伝承の街ポルカ パート2
街の風景は、話しが進むにつれてゆっくりとその表情を変えていった。広く敷き詰められた石畳の道の両脇には、新設された宿や風情ある酒場が軒を連ねている。温かみのあるランタンが並び、柔らかく街を照らしていた。
さらに進むと、活気に満ちた屋台街が姿を現す。木製の屋台には色とりどりの布が掛けられ、香ばしい肉の焼ける匂いや、甘く濃厚な果実酒の香りが、旅人たちを優しく包み込む。
「ついに辿り着いた…」
突然、ロシェルは銀の眼を見開き、独り言のように呟いた。そして目をつむり、水色の髪を揺らし、鼻でたくさんの空気を吸い込む。
ジェイドとゼトはあまり気にもとめずに歩を進める。
飴細工の職人が軽やかに飴を操り、子どもたちは目を輝かせながら見入っている。独自の香辛料をふんだんに使った料理やポルカ原産の果実を使った飲み物や菓子が並び、異世界の雰囲気を漂わせる。
「噂に違わぬ充実ぶり… す、素敵過ぎる…」
またロシェルが両手を胸の前で合わせ、誕生日のプレゼントを開ける子供のように目を輝かせながら呟いた。
流石にゼトが、「おい、ロシェルどうした?」と問いかけるも、屋台の作りたての料理や色鮮やかなフルーツ、香り豊かな飲み物に目と心を奪われ、耳には届いていないようだ。
広場では吟遊詩人が竪琴を奏で、静かに伝承に纏わる詩を紡いでいた。彼の歌声に耳を傾ける人々の表情は穏やかで、旅人も地元の人々も、にぎやかな雰囲気の中で語らい、笑い合い、夜の訪れを楽しんでいる。
「これは…後でいいかな」
ジェイドは大きく口を開けて笑い、ゼトは不思議な生き物を見る目でロシェルを見る。
ロベルトは苦笑し、「司祭様には食べ物の方が良かったかな?」と言われ、ロシェルは、慌てて凛とした姿勢をとったが、耳まで赤く染まっていた。
ジェイドはその光景を見渡しながら、十二年前のポルカとはまるで異なる、活気に満ちた街並みに驚きを隠せなかった。だが、どこか懐かしさも同時に感じていた。
街道を少し入ったところでロベルトは「ここだよ」とひっそりと佇む一軒の宿を指差した。決して大きくはないが、急勾配の三角形の深い翡翠色の屋根と、白い漆喰の壁が温かみを感じさせる佇まいだった。
ジェイドの記憶にも三角形の屋根は印象深く残っている。
細やかな細工が施されたランタンの灯りは、旅人を優しく迎え入れるように揺らめいていた。
重厚な木の扉を押し開くと、柔らかなランプの光が天井から降り注ぎ、古風な木製のカウンターが穏やかに来訪者を迎える。壁にはこの街に伝わる、古き物語が描かれた掛け絵が並ぶ。
ロベルトが受付と話している間、ジェイドが掛け絵を見ていると、そこへ清潔感のある制服に身を包んだ従業員が近づき、柔らかい笑みを浮かべながら静かに語りかける。
「ここにある数々の絵は、ポルカから世界を救う勇者が生まれる、という伝承を元に作られました」
ジェイドは少し気恥ずかしく思い「あ、そうなんだ」と返し、話しを終わらそうとした。しかし、ゼトは「続きはどうなったんだ?生まれたのか?勇者は」と聞き返す。
「伝承の通りにお生まれになりました。現在は魔王を倒す旅に出ています。必ず、魔王を倒して、再び平和をもたらしてくれることでしょう」と丁寧に応える。
ゼトは「勇者の名前…」と言いかけたところで「それは楽しみだね!」とジェイドが割って入り、強引に話しを終わらせた。
ゼトは少し不満げな表情を浮かべた。しかし、内心では、普段から自分の顔を怖がるジェイドへのささやかな仕返しができたことに満足していた。 その後、無邪気な笑みを浮かべた。その笑顔に、ジェイドは新鮮な驚きと喜びを覚えた。
「部屋が取れたぞ」
ロベルトはそう言いながら、鈍く光る鍵を三人に差し出した。彼の顔には人懐っこい笑みが浮かんでいる。
「今夜の宿代は結構だ。神々の使いから金を取るなんて、さすがに恐れ多いからな」
そう言って肩をすくめると、ふと真剣な眼差しで付け加えた。
「それより、魔物の調査を頼んだよ」
ジェイドは申し訳なさそうに眉をひそめ、「いえ、払いますよ。まだ僕たちは何もしていませんから」と真摯に申し出る。しかし、その横でロシェルは一歩前に進み、穏やかな声でジェイドを制した。
「お心遣い、感謝いたします。ポルカのすべての人々に、アウロラ様の加護があらんことを……」
彼女は静かに祈りの言葉を紡ぎ、胸の前でそっと手を組む。その姿にロベルトも思わず畏敬の念を抱かずにはいられなかった。
「ははっ、ありがたいねぇ。」
ロベルトは気恥ずかしそうに頭を掻き、「それじゃあ、頼んだよ。」と背を向け、街の雑踏へと消えていった。
ジェイドはロシェルの横顔をちらりと見やり、少し呆れたように苦笑する。
「……ロシェル、今のはちょっとずるくないか?」
「善意を素直に受け取るのも、司祭の務めですから」
ロシェルは柔らかな笑みを浮かべ、鍵を手に軽やかに歩き出した。
案内された部屋は、長年、数々の物語を刻んだ風格があり、情緒ある煤けたランプの灯りが部屋を優しく照らす。三人で泊まるには充分過ぎる広さがあり、なんの不自由もなさそうだ。
