伝承の街ポルカ パート3
ロシェルは「護衛は二人おりますが…… でも、せっかくです。街の案内をお願いできますか?あと、荷物も持って欲しいのですが…」と銀色の瞳で紳士風の男を覗き込むように見つめる。
突然、美しい少女に見つめられた男は、顔を夕焼けの空のように赤く染め、明らかに狼狽している。
一人物陰に隠れるジェイドは、笑いを堪えるのに必死だった。
紳士風の男はなんとか自分を落ち着かせ、「か、かしこまりました。報酬は内容にもよりますが、だいたい二千ラルです。よろしいでしょうか?」と話す。ロシェルは「よろしくお願いします!」と頭を深々と下げた。紳士風の男は「私、ラッセンと申します。何なりとお申し付け下さい」と自己紹介をした。
「では…」と言い、ロシェルは甘く焼き上げたワッフル、オラクーの形をしたクッキー、香辛料を練り込んだソーセージ、鹿の肉を串に刺して焼いたケバブなどなど、目についたものを片っ端から買い求めていく。
「大聖堂でもポルカの屋台料理は、すごく美味しいって評判なんですよ!」
屋台の店主たちは手際よく品物を包み、彼女は次々と笑顔でラッセンに渡していく。
ラッセンは、あまりの展開に呆然としていた。ロシェルの勢いに圧倒され、気がつけば、ラッセンの両腕はすっかり食べ物の山に埋もれていた。
ジェイドは少し距離を取りながら、込み上げる笑いを必死に堪えていた。
(なんなんだ、このガキは……。)
心の中でそう毒づきながらも、ラッセンは紳士的な態度を崩さずにいる。
ようやく一通り買い終えたかと思ったその時、ロシェルがくるりと振り返り、無邪気な笑顔を浮かべながら言った。
「ラッセンさん、服を買いたいのですが……良いお店をご存知ですか? 私と同じくらいの子が行くお店」
ラッセンは一瞬言葉を失い、心の中で叫ぶ。
(まだ買うのかよ……!)
しかし、沸き上がる怒りをぐっと抑え込み、顔を引きつらせながらも丁寧に答えた。
「し、承知致しました……ご案内致します」
ぎこちない作り笑いを浮かべながら歩き出すラッセンを、ロシェルはじっと見つめる。
「魔物、襲ってきませんねぇ。もしかして、ラッセンさんに怯えてるのかもしれませんね」
彼女は悪戯っぽく微笑んだ。ラッセンは一瞬固まり、すぐさま目を逸らすと、何も言わずに黙々と歩き続ける。
ジェイドは密かに後をつけながら、ふと周囲の異変に気がついた。前を行く異様な二人を追うのは自分だけではなかった。左右に二人づつ、真後ろに一人の五人。その中には、先ほど声をかけてきた痩せた男の姿もある。猛獣が獲物を見るような、鋭い目つきでロシェルの後を追う。
「やっぱりか……」
ジェイドはロベルトの言っていた『悪い輩』の存在を確信し、これから起こるであろう事態を冷静に思い描いた。
ロシェルの能力が不明、ジェイドは武器を所持していない事を考えると、不利な状況ではあったが、「まぁ、なんとかなるでしょ」と薄っすらと笑みを浮かべ、楽しげに呟いた。
その頃、ロシェルは服の売り場を三軒ほど巡り、ようやく満足のいく買い物を終えた様子だった。彼女は目を輝かせながら、隣に立つラッセンに向かって嬉しそうに微笑む。
「ラッセンさん、ありがとうございました!今まで自由に買物したことなかったので… やっと念願が叶いました!」
前が見えぬ程、両腕いっぱいに服や食べ物を抱え、額に汗を滲ませたラッセンは、ぎこちない笑みを浮かべながら応えた。
「あ…はい…。それは良かった……」
買い物を存分に楽しんだロシェルは、すっかり満足した様子で軽やかに歩き出す。アストラル大聖堂で育った彼女にとって、初めての自由な旅。アウロラの冠をおろし、普通の少女としてのひとときを満喫したのだった。
「さあ、帰りましょう!」
彼女の弾むような声が通りに響く。ラッセンは、疲れ切った表情を隠しきれず、ふらつきながらも後を追った。荷物の重さが腕に食い込み、足元はすでに鉛のように重い。彼にとって、これは護衛ではなく、終わりの見えない罰のように思えた。
後ろを歩くジェイドは、そんなラッセンの様子を見て苦笑しつつも、手伝おうかと何度も迷った。もし、本当にただの護衛だったら謝ろうとも思っていた。
ロシェルの弾むような声が通りに響く。
「着きましたー!」
ようやく宿の前にたどり着くと、ロシェルは元気いっぱいに荷物を抱え、部屋へと運び込む。それを三度繰り返し、すべてが片付くころには、ラッセンの『護衛』の任務もようやく終わりを迎えた。
