伝承の街ポルカ パート1
陽が西に傾き始め、暖かさを感じていた空気も徐々に冷たさを帯びてきた頃、一行の目に「この先、伝承の街ポルカ」と記された看板が映り始めた。
ジェイドは、十二年ぶりとなる故郷への帰還に胸を躍らせていた。幼い頃の記憶は曖昧だが、確かにこの街で「自分は勇者だ!」と騒いでいたはずだ。期待と不安が入り混じり、高鳴る心臓の鼓動を抑えきれない。
「十二年ぶりか……変わってるよな、きっと。正直、あんまり覚えてないけど、六歳の頃だったしなぁ」
思わず口にした独り言も、どこか浮ついている。
落ち着かないジェイドの隣を歩くロシェルは、水色の髪を歌うように揺らし、軽快な足取りで先を急いでいた。ポルカに目的地が決まった瞬間から、彼女の喜びは隠しようもなく溢れ出し、ジェイドの独り言にも、満面の笑顔で応えている。ロシェルの銀色の瞳は、宝石のように輝いていた。
ロシェルのあまりにも上機嫌で陽気な様子に、ゼトはふと眉をひそめた。
(さっきの休憩で飲んでたの、果実酒だったのか?)
心の中で問いかけながら、彼は前を行く二人をじっと見つめる。
堪えきれなくなったゼトは、足を止めて声を上げた。
「おい、ちょっと待て!」
ロシェルとジェイドが振り返ると、ゼトは真剣な表情で言葉を続ける。
「お前たち、少し浮かれすぎてないか?このままポルカに突っ込んで、『運命の子ジェイドが帰ってきたぞ』なんて大声で言うつもりか?」
その言葉に、ロシェルは一瞬驚いたように目を見開き、ジェイドは苦笑いを浮かべた。
ゼトはさらに言葉を重ねる。
「ジェイドがそれでも構わないなら俺は従うが、街の状況が全然わからない今、そんな無防備なやり方で入って行っていいのか?危険かもしれないだろう」
静かに冷たい風が吹き抜ける中、ゼトの言葉は一行の足を確かに止めた。
夢見心地だったロシェルとジェイドも、ようやく現実に引き戻された。一行は足を止め、その場で慎重に話し合いを始める。
「その場合、ゼトを怖がるんじゃないか?」
「何故、突然アウロラ神の司祭が?」
「それはゼトが目立ち過ぎるって」
「街の人が『運命の子』をどう思ってるかがわからない」
「ゼトのお顔を、もう少し優しそうに変えてもらえるよう、お祈りしてみましょうか?」
二人の提案を黙って聞いていたゼトだったが、ついに「おい!俺の顔の話しはそれくらいにしとけ」と二人をギロリと睨み、牽制する。
ジェイドは「冗談だよ、冗談!」と今まさに怖い顔をしているゼトに笑顔で返す。
「グランアストラから派遣されたポルカ守備隊の斥候、ということで通すか」
ジェイドが提案すると、ゼトは「そうだな。ついでに何体か魔物殺っとけば、嘘でもないだろう」
「そうですね、先を急ぎましょう」
ロシェルも頷いた。
状況を見極めるまでは、軽率な行動を控えたほうが賢明だ。結局その日は、ジェイドの家を訪れるのを翌日に延期し、まずは街の様子を探るために宿を借りることに決まった。
やがて陽は西の森の奥に沈み、空は群青色に染まり始める。薄暗くなった道を進む三人の前に、半円状の木製の街門が現れた。そこには、力強い筆跡で「ようこそ!伝承の街ポルカへ」と記され、その横には預言者のモチーフらしき絵が書かれた看板が掲げられている。
ジェイドが一歩を踏み出し、次いでロシェル、そしてゼトがその後に続いた。彼らはついに、伝承の地ポルカへと足を踏み入れた。柔らかな風が吹き抜ける中、三人の胸にはそれぞれ異なる思いが巡っていた。
