10.女の子たちの意外な面
朝食は……、いつものトーストにフルーツジュース……、に加えて、ご飯と味噌汁と、漬物と、焼き魚と、卵焼きが用意してあった。
「こ、これって……」
「へ、へーん、驚いた?
絆ちゃんのために私が用意しましたーー」
マナが得意げに言った。
「ケイがやたらと人間世界、人間世界と言うけれど、ちゃんと私、人間世界の、しかもこの日本の国の食べ物を勉強してきたんだから。
さ、絆ちゃん、食べて食べて」
ケイも、マナも、ちゃんと食事は三人分用意していた。
一応、二人とも意地悪な子じゃないんだな……。
「じゃ、じゃあ、いただきます」
食事を食べ始める。
味噌汁を一口飲んだ。
「あ……」
「どう、絆ちゃん?」
マナが僕を上目遣いで覗き込むように見る。
「うん、美味しいよ」
確かに美味しかった。
朝食にできたての味噌汁をいただくなんて、いつ以来だろう?
「どう、ケイ?」
マナはケイにも感想を求める。
「……。
ま、美味しいわね、確かに」
ケイも素直にマナの料理の味を認めた。
「へへー。
良かった」
マナが少しほっとした顔をした。
得意そうに見えて、ちょっと味付けが心配だったのかな。
朝食を食べるのに……、思いのほか時間がかかってしまった。
いつもはこんなに食べないので。
「二人とも、ちょっと急がないと遅刻だよーー」
僕はケイとマナをせきたてた。
二人とも身支度に思いのほか時間をかけている。
なんだか、張り合って綺麗になろうとしているみたい。
家を出る時刻が普段より十分ぐらい遅れてしまった。
中学校までは普通に歩いて二十分。
計算上、いつもの倍のスピードで走れば何とかなるけど、朝からおなかが満腹過ぎて走れない。
ケイは足が速い。
あれだけ食べたのに、涼しい顔をして走っている。
マナは……と見ると。
あれ?
僕と同じように、ふうふういいながら走っている。
「マナ、大丈夫?」
「き……、絆ちゃん……。
ちょっと食べ過ぎちゃったみたい……。
それに、私、人間の足で走るのに慣れてなくて……」
そうか、もしかして、マナは人間体の時の陸上での身体能力は普通の人間並みなのか。
ケイと違って、マナは僕より走るのが遅いくらいだ。
う~ん、このままマナに合わせて走っていると、遅刻してしまいそうだぞ。
先頭を走るケイが時々こちらを気にしている。
ケイがケンタウロスの姿になり、僕とマナを乗せて走ってくれたら、学校まではあっという間だろう。
でも、それはできない。
大勢の人に見られ、大騒ぎになってしまう。
ケイもそれが分かっているから、もうケンタウロスの姿になるとは言わなかった。
近道コースの角を曲がる。
おや?
前方を走るおかっぱ頭の女の子がいた。
日本人形みたいなあのヘアースタイルは……。
普見蘭だ!
走り方が、いかにも足の遅い女の子という感じだ。
そうか!
正体がフランケンの彼女は、力は強いけれど、スピードはさほどでもないのだ。
――というか、むしろ遅いのだ!
「おまえも遅刻なの?」
普見蘭を抜きながらケイが声をかけた。
「う……」
普見蘭がちょっと不満げにうめいた声が聞こえた気がした。
続いて、僕も普見蘭を抜く。
「お先ーー」
自分もはあはあ言いながら、マナも普見蘭を追い抜いた。
それだけ普見蘭は足が遅いのだ。
抜き去った後、振り返って普見蘭の顔を見た。
悔しそうな、ちょっと涙目の顔になっている。
こうしてみると、ただの運動が苦手なおとなしそうな女の子にしか見えない。
おいていくのが、ちぃっぴりかわいそうな気もした。
でもその正体は、ものすごい力をもったモンスター、フランケンなのだ。
そして何より僕の命をねらっているのだ。
すごいギャップだよな……。
僕たちは、何とか遅刻せずに間に合った。
教室でホームルームを受けていると、普見蘭が入ってきた。
「お……、遅れてすみません」
はあはあ言いながら、普見蘭が教師に詫びる。
「どうした普見?
寝坊でもしたか」
教師に問われての、普見蘭の答えは――。
「す、すみません。
その……、ご飯をいっぱい食べていたら遅くなっちゃって」
間。
クラス中にドッと笑いが起きた。
「ご飯をいっぱい?」
「普見さんかわいいーー」
「蘭ちゃんたら、食いしんぼ」
こんな声が上がった。
それを聞いて、普見蘭の顔がかああっと赤くなった。
みるみるその大きな瞳に涙がたまってくる。
「よさないか!」
僕の隣の血祭冴が立ち上がって叫んだ。
「早寝、早起き、朝ごはんというだろう。
朝食をちゃんと摂るのは大切なのだぞ!
