二、老人とみなしごモンスター5
翌日、僕とケイは、重蔵さんの働く工事現場に行った。
ビルの建設現場だ。
重蔵さんは……、いた!
作業服を着、ヘルメットをかぶった重蔵さんが土砂が山盛りになった一輪車を押している。
重労働なんだな。
「来たの?」
後ろからの声に振り向くと、普見蘭だった。
今日は学校休みなので、僕もケイも蘭も私服だ。
今日の普見蘭は昨日と違って中二の女の子の姿をしている。
「今日は中学生の姿なんだね。稔君や重蔵さんは、その姿の蘭のこと知ってるの」
「知らないわ。おかしいでしょ、一人の人間が二つの姿をもっていたら」
「ということは……、重蔵さんと稔君は蘭のこと人間だと思ってるんだよね」
「そうね。私がモンスターだと知っているのは、同じモンスターのあなたたちだけよ」
普見蘭は「あなたたち」と、僕のこともモンスターと呼んだ。
僕って何なんだろう?
人間なのか、モンスターなのか。
人間とモンスターの両方なのか、それともどちらでもないのか……。
「あ、お兄ちゃんとお姉ちゃん」
聞き覚えのある男の子の声。
稔だった。
「あ、稔君、こんにちは」
昨日と同じように、ケイがしゃがんで稔と目の高さを同じにし、稔に挨拶した。
「こんにちは、お姉ちゃん」
稔は昨日みたいにどぎまぎしていなかった。
ちょっと人見知りなだけで、慣れれば大丈夫なんだな。
「稔君、私の名前覚えてる?」
「ええっと……、なんだっけ? 名字忘れちゃったけど……、たしか、ケイちゃん?」
「当たりーー!! 稔君、物覚えいーねー、アッタマいいーー」
ケイは稔の頭を撫でた。
稔はちょっと嬉しそうだ。
「稔君、じゃあさ、僕は」
僕もケイと同じようにしゃがんで稔に尋ねたが――
「忘れた」
あっさり即答かい!
「絆だよ。か・け・は・し・き・ず・な! 僕のことも覚えてくれよな」
「掛橋絆? 絆にーちゃんか。じゃあ、キズにーちゃんでいい?」
「キズにーちゃんねえ……。なんか、キズモノみたいだな」
「絆君は、キズの治りが早いんだから、それにちなんでいて、ちょうどいいんじゃない?」
「ケイ」
ケイを軽くたしなめる。
そんなこと言ったら、僕が純粋な人間じゃないってバレちゃうだろ。
ケイは「あ、いけない」という感じでぺろっと舌を出した。
こういうケイの仕草、やっぱり可愛いな。
僕の心配は無用だったようで、ケイの言葉を、稔は気にも留めていない様子だった。
稔の興味は、もう一人の中学生の女の子に向いた。
「その人は……?」
稔はその女の子――普見蘭を見上げた。
そうか、稔は中学生の姿の蘭を知らないんだった。
「わ、私は、その……」
蘭は、もごもごと口ごもった。
中学生の姿の蘭は、いつもと同じ引っ込み思案な感じに戻っている。
「この子もね、友達なんだ。フランちゃんの妹で、フケンちゃんだよ」
僕はとっさに口から出まかせを言った。
妹と言うのは方便だけど……、フケンというのは、蘭の名字なんだから、まー、嘘は言ってないよ。
「妹のフケンちゃん? どうりで、フランちゃんに似てると思った」
知らない人にちょっと緊張していた感じの稔の表情がほぐれた。
「フケンちゃん、よろしく」
稔が右手を出した。
握手か。
最初、引っ込み思案な子かと思ったけれど、稔って案外積極的な面もあるんだな。
蘭もしゃがんだ。
「よ、よろしく、稔君」
稔と握手する蘭。
慣れている相手のはずなのに、なんだか蘭の方が緊張している感じだよ。
「今日フランちゃんはどうしたの?」
当然の疑問を稔は口にする。
「あ、姉はその……。今日は別の現場に出ているの」
「ふーん、そうなんだ」
現場の方から荒々しい声が聞こえてきた。
「ほらほら、牛雷のじいさん、さっさと運べよ」
見ると、体格のいい作業員の男性が重蔵さんを怒鳴り飛ばしている。
「す、すまん」
重蔵さんは、土砂山盛りの一輪車を一生懸命押しているが、ちょっと傾斜になっていて進まない。
僕もケイも蘭も稔も、その様子に固まってしまった。
助けてあげたいけれど……、今はどうしようもない。
重蔵さんは、こめかみに青筋を浮かべて必死に一輪車を押している。
見ている僕までこぶしに力が入った。
やっと一輪車が動いた。
「まったく、もたもたすんな、じじい!」
重蔵さんが一輪車を押す背後からその体格のいい作業員は罵声を浴びせた。
「くっそう、あいつ、じーちゃんのこと……」
こぶしを握りしめていたのは、僕だけじゃなかった。
稔もその、小さなこぶしを震わせていたのだ。
隣の蘭を見る。
あ!
