プロローグ アストラルの伝承
陽光が木々の葉を透かし、きらめく木漏れ日が東の森に降り注ぐ。しかし、その美しさとは反対に鼻を突く獣の様な匂いと、淀んだ重たい空気が、森を静かな緊張感で包みこんでいた。
「ハァッ!」
重厚な一喝と共に、新進気鋭の戦士ヒイトが剣を振り下ろす。剣閃が醜悪な魔物を切り裂き、断末魔の咆哮と共に地に沈んだ。むせ返るような血の臭いが鼻腔をくすぐる。ヒイトはゆっくりと剣を鞘に納め、荒い息を整えた。
「…また、数が増えてるな…」
呟きは誰にともなく、ただ風に流されていく。彼の脳裏をよぎるのは、平和だった頃のリンデットの街並みだ。今は、魔物の脅威に怯える人々の顔ばかりが浮かぶ。
「ああ、君が言う通りだよ。でも、グランアストラ王も手を尽くしてくれている。守備隊を地方まで派遣してくれているのは、ありがたいことだね」
背後から現れたのは、ヒイトと同じくリンデット自衛団で剣を振るエルだ。彼の言葉に、ヒイトは静かに頷く。グランアストラ王の尽力は、この荒廃した世界における一筋の希望の光だ。
「だが……魔王を倒すまで戦いは終わらねぇ」
ヒイトの瞳には、消えることのない炎が燃え盛っていた。魔王の支配が続く限り、この苦しみは終わらない。平和を取り戻すためには、魔王を討たねばならないのだ。
「ヒイト、聞いたか?魔王討伐隊の話し」
「千番目か?」
エルは軽い笑いを浮かべながら
「言い方よ!運命の子だぞ?本当に勇者かもよ?」と言い返す。
「勇者ねぇ…」ヒイトは眉間に皺を寄せた。
アストラル地方には、遠い昔から語り継がれる伝承がある。
かつて、まだポルカという村が小さかった頃のこと。ある日、見知らぬ預言者がふらりと村に現れたという。その者はこう告げた。
『千の運命を紡ぎ現れし者、世界を救う光とならん』
しかし、その頃の村は静かで平穏そのもの。平和とは呼べぬほど、何も起こらぬ日々が続くだけだった。魔王も魔物もいない時代、そんな言葉を聞いても村人たちに理解は及ばなかった。ただの戯言と笑う者もいれば、預言者を気味悪がる者もいた。
それでも、村人たちは話し合い、預言を無碍にするのは憚られると、子どもが生まれるたびにその数を数える風習を作り上げた。
長い年月が流れ、ついに千人目の子どもが誕生した。その瞬間、村は一時の活気に包まれた。人々は「運命の子」の誕生を喜び、未来への期待を寄せた。だが、それも束の間、日常に戻ると共に預言の記憶は次第に薄れ、やがて人々の心から消え去っていった。
そして、千人目の子どもが成長し18年の時を迎える時、運命の物語りが大きく動き始める――。




