運命の子 ジェイド
ーグランアストラ城ー
裏手にある戦士の修練場には数刻前より鈍く高い、金属音が鳴り響いている。練兵中の戦士達も音の先にいる二人の攻防に目を見張る。一人は白銀長髪の壮齢な騎士。獅子のように研ぎ澄まされた鋭い眼光で、相手剣士に稲妻のような斬撃を繰り出していく。もう一人は胡桃色の髪にまだ少年の面影を残した、端正な顔立ちの青年剣士。細身ながら鍛錬による卓越した剣捌きとスピードでその斬撃をいなし、隙あらば反撃を仕掛ける。
「いい読みだな、剣の運びも素晴らしいぞ。ジェイドよ」壮齢の剣士は精悍な顔に笑みを浮かべる。
「ギリアム将軍、今日こそは絶対勝たせてもらいますからね!」ジェイドと呼ばれた胡桃色の髪の青年は笑顔で応える。
修練場に柔らかな風が吹き抜け、緊張の糸が解けていくようだった。その頃には、噂を聞きつけた城中の者たちが、文字通り息を殺して見守っていたため、慌てて呼吸を整える者も少なくなかった。
ギリアムは左方にあるグランアストラ城の上階を仰ぎ見たあと、視線をジェイドに戻す。ここで二人は再び剣を握り直し、正面で向かい合う。
ジェイドが先手を打った。その剣はまるで疾風の如く舞い、力任せではなく、数で圧倒しようという意図が見える。鋭い剣閃が連続して放たれ、その速さはこれまで以上に研ぎ澄まされていた。対するギリアム将軍は、悠然とそれをいなし、合間を縫って鋭い反撃を繰り出してはいるが、その動きにはどこか鈍さが滲み始めていた。かつての俊敏さにわずかな陰りがある。避けきれない剣先での傷が鎧に刻まれるようになってきた。それは本人が一番理解している。ギリアムは歳はとりたくないものだな、と自嘲気味に笑った。ジェイドはなお勇猛に剣を振り、斬撃を浴びせたが、刹那、ギリアム将軍の恐ろしいまでの殺気を感じ、無意識に後方に飛んだ。その瞬間、ジェイドが今までいた場所に横一閃の雷が走った。ギリアム将軍の空間を切り裂き、こじ開けるような一撃。威嚇のために放たれた一撃だったが、もし直撃していれば、剣で受け止められたとしても、致命的な結末を免れなかっただろう。周りの観衆と化した戦士たちからもどよめきがあがる。
「ギリアム将軍!!」なんとか沈黙を続けてきた者たちが、心の高ぶりを抑えきれず右腕を振り上げ咆哮する。
「ジェイド、そろそろ終わりにしようか」と優しく声をかけ、軽い笑みを漏らす。
ジェイドは短く「はい」とだけ答え偉大なる将軍と再び対峙した。
両者の距離は3メートル程。ジェイドは剣を正面に構え、剣先は銀色の光を放ち将軍の厚い胸を捉えている。対してギリアムは左足を前に出し、右腰の前で剣を握り、剣先を後方に構えた。ギリアム将軍の身を案じながら、これからの大勝負を目に焼き付けようと、自然と前に前にと詰め寄るグランアストラの戦士たち。全員の心臓の鼓動が修練場に響きそうな勢いだ。そして…しばしの沈黙の後、二人を見つめる戦士立ちの視界からジェイドが消え、次の瞬間には鋭い突きをギリアム将軍の眼の前に繰り出した。将軍は右足を力強く踏み込み身体を前方へ移動。銀色の閃光を剣先で迎え、その勢いを利用して左方向へ押し流した。金属が激しく削り合う音と共に眩い火花が散る。刃を躱しきれず、将軍の左頬をかすめ皮膚がパッと開く。が、鮮血が落ちるよりも早く、突きの勢いで体制の整わないジェイドの首元に、先ほど火花を散らしたばかりの剣が冷たく触れた。その瞬間、勝負の行方が決したのだ。
修練場中に惜しみない拍手と、二人を称える大歓声が城の石壁に反響してこだました。まるでグランアストラ城が歓喜しているようであった。
ジェイドはそのまま力が抜けたように前のめりに反転して、背中から大の字で倒れた。
右手に剣、左手で顔を覆い「クッソー!負けたー!」と悔しそうに笑った。
「お前、オレを殺すつもりか?」と言って剣を鞘に納め、笑顔で右手をジェイドに差し出す。
先程までの威圧感も殺気もなく、威厳だけがそこにはあった。
「殺す気でも勝てないでしょ」と冗談ぽく答え、剣を離し今度はギリアム将軍の手を力強く握り、起き上がった。
ギリアムは、西日を浴びてオレンジと黒に染まったグランアストラ城を見上げる。そして、上階のバルコニーに向かい片膝をつき、右手を胸に当て頭を下げた。それを見たジェイドは、素早く見上げる。その先にはグランアストラ城、城主ガリシア・ J ・アストラ王がいた。略式の王冠と簡素な刺繍のみで、装飾のない深いグリーンのローブを身に纏っている。しかし、影を差した城壁が、そこだけ明かりを放っているようなオーラと品格に溢れている。威風堂々とした立ち姿は凛とした気高さを。そして優しい眼差しは民を思う慈愛に満ちている。皆、そこで初めて王も観衆の一人だったことに気付いた。ギリアムを除いては。周りの戦士たちは慌てて、膝をついて深々と頭を下げた。グランアストラ王は笑顔で右手を上げて応え、「よい、よい」と頭を上げさせた。王は修練場を見渡し、最後に中央の激闘を繰り広げた二人に目を落とす。
「アストラルの英雄ギリアム・ハーランド、運命の子ジェイド・アリスター。素晴らしい剣技だった。久しぶりに血が滾ったぞ」落ち着いた話し方ではあったが表情から興奮が伝わってくる。
「我、アストラルの戦士たちよ、ギリアム将軍を筆頭に魔物を討伐し、街の防衛、そして民を命がけで守ってくれている事、大変感謝している」と頭を下げた。
思いがけない王の言葉に戦士たちの目頭が熱くなる。グランアストラ王は続ける。
「アストラルの栄誉ある戦士たちなら皆、知っておるだろう。魔王イシヴァーの力による凌辱が各地で起こり、民たちが怯え、苦しんでいる」先程までの優しい眼差しは消え、「我らアストラルは伝承通り、魔王を打ち倒す光を送り出さねばならん。二百年前の預言から、千の命を紡ぎ、生まれた運命の子ジェイド。ついにその時がやってきた。明日よりグランアストラを旅立ち、魔王を討ち滅ぼすのだ!今日、確信した。お前こそが、闇を打ち払う勇者であると!」
低く落ち着いた声ではあるが、強烈な熱を帯びていた。その場の全ての者が血が騒ぎ、体温が上がるのを感じた。
片膝を付いていたジェイドはゆっくりと立ち上がり「王様、期待し過ぎ!」と笑顔で返し、大地に横たわる剣を握り、天高く掲げ「魔王退治に行ってきます!」と声高く宣言した。
グランアストラ城を躱した西日が、銀色の剣を紅く燃え上がらせていた。




