第5話:汚部屋同盟
「…………ハッ!!」
意識を取り戻したカイが突然飛び起きる。
「…い、生きてる……?」
昨日の記憶は、左目に傷の男に飛びかかった所までで途切れている。何をされたのかは全く分からないが、何らかの反撃をされて意識を失ったのだろうということまでは分かる。
「クソッ、何も出来なかった…グッ、頭が……」
ダメージが残っているのか、酷い頭痛がカイを襲う。
…それにしても、あのまま意識を失ったんだろうに、なぜ俺はセラフに殺されていないんだろうか?
「目が覚めたのね」
部屋の奥から女の声がする。カイはとっさに身構えるが、頭痛でそれもおぼつかない。
「昨日のダメージがあるだろうからまだ起きない方が良いわよ」
カイが寝ている部屋に入ってきたのは、ライナだった。
長い髪を後ろで乱雑にクリップで留め、オーバーサイズの緩めのスウェットを着ている。仕事中とは随分印象が違うが、スウェットが白いのはセラフの隊長だからだろうか。
「お、お前、セラフの……」
「お前はないんじゃない?私の名前はライナ。昨日ほっといたら殺されてた君をここまで運んだ命の恩人に対して失礼よ。君、名前は?」
「……カイ」
「そ。じゃ、カイ、なんて言うのかしら?」
「た、助けてくれて…ありがとう……ございます」
「はい、よく言えました」
少し落ち着いたカイが辺りを見回す。広々としたリビング。家具も、カイが寝ていたソファを含め、かなり高級そうなものがならんでいる。しかし、それよりも何よりも………
「ホント〜にね、昨日は大変だったんだから!」
狼狽えるカイに聞かせるように、ライナが語り始める。
昨夜、カイが左目に傷の男に倒された直後。
「……バカね、私。本当にバカだわ」
ライナ・クローデルは、意識を失った泥だらけの少年を担いで、現場を離れていた。
自分が担いでいる少年が何者かは分かっている。現在セラフが総力を挙げて追っている仮面のWRATH、スカーレットだ。
本来なら本部に通報し、応援を呼ぶのが正解だ。それがセラフ隊長としての「正義」だ。
だが、ライナの脳裏には、LOATHのレッカーから自分を救ったあの緋色の輝きと、少女が言った「お兄ちゃんが助けてくれた、お兄ちゃんの目はきれいだった」という言葉がこびりついて離れない。
「あの時は、助けられたからね…一晩だけ、匿ってあげる。これで、貸し借りなしよ……その後のことは、後で考える!」
細身の少年とは言え、気絶した男1人運ぶのはなかなかの重労働だ。しかも事情が事情だけに、極力人目につかない道を選ばなければならない。
通常かかる時間の3倍ほどの時間をかけ、ライナはようやくカイを自宅に連れ帰ったのだ。
「ということがあったわけよ!もう、ホントに大変だった…って、聞いてるの?」
時は戻って、現在のライナの部屋。
広々としたリビング。家具も、カイが寝ていたソファを含め、かなり高級そうなものがならんでいる。しかし、それよりも何よりも………
脱ぎ散らかされた服。積み上がったコンビニ弁当のガラ。干からびた、でも底に少しだけ残っているエナジードリンクの缶。その他、名状しがたきゴミの数々。それらが部屋の床が見えないほど散らかっている。
そう、セラフの最年少隊長であり才女、さらに(自称)美女であるライナは、職務については優秀なものの、家事については全くポンコツな汚部屋の住人なのだ。
よく見ると、白のスウェットにもコーヒーやら食べこぼしらしきシミがちょこちょこついている。なぜ白を選ぶのだろうか。
カイにはそれが耐えられなかった。ミナと2人暮らしの時は、部屋の中は完璧に片付いていたからだ。ライナが調子よく昨夜の苦労話を語っているのを完全に無視して、自分も昨夜の戦いで服がボロボロなうえに、頭痛がするというのに部屋の片付けを始めたのだ。
「ちょっと、何してんのよ!」
「何してんだはこっちのセリフだ、よくこんな汚い部屋で生活できるな」
「いいから!余計なことしないで!」
「助けてもらったらお礼をしなきゃいけないんだろ?いいから大人しくしてろって」
ドタバタと片付けが始まる。
「掃除機はあるのか?」
「バカにしないで、掃除機くらいあるわよ、ホラ!」
「お前、これ…いつから使ってないんだ、部屋より掃除機の方が綺麗じゃないか」
「あんたそれ、洗濯物…ぎゃー、下着まで!しかも清らかな乙女の下着をそんな汚物みたいにつままないで!」
「いや、汚物だろ…いつから洗ってないんだよコレ………」
テキパキと片付けを進めるカイ。諦めたライナは、顔を真っ赤にして半ベソでソファに座っている。
「ううぅ、なんで私がこんな目に………さっきまで名前も知らなかったような男のコに、下着まで見られて……彼氏すら部屋に上げたことないのに…」
「彼氏を上げられるような部屋じゃ無かっただろうが、見栄はんな」
「うるさいわね!私だって彼氏くらいいたことあるわよ、幼稚園の時だけど……」
「……いや、そこまで聞いてねーよ」
勢いで余計なことを言ってしまったことに気付き、さらに顔を赤くするライナ。
