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第10話:恐怖の鉄槌

……スキがない。


カイは屋上でガブリエルと睨み合ったまま、動けずにいた。

トップスピードに乗れば自分の方が早いだろうが、わずかでも隙を見せれば組み伏せられるか、銃で撃たれてしまうだろう。それほどガブリエルの佇まいには隙がなかった。


監視ドローンのアラートは、セラフの隊員権限で切られている。圧倒的な静寂が、カイとガブリエルを包み込んでいた。


「どうした、逃げるなり向かってくるなりしないのか?まぁ、お前が処分されるという結果は変わらないがな」


ガブリエルは冷静に拳銃を抜き放ち、精密な射撃でカイを牽制する。


「ハッ、そんな豆鉄砲が当たるかよ!」


カイは左右に飛び回りながら弾丸を動きで回避する。


1発、2発、3発……


4発目を回避した時、カイはエースビル屋上の壁に背を付けていた。

どうやら誘導されたらしい。


「チッ、小細工してくれるじゃねぇか」


5発目をその場に伏せるようにして避け、弾道を掻い潜るような形でガブリエルに向かって飛び込んでいく。


一気にガブリエルの目の前に飛び込んだ……時には、すでにガブリエルは銃ではなく近接戦闘用の特殊警棒に持ち替えていた。


――ガキンッ!!


カイの重い拳をセラフ隊員用のガントレットで受けたガブリエルは、警棒を横殴りに振るが、カイは一瞬で距離を取って躱す。


ガブリエルの洗練された格闘術に対し、カイの戦い方はあまりにも力任せだ。

だが、そもそも能力の出力が違う上に、カイの無軌道な攻撃がかえってガブリエルには読みにくかったのか、じょじょにカイはカブリエルを追い詰めていく。


最小限の動きで《FEAR》を帯びたガントレットで掌底を叩き込もうとするガブリエルだったが、カイはその腕を強引に掴み、ゼロ距離からの膝蹴りを叩き込んだ。


「……ぐっ……!」


岩のように動じなかったガブリエルが、初めて数歩後退する。


カイはその隙を見逃さない。緋色のオーラを足元で爆発させ、屋上の床を蹴り破るような加速で連撃を繰り出す。


「どうした、隊長様がその程度かよ!」


猛烈な攻勢。ガブリエルは警棒とガントレットで防戦に回らざるを得なくなる。


ガブリエルはカイをなりふり構わずに突き飛ばして一度大きく距離を取り、冷徹に現状を分析した。


「……認めよう。今の貴様を、通常装備で抑え込むには分が悪い。……想定以上のパワーだ。スポットライトを捕らえるために持ってきていたが、まさかここで使うことになるとはな」


ガブリエルが部下に合図を出すと、2人の部下が1つずつ、なにやら重そうなケースをガブリエルのそばに置いた。


「隊長用兵装、解禁。名称――テラー・ハンマー」


ジャラッ……という、心臓を直接撫でるような重い金属音。

ガブリエルが2つのケースから取り出したのは、漆黒のチェーンの先に、巨大な鉄球がついた武器だ。ガブリエルの手首には鉄環が巻かれ、チェーンはそれに繋がっているようだ。


部下が1つずつ運ぶのがやっとだった鉄球を、ガブリエルは無造作に振り回し始める。先程まで洗練された格闘術を披露していた男とは思えない、あまりにも無骨で大雑把な武器だ。


先程よりも大きくなったFEARの深紫のオーラが、一瞬で屋上を夜の闇のように塗り替える。

鉄球の先までオーラが行き渡っており、一撃でも貰えばFEARの術中にハマりそうだ。……もっとも、あの勢いのあのサイズの鉄球を喰らえば、恐怖云々どころではないと思うが。


「さっき処分されていれば良かったものを…ここからは肉体的にではなく、精神的にも苦しむぞ」


「バカか、そんなデカブツが俺に当たるかよ」


ガブリエルが腕を振る。先ほどまでの警棒とは比較にならない質量と速度。


「なっ……!?」


カイは鉄球をギリギリで躱すが、すかさずもう1つの鉄球が生き物のように襲いかかる。


「嘘だろ、速すぎる……!」


チェーンまで含めると先程の警棒の何倍の重さがあるのか…そんな鉄球を自在に振り回した上に、上下左右、あらゆる角度からカイに襲い掛かる。

カイは反撃に出るどころではない、よけるだけで精一杯だ。


「……とどめだ」


ガブリエルが2つの鉄球を、カイの頭を挟みこむように激突させる。


――ガツォォォォンッ!!


間一髪、その場で倒れるようにして鉄球をかわすカイ。鉄球と鉄球が激突するすさまじい衝撃音が響き渡る。


「よくよけたな。だが、終わりだ」


よく見ると、鉄球が激突した際に火花が飛び散る…と、同時にFEARの深紫のオーラも飛び散っている。

屋上の全域をカバーするほど増幅された深紫の衝撃波。

同時にカイの緋色のオーラが、その深紫のオーラに浸食されていく。


「な、んだ……っ!?体が……動かねぇ……」


足が、指が、恐怖で石のように固まる。


「鉄球が当たらなくても、俺の兵装は音でもFEARを伝える。貴様は俺の鉄球をかわしていたつもりだろうが、鎖の音でも少しずつFEARを食らって動きが鈍くなっていたんだ。

それでも最後の鉄球をかわしたのはさすがだが、鉄球同士の激突音で大量のFEARが流れ込んでとうとう動けなくなったようだな」


(……やめろ、やめてくれ……!)


