22 ようやく灼熱の間ですネ
小さな公園のベンチに青年が一人座っている。
うつむいて、ピクリともしない。
時折、心配して声をかけてくる者もいたが、青年はすべてを無視して、まるで彫像にでもなったかのように動かず、返事すらしない。公園で遊ぶ子供たちは、青年を気味悪がってか、一人、また一人と姿を消す。
日が傾き始め、公園のまばらな人影もなくなったころ、青年に近づく人影があった。
それは、小さな少女の姿をしていた。
漆黒の髪に、闇を思わせる黒い瞳。白い肌に、紅をさしたかのような赤い唇。桜の柄の薄紅色の着物を着た少女は、まるで精巧な日本人形を思わせた。それは、生きて、動いているというのが不思議なほどに。
彼女は青年に近づくと、声をかけた。
「取り戻したい?」
けれど、青年は反応することはない。今までと同じように。
「取り戻せるわよ?今ならまだ、間に会うわ」
初めて、青年が反応した。肩を震わし、しばらくして、青年は顔を上げた。
「‥‥…何だって?」
かすれた声で、つぶやき、眼前にいる少女を睨みつける。
この少女は一体何を知っているというのか。
「あなたの大切なモノ。取り戻したいでしょう」
それは疑問ではなく、確認。
「取り戻してあげるわ」
澄んだ、美しいその声は、神の啓示か、悪魔のささやきか。
青年は、ただ魅入られたように闇色の瞳を凝視し続けた。
ヒトの力で、新しい世界を創造するなどということは、できはしない。たとえ、どれほど精巧に作りこんでも、それは命を持たぬ。
命ある【世界】の創造、それは神の、あるいは悪魔の領域。
けれども少女が神なのか悪魔なのか、そんなことは青年にとってはどうでもいいことだった。代償として求められたものの大きささえも、またどうでもいい。青年にとって、【彼女】以上に大切なモノはなく、【彼女】と、そしてただ一人の親友以外に失って困るものなど何もない。
少女は言った。彼らの創った命持たぬ【世界】を、単なる、巷に満ち溢れるモノと何ら変わりないただの【ゲーム】であるはずのそれを、【現実】に変えよう、と。
それは嘘偽りなく。そうできるだけの力が少女にはあるのだと、何の疑問も持たずに青年は確信した。
だから、青年は決断した。それはもう驚くほど簡単に、全く悩むことなく。
青年は、少女の提案に従い、すべてを一から設計しなおした。とは言え、ほとんど少女の力であり、青年がしたことは、一部プログラムを書き換えることだけなのだが。
親友には、気づかれることなく、密やかにゆっくりと、けれど確実に。
親友がそのことに気付いたのは、【ゲーム】が【現実】となって二十年も過ぎた頃のこと。
後戻りなどとうにできなくなってからのことだった。
ヒトはあくまでヒトであり、神にはなれない。ましてや悪魔にも。
そして、過ぎ去った過去を振り返り、【後悔】するのもまた、ヒトなのだ。
※ ※ ※ ※
「‥‥…暑い」
階段を上がった先は【灼熱の間】。
階段の先の扉を開ける前に、【外気緩和】とか、【水結界】とかいろいろかけてから足を踏み入れたのだが、やっぱり暑かった。さすが灼熱というだけはある。あまりに温度差が激しすぎて、風邪ひくわーとか馬鹿なことを考える。
ハウザーは熱い、と繰り返し、ものすごくウザい。しかも汗が滝のように流れているし、その顔は真っ赤だ。体から立ち上る熱気も尋常ではない。はっきり言って、彼の存在そのものが暑苦しい。このくそ暑いフロアで異常に暑苦しい大男と二人……。いっそ抹殺しようか……。
秋良から立ち上る黒いオーラが見えたのか、ハウザーは一瞬蒼くなり、距離を置く。秋良から立ち上る冷気で肝の冷えた彼はごくごくわずかの間だけ、涼しさを味わうことができたという。もっともすぐに熱気はまた津波のごとく押し寄せてきたし、二度体験したいとは思わないが。後日、彼は顔をひきつらせながらも語ったという。その一瞬で、HPが八割は持っていかれた気がする、と。
「なあ、秋良」
とりあえず、物騒な気配を垂れ流す秋良の意識をそらすべく、扉を開けて疑問に思ったことを聞いてみることにした。
「んー?」
「お前さん、これどう思う?」
そういって、ハウザーが指差したのは、眼前に点々とある、赤い池。なぜか湯気がたっているような‥…?フロアが熱いせいだろうか。
「あー血の池だねえ」
「‥‥‥血の池?」
とは何ぞや、とハウザーが説明を求めてきたので、秋良は面倒臭いなーと思いつつもこのフロアについての説明をする。
