24 最上階ですネ
塔の最上階にしつらえられた座り心地の良い玉座に、彼は座っていた。
もう、何百年も、いや、何千年も、彼はここにいた。
彼は玉座に座って、ただ見ていた。
世界で起こる、さまざまなことを。
彼の神が、少しずつ、狂っていく様を。
神の娘が、幾度も殺される様を。
今一人の神が、少しずつ記憶を失っていく様を。
世界に、決して修復のできない亀裂が走るさまを、少しずつ亀裂が増えていく様子を。
彼は、すべてをただ、見ていた。何をすることもなく。
神々の悲嘆も、苦悩も、世界が壊れていく様子も、人々の祈りも彼は見ているだけ。
なぜなら彼は『見るもの』であり、『識るもの』であるからして。
『見て』、『識る』以外のことは、彼には許されてはいないのだから。
だから、彼はただ、見ていた。
今この瞬間までは。
※ ※ ※ ※
塔の最上階には、部屋は一つだけしかなかった。
「こりゃまたえらく大層な扉だな」
あんぐりと口をあけて、ハウザーが眼前の扉を見やる。
全面金色の扉は、目が潰れそうなほどキラキラしく、扉の両脇には驚くほど精巧な、竜の置物。しかも純銀製。さらには扉の表面には、大粒のダイヤやガーネット、エメラルドなど無数の宝石で美しい女神像が描かれている。成金趣味というか、なんというか。一つ一つは芸術的なまでに素晴らしい出来栄えであるのは確かなのだが。
「すごいよね~、だれの趣味かなあ」
『すくなくとも私の趣味ではないことは確かですね』
秋良の声にかぶさるように重低音が聞こえた。
「オルセイリュート?」
『どうぞ、中へ』
声にこたえるように、ハウザー曰く大層な(秋良から見ればものすごく悪趣味な)扉が音もなく開く。
中は、意外にも普通だった。
床には若草色のふかふかな絨毯が敷き詰められており、座り心地のよさそうなソファーセットに、壁際にはシンプルなチェストが並んでいる。壁に飾ってある絵画も、きれいな色遣いの風景画で、趣味の良さのうかがわれる部屋だ。
奥の扉から姿を現した長身の青年も、黒に、銀糸で刺繍を施した服を着ているが、特に装飾品等もつけておらず、服も銀糸の刺繍とはいっても決して嫌みな感じではなく、さりげなくかつ洗練されている。
青年は特別整った顔をしているわけではないが、決して醜いわけではなく、動作は優雅で気品があり、どこぞの王子様といっても通用しそうだ。それに威圧感はないが、存在感は抜群で、彼が入ってきた途端、この部屋の主は彼なのだと、一瞬で認識させられた。
確かに、こうしてみるとあの悪趣味な外の扉をデザインした人物にはとても見えない。
「どうぞお座りください。お連れの方も」
そういって、彼自身もソファーに座るとパチンと指をならす。何事かともえば、テーブルの上にいつの間にか三人ぶんのコーヒーが置かれていた。
呆気にとられている(たぶんオルセイリュートが想像と大分違ったのだろう)ハウザーを尻目に、秋良はさっさとオルセイリュートの向かい側に腰を下ろす。と、ハウザーもあわてて横に座った。
「さて、質問にお答えしましょう、暁の神よ」
「う~ん、まずはそれだね」
「それ、とは?」
「僕は何者なのかな?」
秋良の言葉に確かに彼は意表をつかれたようだった。しばらく固まったあと、真意をとうかのように秋良の表情をうかがっていたが、やがてクスリと笑うと、小さく肩を竦める。
「まさかそう直球でくるとは思いませんでしたよ。貴方は本当にあの頃のままですね。…貴方だけが変わらない」
意味深に呟き、彼は少し首を傾げる。
「ああ、そうでもありませんね。貴方も変わらない。あの頃のままだ、ハウザー」
「・・・・は?」
※ ※ ※ ※
彼は目の前で目を最大限に見開いて自分を見ているかつての同僚を、冷めた目で見つめる。
あのとき、この男を止めることが出来ていたならあるいは、今はもっと違ったものになっていたのだろうか。
もっと別のやり方だってあったはずだ。
考えても何の意味もないと、知っている。もし、何てものは考えるだけ無意味だと。結局のところ、あのとき彼を止めなかったのも、彼の神を止められなかったのもオルセイリュート自身が選んだことなのだから。
それでも、今も変わらずあの頃のまま、暁の神の傍らにある彼をみると、理不尽だと思うのだ。なぜ、なぜ彼だけがなにも変わることなくただ、そこに在るのか、と。
ただ見ていることしかできなかった自分とたとえそれが破滅への道だったとしても思うままに走っていった彼。
オルセイリュート自身は、そして他のものたちも人も世界もこんなにも変わってしまったというのに。
変質した自分たちと、何一つ変わらない彼。この差はいったい何なのか。変わらずにいたいと望んだものたちだけが変質し、変わりたいと願った彼はなにも変わることなく、昔のまま。
あの時の、最後に会った彼もまた、今と同じように目を見開いて自分を見て、そしていったのだ。
「全ては泡沫の夢にすぎない。我々に過去はなく、そして未来もない。そんなこと俺だって知っている。それでも少なくとも俺たちはいま、ここにいて確かに生きている。違うか?」
真っ直ぐな目で。喪いたくないならたとえそれが許されざることだとしても、手を伸ばすべきなのだと。
過去はどうにもならなくても未来は創れるはずだ、と。諦めるのはやれることを全てやってからでも遅くはないだろうと。
「あのときも言いましたね。けれどきっと貴方は忘れてしまったでしょう」
「な、何を?」
オルセイリュートはにっこり笑って、あのときと同じ言葉を繰り返す。
「だから私は貴方が大嫌いなんです、ハウザー」




