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第19話:劇団の終焉

「やる気か、スカーレット。その勇気だけは認めてやるがな」


シドが、自分に赤い薬の入った注射器を突き立てる。次の瞬間、シドから緋色のオーラが立ち上る。


「……シド! ……その薬は何なんだ!人をWRATHに変える薬なんて……お前は一体何を考えているんだ……!!」


意識をつなぐのがやっとのほどのダメージを抱えたガブリエルが、かつての相棒の変わり果てた姿を見て叫んだ。


シドはゆっくりと首を回し、感情の消えた瞳でガブリエルを見下ろした。


「……これか。この薬の名はGEHENNA。……怒りの感情を強制抽出し、WRATHへと変換する。私はGEHENNAでWRATHとなっても理性を失わない現状唯一の適合者となったんだ。


今は私のような適合者をもっと作るため、犯罪者どもにGEHENNAを投与してデータを集めているに過ぎない」


シドの視線が、再びカイに向かう。


「……だが、不可解だ。GEHENNAの適合者はまだ私しかいないはず……それなのに貴様、なぜWRATHの能力を持ちながら理性を保っている?


……私が薬を投与した被検体は全員暴走して死んだはずだが………しかも、貴様のオーラはGEHENNA投与者に特有のノイズが無い。……貴様、まさか、あのコードを……?」


「ごちゃごちゃうるせぇぞ、てめぇ!!」


カイがWRATHのオーラを全開にして弾丸のようにシドに突っ込んでいく。


ダァン!


しかし、デウスがカイの行く手に弾丸を撃ち込み、突進を止める。


「そうですよぉ、シドさん!ココへきてGEHENNAの説明をくどくどするなんて、美しくありません!ここは私達3人で踊り狂えばいいんです!!」


「……!この、変態野郎が……!!」


「素晴らしいですよ、スカーレット。一緒に最高の舞台を作り上げましょう!!」


カイが方向を変え、デウスの方に突っ込んでいく。デウスの頭部を捕らえたと思ったパンチは空を切る。……捕らえたと思ったのは分身だ。


「……ガハッ……!!」


カイの体がステージの壁面に叩きつけられ、漆喰が剥がれ落ちる。


シドが横からカイを蹴り飛ばしたのだ。


「……出力は高い。だが、無駄が多すぎるな。……格闘は素人か?」


「あはは! 素晴らしいですよ、スカーレット!さぁ、もっと絶望を見せてください!」


デウスが指を鳴らす。その瞬間、カイの視界に光が現れ、目くらましをされる。


「……くそっ、……お前、……ら……ッ!!」


「おっと、余所見はいけませんねぇ。ほら、シドさんが待っていますよ?」


デウスはまともに闘う気などない。わきからSHOCKの能力でスカーレットをおちょくり、シドのサンドバッグにしようとしているのだ。……ただ、カイの絶望を引き出すために。


カイの腹部に再びシドのパンチがめり込む。


「ぐ……ぅ…ッッ!」


「……やめろ、……シド、……ッ!!くそ、まさかデウスだけじゃなくシドがいるとは……!!」


ステージの隅、鮮血に染まりながらもガブリエルが叫ぶ。彼は、自分の代わりに街を守るために戦い、今はボロ雑巾のように転がされているカイの姿と、それを踏みつけにするかつての相棒を交互に見た。


さすがにヒーロー・スカーレットといえど、デウスとシドとまともに闘うのは分が悪い。いたぶられつつも、致命傷を受けないようにするのが精一杯だった。


「……そろそろ終わりか。このまま生け捕りにしてデータを取らせてもらうとしよう」


「あぁ、なんて素晴らしい!……しかし、もう終わりですかぁ……残念です」


デウスが懐から鈍く光る機械を取り出し、残念そうに言う。


「私が追い詰められた時に使おうと思っていた劇場の自爆装置ですが……今回は使うことは無さそうですねぇ」


「……そんなもんを用意していたのか。なんなんだ、お前は」


「散り際を美しくするのが一番のポイントなんですよ!この自爆装置も、いきなり全て爆発するんじゃなく、少しずつ劇場が崩れていくように計算して火薬を……」


デウスとシドが一瞬スカーレットに興味を失い、自爆装置の話をしていたその時。


ドォォォォォォォン!!


