思い出の欠片
二人の武神による神話のような激闘から一夜明けた。
ジェイドは、春の柔らかい光で満たされた、グランアストラ城内の自室で目覚めた。
初めてこの部屋に入ったのは五歳の時で、『運命の子を保護する』という名目だった。
伝承の地、ポルカでは産まれる子の数が預言の千に近づくにつれ、重大な責任に耐えきれず、妊娠後街を出るものや、結婚して遠方の都市に移り住む者が相次いだ。しかし、ジェイドの両親は運命に任せ、神に祈りを捧げていた。そうして誕生したのがジェイドである。光の誕生により各地で歓喜の声があがり、祝祭の鐘が鳴り響いた。そんな中、嫉妬や妬みの声も少なからずあり、ジェイドは幾度も人攫いの危機にさらされた。そのような不安定な事が続き、ジェイドの母が病で倒れた。これを憐れんだガリシア王がグランアストラ城に住まわせたのである。
ジェイドは中庭を望む扉を静かに開き、無邪気に遊ぶ子供たちの姿を見つめていた。彼らの中には枯れ枝を振り回し、憧れの戦士を真似る未来の戦士たちの姿があった。その光景を目にした瞬間、遠い昔の記憶がふとよみがえった。
12年前、ポルカの街──。
古びた一軒家の前で足を止め、ジェイドは雄叫びを上げる。
「おれは勇者ジェイド!嘘つきのおまえをやっつけに来たんだ!」
その時の激しい心臓の鼓動は今もはっきりと覚えている。扉が勢いよく開かれ、現れたのは彼と同じくらいの背丈の少女。黒に近い紫の髪が風になびき、紅い瞳が鋭くナシェルを射抜く。他の少年たちは恐怖に慄き、逃げ帰ってしまう。
「おれが千番目だぞ!おれが勇者だ!」
少女は、興味なさげに肩をすくめて「千番目?どうだっていいじゃん、そんなの」
「おれと……勝負しろ!」
紫髪の少女は軒に立てかけてあった箒を両手で持ち、臆することなくジェイド目掛けて振り回す。
「ず、ずるいぞ!」ジェイドは、木剣を振りかざすも、箒の穂先が、彼の木剣をいとも容易く払い落とす。
剣を拾い上げようとした時、「やめろ!アーシェ」と野ウサギを持った少年ヒイトが叫ぶ声が聞こえた。
女の子の左の掌には、瞳と同じ色の炎がメラメラと音をたている。
「ま、魔法!?」ジェイドは離れていても感じる炎の熱波に、恐怖で尻もちをついたまま、動くこともできない。
「なんなんだお前は…」静かに震えるジェイドに「本当の千番目は私よ」まるで氷のように冷たい言葉が、今も心に残る。
生まれて初めての敗北だった。
帰り道、ヒイトの背中で彼に尋ねる。
「おれ、勇者じゃないのかな?」
「ああ、勇者じゃないね」
「勇者に子分はいないんだ」ヒイトは言葉を続けた。
「勇者には仲間がいるんだよ、信頼しあった、かけがえのない仲間がさ」
「仲間……」
「今日はさ、神様が教えてくれたんだよ、ジェイドが間違えてることを。違うよってな」簡単な言葉を選んで伝えてくれた。
「世界を救うんだ!じゃなくて、強くなるんだ!でいいんじゃないか?」ジェイドは心の底から『そういうことか!』と思い全身が震えるようだった。
その言葉が真っ黒の帳を払ってくれた。
「ヒイト、ありがとう!おれ、強くなるよ!」ヒイトは左手を高く上げ、軽く手を振って応えた。
ジェイドの脳裏に次々と浮かび上がる記憶の欠片は、苦い思い出であると共に今の自分の礎ともなる大切な記憶をだっだ。
ジェイドの旅立ちは、十日前には知らされており、その知らせに応じて旅の準備は整っていた。昨日の激闘で負った傷や疲労も神聖魔法によって癒され、彼の心身はかつてないほど充実している。何よりも、長く抱いていた念願がついに叶ったことで、胸の内は晴れ渡り、軽やかにこの一歩を踏み出せる。昨日の戦いは敗北に終わったが、自らの力を確かめるには十分なものだった。
「よし、行くか!」と自分自身を奮い立たせ、ガリシア王のいる謁見の間に赴いた。




