第15話:スカーレット・ライジング
「……クッ、さすがに強い……!」
ライナはエコー・マントを翻し、懸命にWRATHの攻撃を受け流していた。
WRATHのオーラの周波数に合わせることは容易だが、あまりにも早く、あまりにも無軌道な攻撃を全て受け流すことは困難だ。
「ジョン、WRATHの右ひざを撃って!マーク、アナタのそばにいる市民をカバーして!」
彼女は今、自身の能力で周囲に展開するJOY部隊の隊員たちと知覚を共有していた。
本来、JOYはWRATHと直接戦闘を行うことに向いた能力ではない。
しかし、現地にいる隊員たちと知覚を共有することで、ライナの死角を隊員たちが補い、隊員たちの危機をライナが察知する。一人では到底捌ききれないWRATHの無軌道な暴力に対し、ライナは隊員たちと力を合わせることで、辛うじて均衡を保っていた。
「皆、今よ! 包囲を維持しつつ、関節を狙って銃撃!!」
ライナの指示に合わせ、隊員たちが一斉に銃撃を加える。
WRATHの筋肉に弾丸が食い込み、わずかにその体勢が崩れる。そこを逃さず、WRATHの攻撃を受けて力を溜めたレゾナンス・バーストを叩き込んだ。
「ガアアアアアッ!!」
間違いなくダメージは与えているが、決め手には至らない。相手の力を利用しなければならない以上、JOY部隊の闘いは長期戦にならざるを得ない。特に凄まじいタフネスを誇るWRATH相手となればなおさらだ。徐々にライナたちの体力が削られていく。
ライナとWRATHの戦場と化した市街地。逃げ惑う群衆の中に、親とはぐれた幼い兄妹がいた。
「お兄ちゃん、怖い……怖いよ……」
泣きじゃくる妹を抱きしめ、10歳にも満たない兄は、必死に瓦礫の隙間を逃げていた。
「大丈夫、大丈夫だからな。兄ちゃんが何とかしてやるから」
「グアアァァッッ!!」
WRATHの強烈な打撃を、ライナがかろうじてかわす。打撃は道路に留まっていたバンにめり込み、凄まじい勢いで吹っ飛ばした。
「――っ!!危ない!!」
ライナが気づいた時には遅かった。吹っ飛んだバンが、幼い兄弟に向かっていく。
兄は妹を庇うように抱きしめ、ぎゅっと目を閉じる。
……次の瞬間。
ドォォォォォォォォォン!!!
凄まじい破壊音と共に、バンが地面にたたきつけられ、ぐしゃぐしゃにつぶれる。
恐る恐る目を開けた兄の前に立っていたのは、つぶれたバンを踏みつけ、漆黒のコートをなびかせて巨大な緋色のオーラを纏った男だった。
「……スカーレット?」
兄が呆然と呟く。
カイ……スカーレットは、兄妹を振り返ることなくゆっくりと立ち上がり、ただ静かに、だが圧倒的な殺気を放ちながら目の前の怪物を睨み据えていた。
「おい、見ろ! 本物のスカーレットだ!」
「スカーレットが助けてくれたのか!?」
市民たちの間に、戦慄と、そしてそれ以上の期待が走る。
あまりにも理不尽な暴力……WRATHが街を壊す中、同等かそれ以上の力を持つスカーレットがWRATHの前に立ち塞がったのだ。
「あ…ありがとう、スカーレット」
幼い兄がやっとの事で呟いたお礼の言葉に、少しだけ振り返り、小さく頷く。
そこからは一瞬だった。
地面を蹴り、コンクリを抉って弾丸のようにWRATHに突っ込んでいくスカーレット。
常人の目には、一筋の緋色の光が戦場の中心へと突っ込んでいったようにしか見えなかった。
スカーレットに気づいたWRATHの剛腕を、カイは避けることすらしない。
自身の拳に高密度のオーラを凝縮させ、正面から激突させた。
ズドォォォォォォォォォン!!!
