別れの時
「準備が整って良かったわね。カグラ」
俺の恋人となったアレイシアさんは、俺が日本に帰ると告げてもただそう言って笑った。
行かないでと泣くわけでもなく、寂しそうにするわけでもなかった。それはアレイシアさんが恋人として俺のことを大切にしていないというわけではない、ということを長い付き合いの中で知っている。
ただアレイシアさんは、俺が地球に帰りたがっていることを知っている。そしてそれが止められないことも分かっているのだ。
だからこそ、アレイシアさんは俺を止めることはしない。俺が日本に帰ると決めた日、その前日も――まるでこの先も共に居る日常が続くとでもいう風に、ただ俺達は過ごした。
何の特別な日でもない、といったような日常がそこにはあった。
「アレイシアさんの料理はやっぱり美味しいな」
「でしょう?」
何気ない会話を交わす。その何気ない会話が出来るこの時間が俺にとっては幸せだった。
俺がその日を帰る日と決めたのは――、魔力が満ちる日だからだ。俺は所詮、エルフとしての魔力しか持ち合わせておらず、あらゆる条件がそろった日ではないと日本に帰る準備さえも出来ないのだ。
これがセイナさんだったならば、どんな日であるかというのを気にもせずにそういう魔術を使えるだろう。エルフの体は世界を移動する魔術には魔力が足りない。
だけれども例えば俺がハイエルフであったのならば……、仮に日本に戻れたとしても不老の存在として生きていくことになる。戻れた時のことを考えれば、まだエルフで良かったのかもしれないとも思う。今、帰れば、数十年過ごせば俺は寿命で死ぬから丁度良い。
結局の所、もしエルフにならなかったらなどと考えたところで俺にはどうしようもないのだ。
俺は魔力を帯びたあらゆる自然物を集めた。それをありがたいことにアレイシアさんの所に置いてもらった。
それを使って――明日、日本に帰る。
家族の記憶を薄れてきている。この世界で暮らす日々が長すぎて、地球での日々なんて一瞬のように感じられる。けど、確かに俺にとっての大切な故郷で、会いたい人たちであることはかわらない。
幸い、この世界と地球の時間の流れは違うのだという。俺は日本に戻ることが出来れば、会いたい人たちに会える可能性が高いのだ。
それを思うと、興奮してくる。
その気持ちをなんとかアレイシアさんと話しながら、抑えた。
興奮して失敗したら元も子もない。例えば少しの無茶をしたとしても、俺はこの世界から日本に帰ると決めている。
――そしてその時は訪れる。
アレイシアさんの家の傍の開けた場所に魔法陣を描く。日本に帰るための、魔法陣を。
そしてその巨大な魔法陣の上に集めた自然物を置いていく。一番効果が出るように研究された場所へと。
アレイシアさんはそれを手伝ってくれた。
「ここでいいのよね?」
「ああ」
そんな風に、アレイシアさんとの最後の共同作業を俺達は淡々とこなした。
俺が帰ると決めた時間は、丁度満月が最も輝く時間。その時間が最も魔力の循環が良い。だからこそ、その時を狙って、そのタイミングで、俺は魔法陣を発動させる。
失敗しないようにと、はやめに準備を進めていたからもう少しだけ時間がある。
「アレイシアさん」
俺はアレイシアさんに声をかける。
「俺はアレイシアさんのことが大好きです。日本に戻っても、俺はアレイシアさんのことだけを思い続けます」
「まぁ、嬉しいわ。私もカグラのことが好きよ」
俺とアレイシアさんの間に子供は出来なかった。ハイエルフであるアレイシアさんと、エルフである俺の間では子供が出来にくかったのかもしれない。俺はセーラさんがいつの日か言っていたように、子供が出来たらっていう期待を微かにしていた。
セーラさんが逝き、俺は去る。
だからこそ、アレイシアさんにそういう存在を残せたら――って、でもそれは叶わなかった。
アレイシアさんの体を抱きしめる。アレイシアさんは抱きしめ返してくれる。
ああ、抱きしめれば揺らぐ。アレイシアさんのことが好きだと、この人と離れることが悲しいと、一緒に居たいと揺らぐ。
けど、俺はその揺らぎを振り払う。
最後にアレイシアさんに口づけをした。
「カグラ、さようなら。ニホンで元気で」
「アレイシアさん、さようなら。元気で」
ただそれだけの会話を交わして、魔法陣を起動させる。
そして俺は光に包まれた。そのまま、俺はその世界から消えた。




