慈愛の賢者様の元へ 1
しばらく図書室で本を読んだり、王宮に勤めている魔術師に魔術の事を聞いたりしながら王宮で過ごした。その間にグラニーさんは領地に帰ってしまったが、アラマさんたちがよくしてくれていたので俺は思ったよりも平穏に王宮での客人生活を送る事が出来た。
王宮に訪れた当初は何か壊したりしたらどうしようかと不安で仕方がなかったが、今は此処にやってきた当初より王宮と言う場所に慣れたと思う。
……なんか、人って適応していく生物なんだなと思った。異世界に来たというのも信じられない気持ちだったのに、その事実を受け入れている。まだ髪の色が変わっただけだし、自分がエルフだというのは自覚が出来ないけれど、それ以外の環境は少しずつ慣れてきている。
『迷い人』である俺に周りは優しくしてくれている。『森の賢者様』の事もあるからか、悪いようにはされないとだと思う。
だけど、幾ら優しくされていても帰りたい場所は家族の場所で、会いたいのは家族や友人達なのだ。この世界の人達は優しいし、地球と異世界を行き来出来たりとかするなら両方で仲良く過ごしていきたいと思う。でもそういうことはきっと簡単に出来ないだろう。そもそも、帰れるかさえ怪しいのだ。
帰れるのだろうか、それを考えるとどうしようもなく思考の沼にはまる。だから、振り払うかのように本を読んだり、周りの話を聞いたりして過ごしていた。
王宮に滞在して二週間ほどたって、『慈愛の賢者様』の元へと向かう準備が出来たと言われた。
王宮の馬車による移動で、『迷い人』である俺に何かあったら困るというので、騎士団の小隊もついてきてくれるそうだ。あと魔術師も何人かついてきてくれるらしい。要人扱いみたいなのは正直言って落ち着かない。でも、護衛なしでは『慈愛の賢者様』の元へ行かせられないらしい。
というか、聞いた話では『慈愛の賢者様』の元へは国をまたいでいかなければならないんだとか。
『聖域認定事件』で国が小国に分割して、そこから大きくなった小国の一つがこの国だという。『慈愛の賢者様』の元へ向かうまでに小国をまたいで向かうそうだ。『聖域認定事件』が起こるまでは、いくつかの小国とこの国の領土全てがナシトア王国という巨大な国だったと思うと本当に大きな国だったんだなと思った。
……地球から『迷い人』として落ちてきて、国の分断とかに影響を与えている『森の賢者様』って本当にどういう人なのだろうか。
「『慈愛の賢者様』に皆さんは会ったことがあるんですか?」
「私たちが? いえいえ、お会いなどしたことがありません。『慈愛の賢者様』は確かに『森の賢者様』と違い、私たちの話を聞いてくださいますし、私たちに寄り添ってくださいます。でもなんでもお願いを叶えてくれるわけではありません。何でも『慈愛の賢者様』頼みにしていたら、私たち人は駄目になってしまいます。だからこそ、『慈愛の賢者様』は時に厳しく、時に優しくしながら私たちを導いてくれる存在とされています。なので、本当に簡単には会いには行けない方なんです。もし不必要に『慈愛の賢者様』を頼り、その力を借りたと知られればその国は他の国に非難されるでしょう。それだけ私たち人は『慈愛の賢者様』にお世話になってますから」
軽い気持ちで会った事があるのか聞いたら、そんな重い話をされた。
「……今回は大丈夫なんですか?」
「今回は大丈夫ですよ。愚かにも『迷い人』を利用しようとする国はいないことはありませんが、『迷い人』に粗相がないようにという国の方が多いですから。今回は『迷い人』であるカグラ様の望みで、『森の賢者様』に会うために『慈愛の賢者様』の元へ会いに行くということでちゃんとした理由がありますからね。他の国を侵略したいとか、誰かを陥れたいとかそういう理由で訪れるわけではありませんし」
「……そんな理由で会いに行く人もいるんですか?」
「そうですね。過去にはいたらしいです。『慈愛の賢者様』が今の場所に居を構えた当初や『慈愛の賢者様』という名が広まった初期の時期は「『慈愛の賢者様』などと呼ばれているなら何でも言うことを聞くのだろう?」とでもいう風に言っておしかけたものもいたみたいですよ」
……それを聞くと、『慈愛の賢者様』の立場って大変だと思った。
他のハイエルフたちは、聖地やエルフの里にこもってあまり出てこないらしい。表立って人と自分から関わっているのは『慈愛の賢者様』だけだ。
時に人を助けながら生きている存在は、それだけ周りにとってなんでも助けてくれる存在として期待されるんだろう。……俺だったら無理だなって思った。だって期待に応えられなかったら手の平を返されそうと思った。俺はエルフになったらしいけど、まだ魔術が使えるわけではない。でもエルフなら出来るだろって偏見で期待されて、勝手に失望されたりしたら――って思うと、そういう立場になるのって勇気がいることだと思った。
そんなことを考えながら俺は馬車に揺られた。




