第12話:不響の檻
外から響くのは、空気を切り裂くヘリのローター音と、街を要塞に変えた装甲車のエンジン音だけだ。
ライナの自宅リビング。遮光カーテンを閉め切った薄暗い部屋の中で、カイはガブリエルとの激闘のダメージが残る体を休ませていた。
ダメージももちろんだが、テラー・ハンマーを破壊するほど一瞬で能力を使いすぎた反動と、FEAR能力による精神的なダメージが大きい。
「……くっ」
「まだ無理に動かないで。……むしろ、動けないなら好都合かも知れないわね」
無理にでも動きたいのは、部屋を片付けたいからなんだが……というセリフをグッと飲み込み、カイは眠っていたソファで疑問に思っていたことをライナに尋ねた。
「街が……えらく騒がしいな」
「…この間カイと戦ったガブリエルのせい。スカーレットを脅威と認識したガブリエルは、この第4区と第5区を完全に封鎖した。第4・第5区から出るものはネズミ1匹逃がさない体制よ。
そうした上で、スカーレット…カイを炙り出して処理しようとしてる」
ライナは先程帰ってきたばかりだというのに、大型のキャリーケースに着替えを詰め込んでもう出かけようとしている。
「……何日か帰って来られないと思う。
いい、カイ。絶対に外に出ないで。この辺りは比較的高級住宅地だからそんなにすぐ捜査の手は伸びてこないハズ。
家の中でじっとしていれば、しばらく捕まることは無いはずよ」
「……俺を差し出せば、この封鎖は解けるんだろ?」
カイの問いに、ライナの背中が一瞬だけ強張る。
「そうね。この封鎖はスカーレットを捕まえるためだから、あなたを差し出せば解けるかもしれない。
おまけに市民の間では、この間までと違って貴方は英雄じゃない。セラフによる大規模封鎖を招き、自分たちの生活を壊した疫病神扱いよ」
「だったら、なんで俺が眠ってる間に拘束しなかったんだ?ライナはセラフの隊長だろ?」
カイの問いに、ライナは大きなため息をついて振り返り、カイの目を睨みつけて答える。
「いい?ここまで強硬な手段をとった以上、スカーレットの存在の有無に関係なく、セラフと劇団の本格的な衝突は避けられない。
そうなった時に、スカーレットの力が必要になると私は思ってる。……それだけよ」
「…………」
「……それに…」
「……?」
「カイがこのまま捕まったら、妹さんが可哀想でしょ」
「……!」
「…カイのカレーが食べられなくなるのも困るしね」
「………全然、それだけじゃないな」
「うるさいわね!ホントにかわいくないんだから……いいから大人しくしてなさい!」
ドアが閉まる音を聞き、カイは一瞬顔を綻ばせたが、窓の外を見てドローンや装甲車が我が物顔で道路を走っているのを見ると、この先の混乱を考えて陰鬱な気持ちになった。
ライナが前線へ辿り着いたとき、そこはすでに混乱の極みだった。
封鎖線を守るセラフの防衛隊員たちに対し、行き場を失った市民たちが、怒りと絶望の入り混じった声を浴びせている。
「通せ! 家族が向こう側にいるんだ!」
「食料はどうした!? 水が出ないぞ、俺たちを見殺しにする気か!」
隊員たちは無機質なバイザーの奥で、感情を殺して銃を構えている。
「……封鎖はガブリエル隊長の直命である。速やかに退去せよ」
その機械的な通告が、かえって市民の神経を逆なでした。
「スカーレットが捕まればいいんだろ!? あんな奴のせいで、なんで俺たちが……!」
「あいつを殺せ! 差し出せ!!」
群衆の最後方、瓦礫の山に腰掛けた男たちが、ニヤリと笑って目配せを交わす。一般市民のようだが、実は劇団員――混乱を煽る任務を負ったデウスの手下達だ。
「おい、聞いたか? セラフの連中、わざとスカーレットを逃がして、封鎖を口実に俺たちを日干しにするつもりらしいぜ!」
「何がセラフだよ、結局俺たちにとっても敵じゃねぇか!!」
一人の男が放った火炎瓶が、放物線を描いてセラフの装甲車に激突した。
一般市民の悲鳴が上がり、火を避けようとした市民と火を消そうとしたセラフ隊員がぶつかり、市民がその場で倒れた。
「おい、見たか!コイツら善良な市民に手を上げやがったぞ!」
「ふざけるな、やっちまえ!!」
そこからは雪崩のようだった。一気に均衡は崩れ、市民から隊員達への投石や、暴力が広がっていく。
暴徒と化した市民の中には覚醒寸前のものもいる。このままでは双方に死人が出る。
「落ち着いて、セラフ隊員は市民に手を出さないように。ここは私に任せて」
怒号と火炎が渦巻く境界線に、凛とした、だが氷のように冷たい声が響き渡った。
防衛線の最前線に歩み出てきたのは、セラフJOY部隊隊長、ライナだ。
「ライナ隊長! しかし、数が多すぎます……!」
「ここでみんなが反撃したら、さらに混乱が広がる。ここは私が治めるわ」
ライナが自らの隊長用兵装ーー全身を包んでいる白いマント、『エコー・マント』を大きく翻す。
エコー・マントはライナの共鳴能力を最大限に引き出す特殊な繊維で編まれており、相手の攻撃を受け流したり衝撃を吸収して特殊なガントレットで放つことができる兵装だ。
これだけ聞くと最強の装備のようだが、実際攻撃を吸収するには相手のオーラや攻撃の周波数を正確に探知し、共鳴させなければならないため、共鳴能力に長けたライナ以外にはまず使いこなすことはできない。
「アイツが隊長だ、やっちまえ!!」
直後、劇団のチンピラたちが放った数発の銃弾と、市民が投げた瓦礫がライナを襲った。だが、本来響くはずの着弾音は一切聞こえない。全てマントに当たったと思ったらその場で力なく落ちるだけだ。
「な、なんだぁ……?えぇい、いいから続けろ!」
投石や銃撃、果ては鉄パイプの打撃までがライナを襲う中、マントを翻しながら群衆の中に分け行っていくライナ。
時に攻撃を受け流し、時に攻撃のエネルギーを蓄積する。ライナのマントが、グリーンのオーラの軌跡を残しながら暴徒の中へ入っていく様は、まるで舞っているかのように美しかった。
「……ありゃ?なんだぁ?いつの間にこんなに近くに……」
暴徒の後ろで状況を見ていた劇団員の前まで無傷でたどり着いたライナは、マントの隙間から握りこぶしを作ったガントレットを突き出し、劇団員の腹部にそっと当てる。
「これがアナタの扇動の結果よ、身をもって知りなさい。…レゾナンス・バースト――!!」
ドォォォン!!
