第13話:狂乱のプロパガンダ
その場にいた全員の目が、瓦礫の山の上にいるデウス…正確に言えば、デウスと、スカーレット…で、あろうWRATHに注がれていた。
「殺せ! 殺せ! 殺せ!」
第4区の中央広場は、狂気に包まれていた。
デウスが掲げた「捕らえられたスカーレット(偽)」は、封鎖によって極限までストレスを溜めていた市民たちにとって、格好の「生贄」となった。
「さぁ、皆さん! この男こそが皆さんの日常を奪い、街を檻に変えた大罪人です! 今日、ここでこの男を断罪し、我々の手に自由を取り戻そうではありませんか!」
デウスの声が、広場に響き渡る。その背後で、十字架に縛り付けられたWRATHは、理性を失い獣のような声を上げて暴れている。
「どういうこと…?デウスの元にそんな都合よくWRATHが現れたということなの?」
この場で唯一、スカーレットが偽物だと分かっているライナは怪訝な表情でWRATHを見ていた。
………数時間前、劇団のアジト。
デウスは左目に傷の男と話していた。
「…お手数をおかけしますねえ、シドさん。どうしても薬がすぐに欲しかったものですから」
「別に構わん。しっかりデータは取らせてもらうぞ。今回は5つだな?」
左目に傷の男……シド・ヴァンディールは、デウスに何かケースを手渡す。
「ありがとうございます、これですよ、これ!もっと大量に作っていただけると助かるんですがねぇ」
「そうはいかない。俺の目の届かないところで勝手なことをされても困るんでな。
……今回はそいつに投与するのか?」
アジトの舞台上に、十字架に拘束された男が1人。だいぶ痛めつけられたのか、グッタリしている。
「えぇ。彼は私のお金を持ち逃げしようとしたおバカさんの1人でしてね。お金自体はどうでもいいのですが、ま、私をナメたことに対する見せしめです」
デウスがシドから受け取ったケースを開けると、真っ赤な液体が入った注射器がひとつ。
デウスは楽しげに注射器を持ち、鼻歌混じりに拘束された男の首筋に刺した。
「なぜその男にそんな格好をさせているんだ?それは…最近ニュースでよく見る、スカーレットか?」
「そうですよ。今、セラフのガブリエルによってこの辺りが封鎖されてるのはご存知でしょう?ちょっと面白い脚本を思いつきましてねぇ」
「そうか。まぁ、俺には関係の無い話だ」
赤い液体を注入された男は、突如として暴れだした。先程までぐったりと死んだようになっていたのと同一人物とは思えない。
爆発的に緋色のオーラを発し、人間とは思えない咆哮をあげる。…赤い薬は、人間をWRATHにする薬だったのだ。
「…今回も失敗か。なかなか安定しないものだな」
「それこそ私には関係ありませんよ。私にとってはむしろWRATHになるなら理性を失う方が好都合ですからね」
デウスが部下の方を向いて言う。
「今最も大きな暴動が起きてるのはどこですか?」
「4区の広場です。JOY部隊が向かっているという情報も入ってます」
「そうですか、それはますます好都合です。
それでは皆さん、そのおバカさんを4区の広場まで運んでください」
デウスは暴れ狂うWRATHを手下に運ばせ、楽しげにアジトを出ていった。
……現在。デウスが作り出した偽スカーレットが、今まさに殺されそうになっている。
ライナは葛藤していた。
あのWRATHがスカーレット……カイではないことは分かる。
しかし、ここで処刑を止めることはセラフがスカーレットをかばったことになりかねないし、
