11.嵐の中の襲撃者
昼休み。
ケイと、隣のクラスの海守マナが、あいかわらずぴったりと僕にくっついている。
遠目に、血祭冴と普見蘭が僕の様子を伺っているのが分かったが、ケイとマナがいるので、手は出せないようだった。
一人になったり、何かの機会があったりすると、帰り道や体育倉庫やプールの時みたいに、冴や蘭が襲ってくるかもしれない。
ケイとマナがついてくれているのはありがたい。
学校中の男子生徒たちの視線が痛いけど。
校庭の端っこにあるベンチに、僕とケイとマナはかけていた。
「ねえ、いつまでこの状況が続くのかな?」
僕は二人に聞いた。
「いつまでもよ。
絆君が命をねらわれている限り、永遠に」
「え、永遠に……?」
「た、たとえば、そのさ、血祭冴と普見蘭を君たちが倒してしまうか、追っ払ってしまうかして、終わり――というわけにはいかないのかな?」
「いかないな……。
だって、私たちの任務は絆ちゃんを守ることだもの。
あいつらを倒すことじゃない」
「それに、あいつらを倒したところで、三人目、四人目の刺客が、きっとどんどん送り込まれてくるわ。
だから……、とにかく絆君は、身の安全のことは私たちに任せて、人間として普段通り生活してくれていればいいのよ」
そう言われてもな……。
美少女二人といつも一緒にいるこの状況、すでに十分普段通りじゃない。
でもこうなった以上、僕は普段通り暮らすよう、努力しなきゃならないんだな……。
「空が急に暗くなってきた」
マナが空を見上げた。
「台風がくるって予報でいってたもんね。
教室に入ろう」
ケイの言葉で、僕ら三人は校舎内に入った。
僕らが校舎内に入るやいなや、凄まじい勢いで雨が降ってきた。
近頃流行りのゲリラ豪雨というやつか。
午後の授業が終わり、下校時刻になっても、雨の勢いは一向に衰えなかった。
風も強く、ちょっと外に出るには危険な感じだ。
僕らは教室のテレビでニュースを見る。
あちこちで土砂が崩れたり、川が氾濫して床上浸水が起きていると報道されていた。
突然、テレビの画面が暗くなった。
いや、テレビだけじゃない。
教室の蛍光灯も全て消えた。
停電だ。
窓から外を見ると、周囲の家々の明かりも消えている。
夕方まではまだ間があるというのに、ほぼ真っ暗という感じになってしまった。
「む……、これはちょっと困ったな。
大神と掛橋、用具室にローソクとマッチがあるから持ってきてくれないか」
担任の先生に言われ、僕はクラスメイトの大神浪子と一緒に用具室に向かった。
ケイが一瞬心配そうに僕を見たが、血祭冴も普見蘭も動く気配を見せなかったので、大丈夫そうだ。
用具室内に、僕と大神浪子は入った。
「大神さん、どこだろうね、ローソク……」
僕は、がさごそと棚を探る。
「掛橋君……」
「え?」
背後から大神浪子に呼ばれ、僕は振り返った。
「ずっと二人きりになれるのを待ってたわ」
え、え、なになに?
なんのこと――?
まさかこれって、告白?
どうしたんだ僕。
ここ数日、やたら女の子に縁があるぞ!
もっとも、その全てがモンスターなんだけど……。
大神浪子はクセ毛のショートカットの女の子だ。
確かバレーボール部だったかな。
エースアタッカーとして活躍していると聞いている。
「お、大神さん……、二人きりになれるのを待っていたって……?」
僕は心臓がドキドキしてきた。
「もちろん……」
あれ?
なんだか、大神浪子の顔がちょっと変わってきた気がする。
目つきが鋭くなり、髪の上にはネコ耳のようなものが生え……。
スカートの下からは、なんだかシッポみたいなものが見えてるよ。
「大神さん……、君は……?」
「私は人狼……、オオカミ女よ。
掛橋君。
君の命をもらうわ!」
えええええーーー!?
僕の命をねらうモンスターって、転入生だけじゃなかったのおおお?
大神さんは、4月からのクラスメイトじゃない!
こんなのってありかあ。
中学の制服を着たまま人狼の姿になった大神浪子は、おのれの顔の前に両手を構えた。
手は肉球付きのオオカミの前足に変わっており、その先には鋭い爪が生えていた。
ヴァンパイヤの血祭冴のと違って、鉤爪タイプになっていた。
あんなので引っかかれたら、一発で内臓ごと持っていかれそうだ。
「安心して。
痛みを感じる前に終わるから!」
大神浪子が鉤爪を振りかざして襲ってきた。
横に転がってかわす僕。
僕の背後の棚の物が大神浪子の鉤爪に吹っ飛ばされた。
ものすごい物音がしたはずだが、外の嵐の音にかき消されてよく分からない。
すさまじい殺気だ。
大神浪子は――もちろん、今までの血祭冴や普見蘭もそうだったろうけど――本気で僕の命を奪う気だ。
浪子がまた襲い掛かってきた。
上から襲い掛かってきた彼女の下をくぐるようにしてかわす。
「つ……!」
背中に痛みを感じた。
浪子の爪で切られたらしい。
背中に手を回す。
指に血が付いていた。
「けっこうすばしっこいね。
だが、次で終わりよ」
浪子が再びしゃがんで、攻撃姿勢をとった。
僕は用具室の角に追い詰められている。
次は逃げられない感じだ!
