第14話:忠誠の純度
広場でのデウスとセラフの激突の数時間前。
……デウスがシドから薬を受け取り、アジトから出ていった直後。
シドは、タイムキーパーと話をしていた。
「ほら、お前に頼まれていた分だ」
タイムキーパーは、赤い注射器が入ったケースを一つ、静かに懐に収めた。
「……ありがとうございます。今回の座長の脚本は危険すぎる。必ずこれが必要になると思ってます」
「しかし、お前もよくそこまでデウスなんかに尽くすな。あの男にそんな価値があるとは思えんがね」
シドが、左目の傷をさすりながら皮肉を言う。しかしタイムキーパーは表情一つ変えず、デウスの部下とは思えないカッチリした所作で一礼した。
「……私がまだ覚醒したばかりの頃、不完全な能力者としてセラフに処分されそうになっていた時に、拾ってくれたのが座長なんです」
「拾われた、か。それだけでそこまで忠誠心を持てるとは、犬だな、まるで」
「あなたには分かりませんよ。とにかく、今の私には座長を守ることが全てです」
タイムキーパーはそれだけ言い残し、闇に溶けるように消えた。
シドは自嘲気味に「……俺も似たようなものか」と呟き、後を追うように夜の街に消えていった。
時は戻り、現在。第4区、中央広場。
ガブリエルとライナの連携により、デウスは徐々に逃げ場を失いつつあった。
「おやおや、わたしばかりを追いかけていていいのですか?一般市民に死者がでますよ、この混乱では…」
「そうやって自分を追うのをやめさせようとしても無駄だ。優秀な部下たちがWRATHをしばらくは食い止めていてくれるさ」
ガブリエルにもライナにも動揺は見られない。まずデウスを捕らえることに全力を注いでいる。
デウスにとどめの攻撃を加えようとしたその時。彼らの感覚が一瞬歪み、攻撃を外してしまった。この感覚は…SORROWの能力だ。
広場の向こうからタイムキーパーが姿を現した。駆け寄ってきた彼女は迷うことなくデウスの腕を掴む。
「座長、ここまでです。一度ここを離れましょう」
「何を言ってるんです、タイムキーパーさん! わたしの最高の舞台はこれから……これからクライマックスなんですよ! 離しなさい!」
「……いくら座長でも、セラフの隊長二人を同時に相手にするのは危険すぎます」
子供のように地団駄を組むデウス。タイムキーパーはその言葉を無視し、懐からシドの薬を取り出すと、足元で倒れていた劇団員の首筋に突き立てた。
「ガ、アアアアアアアアッ!!!」
突如として爆発的な緋色のオーラが噴き出し、劇団員だった男の肉体が、骨を軋ませながら異形のWRATHへと変貌する。
「なっ……どういうことだ、今何をした!」
ガブリエルがたった今WRATHに変貌した男にテラー・ハンマーを叩きつける。しかし、WRATHはその重い一撃を片腕で受け止めた。
WRATHはテラー・ハンマーを食らって折れた腕を無理やり振り回し、その衝撃波だけで周囲の石畳を粉砕する。
デウスと闘っていたガブリエルとライナも、WRATHに対処せざるを得ない。
「座長、今のうちに」
「この最高の舞台を、私が降りるわけにはいかないんですよ!」
「はやく、座長を連れてアジトに帰るわよ」
タイムキーパーは駄々っ子のように暴れるデウスを数人の手下に運ばせ、その場を離れて行った。
「待ちなさい、デウス!!」
ライナが後を追おうとするが、暴走するWRATHがそれをさせない。ガブリエルもまた、デウスの背中をただ見送ることしかできなかった。
「チッ、この化け物め……!」
テラー・ハンマーによるFEARの付与も効かず、打撃にも耐える。
エコー・マントでも受け切れないほどの不規則な打撃を繰り出す。
セラフの隊長2人でも、無軌道に暴れるWRATHにはさすがに手を焼いた。
ガブリエルがテラー・ハンマーでようやくタイムキーパーが残したWRATHを仕留めた頃には、デウスたちはどこにもいなかった。