かといって処刑したとしても封鎖を解除するわけにはいかず、そうなればかえって暴動が大きくなる可能性もある。
「待ちなさい! そいつは偽物よ!!」
ライナの叫びが、広場に響いた。
「おや、ライナ隊長。今なんとおっしゃいました?」
デウスが、芝居がかった仕草でライナを指差す。
「偽物、ですか? ほう……これほどの緋色のオーラを放ち、凶暴性を剥き出しにしているこの男が、スカーレットではないと?」
「……ええ、そうよ。対峙した私には分かる、そいつはスカーレットじゃない!」
ライナにとってもここで声を上げるのは一か八かだ。しかし、ここで黙っているよりも、デウスに偽スカーレットが処刑される方がリスクが高いと判断した。
ライナの言葉に、デウスは唇を歪めてニヤリと笑った。
「おやおや、面白いことを仰る。まるで、本物のスカーレットが今どこで、どんな状態でいるのかを正確に知っているような言い草だ。……ライナ隊長、まさか貴女、本物をどこかに隠しているのでは?」
「……っ!!」
広場の空気が、一瞬で凍りついた。
数千人の市民の視線が、疑念を孕んでライナに突き刺さる。
「……おい、まさかアンタがスカーレットを匿ってるのか?」
「なんでスカーレットを匿うんだよ、さっさとセラフに突き出しゃいいだろ!」
「お前のせいで俺たちこんな目にあってるのかよ!」
「違う、私は……!」
デウスはどこまで掴んでいるのか。カイの存在が劇団にバレている?それとも単なる扇動?ハッタリ?
デウスの思わぬ発言に動揺するライナ。
その間に、民衆の疑念が一気に広がっていく。
「おい、黙り込んだぞ、やっぱり匿ってるんじゃないのか!?」
「ふざけやがって、何がセラフだよ!」
「違う……私は………」
「さぁ、皆さんの敵はあの女です!今こそ力を合わせて……」
デウスがさらに語気を強め、市民とライナの衝突を煽ろうとした、その時だった。
――ヒュオォォォォォォ…………。
空を切り裂くような、不気味な笛のような音が広場に響き渡った。
それは何百人もの悲鳴を重ね合わせたような、生理的な嫌悪感を呼び起こす不協和音。
熱狂していた市民たちが、一瞬で顔を青ざめさせ、耳を押さえてうずくまる。
ドォォォォォォン!!
不快な音に続き、巨大な炸裂音が鳴り響く。
十字架に縛られていた偽スカーレットの、首から上が――どこからともなく飛んできたチェーン付きのハンマーに跡形もなく消し飛ばされた。
緋色のオーラが霧散し、広場に沈黙が流れる。
「おやおや、せっかくの盛り上がりに水を刺すとは…無粋なお方だ」
デウスが、服に付いた血を拭いながらニヤニヤと笑う。
「今回は俺もライナ隊長に同意だな」
セラフが組んだバリケードの後ろから出てきたのは、この封鎖を指示した張本人、ガブリエルだ。
「俺のテラー・ハンマーを破壊したスカーレットが、こんなバカに簡単に捕まるはずがないだろう。どうやって調達したかは知らんが、別のWRATHにスカーレットの格好をさせただけの偽物だな」
「……おい、スカーレットが死んだんじゃないのか!?」
一人の市民が、震える声で叫んだ。
「死んだんなら、封鎖は解除だろ!? あいつが死んだなら、俺たちの生活を返せよ!!」
その叫びに呼応するように、周囲の市民たちが再びガブリエルに詰め寄る。
「そうだ、いい加減にしろ!」「解除しろ! 家族に会わせろ!!」
「……うるさいと言っている」
ガブリエルが、冷酷に告げた。
彼はハンマーをゆっくりと、しかし力強く頭上で旋回させ始める。
ヒュオォォォォォォ!!
