23 樹海の間ですネ
初めは緑あふれる森だった。
次には少し樹は少なくなってはいたものの、まだ森と呼べる規模だった。
やがて、戻るたびに樹は少なくなっていき、ついには何もない荒野へとなっていた。
初めは二人のための家に、彼女がいた。
次の時にも、変わらず彼女はいた。
やがて、彼女は憂い顔を見せるようになり、あるとき戻ると彼女はいなかった。
探し当てた彼女は、あるときは商人の奥さまに、あるときは貴族夫人に、あるときは国王と結婚していた。
彼といないときのほうが、彼女は長生きができるようだった。
戻るたびに、彼女は年をとっていった。
彼女は笑っていたけれど、どこか寂しそうで、その笑顔には常に暗い影があった。
親友は、初めの時はいた。
次に戻った時、彼は冒険者をしていた。
けれど、次に戻った時にはもう見つけることはかなわなかった。
その次も、その次も彼はいなかった。
初めの時、空は澄んだ美しい空だった。
次に戻った時も変わらず、きれいな空だった。
その次に戻った時、白く薄い線が見えた。
その次、さらにその次と、戻るたびに空の白い線が増えていった。
それは世界が悲鳴を上げていたのだと、彼はなかなか気付けなかった。
空に薄くある幾筋もの白い線は、決して修復されることのない、世界に走った亀裂だった。
※ ※ ※ ※
「おいおい、今度は森かよ」
勘弁してくれよ、とげんなりした顔でハウザーがつぶやく。
二十八階【樹海の間】。そこはうっそうと茂る森が広がっていた。
けれど、ほおをなでる風は気持ちよく、日差しは程よく柔らかい。今までのエリアとはずいぶん違ってすごしやすい。
「で、どうやったら攻略できるんだ」
かなり投げやりに、やる気なく聞いてくるハウザーに苦笑して、秋良はあっさりと答える。
「簡単だよ。家を見つければいいんだ」
「・・・・・・はあ?」
「ああ、ちなみに敵の出現率はゼロだよ。ここでは敵は一切出てきません」
【樹海の間】攻略は、実はどの階よりも簡単で、どの階よりも難しい。ちなみにプレイヤーの最短記録はゲーム時間で10日だ。
攻略方法は一つだけ。部屋の中央にある家を見つけて、その家の主から【許可】をもらうだけだ。
「だったらすぐ行こうぜ」
まさかそんなに簡単な階だったとはな、と満面の笑みでハウザーが秋良を促す。今までの、無駄に疲れる攻略との段違いの簡単さが彼に笑みを浮かべさせたのだろう。そんなに簡単ならさっさと攻略して最上階へ行こう、と。そんなハウザーに、秋良は肩をすくめて見せる。
「そうだね。ただし、この森を抜けて真ん中にある家までたどり着ければ、の話だけどね」
「・・・・・・・は?」
笑顔のまま固まるハウザー。
「いい忘れてたけど、この森、方向感覚狂わすようになってるから。当然家も隠蔽機能使ってかくされてるし」
「いやいやいや、待て待て待て。‥…マッピング系の魔法は?」
「ははははは、このエリアは魔法はすべて使えないよ。特殊な封印が施されているからね」
「‥…アイテムは?」
「ちょっとでも魔力が必要な魔道具系は全滅だね。ちなみに方位磁石とか、方角を知るためのふつうの道具も役には立たないよ」
その上、太陽は偽太陽だから方角を知る手掛かりにはならない、森は方向感覚を狂わすようにできているからまっすぐ進んでいるつもりでも本当にまっすぐかどうかはわからない。切り株とかは当然ないし、作ったとしても年輪は均等に刻まれ、方向を知ることはやはりできない。
「‥‥…どうやって真ん中の家までたどり着くんだ」
「えーと…‥勘?」
一見簡単そうに見えて、攻略はひどく難しい。それがこのエリアの特徴だ。攻略方法と、そのあとに森の実態を知って、天国から地獄へ突き落されたプレイヤーは数知れず。通称【魔の森】である。
ハウザーががっくりと膝をつく。
「あそうだよな。そんな簡単に攻略できるとは思っちゃいねえさ。そうとも、期待した俺がバカだったのさ」
背中を丸めてつぶやくそのさまは、ひどく哀愁漂うものだった。
「哀れを誘う姿だね~」
「うっさいわ!!」
つい、憐みの目で見てしまった秋良をにらみ返すその眼にも生気がない。
しかし、この森が過ごしやすいのは本当で、敵は出ないが、鳥や野生動物はいるし、そこかしこに綺麗な湖があり、魚もいて、果物類や薬草も豊富にある。というわけで何日ここで過ごそうと飢えることはないし、雨なんかも降らないから野宿が苦になる、ということもない。