「……逃がしたか。ライナ、見たか、今の薬……」
「私も初めて見た。人間をWRATHに変える、あんな薬があるなんて……」
「あぁ、あんなもんが大量にあるとすれば、これはスカーレットどころの騒ぎじゃないぞ…」
ライナが答える間もなく、セラフの通信機から、耳を裂くような悲鳴と怒号が重なり合って溢れ出した。
『――緊急事態! 第4区北西、商業地区でWRATHが暴れています、市民にも被害が!』
『第5区でもWRATHが! 隊員が次々と負傷しています!』
「…ひとまずWRATHをなんとかするしかないか。ヤツらを追うのはその後だ」
「二手に分かれましょう! ガブリエル、貴方は北側を! 私は南側のWRATHを片付ける!」
二人は背を向け、地獄と化した市街地へと駆け出した。
だが、南側に辿り着いたライナが見たのは、凄まじい惨状だった。
暴れ狂うWRATH。それを包囲するJOY部隊の隊員たち。しかし遠巻きに包囲することしかできず、時折WRATHが包囲につっこんでは隊員たちが吹っ飛ばされている。その周りを逃げ惑う市民。
倒れている人数は、市民か、隊員か、劇団員か、どれが多いかもはや判別がつかない。
「おい、あんた隊長だろ!?はやくアイツをなんとかしてくれよ!」
「どけよ、疫病神! 怪物同士、勝手に殺し合ってろ!!」
悲鳴とも応援とも罵倒ともつかない市民からの声。
しかしとにかく目の前のWRATHをなんとかするしかない。
WRATHを包囲する隊員に声をかける。
「私がヤツに当たります。共鳴で指示を出すから、皆は包囲を保ちつつ、しっかり援護して」
この地獄は、WRATHを倒せば終わるのか。それともこのWRATHを倒すことは新たな地獄の始まりなのか。
そんなことを考える余裕も、今のライナには無かった。
一方、第4区にあるライナのマンション。
カイは窓の外を苦々しげに眺めていた。
暴れ狂うWRATHの破壊音があちこちで鳴り響いている。
逃げ惑う市民。アタフタするセラフ隊員。
呆れるのは、この状況でも暴動を煽ったり、泥棒を働く劇団員がいることだ。ヤツらは根っから犯罪者である。
ここ数日の休養で、カイの体は万全になっていた。
しかし、WRATHである自分がこの場に介入することが、的確なのかは分からない。
当然ライナもカイに指示を出しているようなヒマはなく、カイとしてもどう動くか決めかねているような状況だった。
「……あれは?」
窓の外には、逃げ惑う市民を追い回すWRATHの咆哮と、それに怯えて暴徒化した人々が「スカーレットを隠している奴がいるぞ!」と叫びながら近隣のドアを蹴り破る音が響いている。
「…………」
カイの拳に、血が滲むほど力がこもる。
ヒーローになりたかったわけではない。
カイはただ、ミナの仇を取りたかっただけだ。
それなのに、ヒーローとして祭り上げられたり、今は逆に悪の親玉のような扱いをされている。
遠くでライナがWRATHと戦っているのも見える。
ライナは最初から味方をしてくれていた。もちろん、ライナにカイの力を利用しようという打算が、全く無かったとは思わない。
しかしその打算は、あくまでも左目に傷の男という未知の脅威に対抗するためであり、劇団の犯罪を止めるためだった。
それが今、市民から罵倒されつつも、命懸けでWRATHと戦っている。
「さすがに…黙って見てるってのは無理そうだ」
カイの怒りは、WRATHで市民の恐怖を煽り、さらに暴徒を扇動するデウスと劇団に向けられている。
カイの目から、溢れ出すように緋色のオーラが光る。
何割かは、封鎖の原因となってしまった自分への怒りもあるかも知れない。
「なってやろうか……ヒーローってヤツに」
カイはここ数日袖を通していなかった、キッチリと畳まれたスカーレットのコスチュームを掴んで立ち上がった。
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