第16話:最強のJOY
一触即発。
ようやくWRATHを退けた広場に、再びそんな剣呑な雰囲気が漂っている。
オーラを膨張させるスカーレット。
テラー・ハンマーにオーラをまとわせるガブリエル。
にらみ合う二人の怪物が、今まさに激闘を繰り広げようとした、その時。
「そこまで! 二人とも、いい加減にしなさい!!」
ライナの怒号が飛ぶ。
「……な、なんだ、ライナ、急に――」
「なんで闘おうとしてるの!?いい加減にしなさいよ、この筋肉ダルマ!!」
ライナの怒声が、ガブリエルの言葉を遮った。そのあまりの剣幕に、ガブリエルはハンマーを構えたまま、言葉を失った。
「今、優先すべきはスカーレットを捕まえることじゃない! 赤い薬が大量にあったらスカーレットどころの騒ぎじゃないってアナタが言ったんでしょ!?だったらこの赤い薬の出所であるデウスを叩くのが最優先じゃない!!」
「……し、しかし、目の前に現れたからには……」
「しかしじゃない! 秩序を大事にするなら、優先順位をコロコロ変えるべきじゃないんじゃないの!?少なくとも今スカーレットはWRATHを倒すのを手伝ってくれたのよ、だったら今くらいは共闘してみたら!?」
ライナのとんでもない剣幕に、あの「恐怖の執行者」ガブリエルが、あからさまにたじろぎ、視線を泳がせた。
「……うっ、……そ、そうか…」
ついには、大きな体を小さく丸めるようにして、しょんぼりと黙り込んでしまった。
「……プッ、クハハッ!」
その光景に、カイが堪えきれずに吹き出した。
「……スカーレット。アンタもよ!!」
ライナの剣幕にスカーレットもたじろぐ。
「WRATHを倒してくれたのはありがたいけどね、なんでそんなに喧嘩っ早いの!?せっかく今市民から支持を得たのに、ここでガブリエルとぶつかったらまた悪者に逆戻りよ、少しは考えなさい!」
「…………」
今度はカイが黙り込む番だった。こうなるともはや腕力の強さは関係ない。ライナの剣幕に、先ほどまでバチバチだったスカーレットとガブリエルの二人もうつむくしかなかった。
「……で、赤い薬ってのは何のことだ」
ライナのお説教が一通り終わり、一息ついたところでやっとのことでカイが切り出す。
「…この4区・5区に大量のWRATHが現れたのは、赤い薬のせいなの。あの薬を打たれると、普通の人間がWRATHに変貌する。
私たちが直接見たのはタイムキーパーが使った一本だけだけど、あのWRATH達は恐らくデウスか劇団員に薬を打たれた人間ね」
ライナの言葉を聞きながら、カイの脳裏にある記憶が蘇る。
左目に傷の男。
ミナを殺したあの男ともう一度あった時、現場ではWRATHが暴れていた。
ヤツが現場に残っていた理由はなんだ?あのWRATHは、その薬で作られたものではないのか?
(……ヤツが現場に残っていたのは、薬の効果を見るためか?であれば、デウスと左目に傷の男はやはりつながっている…?)
点と点が、カイの頭の中で急速に繋がっていく。どちらにしろ、劇団をこのままつぶすのは既定路線。
さらに、もしデウスと左目に傷の男が繋がっていて、デウスからヤツの情報が得られるなら好都合だ。
……たとえこの後、ガブリエルと共闘する羽目になったとしても。
「……これから、デウスの劇場に乗り込むのか?」
カイが低く、重い声で呟いた。
ガブリエルが、しょんぼりとした様子から一転、鋭い眼光をカイに向ける。
「……何だと?」
「ついて行ってやってもいいぜ、俺もデウスの野郎にはムカついてるんだ」
「……」
ガブリエルが黙り込む。劇団員の大部分が町に出払っている今が、デウスを捕らえる絶好のチャンスなのは間違いない。
しかし、スカーレットの力を借りる?WRATHの力を?
