「魂の形」

この身に刻まれた罪の証

忘れるべからずと深く己に戒めた

この刃を用い、この手が奪ったこの命たち

それを生涯忘れぬように、と。


「この罪の意識は俺のもの。俺だけが背負うべきもの。」


好天の秋空。


少し冷たい風を感じながらも、馬車と騎馬が小気味の良い蹄の音を響かせつつ街道の地面を蹴っている。


大柄で頑強な体躯の馬ノウスが引く馬車もまたとても大きく、積み荷と乗員数を考慮すると一頭引きとは思えない安定した走りを見せている。

御者はもちろんルーカス。

その隣を随伴して移動する騎手はエミリア、そしてその愛馬フェデルだ。


御者席に座る彼の両側に私とリリス。後ろの荷台にはシャル、ティガ、ミアがいて、魔導工学によって高度に安定した荷車はいささかも揺れることのない快適な馬車の旅を提供してくれている。


道のりは順調そのもの。


当初、徒歩で二週間の予定だったのが馬車での移動により半分以下に縮まった。そして我々は既に旅程の七割がたを終えて、あと二日程で次の目的地へとたどり着ける位置へと至っていた。



「つまり、リリス様は俺とエミーの記憶とシャルさんやティガさんの『魂の香り』によって嗅ぎ取る我が家の猫たちの『残り香』のイメージを統合し、それを『夢見』の能力を用いてあの場にいた皆の知覚に、夢という形で情報伝達した。ということになるわけですか。」

ルーカスは手綱を握り、前を見たまま感心した顔をしている。


あの夢見以降、ルーカスはリリスを「様」つけて呼ぶようになっている。まぁあれだけの事があったのだ。相応に心象の変化があったのだろう。

なお、シャルたちに「様」と敬称をつけると悲しそうな顔をされるようになったのでローム兄妹は泣く泣く敬称を改めた。


その猫に対する無条件敬服みたいなのは何なのだろう。

仲良くなったということは良いことなのだろうけども。



ともあれこの三日間、特にトラブルもなく。昼は街道を進みながら、夜は野営の明かりを囲みながらいろんな会話を楽しむ我々。いつしかその話題はお互いのことを知るための情報共有へと移行していた。


いまはリリスの『夢見』について色々と議論中だ。


「はい。あと、今回の『夢見』でおきたことにはセレナの『理力』による脳の強化も重要です。『夢見』に参加する人数が増えると途端に描写精度や相互の情報伝達などの難度が高くなるみたいなんですけど、そこら辺の処理負荷をセレナのおかげで解決できてます。とても私一人の力では不可能ですよ。」

補足をするリリスの顔は自慢げだ。


この場合、自慢している対象は私なのだろうけど。


照れる。


「ほんと……夢とはいえ、参加者全ての視覚と聴覚、さらに触覚と嗅覚などの情報の相互伝達を可能としている状況なわけですからね。魔導通信で例えるのであれば、複数名同時通信を可能とする高度で複雑な術式での情報のやり取りに加え、映像と匂いと触覚の伝達に相当するわけで……このことは、とても真似できない超高度な種族魔法だと評価できますね。」

エミリアの『夢見』に対する分析と評価の視点も面白い。


確かに、五感の一部を多人数で共有する魔具や魔導具など聞いたことが無い。

どこぞの偏執的な大魔導士が、膨大な理論と実験と検証を重ね、果てしない魔力コストをかければ、あるいは魔術的に再現することは可能かもしれないけども。

それを種族魔法として最適な形で体系化し相伝しているのが『夢見』だ。そう考えるとサキュバスの種族魔法はその分野において最も優秀だということになるのだろう。


だが、ひとつ大事なことを忘れるべからず。


「その感覚の共有の為の条件というのが難点でもあり、サキュバスらしくもあるという評価も忘れずにね。」


私は重要な視点の指摘をする。


「確かに……裸で密着する必要性というのは、なかなか敷居が高いですね。」

ほぼ裸に剥かれて、四肢の拘束と目隠し、さらには猿轡までされた身にとっては痛い程実感の籠った感想だろう。


「そこも面白い所ですよ、兄さん。全員がリリスさんに触れる必要はない。それぞれが連続して密着していれば感覚の共有が可能なんですから。術が触れた身体を通して全員を接続しているって考えると出来そうな気はします。ですが、どういった術式で何を媒介に行われているのか想像もできません。生命波動の共鳴や振動による音の伝播は魔導工学にも用いられる要素の一つではありますが、もっと別の何かが根幹な気がします。」


さっきからエミリアの視点はすごく多角的で仔細だ。着眼点も彼女のマナ適正に則した内容で興味深い。

零番隊最年少入隊記録保持者は伊達ではなさそうだ。


「はー、なるほど……エミリアさんの考え方は凄いですね。私はサキュバスとして本能的に魔術を行使しているので、そんなこと考えたことも無いです。」


自分を誇るよりも他人を褒める方が好きなリリスも凄いと思う。


「感覚的な話で申し訳ないですが……『夢見』は術式を内包した魔力によって対象を包み込むことが重要でもありますので、その範囲内に対象を収められなければダメです。なので、そういった距離的な制限はあります。そして、その対象の身体の一部でも何かで覆われていればとたんに情報共有精度が低下します。それこそ下着一枚あるだけでも変わってきてしまいます。」