ライナが思い切り殴った…わけではない。マントで受けた蓄積エネルギーをガントレットから相手の体内に流し込み、その衝撃を伝える。
男は悲鳴を上げる間もなく、背後の壁を突き破るほどの勢いで吹き飛んだ。
「なっ……なんだあの女は!?」
扇動役だったもう1人の劇団員が叫んだと同時に、その男の懐に飛び込むライナ。
「あなたもよ。アイツと仲間なら、苦しみは分かち合わないとね?」
再び衝撃音が周囲に響き渡り、劇団員は壁に叩きつけられた。
扇動役を失った暴徒は、散り散りに逃げ出した。ひとまずこの場を収めることには成功したが、このような事態が増えて、広がっていけば、毎回こううまくいくとは限らない。
こんな事態が何日も続くとなると……ライナは考えるだけで気が遠くなるようだった。
暴徒が逃げ出し、重苦しい静寂が戻った戦場。
ライナは呼吸ひとつ乱さず、現場に指示を出し続けていた。
だが、その直後。
パチ……パチ……と、場違いなほどに乾いた拍手の音が、燃え盛る装甲車の影から響いた。
「素晴らしい。やはりライナさんには華がある。我が劇団にプリマとして参加して欲しいくらいですよ」
炎を背負ってゆっくりと歩み出てきたのは、劇団の座長、デウスだ。
「デウス……」
ライナが鋭い視線で射抜くが、デウスは優雅に会釈を返すだけだ。
「おや、私は何もしていませんよ?私はただ、この檻に閉じ込められた哀れな観客たちの『本音』を少しだけ増幅してあげたに過ぎません。……ですが、ライナ隊長。貴女も気づいているはずだ」
デウスがニヤリと唇を歪め、周囲の市民たちを指し示す。
恐怖、憎悪、そして「裏切られた」という疑念。市民たちの目は、もはやライナを……セラフをヒーローとして見てはいない。
「スカーレットを捕まえるため?裏の目的としては、私を捕まえるためでしょうか?
しかし、そのためなら何をしてもいいんでしょうかねぇ?
この街に住む皆さんは、何が正義とか悪とか、そんなことは関係ないんですよ。
自分の生活を脅かさないこと。邪魔しないこと。あえて言うならそれこそが正義でしょうか」
気がつくと、その場にいる全員がデウスの演説に聞き入っている。ライナも含めてだ。
それほどその場の注目を集める理由が、デウスの演説の力なのか、SHOCKの能力なのか、もはや判別が付かない。
「街を封鎖することが、明日の悪を取り除くことにはなるかも知れない。ですが、今日の保証は誰がしてくれるのでしょう?
明日悪が消えれば、明後日から平和な日常が来るかもしれません、でも今日死んでしまったら意味が無いですよねぇ?
セラフは、皆さんの今日を踏みにじってでも、明日の悪を除こうとしてるんですよ!それでいいのですか?」
しばらく静寂が流れる。ライナが声を上げる一瞬前に、市民の側からだれかが叫んだ。
「……そうだ!」
「ふざけるな、今日死んじまったら意味無いじゃないか!」
「セラフは市民をなんだと思ってるんだ!!」
再び、市民とセラフの間の緊張が高まる。ライナも再び、望まぬ戦闘態勢に入っていた。
「しかし!!」
デウスが大声を上げる。衝突寸前だった市民とセラフ、両方の注目がデウスに集まる。
「私は皆さんの今日を脅かす存在を、独自の調査で見つけ、捉えて参りました。さぁ、ごらんなさい!」
デウスの手下が引きずってきたのは、巨大な十字架に拘束された、緋色のオーラを撒き散らしながら暴れ狂う、黒いコートに仮面の男。
「……スカーレット?」
その場にいるほぼ全員が、スカーレットの名を口にした。
…唯一、ライナを除いて。
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