第6話:汚部屋同盟(後編)
「……なぁ。毎日掃除してるのに、よくこんなに毎日汚せるな。LOATHの覚醒者より腐食能力が強いんじゃないか?」
キッチンでシンクを磨き上げながら、カイが心底あきれた声を出す。
同居を始めて数日。カイが学んだことは、ライナ・クローデルがセラフの隊長としては超一流であること、そして、私生活では「寝ながらゴミを生成している」としか思えないほど壊滅的にズボラであることだ。
「失礼ね!そ…んなには汚してないはずよ、前に比べれば!」
ソファでダラけていたライナが、小言を言われて不機嫌そうに足をバタつかせる。同居を始めた際、カイに「条件が悪い」「部屋が汚い女は無理」と正論を叩きつけられたことを、ライナはこの1週間実はずっと根に持っていた。
「ホントに憎たらしいんだから、年下のクセに…今に見てなさいよ」
実は、彼女はただダラけていたわけではない。同居開始から1週間経った日の夜、仕事から帰ったライナは何か大荷物を持って部屋に入ってきた。
「はいはい、ただいま!当面のターゲットを伝えるのと、カイにステキなお土産があるわよ!」
そう言ってライナは手に持っていた巨大な鞄を放り投げる。……カイが畳んだばかりの洗濯物の上に。
「……なんだよ?」
もうすっかりあきらめたのか、洗濯物をつぶされたことに対する文句は言わないカイ。
ライナはそんなことにも気づかず、モニターの準備をしている。
「はい、コレ!」
ライナがモニターに映し出したのは、この辺りの街の地図と、トランプのキングが現実に抜け出してきたような異様な恰好をした男の顔。
巨大な王冠を被り、顔は白塗り、目の周りは真っ黒な縁取りをし、下品なほど赤い口紅を付けている。
髪色は銀髪で、横から後ろにかけてカールした髪がぐるっと何段か巻かれているが、ごわごわした質感やところどころほつれたりしていて絶妙に統一感がない。……なんだ、この男は?
「そいつの名前はデウス。レッカー組織、通称『劇団』のボスよ」
「……劇団?」
「そう。《SHOCK(驚き)》の覚醒者で、自分の犯罪を『崇高な演劇』だと思い込んでるの。脚本を作って、劇団員がそれを演じ、観客はそれを見て楽しむ……というかつてあった演劇を、現代でやりたいらしいのよね。だから組織の構成員は全員『劇団員』。
その恰好は、昔あった演劇っていう文化の、王様とかのキャラクターをモチーフにしたものらしいの。
銀行や公共施設で強盗をするんだけど、施設を占拠しては、中にいる人たちを人質にして無理やり『観客』に仕立て上げる。その時にデウスが作った下品な脚本を劇団員に演じさせるんだって。……あいつにとって、自分の演劇で観客が恐怖に顔を歪ませるのが、最高の瞬間らしいの」
ライナの言葉に、カイの眉が微かに動く。
「…で、なんでこの変態がターゲットなんだ?」
「カイが最初に潜んでいた廃劇場。あの辺りは市街とスラムのちょうど境目くらいよね。スラムは監視ドローンやセラフの目が届かない無法地帯になっている個所も多いんだけど、あの廃劇場の周りは他にも元劇場だった建物が多くて、一番大きな劇場を劇団の連中はアジトにしてるのよ。
だから、あの辺りでレッカー狩りをしていたスカーレットにやられた連中の中には、劇団のメンバーも多い。劇団の方は、もうスカーレットを認識してるし一触即発ってわけ」
「なるほど、俺のことを認識すれば誘い出せるかも知れないわけだ」
「さらに言えば、スカーレットが以前に倒したWRATH。あれ、身元を調べたら劇団のメンバーだったの」
「……!」
「そう、もしかすると左目に傷の男と、デウスもしくは劇団は繋がっているかもしれない」
「…なるほどな、優秀じゃないか、隊長さん」
ライナはそこでニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「そうよ、もっと私を敬いなさい?あとねカイ、あなたこの家に転がり込んできた時、家事ばっかりやらされてメリットが少ないとか抜かしてたわよね?私の私財とセラフのコネを注ぎ込んで、1週間かけて特注で作らせたのよ。私の力、とくと拝みなさい!」
ライナが仰々しく、さきほど放り投げたカバンを開く。
中には、漆黒の光沢を放つロングコートと、折り畳まれたしなやかな特殊繊維のマスク、さらに新品のスマホが、まるで美術品のように収められていた。
「……1週間、これを作ってたのか?」
「そうよ。セラフのツテを活かして、カイのWRATHの戦闘スタイルに合わせてカスタマイズしたんだから。そのコートは防弾・防刃仕様、ただ生地が薄いからあくまでも補助的なもので、あんまり過信すると危険だけど、あると無いとじゃ大違いだからね。あと、あなたスマホも持ってないでしょ?それ、使っていいから。あと、マスクの中には小型の通信機が入ってて、スマホと同期すれば戦闘中にも私と会話できるようになるからね」
「……悪くない」
「『最高ですライナ様』でしょ!ほら、着てみて!」
カイは新しいコートに身を包み、マスクを被った。
ライナがこだわったコートの裏地の赤が、カイの動きに合わせて閃光のように翻る。
続けて、目の下から顎にかけて緋色のラインが入ったマスクを頭から被った。
カイがピカピカに磨き上げた姿見を覗き込むと、
鏡の中に立っていたのは、安物のパーカーと仮面を纏った街を彷徨う小さな「影」ではなく、圧倒的な威圧感を放つ「死神」だった。
「ちなみにそのコートを着てれば、WRATHを全開で発動しなければ……そうね、2〜3割くらいの力であれば監視ドローンにも見つかることは無いわ。移動とかで能力が使えないと不便でしょ?それがあれば大分楽なハズ。」
「それは、助かる」
「どれくらいでドローンに見つかるか、その辺の加減は外で試してみて。そういえば最近、外に出てないわね、レッカー狩りはやめたの?」
「………」
お前の部屋が汚ねーからだろ、というツッコミを、コートとマスクの思った以上の出来の良さが飲み込ませた。
「……分かった。しばらく慣らし運転をしてみる」
「外に出ても通話はできるようにしておいてね、デウスの事件が起きたらすぐ連絡するから」
「そうする」
「………お礼は?」
「…ありがとう」
「ありがとうございます、優秀で気高く美しいライナお姉様、もっともっと家事を頑張ってライナお姉様のお力になります、明日の夕飯はカレーに致します、でしょ?」
「…………」
「冗談よ!まぁ、心の中でそれくらい思っててくれればいいわ。カイが活動しやすくなるのは私にとってもメリットあるしね。
……あ〜!?私の服がぐちゃぐちゃじゃない、何やってんのよ!?家事もまともにできないなら追い出すわよ!?」
さっき自分が放り投げた鞄でぐちゃぐちゃにした洗濯物を見て大騒ぎするライナを見て、カイは今日の買い物でカレーの材料を買ってきたことを激しく後悔していた。
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