冒険の始まり
春の穏やかな日差しが柔らかく丘の上のグランアストラ城を包むころ、三人の旅人がその城をあとにした。彼らが歩き出してから、まだそれほどの時間は経っていない。振り返れば、背後にそびえるグランアストラ城が、青空と淡い新緑色の霞に包まれていた。
道を歩く三人のぎこちない冒険は沈黙から始まった。先ほど謁見の間でギリアム将軍とリベル大司祭にそれぞれ紹介され、互いの名前と役割を告げあっただけの新参パーティである。
先頭を行くのは『運命の子』と呼ばれるジェイド・アリスター。彼の年は18歳で、胡桃色の髪は春の光を反射し、その青い瞳は透き通る空を思わせた。彼の服装は軽やかな皮と鋼でできた鎧に、大地の色を思わせる落ち着いた草原色のパンツ。そして肩には、まるで雲を織り込んだかのような軽やかなマント。マントの隙間から腰に刺した長剣が見える。足元は希少なホワイトウルフの皮を使ったブーツを履き、その姿は飾り気のない実用的な装いながら、どこか洗練され、彼自身の強さと柔らかさを感じさせた。
その隣を歩くのは白と青の二色の法衣をまとった16歳の少女、ロシェル・セントフォード。彼女の頭には信仰神アウロラの金色の紋章が刻まれた神官帽がある。その輝きは太陽の光を受け、旅路の道標のように神々しい印象を与えた。神官帽の下からは、澄んだ湖面を思わせる水色の髪が柔らかく流れ落ち、風にそよぐたびに、その繊細な光沢が神聖さを一層引き立てている。法衣の青は空の色を思わせ、自然と調和した静けさを周囲にもたらしている。彼女の秘められた真実を映す銀灰の瞳は穏やかに瞬き、自然と神々への敬虔な祈りが、その清らかな佇まいに滲み出ていた。
その後ろを歩くのは体格の大きな戦士、ゼト・マクガイヤー28歳だった。アストラルの紋章が刻まれた鋼の鎧をまとい、同じ紋章の盾を背負っている。陽光を受けて金属が鈍く光る。その威圧感のある風貌とは裏腹に、彼の歩みには慎重さがあり、仲間を守るという決意が伝わってくる。ふと彼が足元に咲くタンポポを見つけ、短いが穏やかな笑みを浮かべた。
彼らの足元には緩やかな坂道が続き、丘を下り終えると右手に広がるのはアストラルの自然公園だ。広大な敷地には鮮やかな草木が茂り、そこかしこに咲く花々が淡い香りを風に乗せて運んでくる。鳥のさえずりや、草木を揺らす春の風の音が響き渡り、旅の始まりを祝福するかのような穏やかな光景が広がっている。
「ゼト、ロシェル本当に俺についてきて良かったのか?」ジェイドは旅のお供に選ばれた二人に尋ねる。
ゼトは「ギリアム将軍の命令ならどんな事でも従う。その使命を尽くすまで
だ」と長く続く道の先を見ながら力強く応えた。
「私の身はアウロラ神にお任せしております。アウロラ神のお導きによりジェイド様にお供致します」とロシェルは水色の髪をなびかせ、ジェイドを見つめながら応えた。ジェイドは銀色の瞳に、心の奥底まで見透かされているような感覚を覚えた。
「そ、そうか…、二人ともありがとう。」ジェイドは二人の返答を聞いて、少しだけ苦笑した。二人は自分の意志で参加したわけではなく、どこかよそよそしい気持ちを感じていた。「『仲間』になるのは、もう少し先になりそうだな」彼は心の中でそう思いながら、歩みを進めた。
背後の城はまだ近い。だが、歩みを進めるたびに、その大きな城は春霞の中へと溶け込むように小さくなっていく。
暖かな息吹が、彼らの背をそっと押しているようだった。