猛烈な爆音とともに、劇場のあちこちから炎が上がる。


「……何事です、なぜ自爆装置が起動するんですか!?」


「お前がスイッチを押したんじゃないのか?」


「違いますよ!あぁ、なぜ、なぜこんな……」


炎上を始めた、劇団のアジトとなっている劇場。そこから500m離れた建物に、一人の男がいた。

……かつて劇団の幹部であり、一度のミスで残虐に眼球をくりぬかれた男。スポットライトだ。


視力を失った代わりに、スポットライトのJOYの共鳴能力は以前より鋭く射程も長くなっていた。

共鳴能力から受け取れる情報量が、モノによっては視力を上回る。日常生活はともかく、スナイパーとしての能力は確実に以前よりも高くなっていた。


「……座長。アンタ、ずーっと美しい散り際について語ってたよな。タイムキーパーだけはずっと嫌な顔して聞いてたけど。……その願い、かなえてやるよ。今まで、世話になったな」


盲目のまま、500m先の自爆装置の火薬を打ち抜いたスポットライトは、監視ドローンのアラートを残して去って行った。


「……チッ、このままじゃマズいな……」


シドが、燃え盛る天井の崩落を間一髪で回避し、後方へ飛び退いた。


シドは手元の端末を操作し、カイのバイタルデータの最終ログを保存した。


「……デウス。あと数分でここは完全に崩壊する。……お前の『最高の舞台』と心中するつもりは、私にはない」


「なっ、……待ちなさい、シドさん! まだ終幕ではない……!!」


「……この場で取れるデータは取った。……スカーレット、生き延びたらまたデータを取らせてもらうぞ。」


再び天井の崩落が起き、激しく炎と煙が上がる中、シドの気配が完全に消えた。


「クソ……!待ちやがれ、シド!」


ミナの仇であるシドに逃げられ、歯噛みするカイ。しかし、ダメージを負った体では追うことはできなかった。


「おやおや、もういないシドさんのことを見るのは止めて頂きたいですねぇ」


デウスが燃え盛るステージへと迷いなく身を躍らせた。

着地の衝撃すら楽しむように、優雅に膝を折った状態から立ち上がる。その瞳は、狂ったような歓喜で爛々と輝いていた。


「スカーレット!この劇場が崩落するまであと数分しかありません」


デウスが懐から刃のついたタクトと銃を抜き放つ。


「さあ、最終幕を始めましょう!この時間を、私とあなたで最高の舞台にするんです!」


「……ハァ、……ハァ、……。……三流演出家が、……はしゃぎすぎなんだよ……」


カイが、ボロボロの体を引きずりながら立ち上がった。

右腕には裂傷が走り、全身はシドの打撃で悲鳴を上げている。だが、その瞳に宿る緋色の光は、周囲の炎を飲み込むほどに濃密に、鋭く、デウスを射抜いていた。


「……シドが生き延びた以上、俺もあんたの脚本に付き合う気はない……とっとと終わらせるぞ」


「そうおっしゃらず!楽しみましょう!!」


デウスが、SHOCKの能力を使って凄まじい数の分身を作って耳障りな笑い声をあげる。目くらましはなつ。

しかしカイは目をつぶってそれらに惑わされないようにする。デウスの分身たちが笑いながら猛スピードでタクトの突きを放つ。

だが、カイはそれを避けない。分身の攻撃に惑わされず、本物のデウスが放つ一撃を待っている。


「さぁ、とどめですよ!」


本物のデウスの声と殺気を感じたカイは、右手を突き出してデウスの刃を受け止めた。貫かれた手から鮮血が噴き出すが、握りこんでデウスの手を強引に掴んで離さない。


「……捕まえたぜ、……座長」


「あはは! 素晴らしい、その瞳! その殺意! 100点、いや、120点だスカーレット!!」


デウスは掴まれていることすら忘れ、狂喜の叫びを上げる。


「……筋肉ダルマに教わったんだ。……めんどくせぇ相手は直接掴めばいいってな……!!」


カイの左拳が、炎の熱を吸い込むかのように赤く輝く。

ミナから託された「力」と、自分の中の「怒り」が、かつてない密度で一点に集中する。


「……死ぬなら、だれも見てないところでひとりで死にな……座長!!」


燃え盛る劇場の中心で、カイの拳が、デウスの歪んだ笑顔へと振るわれた。

【第1部 毎日更新中】

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