広場を揺らす衝撃波。
薬で作られたWRATHの腕が、根本からねじ切れ、吹き飛んだ。
「……遅くなった」
背中越しに、ライナにだけ聞きとれるよう投げかけられたカイの声。
ライナの瞳に、一瞬だけ安堵の光が宿った。
腕を吹き飛ばされたWRATHが、さらに怒り狂ったかのように咆哮を上げ、ますます暴れる。しかし、カイの追撃の一撃がWRATHの胸部を貫き、内側から緋色の炎を爆発させた。
「ガ……、ア……ッ」
あれほどライナたちを苦しめた怪物が、ガクリと崩れ落ちる。
静まり返る広場。数秒の沈黙の後、地鳴りのような歓声が沸き起こった。
「スカーレット!」「ありがとう、スカーレット!」
カイはその歓声を背に、ゆっくりとライナに向き直った。
一瞬緊張が高まるが、別の場所から響く破壊音を聞きつけたスカーレットは、破壊音の方に向けて飛び出していった。
「隊長、追いますか?」
ライナの部下が隊員が駆け寄るが、ライナは鋭く制した。
「追わなくていい。……理由は分からないけど、スカーレットは味方よ。私たちは負傷者の救護と暴動の鎮圧を最優先にするわ。WRATHは、彼に任せましょう」
(カイ……ありがとう。死なないでね)
ライナの心の中の呟きを知ってか知らずか、カイは真紅の残像を残して次のWRATHが暴れている現場へと跳んだ。
南地区。そこでもまた、JOY部隊が防戦一方に追い込まれていた。
ライナがいない以上、WRATHにトドメを刺すのはJOY部隊では難しい。
周囲に被害が出ないようWRATHを押さえ込みつつ、ライナかガブリエルの合流を待つしか無かった。
強大なWRATHとの戦闘で、隊員が1人、また1人と倒れていく。
そこに現れたのは、ライナでもガブリエルでもなく…スカーレットだった。
スカーレットは上空から突如現れ、WRATHの横っ面に強烈な蹴りを加えた。
「アンタらは下がってろ。……俺がやる」
隊員たちが息を呑む。
「そ、そうは言っても……我々は……」
困惑する彼らの通信機に、ライナからの指示が飛び込んだ。
『包囲はもう大丈夫。スカーレットは敵では無い。WRATHはスカーレットに任せて。
皆は市民がこれ以上巻き込まれないよう、避難誘導に全力を注ぎなさい。
……繰り返す、スカーレットは敵ではないわ』
「しかし…我々はセラフの……」
「いいから!今はあなた達にしかできないことをやって!」
「……了解! 避難誘導に回ります!」
隊員たちが市民達の避難誘導に散っていく。
カイは一人、咆哮を上げる二体目のWRATHと対峙した。
市民たちが遠巻きに、この街のヒーローとなった赤い背中に声援をかけている。
「スカーレット、頑張って!」「ソイツをやっつけて!」
「……ふん、勝手なもんだ」
カイが小声で呟く。
「とりあえず、今の俺の怒りはお前に受け止めてもらおうか」
スカーレットとWRATHの激しい激突。衝撃波が窓ガラスを割り、地面を抉る。しかし、市民からは悲鳴ではなく、カイがWRATHに一撃加えるごとに熱狂的な声援が上がった。
十数分後。二体目のWRATHがカイの足元で動かなくなった時、街にはスカーレットコールが鳴り響いていた。
歓声の渦の中心で、カイは静かに一息ついた。
しかし、その熱狂を切り裂くように、重く、冷徹な足音が近づいてきた。
「……ヒーロー気取りか? いい気なもんだな」
建物の影から姿を現したのは、返り血を浴びたガブリエルだった。彼もまた、北側で発生したWRATHを自力で殲滅して駆けつけたのだ。
FEARがJOY部隊より戦闘向けの能力とはいえ、この短時間で2体のWRATHを殲滅するとは、やはりガブリエルも只者ではない。
「ガブリエル……!」
「勘違いするな、スカーレット。……WRATHを何匹か潰したからと言って、お前の危険性がゼロになる訳じゃない。秩序を乱す怪物は、等しく排除されるべきだ。デウスだろうが、劇団だろうが……スカーレット、お前だろうがな」
ガブリエルのテラー・ハンマーが、FEARのオーラを纏っていく。同時に、カイも緋色のオーラを大きくさせた。
つい先ほどまで英雄として称えられていたカイと、街の秩序を統べる絶対的な執行者。
睨み合う二つの怪物。
歓声は一瞬で消え、戦場は再び緊張感に包まれた。
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