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異世界陰陽師  作者: 紫はなな
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極楽

庭からすすり泣く子どもの声がする。

アレクが目を覚ますと、城に負けない派手な飾り天井に朝日が差し込んでいた。

此処はおそらく陰陽師の屋敷のなかで一番、煌びやかな部屋だろう。畳の敷かれた寝所は寝心地こそ良いものの、柱や格子戸が紅く塗られ、落ち着かない。

落ち着かないのは、身体もだ。

今、アレクはひと糸まとわぬ姿で首飾りだけを身につけていた。

求めているのはさらりとした布の触り心地であるのに、肌には肌がじっとりと貼り付いている。

陰陽師だ。

細腕からの脱出を試みたが、意外と力強く、敵わなかった。

いつから起きているのか、はっきりと目を開け、にたにたと笑っている。


「離せよ。庭でコボとカムイが泣いている」

「邪魔立てしようとするからだ」


昨夜、鍬と鋤をもって寝所へ乗り込んだふたりはウンディーネに捕まり、庭の砂利に埋められた。

今朝のウンディーネは朝餉の仕込みに忙しくしているようだ。出汁の香りが戸の隙間から入り込み、すきっ腹を誘う。

さすがに素っ裸で胡座はかけない。

アレクは陰陽師を睨みつけた。


「ドレスはどこだ。じょうえでもいい。身支度をしたい」

「そんなに見詰めてくれるな。離したくなくなる」

「おかしいな。話を聞いていなかったか。腹が減ったんだ私は」

「そうか。持ってこさせよう」

「おい!」


次には枕元に御膳がふたつ並んだ。

米に味噌汁。いつかの土産の残りか、たくあんと鹿肉の燻製がのっている。


「おい……」

「なんだ? 食べさせて欲しいか」

「……なぜ、私なんだ」


グロリアのほうがずっと美しいのに。


「なぜ私を嫁にした」


あたたかな飯を前にして箸を拾わず、思いきったように尋ねる。

陰陽師は呆れ顔で溜め息を吐いた。


「まだいうか」

「わっ」


アレクを抱いたまま起き上がり、向かい合わせでひょい、と膝にのせる。


「夜じゅう、愛を語り合ったというのにまだ足りないのか」

「語り、合っては、ない」

「おや。私が城に戻りたいか最後の確認をしたとき、お前はここがいいと言ったではないか。嬉しい、幸せだと涙を流していたのは」

「幻じゃあないか」


言葉で否しても、恥ずかしさと嬉しさで顔がくしゃくしゃに崩れている。

それがまたなんとも可愛いらしい。


「二日酔いでむくんだ顔をしていても、お前は可愛いよ」

「やめろ」

「それにひきかえ、グロリアどのの美しさは完璧すぎると思わないか」

「……ああ」 ひれ伏すしかないほどに。

「あれは、妖術だ」

「よう、術?」

「妖が操る、魔術のようなものだ。女が化粧を施すように、妖術であのような美を創り出している。私にはひと目でわかる」

「まさか。姫巫女のグロリアが妖であるわけがないだろう」

「妖だ。お前もまた」


御髪を指ですく。


「妖、であろう」


すると、アレクの頭上から白毛の耳が現れた。


「ば……っ、やめ」


アレクは丸裸にされたときよりずっと、女らしい恥じらいを見せた。


「こ、これは、その。生まれつきで」

「お前もまた人と、王や兄弟と違うところを隠したくて、妖術で消していた。もちろん私にはすぐにわかったがな」

「だって、こんなのおかしいだろ」

「いいや」


アレクの首飾りをつかみ、真っ赤に染まった顔を引き寄せる。頭の上の耳が次の言葉を待っているかのように、小さく震える。


「好きだ」


耳がビクン、と一度おじぎした。


「煽るなよ」

「ならば、なぜ姫巫女を嫁にすると願った」

「お前の反応を見たくて、つい遠回しに」

「ひどい」

「嘘をついた譯ではない。水神に仕える姫巫女は代々、妖狐の血を濃く受け継いで生まれる」


兄弟で並べばわかる。セリオスとグロリアはブランシール家の証しと言われる王の金髪碧眼を引き継いでいるが、アレクひとり銀髪に狐の耳。


「それから燃えるような、紅眼」


陰陽師が指先でアレクの両瞼をなぞると、耳と同じように妖術で隠していた紅玉の瞳が現れた。

陰陽師の黒眼に淡く映る。


「どんなに酔いつぶれても見ることのできなかった宝石が、今ようやくに見られた」

「だってこんなの、おかしいだろ」


水の王国の王女が碧眼ではなく、紅眼だなんて。


