13.その日まで【完】
僕は夢を見ていた。
母さんの夢だった。
僕は五歳ぐらいに戻っている。
「マミー、お顔を見せて」
「いいわ。
待っててね」
夢の中の母さんは、ゆっくりと包帯を外した。
母さんが素顔を現した。
映画に出てくるミイラみたいなしわくちゃじゃない、きれいな顔だった。
優しい笑顔で僕を見つめてくれている。
「絆。
あなたは、モンスターと人間の懸け橋となれる子。
やらなければならない大切な使命があなたにはあるのよ」
「僕に大切な使命が?」
「あなたには能力がある。
不死の私の力を受け継いだあなたは、強靭な命の力をもっているの。
その力をつかって、人とモンスターとの懸け橋、その名の通り“絆”となって……」
「僕が懸け橋……、“絆”……」
そこで目が覚めた。
僕は自分の家のリビングに寝かせられていた。
僕の周りには、陸守ケイ、海守マナ、空守ハピの三人が横たわっていた。
三人とも泣きはらした顔で眠っている。
僕は自分の胸に手をやった。
貫かれたはずの胸は元通りに治っていた。
背中に手を回す。
大神浪子に付けられた傷もすっかり治っていた。
そういえば僕は、幼い頃から傷の治りがとても早かったのだ。
いわゆる外遊びの好きな活発なタイプではなかったので、もともとあんまり怪我をするような子ではなかったのだが、たまにする怪我も直ぐ治ってしまっていたのだった。
「え? こないだのあの怪我、もう治ったの?」
周りの人に驚かれたことがあったし、そういえば父さんがよく言っていた。
「傷の治りが早いのは、母さんゆずりだな」
マミー。
アンデッドのモンスター。
僕が受け継いだのは、その不死の能力だったのだ。
ケイやマナやハピみたいに変身しないけど……、戦う力も無いけど……、僕にもモンスターの能力があったんだな……。
純粋な人間じゃなかったことへの戸惑い半分、そして自分にもモンスターの能力があったことへのうれしさ半分の、複雑な気分だった。
「き……、絆……君?」
声がした。
ケイの声だ。
「うそ……、絆君……、生きてる……、生きてるの!?」
「おはよう、ケイ」
僕は笑顔で(ちゃんと笑顔を作れていたと思う)ケイにあいさつした。
がばっとケイが僕に抱きついてきた。
「良かった……、良かった……、死んじゃったかと思った、生きててくれて……、本当に良かった!」
泣きながらケイ。
「ごめん、心配かけて」
僕は、ケイの背中に手を回し、強く抱きしめた。
「ああーーー、絆ちゃんが生きて動いてるーー」
「絆! 甦ったのか」
僕とケイのやり取りで、マナとハピも目を覚ました。
「よかったーー!」
「さすがアンデッドのマミーの息子だな」
マナとハピが僕の両脇から抱きついてきた。
こんなに僕のことを心配してくれるなんて……、僕は幸せ者だ。
中学校の体育館大破事件については結局事情を知っている者がいないと言うことで、真相は不明とされた。
一日休んだだけで、僕は登校した。
ハーピーの空守ハピは、転入生として僕の学校に入ったのだけど……。
転入クラスを間違えて、僕じゃなく、マナと同じクラスに入ってしまった。
転入クラスまでは選べないのが通常だが、彼女たちモンスターは、不思議な力を使ってそのあたりを操作している。
せっかくそれができるのに、入るクラスを間違えるなんて……。
マナもハピも慌て者だな。
その辺、むしろ敵の血祭冴や普見蘭、大神浪子の方がしっかりしている感じだ。
そういえば、その三人だけど……。
僕が登校していったら、さすがにびっくりした顔をしてた。
でも、彼女たちも僕がマミーの息子だということを知っていたのだろう、直ぐに
「あー、そうか、なるほど」
という表情に戻ったのだった。
昼休みの中学校の屋上。
僕、ケイ、マナ、ハピ、冴、蘭、浪子の七人がいた。
「おまえたち、これからどうするの?
見ての通り、絆君は不死身よ。
もうおまえたちにできることはないわ」
ケイが、冴、蘭、浪子に言う。
「ふん。
まあ、今回の一軒で掛橋絆が簡単には死なない事は分かった。
だが、いつか必ず何らかの方法で、その命はもらいうける。
それまではこれまで通り同じクラスで過ごさせてもらうことにするぞ」
「私もそうするわ」
「同じく」
蘭と浪子も、冴に同調した。
「それに、命を奪うことができなくても、掛橋絆の存在さえ無くなればいいのだ。
生きながら地中深く埋めたり、深海深く沈めたり、樹海に置き去りにしたり、手段はいくらでもある」
凶悪な笑みを浮かべながら冴が言う。
や、やっぱり、この子、こわいよ~~。
「そうはさせないんだから。
これからだって、私たちが絆ちゃんを守るんだからね」
マナが鼻息を荒くする。
「出遅れちゃったからな。
僕もこれからは力を発揮させてもらうよ」
ハピも闘士を秘めた笑顔で言った。
「み、みんな……、よろしく頼むね」
この“みんな”って、この六人の美少女モンスターたちを指しているのかな?