スカーレットに破壊されたテラー・ハンマーは修理され、バージョンアップされていた。
球体のハンマーには大小無数の穴が開けられている。
これによりハンマーの強度は落ちるものの、軽量化することで攻撃のスピードをあげると同時に、音を利用してFEARのオーラを伝える機能の強化に成功。
ハンマーに開いた穴を空気が通ることで、笛のように音が鳴り、その音を通じて広範囲にFEARを伝播することが可能になった。
ハンマーを振り回すだけで、ガブリエルの《FEAR》を音の波形に乗せて増幅させた、精神へのダイレクトな蹂躙が行われる。
「ぎ、あああああぁぁぁ!!」
ガブリエルに詰め寄ろうとした市民たちが、白目を剥いてその場に崩れ落ちる。
倒れていないのは、セラフやデウスなど、恐怖に対して耐性のあるものだけだ。
「ガブリエル隊長、やり過ぎです!相手は一般市民ですよ!」
「甘いことを言うな、ライナ。一般市民だろうがなんだろうが、秩序を乱すならそれは粛清対象だ。
お前たち、この暴徒を1人残らず拘束しろ」
表情を変えずに、部下に命令するガブリエル。
圧倒的な暴力。圧倒的な恐怖。
ガブリエルという絶対的な秩序が、デウスの作り上げた偽りの祭典を、文字通り粉砕した瞬間だった。
「……ククッ、アハハハハ!」
静まり返った広場に、デウスの狂ったような笑い声が響いた。
耳を押さえ、恐怖に震える市民や劇団員たちの中で、セラフを除けばデウス一人だけがガブリエルのFEARをものともしない。
「さすがですねぇ、カブリエルさん。秩序を何がなんでも守ろうとするその姿勢、惚れ惚れしますよ」
「何を強がってるんだ?お前を守る劇団員はもういない。お前はこれから隊長2人と戦わなければならないんだぞ」
「そうでしょうか?私にまだ切り札が残っているとしたら?」
「ふん、減らず口を…お前などスカーレットを捕らえる前の肩慣らしみたいなもんだ、大人しく捕まれ」
ガブリエルがテラー・ハンマーのチェーンを握り直し、ライナがエコーマントを翻して戦闘態勢に入った直後、デウスが金のタクトを大きく振り上げる。
「「「「オオオオォォォ!!」」」」
その瞬間、あちこちから人ならざる者の咆哮が響き渡った。
同時にライナが付けているセラフ通信機から悲鳴のような声が鳴り響く。
『――緊急事態! 第4区、5区、各地でWRATHが発生!同時に4体も現れました!』
『隊員が対処していますが、市民を守りきれません!隊長は至急救援に向かってください!』
「……っ、なんですって!?」
「始まりましたね。ガブリエルさん、ライナさん。……これが私の用意した最終幕ですよ」
デウスが優雅に腕を広げる。
「さぁ、どうしましょうね?確かに今は私の周りの劇団員はほぼ無力化されています。しかしWRATHを止めない限り一般市民に被害が広がりますよ?」
「く、どうすれば…」
「迷うな、ライナ。俺とお前とで一瞬でデウスを捕らえて、それから各WRATHに対処すればいい話だ」
言うが早いか、ガブリエルはデウスに向けてテラー・ハンマーを叩きつける。
デウスの頭部を完璧に捕らえた……と思われたが、そのデウスは分身で、ハンマーは空を切り、デウスは他の場所からひょっこり姿を表す。
「残念、その私は偽物です」
そう言ってガブリエルに対しフリントロック式銃を放つデウス。その弾丸を、ライナのエコー・マントが受けた。
「ライナ、その調子で援護しろ」
ガブリエルはテラー・ハンマーを凄まじい勢いで振り回し、ライナも銃で援護するが、デウスも目くらましや分身を駆使して隊長2人の攻撃をのらりくらりと躱す。
そもそもデウス程のSHOCKの覚醒者が逃げに徹すれば、セラフの隊長2人とはいえ捕らえるのはかなり困難だ。
そうして手間取っている内に、周囲の混乱は増していくばかりだった。
「あぁ〜、この混乱!混沌!私が今まで作ってきた舞台の中でも、これは最高です!!
ガブリエルさん!ライナさん!あなた方にも共演者として、もっともっと盛り上げて頂きましょう!!」
悲鳴と怒号が飛び交う広場で、デウスだけが凄まじい高笑いを上げていた。
【第1部 毎日更新中】
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