「慰めになってない、慰めになってないから」
だからどうだっていうんだ、とハウザーが恨めしげに秋良を見やる。もういい加減帰りたい。何で俺は今こんなところにいるんだろう、と遠い目をした彼を、責められるものなどいようか。
「えー、心洗われるよ?ここを【楽園】って呼んでたプレイヤーもいるしさ」
ごく一部のトッププレイヤーたちにはこの場所は憩いの場として人気であった。一度最上階にいって帰還したものなら、一瞬で飛んでこれるためだ。
「知るか、そんなもん」
しかし、ハウザーにはどうでもいい情報だったようで、やさぐれた態度で吐き捨てる。
「まあまあ、こんなところでいいあってても仕方ないし、森の奥に行こうよ」
危険はゼロだしね~とのんきにいう秋良に、いやいやながらついていく。帰ったら引きこもろう、しばらく一年くらい引きこもろう、と決意するハウザーだった。
※ ※ ※ ※
狩りをして、採取をして、狩りをして、釣りをして、料理して……
「あ、何か俺、ここで一年くらい暮らしてもいいかも…」
別にあえて帰って引きこもらなくても、ここで引きこもればよくないか、と気付いた、悪魔族の彼は、ここ十日の森のサバイバル生活ですっかり笑顔を取り戻していた。心が洗われるようだ、と心の底から嬉しそうである。
対照的に秋良は心なしかぐったりしている。
「冗談!!俺は都会っ子なんだよ。こんな娯楽もない森で毎日毎日することと言ったら狩りか釣りか料理か採取くらい……もう帰りたい」
がっくり肩を落として、こんな所性にあわない、と嘆く。そもそもゲームだいすき、外嫌いの現代っ子がこんなところで何日もサバイバル生活とか無理に決まっている。いくら装備やアイテムが充実していたとしても、そういう問題でもないのだ。心の底から楽しそうなハウザーとは反対に、秋良はそろそろ心が折れそうだ。
「何を言う!これほど素晴らしい生活があろうか。狩りと釣りと採取、これが基本!!まあ確かに全く敵が出ないのは心なしつまらんが、それでもこんなにのんびりできたのはいつ以来ということもない。やっぱり人生に休息は必要だな、うん」
どこか壊れ気味に叫ぶハウザーは、どうやらこの塔の攻略で少々きていたようだ。この森で過ごして多少は回復したようではあるが。それにしても、コイツ、攻略する気があるのか、とすでに森の生活になじみまくっている相棒を眺めて秋良はため息をついたのだった。
その後さらに狩りをして採取をして‥‥…結局問題の家が見つかったのはそれからさらに六日後のことだった。秋良はさすがに心が俺かけていたので、家が見つかった時は狂喜乱舞したものだが、対照的にハウザーはひどくがっかりと肩を落としていたのだった。
「っていうか何でがっかりしてるわけ?ここをクリアして最上階に行けば後は帰るだけじゃないか」
「……それもそうだな?よし、さっさと行こう」
秋良の言葉に元気を取り戻した彼は意気揚々と家の扉を開けるのだった。
※ ※ ※ ※
「‥‥…遼子?」
出てきた少女を見て、秋良が呆然とつぶやく。
「いいえ、私は【遼子】の姿を模しているだけ。貴方が設定したAIです」
「AI……」
家具の一つもないがらんとした家の中に二人を招き入れ、彼女はうなずく。
「そうです。今までの記録映像を見て、何か思い出されましたか?」
聞かれて、秋良は少し首をかしげる。
「少しだけ、思い出した気がする。遼子が現実では死んでしまったことも。それに、この世界でも彼女は一度死んでいる」
思い出したのは、安らかな少女の死に顔と、映像と寸分たがわぬ、惨殺された、真っ赤に染まった死体。それに、親友の表情のなくなった顔と憎悪にまみれた顔。けれどそれ以上はわからない。映像を見ても何も思い出せなかった。あの映像のほとんどは、秋良の記憶としてではなく、単なる映像としてしか理解できなかったのだ。
「ならば良いのです」
なのに、遼子の顔をしたAIはそれでいいという。
「よい?」
「あなたをここに誘導した目的は、多少なりとも思い出していただくこと、それだけですから。さあ、最上階へ。【知識の悪魔】が貴方を待っています」
「‥‥…わかった」
目の前に突如出現した階段を見て、秋良はうなずいた。これ以上は何を聞いてもこのAIは何も答えはしないだろう。それならば、素直に上に登るほうがいい。
秋良はハウザーを促すと最上階へ続く階段を上っていった。