「不思議ですねぇ。やはり淫魔として名高いサキュバスの習性によって紡がれてきた魔法だからこそ、そういった条件になってくるのは想像できるのですが……」

興味が尽きないのか、考え込むような仕草をしつつ思案に更けているエミリア。手綱は手にあるものの、さっきから全く手繰られることはないが、フェデルは主を気遣うように最適な歩調を保ち続けている。


優秀な馬だ。



「根幹という話であるならば私が行使する『理力』にも一つの限界というものが存在するわ。」


私はふと思い当たったことを口にする。


「巷では女神の奇跡などと呼ばれるこの力は、実は一つの制限が存在するのよ。」


私が切り出した話に三人が耳を傾けてくる。


「人体の限界を超え、そのあるべき形を極限まで高めることの出来る『理力』の実態は、その身体が持つ自然治癒力だったり成長の可能性を限界を越えて高めることのできる力だというのが私の認識。

でも、それと同時に施術対象者が先天的に欠損した身体の部位や、必要を認識できないことについては効果を発揮しないわ。」


魔王討伐隊として、仲間と共に歩んだ二年間で得た知見の一つについて、私は語る。


「先天的欠損や必要を認識できないこと……なるほど、生まれつきその器官が欠損している者や種族別に各生命が元来持ち得ない器官を作り出すことは出来ない。腕を複数生やしたり、翼や尻尾などの器官を追加することは無理というわけですね?」

ルーカスが私の発言を咀嚼して理解する。


だが厳密には少し異なる。


「それだけじゃないわ。後天的に負った傷や、喪失した身体の一部も施術者当人が『治療を望まない』のであれば、それは理力の治療対象にならないし、身体能力の強化の意味をなさないの。」


「と、いうと?」


「私のかつての仲間……レオンやグラムが顔や体表に負った古い傷痕。ソフィアに対しての極端な筋力の増強などがそれに該当するわ。」


「なるほど……守護者たる不動の黒鉄グラム殿にとって、仲間を守るために受けた傷は勲章のようなもの……という価値観があるとすれば、それは彼にとって消したくない傷痕。大魔導士ソフィアにとっては魔術の高みへ至ることこそが信条であり、身体的強者への渇望などは無い。……ということですね?」


「そんなところね。」


「勇者レオン様の顔の傷も勲章のようなものなのですか?あんなに精悍で勇壮なご尊顔に大きな傷痕が残っているのを市井の婦女子たちはとても残念がっていましたが……。」

エミリアがため息交じりに話す。


ご尊顔て。

エミリアもそういう美男子への羨望というか、単純なところがあるんだ。


意外。


「その傷痕が勲章なのか、あるいは……()()()()()()()()であるかは当人にしかわからないわ。少なくとも私の治療では消せなかった。」


「戒め……?」

ルーカスが不思議そうな顔をしている。


「色々あったのよ、私たちにも。」

私は深掘りを避けるように曖昧な返事をする。


「つまり、セレナの仲間たちにも『望まない何かが理力による治療や強化を妨げる』という状況があったということですね?」

リリスは意外だと言わんばかりに驚いた顔をしている。


「そうよ。そしてシャル達の言葉に倣うのであれば、それは『魂の形』のようなものなのかもしれないわ。」


「魂の形……それが私の『夢見』における対象の認識の根幹かもしれない、ということですか?」


「そう考えられるかもねってこと。貴女は種族魔法で本能的に相手の魂の形を認識していて、それを接続した人たちと共有する時に記憶や匂いによって得た情報で補完する。って感じ。」


「良い視点かもしれませんね。私たちが認識する『魂の香り』同様に、その人物の根幹を成す要素を視覚的に具象化して、さらに五感で補強できる術式。それがリリスの『夢見』だということですね。」

毛布に包まって姉妹で身を寄せ合いながら暖を取っていたシャルが話にのってきた。


「そうよ。あなた達の『魂の香り』を知覚する超感覚、それをイメージとして共有できる『夢見』の性能。どこか共通項があると感じたの。『残り香』だけの情報で、既に死んでしまった知らない猫たちの姿を再現できたことも理由の一つね。」

私は声のしたほうを振り返りながらシャルの弁を肯定する。


寒がり屋のミアが、シャルとティガの二人に挟まれて気持ちよさそうに丸まっているのが見えた。


「なるほど……『魂の形』……すごくしっくり来る表現です。」

思い当たるところもあるのだろう。リリスがうんうんと頷きながら何かに想いを巡らせている。


そういえば、リリスのサキュバスとしての知識の源泉も不思議だ。


物心付く前に母親を事故で亡くしており、同族を見たこともなく、父親から教えられたのは能力を使う上での心構えのようなものだけだとか。

『対の指環』の影響もあって淫魔としての権能を悪用することはなくても、応用と目的のための利用はしてきたリリス。


その種族魔法『夢見』についても、やはり本能的に使い方を自然と理解するのだろうか。


私自身も『理力』をいつの間にか使っていたし……人族の魔術体型とは違って知識や経験を積むことで修練するような魔術ではないのかもしれない。


今度、じっくりお互いの能力について話す機会を設けたいな。

お互いのためにも、色々と把握しておきたいし。



ともあれ、この旅路の談話はまだ続く。


なんか楽しいな。

こーゆーの。


世界を綴るのは楽しいです

そんな事が描かれている物語を読み解くのも楽しいです


知っていたつもりの世界が知らない一面を持つこと

未知を知る喜びとは、かくも楽しき一時


私の世界は皆さんに何をもたらしているのでしょう?

ご意見、ご感想、お待ちしております

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