街門を抜け、畔道を歩き続けると、徐々に民家の姿が視界に入ってきた。
古き家々は、太く丈夫な木材が組み合わさり、木々の深い色合いや、苔に覆われた石壁が、幾多の歳月を静かに語る。小さな窓からは、温かなオレンジ色の光が漏れ出す。
一方、新しき家々は、磨き上げられた白い石を基調とした、重厚な造りが特徴的だ。大きな窓からは、柔らかい光が溢れ出し、住む人々の穏やかな暮らしを想像させる。
ジェイドが十二年前に通った同じ道のはずなのに、まるで異なる時代の道が入り混じっているように思えた。
各々の家からは、夕食の支度をする気配が漂う。ジェイドは、その穏やかな光景の中に、過去の記憶を呼び起こし、十二年の時の流れを確かに感じていた。
その刹那、「おい、そこの者たち……」という低い声が耳を打った。普段着に近い服装ながら、腰には武骨な剣を携えた二人の男が、三人の冒険者を鋭く見据え、警戒の色を隠さずに近づいてくる。
「お前ら、何の用でこの街にきた?」
その言葉には、刺すような冷酷さが込められていた。
その無礼な態度と物言いに、ゼトは静かに怒りの炎をその眼に宿した。それを察したジェイドが、穏便に収めようと一歩踏み出したところ、それよりも早くロシェルが、柔らかく二人の男を安心させるように話した。
「申し遅れました。私はアストラル大聖堂で司祭を努めております、ロシェル・セントフォードと申します。今日はポルカの魔物の調査と皆さまの守護に参りました」
「そちらの男性二人もかい?」
先ほどまでの冷酷な口調は影を潜め、どこか親しげな響きが加わる。ロシェルは変わらぬ笑みを湛えながら、静かに頷いた。
「はい、この二人は、私の護衛を務めております」
(護衛?)
その言葉に、ゼトは眉をひそめ、不機嫌そうに目を逸らした。一方のジェイドは、ロシェルの巧みな立ち回りに、思わず吹き出しそうになりながらも、堪えるように肩を震わせた。そして、彼はゼトの肩を軽く二度叩き、静かに耳打ちした。
「まあまあ、落ち着けよ」
ゼトは深く息を吐き、神に問いかけるように、両手を広げた。
そしてロシェルは、「今晩、宿泊できる宿はございますか?食事も摂りたいのですが…」と言うと、「ポルカの為にわざわざ来て頂いたんだ。いい宿を紹介するよ。メシも美味いぞ」と男は宿の紹介を買って出た。ジェイドとゼトは目を丸くし、これもアウロラの奇跡なのかも知れないと感じていた。
宿への道すがら、男は『ロベルト』と名乗り、もう一人の男は帰って行った。
ロベルトは三人に「さっきはすまなかったね」と謝罪し、最近のポルカ事情を語りだした。
「最近悪い輩が増えてきてね…」
男の声色は、少しばかり険しくなった。
「まず、観光客にポルカには魔物が出るって噂を流すんだ。そして別のヤツが怯えた観光客に、護衛を紹介するって話しを持ちかける。ガイドもするよ、ってな。ここまではいいんだが…」
わずかだが、口調に怒気を帯びる。
「いざお願いすると、始めの料金とは比べ物にならないくらい高額な請求をしてくるんだ、ガイド料金は別だ、とか言ってな」
と話し、問題が起こらないよう見廻っているということだった。
ロシェルは眉をひそめ、憂いを帯びた表情で小さく息をついた。
ゼトは険しい表情で沈黙している。一言、口に出すことで、後には引けなくなることがわかっていたからだ。そしてジェイドの反応を待つ。
ジェイドは「魔物を利用して人を騙すか…たち悪!」と屈託のない笑顔で呟いたが、その眼の奥の怒りはその場の全員が気づいていた。