もはや、カイにガブリエルの声は聞こえていない。カイの意識を支配しているのは、カイが最も恐れているシーン……ミナが死んだ瞬間だ。


破壊された家。左目に傷の男。…そして、怯えた表情のミナ。


片手でミナの首を締めながら持ち上げ、そのまま首の骨を折る。

持ち上げたミナの胸を、もう片方の手で刺し貫く。

窓の外へミナを放り投げ、地面にたたきつける。


カイの恐怖が膨れ上がると同時に、幻覚の左目に傷の男はミナをあらゆる手段で殺す。

そして、どの瞬間でもカイは動くことができない。

泣こうが、喚こうが、ミナは目の前で無残に殺されていくばかりだ。


カイの意識は、兵装によって強化された《FEAR》のオーラが作り出す恐怖により、絶望の深海へと引きずり込まれていった。


「……ミナ……。ごめん、な……兄ちゃんが弱いばっかりに、守ってやれなくて……」


屋上で倒れ伏すカイの瞳から、光が消えていく。


「こんな子どもを処分するのは気が引けるがな。貴様がWRATHである以上見逃せないのだ」


ガブリエルが振り回す鉄球に力を入れ、回転数をあげた。倒れているカイにとどめを刺すためだ。

次の瞬間、ガブリエルはカイの頭部に向けて鉄球を振り下ろした。


(……お兄ちゃん、目を覚まして……!)


脳裏を掠める、血の海に沈む小さな手。ミナを守れなかったあの日の無力感。

だが、その絶望の底で、カイの心臓がドクンと跳ねた。


(お兄ちゃん、起きて!このままじゃ……)


カイの頭の中にミナの声が響く。


(ミナ……!?)


瞬間、消えかけていた緋色のオーラが、一転して爆発的な熱量を帯びて再点火した。


「寝てる場合じゃない……左目に傷の男に復讐するまでは…!」


それは復讐という目的を思い出したことと、それに加えて恐怖に屈しそうになった自分への猛烈な憤怒。


「……う、らあああああッ!!」


咆哮とともに、硬直していた指が動く。

振り下ろされた鉄球を、カイは避けることすらしない。緋色のオーラを右拳に凝縮し、真正面からその鉄塊を殴りつけた。


――ゴォォォォンッ!!!


信じがたい衝撃音が屋上に響き渡る。

とてつもない質量を持つはずの鉄球が、カイの一撃によって砕かれ、一部の破片がガブリエルの顔を掠めて背後の給水塔を粉砕した。


「バカな……俺の兵装を!?」


先ほどまで深紫に浸食されていたカイのオーラは、倒れる前よりも巨大に、そして純粋な緋色に戻っていた。


「……もう恐怖には負けない、邪魔する奴は全て排除する!」


カイが地面を蹴る。屋上の床が爆ぜるほどの勢いで行われる突撃。

ガブリエルは即座に残った鉄球をカイに向かって振り回すが、カイは強引に両手で叩き落とす。先ほどまで苦戦していた隊長用兵装をいなし、セラフの隊長であるガブリエルを追い詰めていく。



その時、屋上の入り口のドアが蹴り破られた。

「スカーレット、止まりなさい!」


ライナだ。彼女はJOY部隊を率いて屋上に突入してきた。

と同時に拳銃を抜き、スカーレットに向けて引き金を引く。


――パパパンッ!!


ガブリエルに一撃加えようとしたカイは銃弾をかわして一気に距離を取る。

ガブリエルはその場で膝をつき、それを守るようにライナ、JOY部隊の隊員、FEAR部隊の隊員が次々に屋上に上がってきて取り囲む。


「…ここまでか」


カイはその瞬間、屋上の床を蹴って夜の闇に消えた。


「クソ、逃がすか!おい、ヤツを追うんだ!!」


ガブリエルが喚くが、ライナがそれを制する。


「ダメよ、ガブリエル隊長を保護するのが先。そもそもガブリエル隊長をここまで追い詰める敵を無計画に追うのは危険すぎるわ」


「……ッ、ライナ!」


興奮したガブリエルが、ライナをにらみつける。


「……申し訳ありません。ですが、まずはあなたの身の安全の確保が先です」


「……フン」


同じ隊長とはいえ、年下のライナにたしなめられ、冷静さを取り戻したようだ。

スカーレットが消えた方向を見てガブリエルが言う。


「スカーレット……あれはもはや、秩序を乱すだけの野良犬ではない。……セラフが全力で排除すべき、明確な『脅威』だ」


「大丈夫ですか、歩けますか?ダメージは…」


「舐めるんじゃない、この程度、自分で歩ける。まぁ、今日は劇団の幹部を捕まえたことで良しとするか」


「スポットライトですね。ヤツからデウスの情報をどれくらい引き出せるか…」


ライナとガブリエルがスポットライトを捕らえている場所の方を振り返ると、FEAR部隊の何人かがあわただしく動いていた。


「……?どうした?」


「スポットライトを拘束していた隊員が気絶して、スポットライトが消えています!どさくさに紛れて逃げたようで…」


それを聞いたライナとガブリエルは顔を見合わせ、深い深いため息をついた。この街の秩序が回復するのは、まだまだ先の話になりそうだ。

【第1部 毎日更新中】

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