ライナが大人しくなったのをいいことに、カイはさらにテキパキ片付けを進めるのだった。
一通り片付けをすませたカイは、キッチンで料理を始めた。
ソファでクッションに頭をうずめて悶えていたライナが、キッチンから漂ういい香りに気付いてむっくり起き上がる。
「ほれ、飯だ。冷蔵庫の卵が腐ってなきゃ、味は良いはずだぞ」
「君はいちいちそうやって憎まれ口を……」
スープこそインスタントだが、こんがり焼きあがったトーストにふわふわのオムレツが添えてあり、ちょっとしたホテルのレストランの朝食のようだ。
「うわ、美味しそう…」
「これと片付けで助けてもらった礼ってことでいいな?」
「そ、そうね。……うわ、美味しい!」
オムレツの美味しさに驚くライナ。
「ざっとしか片付けてないから、細かい部分の掃除はまだ残ってる。あとで掃除に必要なものはメモっといてやるから…」
掃除に関するウンチクを語っているカイの顔を見ながら、ライナは全く別のことを考えていた。
このコ、スカーレットなのよね。
なぜか、WRATHの力を制御できている。
その原因も調査したいし、
この間のLOATHとの戦闘を見ていても、かなりの戦力になるのは間違いない。
もう1人の自我を持つWRATHなんてのがいる状況で、できればこの戦力は手元に置いておきたい。それに、万一暴走するリスクを考えても、私が監視できる方が安心だし……
「ねぇ、カイ。君、スカーレットなのよね?」
「かもな。お前らが勝手にそう呼んでるだけだろう」
「なんでカイはWRATHなのに暴走しないの?」
「分からない。何度か自我を失いかけたことはあるが、そのたびに妹の声が俺を引き戻すんだ」
「………妹さん?」
「あぁ、ミナって言うんだ」
「今はどこに?」
「殺された。……左目に傷の男に」
「……!…ごめんなさい」
左目に傷の男。カイが言っているのはあの日、ライナが追い払ったもう1人のWRATHで間違いないだろう。
妹さんの話を聞いたあとで心苦しいが、恐らくカイとセラフの利害は一致するはずだ。
「スカーレット……仮面のレッカー狩りの目撃情報が出始める直前、WRATHの反応が現れて廃劇場付近で消えた。あの時劇場内にホームレスの少年がいると報告を受けたけど、あれは、カイね?」
「多分な」
「レッカー狩りの目的は、左目に傷の男の情報を持つレッカーを探すため。カイは妹さんを殺したあの男を追っている」
「そうだ。ヤツは絶対俺が殺す」
「でも、正直レッカー狩りの結果は芳しくない。そもそも作戦が雑だし、レッカー狩りの対象にWRATHも含めるくらいだもんね。手がかりに繋がらずに焦ってるとしか思えない。あの日左目に傷の男と出会ったのは単なる偶然。違う?」
「なんだ、何が言いたい?」
家事の腕はともかくとして、さすがにセラフの最年少隊長にまでなったライナ、かなりの洞察力である。自らの行動を次々に言い当てられ、カイは少し動揺を見せた。
「立場的に殺しの手伝いをすることはできないけど、私もヤツを野放しにするのは危険だと思ってる。そこで、取引の提案よ」
「……取引…?」
「ホントはセラフに入ってもらって戦力になってもらうのが一番いいんだけど、カイがWRATHである以上、上を説得するのは不可能か、時間がかかる。
そこで、私が個人的にレッカーの情報を流してあげるわ。捜査に協力してくれて、私がもっと出世すれば、カイを正式にセラフに迎えることもできるかも知れない。もちろん、左目に傷の男の情報が入ったら、真っ先に教えてあげる。どぉ?」
「………」
考え込むカイ。しかしレッカー狩りによる調査が行き詰まっている現状では、この提案に縋るしか無いとも言えた。
ライナの出世の道具にされるのは気に食わないが、情報が手に入ればカイにとってもメリットは大きい。
「さらに!」
ライナが大声をあげる。
「カイ、今家ないんでしょう?家事全般やるっていうなら、私の家に家政夫として置いてあげるわ!」
ライナの都合でレッカーと戦わされ、しかも家事全般やらされる?この家事能力ゼロの女の汚部屋で?
左目に傷の男の情報が手に入るのはもちろんありがたいが、それすらも実際に手に入るのか、別に保証されているわけではない。
情報が手に入らなければ、ただただライナ都合で戦わされ、ゴミ屋敷の片付けをさせられる可能性もある。左目に傷の男の情報を優先的に流すというが、そもそもそれすら怪しいもんだ。
それなら、いまのままレッカー狩りを続ける方がいい。
「なに?なんか不満そうね」
「…なんか、俺の方のメリットが少ない気が………」
「はぁ〜!?こんな美女と1つ屋根の下で暮らせるのよ。それだけでもうお釣りがくるじゃない!」
「いや、俺、部屋汚い女そーゆー目で見られないから…」
「な〜に〜!!??」
その後もかなり揉めたが、結局、ライナの勢いに押し切られる形で奇妙な共同生活がスタートした。
前途は多難だが、果たしてこの2人は最強のバディなのか、それともただの凸凹コンビなのだろうか?
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