春の陽気に包まれながらも、ジェイドの心中は複雑だった。早く『仲間』として心が通い合いたいという願いが、胸の中で渦巻いている。けれど、ゼトはいつも「任務中につき」という盾を構えて、会話を長く続けようとしない。その瞳は鋭く、周囲のわずかな変化も見逃さぬように警戒していた。まるで、隠れている魔獣を前にしているかのようだ。
ロシェルは、答える時こそあったが、それ以外は口を固く閉じている。その無言の時間が、ジェイドにはまた孤独感を募らせた。しかし、ただ一度、ジェイドがアウロラ神の名前を口にした時、ロシェルの瞳が星のように輝き、彼女の言葉には強い情熱がこもっていた。まるで神殿の祭壇に火が灯るように、その瞬間だけロシェルは他の誰かのように感じられた。
ジェイドはその時の感覚を心の中で大切にしながら、歩みを続けた。彼は自分でも気づかぬうちに、足元の道のり以上に、心の疲れを感じていた。まるで広大な荒野を彷徨っているような孤独を覚え、胸が重くなった。
その後も、ぎこちない会話を重ねながら、三人は少しずつ打ち解けていった。ジェイドは必死に会話のきっかけを作り、沈黙を埋めようと努力していた。途切れることのない話題を投げかけ、少しでもその無言の隙間を埋めようとする彼の心意気が、少しずつ三人の間に緩やかな繋がりを生み出していた。
変わらぬ景色の一本道を歩き続けていた三人の前に、やがて道の分岐点が現れた。右に進めば、小さな漁港のある街リンデット。左に進めば、ジェイドの故郷であり、古き伝承が息づく地、ポルカ。彼らの本来の目的地、魔王イシヴァーの居城があると言われるバリアントとは正反対の方向である。
ジェイドは分岐点を前に立ち止まり、逡巡していた。ポルカにはどうしても確認したいことがある。十年ぶりに両親に会ってみたい気持ちも捨てきれない。しかし、自分の個人的な願いで道を逸れることに、仲間であるゼトとロシェルへの気遣いが頭をよぎる。一日でも早く旅を終わらせて、彼らをそれぞれの人生に戻してあげたいという思いが胸を締め付けた。
そんな彼の思考を見透かすように、ゼトが突然問いかけてきた。
「ポルカに行くんだろ?」
ジェイドは一瞬目を丸くし、すぐに視線を外した。
「え?まあ…でも旅が長くなるし、リンデットを…」
そう言いかけたところで、ゼトが口元に薄い笑みを浮かべながら肩をすくめた。
「ギリアム将軍の頼みだ。久しぶりに両親に会わせてやってくれってな」
ジェイドは驚きと戸惑いで、慌てて首を振った。
「そ、そんな…俺の都合で二人を巻き込むなんて…」
だが、その場を包む沈黙を切り裂くように、ロシェルが声を上げた。
「私、地図で調べたのですが、ポルカの方が近いです!まず、ポルカに行きましょう!」
彼女の銀色の瞳がまるで朝日を浴びた湖面のようにきらめき、彼女の高揚感がそのまま映し出されているかのようだ。その勢いに、ジェイドもゼトも驚きを隠せず、思わず彼女を見つめた。だが、ロシェル自身も自分の突然の発言に気づいたのか、咄嗟に右手で口元を覆い、動揺を隠すように視線を逸らした。その頬は薄紅色に染まり、二人の視線を避けるようにまっすぐ前を見据えている。
ゼトが小さく笑い、肩を叩くようにジェイドに声をかけた。
「決まりだな。ポルカに行こう!」
ジェイドは一瞬言葉を失い、それでも自然と頷いていた。
「ありがとう!」と微笑みかけるジェイドだったが、ロシェルのそっけない態度に少しだけ寂しさを感じた。
再び歩き出した三人の足取りは、分岐点を越えたその瞬間から、どこか軽やかになったように感じられた。