笑っているやつの中には、ちゃんと朝食を摂ってきていないやつもいるんじゃないのか」
教室がシンとなった。
血祭冴の言う通りだ。
まあ遅刻はよくないことだが、朝ごはんをちゃんと食べるのはよいことだ。
それにしても血祭冴、
「早寝、早起き、朝ごはん」
などという、人間界のキャッチフレーズをよく知っているな。
ケイにしろ、マナにしろ、この血祭冴にしろ、人間世界のことをしっかり勉強してきている。
「と、とにかく、普見。
席に着きなさい。
今後、気をつけるように」
「は、はい……」
普見蘭は、目に涙をいっぱいためたまま、席に着いた。
席に着くと、目尻からポロッと涙がこぼれた。
な、なんだかかわいそう~~。
フランケンの彼女は、あの強大なパワーを発揮するために、エネルギー源として多くの食料が必要なのだろう。
おとなしそうな外見の彼女は、ごはんをもりもりたくさん食べるなんていうイメージから程遠いもんだから、そのギャップがおかしくてクラスメイトたちも思わず笑っちゃったんだけど、決して悪気があるわけではないのだ。
給食の時間になった。
僕は、ケイと血祭冴の三人でグループを組んで食べることになっている。
会話は特に……無い。
僕は普見蘭のグループを見てみた。
「普見さん、これあげようか」
「蘭ちゃん、これも食べなよ」
同じグループの子たちが、自分の給食を普見蘭に分けてあげようとする声が聞こえた。
普見蘭が、たくさん食べるということを朝聞いて、みんな親切で言っているのだ。
「あ、ありがと……、でも、あの……」
普見蘭は真っ赤になって口ごもっている。
まあ、悪気は無いんだろうけど、普見蘭もちょっと恥ずかしいんじゃないかな……、と、僕は自分の命をねらっている女の子のことを心配してしまうのだった。
なんかおかしいよな。
おかしいといえば、やはり自分の命をねらっている女の子と、自分の命を守ろうとしていくれている女の子と、三人で一緒に食事をしている、今のこの僕の状況だって妙だよ。
そういえば……。
僕はちょっと気になることがあったので、聞いてみることにした。
「ね、ねえ……、その……、血祭さん?」
僕から話しかけられるとは思わなかったのだろう。
冴はちょっと意外そうな顔をしてから、返事をした。
「なんだ?」
「君……、その……、どこに住んでるの?」
「ふん、聞いてどうする」
「いや、その……、だって、君もその、モンスター(ここだけ小声)なわけだし……、住まいとかどうしているのかと思って」
「ちゃんと、マンションを借りた」
「そ、そうなんだ。
てっきり、町外れの古びた洋館か何かに住んでいるのかなと思ったんだけど……」
「この町に古びた洋館なんか無いだろう」
「ま、まあ、そうだよね」
「いつの時代のイメージだ。
今時は、我々だって普通の家に住むし、太陽だって平気なのだ」
「あ、そういえば、そうだね」
だいたい、ヴァンパイヤというのは太陽が苦手と相場が決まっている。
なのに血祭冴は昼間でも平気で学校に来ているのだ。
「絆君、冴なんかと話しないで」
ケイがちょっと僕をにらむような感じで言った。
「あ、うん、ごめん」
「ふん、ケンタウロス。
さては、掛橋絆がおまえではなく私と話をしたので嫉妬してるな」
「な、なんですって」
「おや、ムキになるところを見ると、どうやら図星か」
「むう~~~~」
ケイは、立ち上がって今にも血祭冴に飛び掛らんばかりだ。
「よ、よしなよ、ケイ」
僕は小声でケイを制した。
「だって……」
二人とも仲良くしてよ――と思わず言いそうになったが、そんなことできるわけがない。
血祭冴は僕の命をねらっているのだ。
そしてケイは、それを阻止するためにここにいるのだ。
「これからは、ケイのことだけ見てるから」
他に言い方を思いつかなかったので、僕はこう言うしかなかった。
「え?
あ、ああ、そうなの?
――う、うん、それなら……」
ケイは座った。
頬がちょっと赤らんでいたように見えたのは、血祭冴に対してカッとなったからなんだろうな。
「ふん」
血祭冴は、面白くなさそうに食事を再開させた。