【灼熱の間】とはすなわち【地獄】をイメージして造られたフロアだ。灼熱がテーマのフロアで、火山でもなく、焔でもなく、なぜあえて地獄をイメージして作ったかといえば、妖怪とかホラーとかをこよなく愛する親友の情熱のたまものである。そんな彼は、当然のことながら、地獄をテーマにした小説とかマンガもまた愛読しているのだ。
そんなわけでこのフロアには適温に温められた生温い血の池に始まり、煮立った大釜、針の山などなどが満載されている。‥…そこここには、秋良にはまったくもって意味不明のオブジェも多数あるし。ちなみにフロア全体には石が敷き詰められている。
そう、ここはまさに、親友の愛と努力が結晶したようなフロアなのだ。当然この塔で最も攻略困難な場所であるといえよう。
この階をクリアするには、敷き詰めてある小石の中から一つだけある【緑小石】を、点在する血の池のどれかの底にある【血生石】を、針山に埋もれている一本の【鍵針】を、煮立った大釜のどれかの底にある【水晶】をそれぞれ手に入れればいい。いいがしかし、一体だれが粘ついた生温い血の池に入りたがるというのか。確実にHPを削られる針山を踏破したいと??焔でできた道とか、焼けた鉄板の上とか通りたいか??煮立った大釜の底をのぞきたいものなどいるだろうか。
親友はこのフロアが完成した時にものすごい達成感に満ちた顔をして、最高の笑顔で「完璧だ。このフロアは大人気を博すに違いない!」と言っていたが、実際は苦情の嵐だった。このフロアをこよなく愛したのはごくごくマニアックな一部のはいプレイヤーだけである。
ちなみに秋良は、ごく普通の感性の持ち主のため、あえてここに足を踏み入れたことはなかった。
「‥‥…この中から探せと?」
うんざりした彼の気持ちはよくわかる。しかもこのフロア、立っているだけで五分ごとにランダムに各種状態異常付与が襲ってくるし、常時ダメージ、防御無視ダメージなど、さまざまな効果付きである。地味にこのフロアでHPを削られ泣いたプレイヤーがどれほどいたことか。ちなみにこのフロアのエンカウント率は非常にたかい。出てくる敵は鬼系モンスターのみではあるが。
ともあれぼんやりしていてもはじまらない。
「水中呼吸できる魔法とか、水をはじく魔法掛けるからとりあえず血の池から行こう」
秋良とてものすごく嫌ではあるが(そもそもリアルに作りすぎだ)ここでぐだぐだ言っていてもどうしようもないのもまた確かだ。
【緑小石】は【探索】スキルである程度絞れるので見つけることは容易ではあるが、そのほかは【探索】スキルは無効になってしまうので地道に探すしかない。
「がんばろー」
全くやる気のない秋良に、すでに疲れきった顔をしたハウザーが、やはりやる気なく「おー」と応えるのだった。
※ ※ ※ ※
結果から言うと、【灼熱の間】をクリアするまでに五日かかった。
すでに食料はだいぶ乏しくなっているうえに(そもそもここには行方不明者探索に来ただけなので、ここまで日数がかかるのは想定外だった。それでも食料等多めに持ってきてはいるが)秋良はともかく、ハウザーは精神的疲労と肉体的疲労がピークに達している。
「は~ようやく【鍵針】が~」
もう駄目だ、とハウザーが座りこむ。
なんせ、針山、一山に百万本の針があるうえに、針山自体が二十もあるのだ。やってられっか、という感じである。
しかも驚きのエンカウント率。はっきり言って十分に一回は敵が出現する。強さはまちまちで、レベル百程度から七百まで。そう簡単にやられはしないがうっとおしいことこの上ない。その上、場所によって全魔法を無効にしてしまうので、そのたびに場所を変えてかけなおさないといけない。その間に様々な状態異常にかかる。そんなこんなで探索がなかなか進まないため、結果五日もかかったのだ。とは言え、このフロアを五日でクリアするのは最短記録なのである。通常はこの倍はかかるうえ、半分は脱落する。
ここまで鬼畜仕様にした親友を恨みたい。道理で【幻惑】関係はプレイヤーの泣きごとというか苦情が多かったはずである。GMからのメールを見た時は何をばかな、と笑った秋良だったが、実感しました。ゴメンナサイ。何となく、プレイヤーの皆さんに謝りたい気分だ。
ともあれ、なんとか最後のブツも手に入れ(これはスキルで簡単に見つかった)ようやく階段オープン、だ。
そしてお約束のスクリーンがおりてくる。
【特典映像3:小さな差異と世界の亀裂】