「……私が全ての責任を取ります」
ライナが意を決したように言う。
「二人はこれから劇団のアジトに乗り込んで。
私は、街に残るわ。共鳴を使ってまだ残って犯罪をしたり扇動したりしてる劇団員の掃討を行う」
ライナが翡翠色のオーラを静かに、だが広範囲に広げながら告げた。
そのオーラは波紋のように広がり、混乱する市民たちの精神を鎮め、残存する隊員たちの知覚を再び一つに束ねていく。
「……二人とも。デウスを……赤い薬を止めて」
「……分かった。……ライナ、この男が暴走するようなら、私がその場で処刑するからな。」
「……できるもんならやってみろ。そのトロ臭い足で俺についてこられるのか?」
ガブリエルが、忌々しげにハンマーを肩に担ぎ直し、スカーレットが準備運動を始める。
こうして、最悪で最強の即席タッグが誕生した。
劇団のアジトに向かう二人の背中を見送りながら、ライナは心の中で短く祈った。
(……お願い。生きて帰ってきて、二人とも)
とはいえ、祈ってばかりいるわけには行かない。ライナはライナで共鳴能力を極限まで高め、街中に散った劇団員の残党たちを探し出すと同時に、その位置を隊員達と共有した。
彼女は今、一人でこの街の秩序を支える柱となっていた。
デウスの本拠地、旧市街の国立劇場。
かつて芸術を育んだその場所は、劇団員に占拠され、スカーレットとガブリエルを待ち受ける巨大な棺桶と化していた。
「……まだこれほど劇団員が残っていたのか」
カイが肩を回し、緋色のオーラを昂らせる。
街に出ているのは一般の劇団員が多かったが、デウスの最後の砦となる劇団員だけあって、覚醒者もちらほら見受けられる。
スポットライトやタイムキーパー並みの覚醒者はさすがにいないようだが、その存在はやはり厄介だ。
「…どう攻め込む?さすがにこの数と覚醒者は……」
「数など無意味だ。私の前では、等しく恐怖に震える雑魚に過ぎん」
ガブリエルがテラー・ハンマーを無造作に扉に叩きつけ、凄まじい衝撃で劇場の正面扉を吹き飛ばした。
「……コイツ、ここまで脳筋なのか……」
カイはあきれ返るが、こうなったからには仕方ない。
二人の怪物が、正面から劇場のロビーへと突っ込む。
待ち構えていたのは、覚醒者を含む数十人の劇団員たちだ。
「来やがった!」
「こいつらを殺せば座長から賞金が出るぞ!」
「ぶっ殺せ!!!」
彼らは口々に怒声を上げ、一斉に二人へと躍りかかる。
「遅い。……消えろ」
カイが赤い閃光と化し、敵の群れの中を切り裂くように駆け抜ける。一瞬で三人が宙に舞い、壁に叩きつけられる。
「まとめてかかってこい!近づけるものならな!!」
ガブリエルが大声をあげながら、テラー・ハンマーを旋回させている。
近づく劇団員は、テラーハンマーの風切音でFEARを叩きつけられ体が硬直し、ぶん殴られて紙のように吹っ飛ばされていく。
「スカーレット、伏せろ!」
劇団員に囲まれているスカーレットに向けてガブリエルがハンマーを振る。
「…あっぶね!」
カイが慌てて伏せると、カイの頭上でテラー・ハンマーが激突して大きな音をあげる。
音とFEARが劇団員を襲い、カイの周囲の劇団員が頭を抱えてうずくまる。
「……このヤロウ、今俺を狙っただろ!」
「そんなことは無い、ほら、周囲の劇団員を掃討しろ」
「……クソが!」
言い合いながらも、二人の戦闘の速度は落ちない。
カイが敵の体勢を崩し、ガブリエルがハンマーを叩き込む。
ガブリエルがFEARで動きを止め、カイが拳を叩き込む。
赤い憤怒と、深紫の恐怖。
二つのオーラが混ざり合い、劇場の豪華な内装を、敵の血で塗り替えていく。
エントランスホールの敵を全て叩きのめし、二人は2階の大ホールへと歩を進めた。
「……この先に、デウスがいるんだな」
カイが扉に手をかける。その拳は、怒りと、そしてようやく元凶に辿り着いた高揚で微かに震えていた。
「誰がいようと関係ない。……私の正義が、すべての罪を裁く」
ガブリエルがハンマーを握り直し、冷徹な瞳で扉を見据える。
二人が重い扉を開けた瞬間、目の前に広がったのは――
眩いスポットライトに照らされた、広大なステージ。
そして、ステージにただひとり立ち、静かに二人を見下ろすタイムキーパーの姿だった。
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