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旅⑥

 人を殺す感覚というのは、何とも言えない気持ち悪さを感じるものだった。

 人の命を、俺が確かにこの手で奪ってしまったこと。そのことが苦しかった。

 誰かの命を奪ってしまった俺は、以前とは全く違う別の誰かになってしまったような――そんな感覚に陥ってしまった。そんなことを考えても仕方がないのに。幾ら言い訳をしたとしても俺が人の命を奪ってしまったことは変えようもない事実なのに。

 ああ、頭の中がごちゃごちゃする。

 この世界に落ちて、地球にはなかった魔術というものに触れた。俺はエルフなんていう地球では存在しなかった存在になってしまった。けれど――、それ以上に人を殺したことで俺は俺ではない何かになってしまったような感覚に陥っていた。

 自分の命を脅かす存在を殺すことはこの世界で悪ではない。当然のことである。殺さなければ死んでしまったのだから、立派な正当防衛だ。それは分かっている。頭ではわかっていても、やはり苦しかった。

 抜け殻のように小さな村で過ごす俺は、一人の女に囲われた。

 美しいとは言えない女性だった。顔の右半分が火傷の跡で覆われていて、その村の中でも少し忌避されていた存在だった。

 その女性は、美しい見た目をした俺のことを気に入っているのか俺の世話を焼いていた。……思考することさえ億劫になり、抜け殻のように過ごしていた俺にとってそれはありがたかった。ただただ、女性に世話をされながらも俺は殺してしまった人のことを考えていた。

 俺が殺してしまった魔術師にも、家族はいただろうか、大切な人がいただろうか。その人たちは、魔術師が死んだことで悲しんでいるだろうか。

 ――人を殺してしまったことが心苦しくて、恐ろしくて、正気が保てなくなりそうになる。

 ただ女性に世話をされながら過ごす中で、ある日、女性が俺の上に馬乗りになっていた。——ああ、この女性は男女の関係を俺に望んでいる。それに気づいた。

 されるがままにされるのもありかと思った。その好意に甘えるのもありかとそんな風に気持ちが揺らいだ。

 けど、——アレイシアさんの事が頭の中をよぎった。

 俺はあの人に恋をしていて、あの人にまた会おうと思っているのだ。アレイシアさんは俺が旅の中で異性とそういう関係になっても何も気にしないかもしれない。けど、俺は本当に目の前の女性に恋をし、愛し、体の関係を結ぶならともかく、そうではないのにそういう関係を経て、アレイシアさんの前に立ちたくないとそう思ってしまった。これは俺の問題だ。俺が嫌なのだ。

 そう思ったら、女性にされるがままなんて受け入れられなかった。

「ごめん」

 俺がそう言えば、女性は泣いた。

 私がこんな顔だからかと、どうしても駄目なのかと。

 俺が目の前の、俺の面倒を見てくれた女性を傷つけたかと思うと俺は苦しかった。苦しかったけれど、流れに身を任せて、そういう関係になっても互いに傷つくだけだと知っている。

 だから俺は女性に言った。

「貴方の顔が問題ではないんだ。俺には好きな人がいる。世話をしてくれたことは感謝している。それでも、好きな人の事を思い浮かべたら出来ないと思ってしまった。ごめん」

 目の前の女性の顔が問題なのではないのだ。ただ俺の心の中にアレイシアさんという人がいる。だからこそ、世話をしてくれたことを感謝してもそういう事は出来ないと思ってしまったのだ。

 俺はアレイシアさんのことが頭をよぎって、このままでは駄目だとも自覚した。幾ら苦しくても、人を殺してしまっても、それでも俺には成し遂げたいことがあるから此処にいるのだ。

 女性は急に饒舌になった俺に驚いていた。

「――俺は貴方の傷を治せるかもしれない。恋人にはなれない。けど、世話をしてくれたお礼はしたい」

 抜け殻のようになっていた俺は女性にされるがままで、ちゃんと女性を見れてもいなかった。けれどその火傷の跡は、魔術師である俺なら治せるかもしれなかった。アレイシアさんが治癒の魔術についても教えてくれたのだ。難しかったけど、地球の記憶があるから覚えやすかった。

 それから俺は抜け殻のような生活をやめ、試行錯誤して女性の傷を治した。女性は火傷の跡で散々嫌な思いをしたこの村にいたくないといったので、街まで女性を連れて行った。

 大きな街に移動して、女性はその地に住むことになった。俺はその街で『迷い人』について調べたが良い情報は集めることは出来なかった。

 なので、しばらくしてその街を後にすることにした。

「ありがとう、私の顔を治してくれて」

「俺こそ、俺の世話をしてくれてありがとう。あのままだったら俺は大変だったから」

 互いにお礼をいいあって、女性とは別れた。


 もう二度と会うことはないかもしれない。そう思うと少しだけ寂しさを感じたが、俺は女性の気持ちには答えられない。なのでそこで別れることになったのだ。

 ――人を殺したことに関してはまだまだ悩んでいる。でも、俺は成し遂げたいもののためにも、アレイシアさんにまた再会するためにも、ちゃんとこの大陸を見て回る。




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