二、老人とみなしごモンスター1
中学校で課題が出た。
総合学習の一環で「福祉についてレポートせよ」というものだった。
フクシと言われてもなあ……。
お年寄り?
障害者?
何について書けばいいんだろう?
とんと分からない。
「絆君、今日先生が言っていたフクシって何のことかなあ?」
一緒に下校している、ショートカットの美少女が僕に問いかけてくる。
陸守ケイ。
僕と同じ中学二年生。
人間の女の子の姿をしてはいるが、その正体は、僕のボディガードを務めるためにモンスターの世界から派遣されてきた半人半馬のモンスター、ケンタウロスなのだ。
人間の僕にだってよく分からないのだから、ましてやモンスターのケイに福祉が分からないのは無理もないだろう。
そもそもモンスターに、福祉という概念があるのかどうか。
こういう助け合いの精神って、人間特有のものだよな。
「まあ、お年寄りに親切にするとか、障害のある人を助けるとか……、そんなのが福祉だと思うんだけど……」
なんとなく、これまでの僕の人生で見知った内容をケイに伝える。
ケイは「ふーん」と相槌は打ったが、分かっているんだかいないんだか……。
「あ、絆君、たいへん!」
出し抜けにケイが叫んだ。
「ど、どったの?」
「あの建設中のビルの上から鉄骨が落ちてくる!」
「ええーー!!」
ケイが言った建設中のビルは、僕らが今いる場所から二百メートルは離れている。
そんな遠くの場所の異変に気がつくなんて、やっぱりケイは人間と違う。
目を初めてとして、耳でも鼻でも、感覚器官が人間より抜群に優れているのだ。
などと感心している場合じゃなかった。
その落下地点に、人はいないのか!?
僕は視線を下におろした。
果たして――?
いた!!
唐草模様の大きな風呂敷包みを背中に背負ったおばあさんが、まさに鉄骨が落ちてくる真下を歩いている。
「ケイ、おばあさんが危ない! 助けてあげて」
「任せて!」
ケイは猛スピードで走り始めた。
人間の姿をしていても、モンスターであるケイは、高い身体能力をもつ。
だけど、間に合わない!
落下してきた鉄骨は、もうおばあさんまで数メートル。
鉄骨がおばあさんに激突、おばあさんは鉄骨と地面に挟まれ、無残な姿に……って、あれ?
ケイに続いてその場に駆け付けた僕は、よくよく目を凝らした。
鉄骨が宙に浮いている?
土煙でよく見えない。
いや、浮いているんじゃない!
誰かが下から支えているのだ。
煙がおさまると……。
誰かが両手で鉄骨を受け止めていた。
ハチマキ、ショートカットの大柄な女性。
年齢は二十歳ぐらいか。
上半身は胸にさらしを巻いていて、腕や腹部は肌が露出している。
下半身には、とび職の人がよく身に着けているだぼっとしたズボン、そして安全靴を履いていた。
女性は、どさっと鉄骨を道路に下ろした。
周りを取り囲んでいる人々がどよめく。
「おばあさん、大丈夫ですか?」
女性がかがみこんで尋ねた。
「おうおう、危ないところを……。何とお礼を言っていいのやら」
「お怪我がなかったのならいいんです。それでは」
女性は足早に歩き始めた。
「おう、待ってくだされ、せめてお名前を……」
おばあさんは女性を呼び止めたが、女性はさっさと歩いていってしまう。
いつまでもこの場にいたら、落下してくる鉄骨を受け止めた怪力女性ということで、大騒ぎになるだろう。
そうなる前に、姿を消したそうな感じだ。
女性の後を追う人はいなかった――僕とケイを除いては。
女性が路地に入ったところで、僕は後ろから女性に声をかけた。
「待って」
女性は立ち止まり、振り返った。
「蘭でしょ?」
僕がそう言ったのはわけがある。
女性の両側のこめかみに銀のボルトが光っていたのだ。
なんだかアクセサリーのようにも見えるけれど、あれは間違いないく同級生の普見蘭がフランケン体になったときに見せるものだ。
「やっぱり分かっちゃったのね、掛橋君」
「蘭、どうしたの? その姿」
僕が知っている普見蘭のフランケン体は、もっと短髪で、女性ながら身長が三メートルぐらいあって、男性顔負けのムキムキの筋肉質だ。
でも今の蘭は、身長は一六五センチの僕よりせいぜ十センチ大きいぐらい。
筋肉質というより背の高いグラマーな女性という感じ。
歳もとても僕と同じ中二には見えない。
二十歳くらいに見える。
髪はフランケン体のときの短髪と、人間体のときのおかっぱ頭の中間ぐらいの長さ。
顔の輪郭をぎざぎざの毛先が覆っている感じだ。
「この姿は、フランケン体への変身を途中で止めたものよ。人間の大人の女性に見えるでしょ」
確かに蘭の言うとおりだ。
とても中学生には見えない。
「フランケン体への変身を途中でやめてその姿になったのは分かったけれど……、なんでそんな工事現場で働く人みたいな恰好しているの?」
「工事現場で働いているからよ」
「え? マジで」
工事現場で働くって……、中学生がアルバイトなんかしちゃいけないんじゃないかなあ。
「中学生がアルバイトなんかしていいのかって顔してるね」
あ、顔に出ちゃった?
でも、なんだか姿が変わって、性格までいつもの普見蘭じゃないみたいだ。
いつもの普見蘭は大人しくて引っ込み思案なのに、今の普見蘭はとても快活な印象を受ける。
「モンスターなんだから、人間のルールなんか関係ないわ」
「まあ、そりゃそうだけど……」
「これも人助けよ」
「人助け?」
それまで黙って僕と蘭のやり取りを聞いていたケイが口を開いた。
「それって、今日先生が言っていたフクシってやつ?」
「福祉? まあ、そうかもね」
「蘭、いったい何をやってるのさ?」
「気になるなら、一緒に来る?」
そう言うと、蘭はさっさと歩き始めた。
こういうきびきびした感じ、やっぱり普段の蘭と違う。