かつて紳士然としていた彼の姿は、今や見る影もない。汗にまみれ、整えていた髪もすっかり乱れ、疲労の色が顔に滲んでいた。
無情にも、ロシェルは満足げな笑顔を浮かべ、楽しそうに振り返り「ラッセンさん、お疲れ様でした!報酬は二千ラルでしたっけ?」と問いかける。
その無邪気な言葉に、ラッセンの表情が一変する。彼の目は怒りに満ち、顔は見る間に険しく歪んでいった。唇がわなわなと震え、かすれた声が漏れる。
「ふざけるな……ふざけるな……」
押し殺したような呟きが、次第に怒号へと変わる。
「二十万だ……二十万ラルだ!お前のせいで腕も足も使い物にならん!慰謝料もしっかり払ってもらうぞ!」
しかし、ロシェルはどこ吹く風といった様子で肩をすくめると、落ち着いた口調で言った。
「なにをそんなに怒ってるんですか? 二十万ラルも払えませんよ」
その言葉に、ラッセンの顔がさらに赤く染まる。しかし、彼が何かを言い返そうとした瞬間、暗闇の中から不吉な笑い声が響いた。
「おー! ラッセンじゃないか。なにやってんだ? こんなところで」
闇から現れたのは、ニヤついた表情の五人の男たちだった。どこか胡散臭い雰囲気を漂わせている。
「このガキがよ、報酬も慰謝料も払わねぇって駄々こねやがって……」
ラッセンが芝居がかった口調で言うと、他の男たちは下卑た笑いを漏らしながらロシェルを取り囲んだ。
「お嬢ちゃん、払うもんを払わないってのは泥棒と一緒だぜ?」
「怪我したくなかったら、とりあえず有り金全部出しな」
「それとも……お嬢ちゃんを攫って、親に払ってもらうって手もあるぜ」
一人がナイフをちらつかせると、他の男たちもそれに倣い、ロシェルを見下ろしながら汚い言葉を浴びせかけた。
男たちの醜悪な態度を見かねたロシェルが大きな溜息をつく。
その時、暗闇の中から静かな足音が響いた。気配を察した男たちが振り返ると、ひとりの青年がゆっくりと歩み寄ってくる。男たちを気にも留めず間を抜け、ロシェルの前で立ち止まった。ジェイドは彼女に「買い物は楽しめたか?」と優しい笑顔で尋ね、彼女も笑顔で「はい」と笑顔で頷く。ジェイドはゆっくりと振り返り、男たちに向かって冷ややかに言い放つ。
「おじさんたち、カッコ悪いね」
その一言に、場の空気が凍りついた。男たちの間からどよめきが上がり、リーダー格の男が忌々しげに「お前誰だ?関係ねーだろ」とジェイドを睨みつける。
「この子の護衛だよ」と穏やかに返す。
「にーちゃんよ、女の前でカッコつけたい気持ちはわかるが……俺たちを知らねぇのか?」
男は肩をすくめ、仲間たちを見渡しながら続ける。
「相手を見てやらねぇと、痛い目みるぞ?」
周囲の男たちもニヤつきながら、じりじりとジェイドに詰め寄る。しかし、彼の表情は微動だにせず、ただ静かに男たちを見つめていた。
痩身の男が苛立ちを抑えきれず、ナイフをジェイドに向け「やっちまうぞ、コラ!」と大声で叫ぶ。
ジェイドは怒りの形相で威嚇するようにゆっくりとその男に近づいた。男は少し怯えながら、なおナイフをジェイドに突きつけてくる。
次の瞬間、ジェイドは風のように動いた。左手で男のナイフを持つ手首を掴み、右足が弧を描くように男の足元を薙ぎ払う。男は、何が起こったのか理解する間もなく、満天の星空を見上げることになった。そして、背中を地面に叩きつけられる衝撃とともに、すべてを悟った。地面を打つ鈍い音だけが、静寂の中に響いく。
男たちはあまりの一瞬での出来事に、状況を把握しきれず、戸惑いの表情で周りを見渡す。リーダー格の男の「全員でやっちまえ!」という怒号で、我に返り一斉にジェイドへ襲いかかる。
咄嗟に、ロシェルが神聖魔法を唱えようとしたが、それよりも早く、ジェイドは右手の掌を高く掲げ「デフラム!」と力強く火炎魔法を唱えた。ジェイドの右手に紅蓮の炎が渦巻くように現れ、激しく燃えあがった。掌の上で揺らめく火の玉は、辺りを蜃気楼のように歪ませる。
「うわぁぁっ!」
炎の揺らめきが恐怖を煽り、誰かの悲鳴が静寂な夜に響き渡る。その声を聞いた他の男たちは、慌てて逃げ出そうとするものの、恐怖に足がもつれ、尻もちをつきながら後ずさるばかりだった。心とは裏腹に体が動かず、この場を離れることすら叶わない。
だが、彼らの悪夢はまだ終わりではなかった。
突如、宿の扉が轟音とともに吹き飛ぶほどの勢いで開かれた。そこに現れたのは、まるで鬼神のごとき大男。怒りに満ちた形相を浮かべ、燃え上がるような瞳で辺りを睨みつける。
「お前ら、いつまで待たせるんだ!!」