浪子が飛び掛ってきた。
やられる!
「たあーーーっ」
横から影が飛んできた。
その影が浪子の腹部に一撃をくわえた。
「ぐふうっ」
受けた攻撃の勢いで、浪子が用具室の壁に激突。
浪子の頭上に、棚からドサドサと物が落ちた。
「ケイ!」
ケイが来てくれたのだ。
「ケイ、どうして――」
僕が危ない目に合っていると分かったの?――と聞き終える前に、もうケイが答えていた。
「ちょっと絆君の帰りが遅いから、トイレに行くと先生に言って出てきたの」
ケイは大神浪子に身構えたまま答えた。
「く……、せっかく今までおとなしく機会をうかがっていたのに、邪魔をしてくれたな……」
頭上の物をはねのけて、勢いよく大神浪子が立ち上がった。
「倍返しだ!」
大神浪子がケイに襲い掛かった。
鉤爪をケイに振り下ろす。
蹴りでケイが受けた。
長い、しなやかな足による、蹴りと受けが、ケイの得意技だ。
攻撃と防御を応酬し合う二人。
だが、浪子にケイは少しずつ押された。
モンスター体の浪子相手では、人間体のケイは不利だ。
ボワンと煙を放ち、ケイもまた、モンスター体、ケンタウロスの姿に変貌した。
くるりと後ろを向き、人狼の浪子に後ろ足による蹴りを放つ。
浪子は腕でその蹴りを受けたが、苦痛で顔を歪めた。
かつて、ヴァンパイヤ体だった血祭冴の腕を折った、ケイの強烈な蹴りだ。
「やるなケンタウロス。
だが、しょせんは馬のモンスター。
狼のモンスターであるこの私の敵ではないわ」
浪子は口を大きく開けた。
鋭い牙が見えた。
「咬み殺してくれる!」
浪子がケイに襲い掛かった。
すんでのところでかわすケイ。
浪子の大きな口が、ガチンと空を咬む。
ケイ、どうするんだ?
見たところ、足蹴り以外にケイに武器は無さそうだ。
それに引き換え、人狼の浪子は鋭い牙と爪をもっている。
確かに、普通に考えたら、狼と闘って馬に勝ち目があるとは思えない。
浪子は方向を変え、再び大口を開けて襲い掛かってきた。
その時だった。
ケイの両手に何かが出現した。
銀色に輝く細長いもの。
左手には弓が、右手には矢が出現したのだ。
そういえば、星占いのイラストでは、射手座でケンタウロスが弓矢を構えているのをよく見かけるけど、それか。
ケイは弓矢をすばやく構えると、浪子に向かって放った。
そのねらう先は心臓!
この至近距離では浪子も外せまい。
だが、浪子の動きは想像以上に早かった。
ケイの放った矢をすんでのところでかわしたのだ。
矢は浪子の心臓ではなく、左肩を貫いた。
「く……」
肩を打ちぬかれ、明らかに浪子の表情がひるんだ。
ケイは、第二の矢をつがえた。
「ち! 勝負は預ける」
浪子は用具室から駆け出した。
「ケイ、大丈夫かい?」
僕は美少女ケンタウロスに駆け寄った。
美少女ケンタウロスは変身を解き、中学二年生の女の子の姿に戻り、逆に僕に言った。
「絆君こそ、背中から血が。
あいつにやられたのね。また危ない目にあわせちゃってごめん……。」
「平気、かすり傷さ……」
ケイに肩をかしてもらい、廊下に出ると、なんと、血祭冴と普見蘭が来ていた。
「あれ、君たちどうして?」
「騒ぎが聞こえたから、トイレに行くと言ってやってきたのだ」
冴が言った。
「この嵐なのによく聞こえたね」
「ふん、我々の耳は人間よりはるかにいいのだ。
それより、あの大神とかいうやつ……、人狼だったのだな」
「私たちも知らなかったわ……」
冴に続いて欄も言葉を次いだ。
「どうやら我々以前にこの学校に潜入していたモンスターもいるようだな。
ち、油断ならん」
忌々しそうな冴。
蘭が僕の背中の傷に気付いた。
「その怪我、保健室に行くんでしょ?