「メシにしよう」
ゼトは剣と鎧を置き、軽装に着替えながら口にする。
「ロベルトさん、料理も美味いって言ってたしな、楽しみだね」
とジェイドも着替えた。
ロシェルは「私も着替えてから必ず参りますので、先に行ってて下さい」と落ち着いた口調で二人を促す。
女性の着替えを邪魔できない二人は、先に宿の食堂に向かうことにした。
食堂の中は、夕食の時間ということもあり、旅行者で賑わっていた。何よりも、肉や魚の焼ける香ばしい匂いや、麦酒や葡萄酒の芳醇な香りが堪らなく食欲を刺激する。
案内された席でメニューを見ると、森で採れたきのこや、木の実。ポルカ原産の野菜や、リンデットで水揚げされた魚介をふんだんに使用した料理が並んでいる。その中でもお勧めなのは、山で狩られた鹿や鴨、猪などのジビエ料理のようだ。
しかし、待てどもロシェルが姿を現さない。ゼトが苛立ち、その眼光は魔物を眼の前にしているかのように鋭くなっていく。ジェイドは「俺、様子見てくるから、先に食べといて」と伝え、一旦部屋に様子を見に戻る。
「ロシェル、まだか。ゼトが怖い顔して待っているぞ」
ジェイドは扉を開け、声をかけたが、返事はなかった。ロシェルの寝台には、アウロラの神官帽と法衣が丁寧に畳まれて置かれている。行き違いや迷子の可能性も考えたが、この宿は階段が一つしかなく、迷うほど広大なわけでもない。何度か呼びかけても、ロシェルの気配は感じられず、ジェイドは諦めて食堂へ戻ろうとした。
その時、脳裏に浮かんだのは、屋台を見た時のロシェルの姿だった。子供のように目を輝かせ、「ついに辿り着いた…」「す、素敵すぎる…」と呟いていたロシェル。「必ず参りますので…」という言葉にも、今思えばどこか違和感があった。
「最近、悪い輩が増えてきている」
ロベルトの言葉がジェイドの頭の中で反響した。彼は急ぎ足で、屋台街へと向かうことを決意した。
屋台街に足を踏み入れると、すぐにロシェルを見つけることができ安堵した。彼女は右手に大きな林檎飴を持ち、左手にはポルカの預言者をモチーフにした絵が描かれた布製の鞄を提げている。水色の長い髪を風になびかせ、目に入るもの全てに「うわー!ちょー可愛いんですけど!」と感嘆の声を上げている。
「はい、絶対おいしい!」「これは神アイテム!」などと、次々に品定めをしていくロシェルを、見てはいけないものを見てしまったような、そんな感覚にとらわれながらも、もう少し様子を見ることにした。
次にロシェルが足を止めたのは、『オラクー工房』と書かれた店の前だった。どうやら、ポルカの預言者モチーフのキャラクターはオラクーという名前らしい。店先には、布を縫い合わせて作られたオラクー人形が、大小様々なものが所狭しと並んでいる。木彫りのオラクー人形も売られており、ポルカのお土産に買って帰る観光客も多いのだろう。
満面の笑みを浮かべたロシェルは、「可愛すぎる!」と呟き、「おじさん、これ一つください、この翼のついたオラクー!」と店主に声をかけた。
「お嬢ちゃん、これはくじを引いて当たった人がもらえるんだ。引いてみるかい?」
「やる、やる!」ロシェルは即答した。
ジェイドは微笑ましくその様子を見守った。ロシェルはお金を渡し、くじを引きながら「アウロラ様!どうか翼つきのオラクーをお当て下さい!」と祈っている。
それも祈るのか、とジェイドは心底驚いた。
「おじさん、1番!」
弾けるようなロシェルの声が屋台街に響き渡る。
「やったね、お嬢ちゃん!翼つきのオラクーだよ。おめでとう!」
「アウロラ様ー、ありがとうございます!」飛び跳ね、喜びを全身で表すロシェル。
そんな無邪気さに心を癒やされつつ、アウロラ様はそんな願いも叶えるのか…ジェイドは驚きと同時に疑問を抱いた。
しかし、そろそろロシェルを連れて帰らないと、ゼトも心配するだろうと、彼女に声をかけようと歩き始めた。
その時、見知らぬ痩身の男がロシェルに近づき、低く囁くように「お姉さん、この街の人じゃないよね?」と話しかける。
ジェイドは、もしかして…?と思い、少し近づき、成り行きを見ることにした。
ロシェルは穏やかな柔らかい声で「はい、グランアストラから参りました」と応じ、微笑を浮かべながらオラクー人形を布袋に大切そうに括り付ける。
男は周囲を警戒するように目を泳がせ、少し声を潜めた
「ポルカは最近、街の中まで魔物が襲ってくるから気をつけてね。旅人が何人も殺されてるから」と続ける。
ロシェルは「街の中まで?それはおかしいですね…。街全体に聖なる結界が張られてるのに…」と首を傾げ、男に問い返す。
男は狼狽したように視線を彷徨わせ、
「ま、まぁ、気をつけなよ。護衛を雇った方がいいよ!」そう言い残し、足早にその場を去っていった。
その直後、今度は装飾の施された剣を腰に佩いた紳士風の男が静かに歩み寄ってきた。彼は恭しく右手を胸に当て、優雅に頭を下げる。
「お嬢さん、この街を一人で歩くのは危険です。私が護衛をして差し上げます」
「来たー!」
ジェイドは次に起こることを興味津々に見ていた。