「いいや。この紅眼こそが水神さまを癒す力の源」

「紅いのに?」

「紅いからこそ、求められたのだ」


銀髪に、碧い眼。紅い眼。

それはいにしえ、契りを交わした水神と妖狐を表している。


日の本の国から移り住んできたか定かではないが、妖は確かに古くから、この世界に存在したのだ。

魔物の陰でその存在を隠していただけのこと。

そして水神は決して間違えない。

魔物と妖、人間の嗅ぎ分けを。


「水神がお前の国外逃亡の直前に城へのぼってきたことを考えると、以前からその存在を知られていたようだか」


そう、恐らくは先代を食した直後。

産まれたてのグロリアの碧眼を見た水神は王女がもうひとりいることを悟り、探し当てたに違いない。それから何年も祈りを捧げることなく、護り神を騙し続ける王家を恨んだことだろう。


「それでもまだ望みを捨てず、後継者を待っていたのに。ドレスを着たお前があろうことか隣国の王子と並んでいる姿を見て、我を失ったのだな」


憐れな水神は薬食いで浄められ、今ではご機嫌に水脈を走り回っている。


「これでわかったろう。お前が、お前こそが第一王女。姫巫女アレクサンドラなのだよ」


いや、今は陰陽師家の嫁。

と、言わんばかりに唇を寄せる。

アレクの頰は涙で濡れていた。


「私は、なにも知らずに。祈りを捧げてこなかった」


剣ばかり振るっていた。


「まあ、これからは水神さまが屋敷に訪れた際、酒の席で祈ってやればよいさ」


さあ、食べよう。

と陰陽師が箸に手をのばす。

相反し、アレクは陰陽師の胸に埋まった。


「ど、どうした」

「お前が姫巫女を嫁にすると言ったとき、熊ゾンビに胸を引き裂かれたかと思うほど、つらかった」

「そうか、すまなかった」

「いや、その……、私を選んでくれて、ありがとう」

「待て。目を見て言え」


無理やり顔をあげさせる。

アレクは紅眼を珊瑚色に潤ませ、顔じゅうを涙でぐしょぐしょにしていた。


「そして名を呼べ。私の本当の名は、竜明だ」

「リュウメイーー」

「そうだ」

「リュウメイ、好きだ」


ああ、もう。

離れの寝所で冷めていく御膳を気にして、表座敷のウンディーネが切歯扼腕した。








それから三日後。

陰陽師は船の上にいた。


「奥方を屋敷へ残してきて、本当によろしかったのですか」


隣に肩を並べているのは火の精霊サラマンダー。

えんじ色をした外套を羽織っている以外は、ウンディーネと見分けのつかぬ老婆である。


「そんなに日にちをかけるつもりはない」

「またまたご冗談を。フランベの火山噴火は一日二日で鎮められるものではありませんよ」


いつぞや、エドワルド王子にかけた呪いが花を開かせたのか。隣国は王子の帰国と共に火山噴火の天災に見舞われている。

それを後ろめたく思った陰陽師は自ら赴いたという譯だ。


「きちんと現地でサラマンダーの魔力を解放せねばならないしな」

「でしたら、ノームとシルフの地も踏まねば。一日二日どころか一年はかかるのでは」


しばし流れる沈黙。


「いやアレクは連れていけない。アレクはエドワルド王子の元許嫁。話をややこしくしたくない」

「ほう、そういうことだったか」


男らしい美声が波間に消える。

冷や汗を垂らしながら陰陽師が振り返ると、そこには外套を羽織った美青年が仁王立ちしていた。


「お前の行動はすべて私に筒抜けだ」


アレクの背後でコボシが憎たらしくあっかんべーをしている。その首元にはカムイという名の蝶ネクタイが。


「余計なものまで連れてきたな」

「それぞれの大陸で、現地妻をつくられては堪らないからな」

「次の大陸の移動は歩きだぞ。ブランシールのようにどこにでも水脈がある譯ではないからな」


火の王国では、火のあるところへしか自由に移動ができない。


「もう屋敷へは簡単に戻れないぞ」

「それがどうした。私はブランシール番兵隊長」

「元、であろう」

「どんな戦火もくぐり抜けてみせよう」

「お前はじっとしていられないのか」

「ばれなきゃいいんだろう」

「ああ、もう」


この先ずっとこのじゃじゃ馬に、振り回されることになるのか。

陰陽師は今日も呆れ顔で、溜め息を吐くのだった。


最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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