教室には私たちがローソクとマッチを届けてあげるわ」
そう言ってくれる冴と蘭の言葉に甘えて、僕はケイに連れられて保健室に行った。
保健の先生は僕の背中の傷を見て驚いていたが、用具室の物が風で揺れて落ちてきたとか何とか、適当な理由をつけてごまかした。
教室に戻る。
大神浪子も、血祭冴も、普見蘭も普通にしていた。
時計を見ると、六時を回っている。
だが、嵐は一向に止む気配が無い。
この中を歩いて帰るのは不可能だ。
先生たちの指示で、生徒たちは全員体育館に集められた。
一か所にいた方が、先生たちも生徒たちに目が届きやすいということなのだろう。
今夜は学校に留め置きとなるのだろうか。
みんな不安そうになってきた。
女子の中には、しくしく泣き出すものもいた。
僕の隣で体育座りをしているケイが、小声で話しかけてきた。
「絆君、この嵐はおかしい」
「え?」
「何か、得体の知れない怪しいオーラを感じる」
「確かにね」
「マナ」
いつの間にか、僕の反対隣には海守マナも体育座りで座っていた。
「ごめんね絆ちゃん、守ってあげられなくて……。
人狼に襲われたんだってね」
マナが申し訳なさそうに僕の顔を見る。
「大丈夫だったんから気にしないでマナ。
いつも僕のこと心配してくれてありがとう」
「絆ちゃん……」
僕のことをうるんだ瞳で見つめるマナ。
「ケイもありがとう。
絆ちゃんのこと」
そして、マナはケイに対しても素直に礼を言った。
「お互い様でしょ、マナ」
ケイはそう言って笑った。
張り合うときは張り合うけど、二人とも、とても性格のいい子だよ。
ケイが言葉を続ける。
「今夜は何かが起きるかも……。用心した方がいい」
夜の十時を回った。
外は自動車も走れないほどの大嵐。
家族も迎えに来られず、全生徒が体育館に留め置かれていた。
外の大嵐がますます大きくなる。
……?……
気のせいか、嵐の音にまぎれて、歌声が聞こえたような気がした。
以前、プールで聞いた、マーメイドのマナの歌声と似たような印象だ。
体育館にいる生徒たち、先生たちが次々と気を失うように眠ってしまった。
「こ、これは……?」
今、体育館内で目を覚ましているのは六人。
この僕、人間とマミーのハーフ、掛橋絆。
ケンタウロスの陸守ケイ。
マーメイドの海守マナ。
ヴァンパイヤの血祭冴。
フランケンの普見蘭。
人狼の大神浪子。
歌声はますます大きくなった。
ガチャンと体育館の窓ガラスが割れた。
そして、続々と空飛ぶモンスターが飛来してきたのだ。
その姿は、上半身が人間の女性、背中には翼を生やし、下半身はまるで鷹か鷲を思わせる鉤爪をもった鳥。
「セイレーン……」
ケイがつぶやいた。
僕も聞いたことがある。
海のモンスターなんだけど、人間と鳥の姿を半分ずつもっているのだ。
そして、歌で漁師をまどわせ、襲うという……。
そのセイレーンが十体……、いや、二十体は体育館内にやってきた。
そして、僕ら六人を取り囲んだ。
ケンタウロスのケイや、マーメイドのマナと同じように、セイレーンも半分人間の姿なのだけれど、ちょっと違っていた。
全身が羽毛で覆われているのだ。
ケイやマナがモンスター体になったときは、上半身は素肌の人間だから、そこが違う。
「おまえたち、なんのつもり……?」
ケイが叫んだ。
「知れたこと。
掛橋絆。
そこにいるできそこない。
存在してはならない、モンスターと人間との間に生まれたそいつを殺すのだ」
いちばん体の大きいセイレーンが答えた。
彼女がこの群れのリーダーなのだろう。
「そうはさせないわ!」
マナも叫ぶ。
「おい、セイレーン、どういうことだ?
掛橋絆への刺客は秘密裏に送り込まれることになっているはずだ。
こんな派手な真似をして。
人間どもに我々の存在を悟られてしまうだろう」
今度は血祭冴が問うた。
確か、血祭冴、普見蘭、大神浪子の三人と、彼らセイレーンとは、同じ味方同士の勢力に属するモンスターのはず。
これはおかしな状況だ。
血祭冴の問いかけはもっともだ。
それに対し、リーダーと思しきセイレーンが答えた。
「上の者たちの思惑など知るか。
我々は、ただ、邪魔者、掛橋絆の命を奪い取りたいだけ。
掛橋絆の命を奪った者には、次の王の椅子が約束されている。
だから、総勢二十匹で、この嵐に乗じてやってきたのだ。
ここにいる人間どもは皆眠らせたし、町の人間共はこの大嵐で皆、自分の家にこもっている。
ここで何が起きようと、気付きもしないだろうよ」
「勝手な行いは反乱とみなされるわよ……」
蘭が静かに言った。
「上に報告する者がいれば、そうなるだろう……。
だが、誰も報告する者がいなければ?」
リーダーのセイレーンが悪辣な笑みを浮かべる。
「なんだと……、まさか、おまえら味方のあたしたちまで……?」
左肩を押さえながら大神浪子が言う。
さっき、ケイに射抜かれた傷をかばっているのだろう。
「さあね?
掛橋絆を殺すついでに、モンスターも何匹か殺しちまうかもしれないねえ……。
ま、知ったこっちゃないけど」
セイレーンたちは、身構えた。
二十匹同時に、かかってくる気だ。
僕と一緒にいる五匹の美少女モンスターたちは、本来の姿を現した。
すなわち、ケンタウロス、マーメイド、ヴァンパイヤ、フランケン、人狼に変身したのだ。
五対二十の戦いが始まった。