「蘭、蘭」
僕は小声で呼びかけた。
「何?」
こわい顔で蘭は僕をにらみつける。
この、こわい顔は僕に対してではなく、あの作業員に対してだと思うけど……、あ、今はそんなこと考えている場合じゃない。
「出てるよ」
僕は小声で続けた。
「出てる? 何が」
「こめかみのボルト」
中学生の姿のときは日本人形みたいなおかっぱ頭の普見蘭。
そのおかっぱの髪を内側から持ち上げるようにして、銀のボルトがこめかみから生えかけていたのだ。
蘭の怒りが、フランケン体への変身スイッチを入れてしまったらしい。
蘭は黙って両手をこめかみにやると、ボルトを押し込んだ。
傍目には、髪にちょっと手をやったようにしか見えなかったろう。
蘭はこのように、無意識に発現しそうになってしまったときのモンスターの力をコントロールできるけど……、稔はどうなんだろう?
っていうか、そもそも稔って何のモンスターなのかな?
お昼になった。
「じーちゃん、僕もお昼持ってきた! 一緒に食べよう」
稔は重蔵さんに声をかけた。
工事現場の端っこに重蔵さんと稔、それに僕、ケイ、蘭も移動した。
「おう、あんたたちも来とったのか……、たしか……」
重蔵さんが言いよどんだので「掛橋絆です」「陸守ケイです」と、僕らはあらためて名乗った。
「そちらの方は?」
重蔵さんも中学生姿の普見蘭は初めてのようだった。
「フケンと申します。フランの妹です」
蘭は、さっき僕が出まかせで言った設定で名乗った。
「私もお弁当持ってきたんで……、よろしかったらどうぞ」
あれ、どっから出したの?
蘭は、五段重ねの重箱をどんと置いた。
「掛橋君も食べる? ケイもどうぞ。にんじんの煮付けあるわよ」
「え! にんじん?」
にんじんと聞いてケイが目を輝かせた。
本当に、にんじんに目がないんだなあ。
「すごいな、フケンちゃんと言ったか。あんたがみんなこれを?」
「姉と作りました。姉がお昼に届けると言っていたのですが、都合で来られないので、代わりに妹の私が」
「すまないね、うん、おいしいよ、この大根とにんじんの煮付け」
「ありがとうございます」
普見蘭は、きっとお昼になったらあの二十歳の姿になってこのお弁当を重蔵さんに届けるつもりだったのだろう。
でも、僕とケイが来ちゃったから、急きょ中学生の姿で登場することになっちゃったんだな。
「ほんと、おいひい~~」
にんじんの煮付けを食べているケイは……、ちょっとちょっと、とろけそうな表情してるよ。
「姉から聞いていますが……、重蔵さん、お体は大丈夫なんですか」
「なあに、久しぶりの現場でまだちょっと慣れていないだけじゃ。あんたの美味しいお弁当のおかげで元気が出た。午後からまたばりばり働くぞい!」
重蔵さんはそう言ったけど……、さっきの様子を見ているとちょっと不安だよ。
「じーちゃん、さっきじーちゃんを怒鳴っていた奴なんなんだよ! 感じわりーー」
「ありゃ、現場監督じゃ。まあ、運ぶのにわしがちょっと手間取ってしまったからな。しょうがないんだよ」
「でもさ……」
重蔵さんにたしなめられたけど、稔は不満そうだった。
午後何もなければいいんだけど……。