耳を塞ぎたくなるほどの怒号が響き渡る。それはジェイドとロシェルに向けられたものだったが、すでに恐怖の限界を迎えていた男たちにとって、その声はとどめの一撃となった。
「ひ、ヒィィ……!」
声にならない悲鳴を上げると、男たちは次々にその場に崩れ落ち、ついに全員が気を失った。
「ゼト、ごめん、ごめん遅くなって…」
ジェイドは怒号をあげた主に謝る。
ロシェルも「ちょっとだけ買い物に出かけたら、知らないおじさんに声をかけられて…」と屋台での出来事を掻い摘んで話し「ごめんなさい、私のせいで」と深々と頭を下げ、丁寧に謝る。
しかし、ゼトの表情は険しいままだ。腕を組み、低い声で問い詰めるように言った。
「……で、なんだコイツらは?お前が倒したのか?」
ジェイドは苦笑しながら肩をすくめ、「いや、最後はゼトに怒鳴られて気絶したんだよ」と答える。
「は?」と間抜けな声を上げたゼトに、ロシェルがくすりと笑い、「巨大な魔物の雄叫びでも聞いたんじゃないですか?」と冗談めかして言った。
ゼトは無言で石畳を見つめる。やがて、ふっとため息をつき、ぼそりと呟いた。
「俺、そんなに怖いか…? アストラル軍じゃ、まだ可愛い方の部類だったんだがな…」
ロシェルとジェイドは顔を見合わせ、笑いをこらえた。
その後、六人の男たちはしっかりと縄で縛られ、宿の支配人がロベルトに連絡を取ったことで、ポルカ警備隊へと引き渡された。
「いやいや、お手柄だったね! これもアウロラの神様のご加護かな?」とロベルトは上機嫌に笑う。
ロシェルは静かに微笑みながら、「アウロラ様は全てを見ていらっしゃいます。悪が野放しになることはありません」と、まるで司祭の説法のように語った。
ジェイドはその言葉を聞きながら、ふと屋台での出来事を思い出す。ロシェルが欲望のままに買い物をする様子や、ラッセンへの悪気のない所業も…。
あれも、アウロラ神は見ていたのだろうか?
そう思ったが、彼はそれを口にするのはやめておいた。
「本当にありがとう!この街は伝承の地として観光で成り立ってるから、みんな困ってたんだ。助かったよ」ロベルトは、深い感謝の念を込めて、改めて三人に頭を下げた。その表情には、安堵と尊敬の念が入り混じっていた。
そして「あの様子だと二度と悪いことはしないと思うよ。ところで、なにをしたんだい?怪我もしてないのに、かなり怯えていたが…」首を傾げ、不思議そうに尋ねた。三人の行動が、彼には理解できなかったのだ。
三人は各々の顔を見合わせ、
ジェイドは飄々とした顔で「俺は魔法をちょっと見せただけだよ」と返した。
ロシェルは「私は一緒に買物に行っただけです」と無邪気な笑顔を浮かべた。
ゼトは「俺はジェイドとロシェルを怒っただけだ」腕を組み、自信満々に応えた。
それを聞いたロベルトは、誰も嘘をついているように思えず、返って混乱した。しかし、結果として街の問題が解決されたのは確かだった。
「まあ……とにかく助かったよ。」
そう言ってもう一度礼を述べるロベルトは三人と固く握手を交わし帰って行った。
「腹減ったー…」とジェイドが独り言のように口にする。
それを聞いたゼトは、「お前がそれを言うのか?」とジェイドをにらみつけ、怒りを露わにした。
「お前たち二人のせいで食堂は閉まってしまったぞ。どうするんだ?朝まで待つのか?」どうやらゼトの怒りは納まりそうにない。
その様子を憂いの眼差しで見つめていたロシェルが、穏やかな声で語りかけた。
「ゼト、そんなに怒らないで。怒りは闇を呼び、光を遠ざけるものです」と慈愛の表情で諭す。
ゼトは目を合わせず「俺は二人にメシを遠ざけられたがな」と、ぶっきらぼうに言い放つ。その瞬間、ジェイドは何かに気づいたようにパッと顔をあげ、「お!」っと声ををあげる。目を輝かせ、おどけた表情でゼトを見つめるが「その顔やめろ」とゼトは冷たい声でジェイドを制した。
ロシェルは、柔らかな笑顔を浮かべながらゼトに告げた。
「食事なら、ちゃんと買ってありますから」
ゼトの表情から怒りが一瞬で消え、ぱっと明るくなる。
「本当か!?」
ロシェルは静かに微笑み、胸に手を当てた。
「私は神に仕える者。嘘はつきません」
その言葉にゼトは安心したように頷くと、隣にいたジェイドの肩をがっしりと組んだ。
「そうか、じゃあメシにしよう!」
ジェイドはゼトの背中を軽く二度叩き、目を細める。
「そうだな。話したいことも山ほどあるんだ、ロシェルのことで」
ロシェルはそんな二人を見つめ、微笑を浮かべたまま静かに歩き出した。




