第7話:舞台荒らし(前編)
「……悪くない、これなら移動もスムーズだし、現場に急行できるな」
夜の闇を切り裂き、黒い影がビルの合間を跳ねる。
カイは漆黒のロングコートを翻し、人間離れした跳躍を繰り返していた。
全開ではない、3割程度の出力。それでも、足元のコンクリを削り、弾丸のような初速を生み出す。
重力から解放される心地よい浮遊感とともに、冷たい夜風がロングコートをバタバタとはたく。
以前ならこの程度のレベルのエネルギー解放でも監視ドローンに見つかっていたが、ライナの調整したコートの特殊繊維のおかげでアラートを鳴らされることは無い。
何度か試したが、3割程度なら問題なく見つからないようだ。この程度の出力で本格的なレッカーとの戦闘は難しいが、チンピラの相手をする程度なら問題ない。何より、移動がこのスピードでできるのは助かる。
『何度か試してるみたいだけど――どう?ライナお姉様から頂いたコートの着心地は』
耳の奥に、スマホと同期した通信機越しのライナの声が響く。
「……悪くない。ドローンも鳴ってないみたいだな。3割程度の解放なら監視ドローンも問題ないみたいだ」
『ふふ、そうでしょうとも。……でも、今日の慣らし運転はそこまでにしてくれる?旧市街の国立銀行に来て。デウスが現れたわ』
「わかった、そっちに向かう」
5分後。
現場に来たカイは周囲の視線を避けて銀行の屋上に着地し、眼下の包囲網を冷ややかに見下ろす。
現場の国立銀行は、すでにライナ率いるセラフの部隊と野次馬によって包囲されていた。
「到着した。……随分大層な囲みだな」
『デウスは人質を大量に取って立てこもるから毎回長引くのよね。人質の精神がやられて、覚醒者が出る前に何とかしないと。……カイ、屋上の換気口から天井裏へ行って』
カイは指示通り、音もなくダクトを潜り抜け、銀行ホールの天井裏へと滑り込んだ。
「……なんだ、ありゃ。……正気か?」
ダクトの隙間から覗き込むカイの視界に、異形が映る。
巨大な王冠。ひび割れた白塗り。下品なほど赤い口紅。……写真で見た、デウスだ。
写真はバストアップだったので全身は分からなかったが、全体を見ると余計異様なファッションをしている。肩から二の腕にかけて大きく膨らんだバルーン・スリーブの上には、金糸の刺繍がびっしりと施された重厚なケープが重なり、上半身に異様なボリュームを持たせている。
胸元には、顎の下まで届くほど幾重にも重なった純白のフリルが溢れ出し、その中央で大粒のルビーを模した石が、非常灯の光を吸い込んで赤くぎらりと光る。
腰から下を覆うのは、膝下まで届く重厚な深紅のコートだ。彼がノリノリでステップを踏むたびに、裾の金縁が床を叩き、重い布地が擦れるバサリ、バサリという硬い音をホールに響かせている。
機能性を全く無視した、見た目ばかりがゴテゴテ、ギラギラした恰好。自己承認欲求の塊であることが遠目にもわかる。恐らく、本人むちゃくちゃ暑いんじゃないだろうか。
写真で見た通りの銀のロール髪を振り乱しながら、男――デウスは、怯える人質たちと手下に向かって、朗々と、しかし狂ったような高音で叫び続けていた。
「さぁ!次の幕です!愚かな村人たちが、王の優しさで真実の愛に目覚める名シーンですよぉ……!さぁ、劇団員諸君!始めなさい!」
デウスが安っぽい金のタクトを振ると、手下たちが震える人質たちを銃口で威嚇しながら、用意された安っぽい小道具の周囲に立つ。
無機質な大理石の銀行の床の上には、どこから持ち込んだのか、ペンキで雑に塗られた書き割りの木や金色の玉座が置かれ、そこだけが狂ったお伽話の世界のように浮き上がっている。
本来は厳かなはずの銀行ホールが、血と火薬の臭いが漂う、悪趣味な舞台装置へと作り替えられていた。
その中で、デウスと手下達が妙なポーズを決めながら何かを叫んでいる。
「……あいつらは、一体何をやってるんだ?」
『それが演劇っていう旧時代の文化よ。脚本を作り、役者がそれを演じる。かつては多くの人を笑わせたり感動させたりしたみたいだけど……現代じゃそんなことできないわね、覚醒者の製造機になっちゃう。
………ただ、あの連中がやってる悪趣味な動きが、そんな高尚な芸術だとはとても思えないわね』
ライナはこの場にいないが、共鳴の能力でかなり正確にカイと同じ状況を共有できている。
カイがそのまま現場を見ていると、デウスの何人かの手下達が、デウスに向けて朗々とセリフを読み上げている。
「おぉ、王よ、あなたはなんと慈悲深いのでしょう」
「そうです、あなたこそこの世界を変える真の王!人々の上に立つべき王なのです!」
「………えー……」
一人の部下が緊張のあまり、セリフを忘れたようだ。
「……んー?どうしました?」
「す、すみません、ボス……」
デウスの動きが、ピタリと止まった。
ひび割れた白塗りの奥で、黒く縁取った血走った目から黄色のオーラが溢れる。同時に、銀行内の感情スキャン装置がアラートを鳴らす。
「私の完璧な脚本を…忘れたというのですか?」
「あ、あわわ……ボ、ボス……す、すみま……」
「そんな手下は必要ありません!あなたは降板です!!」
デウスがタクトを軽くゆらす。
手下の目の前で強烈な光が発生する。手下は一瞬にして視界を奪われたようだ。
「す、すみません、ボス!勘弁してください!」
ダンッ!
もがきながら命乞いをする手下の脳天を、デウスの銃が撃ち抜いた。
その銃も、中世ヨーロッパのフリントロック式銃で、いちいち芝居がかっている。
「おい、手下が撃ち殺されたぞ。デウスも随分興奮してるし…」
『マズイわね、デウスが何をしでかすか分からない。人質の安全を最優先にして』
「ヒィィッ……!」
「殺された……!」
人質たちがパニックに陥り、顔を伏せて悲鳴を上げる。
デウスは、まだ煙の上がっているフリントロック式銃を振り回しながら、不機嫌そうに叫ぶ。
「顔を上げなさい!観客は麗しい私を見ていればいいのです!……えぇい、私のことを見ない観客など、いりません!」
デウスが銃口を、最前列で震える男性に向ける。
周囲の手下たちも、人質に向けて銃を構えた。
その時だ。
ドォォォン!!
天井から何か黒い塊が落ちて来たと思った次の瞬間、大きな音とともに手下の1人が伸びていた。
「おやぁ……?随分と無粋なゲストですねぇ……?」
デウス、人質、手下達、全員の視線を集めたままカイはゆっくりと立ち上がる。
「……そこまでにしておけ」
デウス、人質、手下たち。全員の視線を集めたまま、カイはゆっくりと立ち上がる。
漆黒のコートが重々しく翻り、仮面の奥でカイの瞳が、獲物を捕らえた獣のように鋭く光った。
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