自分で言っておきながら、自分でもちょっと分からなかった。
ハピも僕の家で暮らすことになったので、結局僕はこの数日間で、一人暮らしから一気に四人暮らしになった。
寝る部屋なのだけれど、四人で床に並んで寝るのはさすがに狭い。
そこで、一日交替、順番にローテーションで一緒の部屋に寝ることにした。
たとえば、僕とケイが同じ部屋で寝る時は、マナとハピは別室というように。
食事の支度も当番制にした。
どの子も気が利き過ぎるので、各自がそれぞれ全員分の朝食を作ってくれかねない。
食べきれないし、無駄にしてしまったらもったいないので。
それでも時々騒ぎは起きる。
例えば――。
それは、僕とハピとが同じ部屋で寝た翌朝のことだった。
なんだか、妙に寝心地がいい。
まるで羽毛布団のような柔らかさ。
けど……。
暑い。
夏に羽毛布団はないだろう。
大汗かきながら目が覚めると――。
目の前にハピの寝顔があった。
金色の髪に長いまつ毛。
通った高い鼻筋。
僕が羽毛布団だと思ったのは、ハピに両腕の代わりに付いている翼だったのだ。
僕はハピの両方の翼に抱かれるようにして眠っていたのだ。
夏に羽毛にくるまれて寝ていたんじゃ暑いわけだ!
ん?
まてよ――。
ハピの腕が翼になっているということは……。
今のハピは、ハーピーのモンスター体!
寝る前に着ていたはずの、かわいい小鳥さん模様のパジャマを着ていない。
つまり、上半身裸だ!
「うわわわわーーっ」
僕はびっくりして跳ね起きた。
「どうしたの絆?」
翼で器用に目をこすりながらハピも上体を起こす。
下半身の尾と鉤爪が見えた。
やっぱりハーピー体になっている。
どうやら寝ている内に、ハーピーの姿に変身してしまっていたらしい。
「ハ、ハ、ハ、ハピ!
どうしてハーピーの姿に戻ってるの?」
「え?」
マナは、自分の下半身を見ると、子犬みたいに尾を振りながら言った。
「あは、何だか寝ぼけちゃったみたい」
「そ、そ、そ、それに……、なんで僕のベッドにいるの!
ハピのベッドはあっちでしょ」
僕は、もぬけの殻になっているベッドを指差して言った。
「あは、それも何だか寝ぼけちゃったみたい」
「どう寝ぼけたら、あっちからこっちのベッドにくるんだよ!」
隣同士横に並べて置いてあるベッドなら寝っ転がってくることもあるかもしれないけど、この部屋の二つのベッドはL字形に置いてあるんだぞ!
「そんなこと言われても……。
寝ぼけてたんだから、分からないよ」
ハピが不服そうに頬をふくらませ、口を尖らした。
その顔。
ハ……、ハピもかわいいなあ……。
あ、今は、それどころじゃなかった。
「とにかく……、ハーピーの姿から人間の姿に戻ってよ……、その……、目のやり場に困るから」
ケイもマナもハピも、モンスター体のときは、上半身裸!。
長い髪で胸元は隠れているとはいえ、髪が揺れたら直ぐに見えちゃいそうで、僕はいつもはらはらドキドキする。
ちょっとだけ、わくわくも……。
い、いや、そんなことはないぞ、前言撤回!
「どうしたの?」
「何事、絆ちゃん!」
騒ぎを聞きつけて、ケイとマナが僕の部屋に飛び込んできた。
こっちの二人もケンタウロスとマーメイドの姿に変身している。
例によって、上半身が……。
わわわ……、朝からこれじゃあ、刺激が強すぎるよ。
僕と一緒のベッドにいるマナを見て、ケイが叫んだ。
「ああーー、ハピ!
あんたどうして絆君のベッドにいるのよ」
「ベッドは別々のはずでしょ、ハピ!」
マナもこわい表情で両手を指揮者のように構える。
わー、マナ、待って!
こんなとこで鋭い水滴で攻撃されたら、家が倒壊しちゃう。
「だって……、寝ぼけちゃったんだもん。
ねー、絆!」
ハピは悪びれる様子もなく、僕にくっ付いてくる。
あ……、ちょっと翼がふっくらしていて気持ちいいかも。
「ちょっとお……、絆君から離れなさい!」
ケイがハピのしっぽを引っ張った。
「やーん、痛ーーい」
「いっそのこと穴だらけにしてあげようかしら?」
よ、よせ、マナ、その目……、マジになってるぞ!
寂しかった僕の毎日がこんな感じになった。
騒がしいけど、何だかうれしい。
一人ぼっちで静かだった僕の暮らしが、華やかに、そして何より、賑やかになったからだ。
僕と美少女モンスターたちとの生活は始まったばかり。
これから何が起こるのかは分からない。
また、セイレーンたちのような敵モンスターに襲われることもあるのだろう。
でも、いいさ。
僕には頼もしいボディガードのケイ、マナ、ハピたちがいる。
それに口ではなんだかんだ言いながら、なんだか冴、蘭、浪子も、何かの際は僕を守ってくれそうな気がする。
実際、もう守ってもらったし……。
母さんが言っていた、僕が、人間とモンスターの懸け橋に、“絆”になれるということ。
それがいったいどういうことなのか、今の僕には分からない。
不死の能力をもっているとはいえ、僕にこれから何ができるのだろう?
でも、まあいいさ。
そのことは焦らずおいおい解き明かしていこう。
今度父さん母さんが帰ってきたら、聞いてみたいことがいっぱいある!
その日までは……、彼女ら美少女モンスターたちと、うまくやっていくようにするさ。




