17 謎ばかりですネ
秋良とハウザーは、青年に促されて慎重に室内に足を進める。
足を踏み出すたび、赤い水が波紋を描く。何となく、進みにくい。
「そんなに警戒なさらなくとも大丈夫ですよ。その水に害はありません」
「そうは言われてもね」
だが実際これは単なる映像なのだろう。足は全く濡れていない。
「隊長、隊長?」
ハウザーは一足先に青年の元へとたどり着いていて、おっさんに呼び掛けている。そんなハウザーをあきれたように見やり、青年が投げやりとも思えるような口調でつぶやいた。
「無駄ですよ」
実際、いくらハウザーがよびかけても、おっさんは呆けたようにただ青年のみを見つめている。確かに綺麗な青年だがしかし……。
思わず疑惑の目を向けると、青年は本当にいやそうに顔をしかめた。
「何ですか、その眼は。言っておきますけど私にそっちの趣味はありませんから。誤解するのはやめていただけますか。先ほど邪魔をしてほしくなくてにらんだのは、魔法をかけていた最中だったからです。結局かかりは甘くなりましたが」
「いや、まあまだ何も言ってないよ、うん。それに俺はヒトの趣味に口出しするつもりはないしさ。好きにすればいいと思うよ…‥‥って魔法?」
一息に言うと、じと目でにらまれた。というか、今妙な言葉を聞いたような?
「おい、一体何したんだ、あんた!!」
そんな微妙な二人の雰囲気に割り込んできたのはハウザーだ。元隊長が正気ではないという。そう言われて、秋良もじっくりおっさんを観察する。先ほど言われた魔法という言葉、そして元隊長の様子を考え合わせると…・…
「うっわ、さいってー。【魅了】と【傀儡】ダブルで使ってない?」
暗く濁った瞳。呆けたような表情。顔色は悪く、その顔には生気がない。この状態のプレイヤーをかなり前に見たことがある。
だが、【魅了】と【傀儡】の重ねがけは禁忌とされ、ゲーム内でもごく初期の段階で運営側(彼と彼の親友)より禁止されている危険極まりない裏技だ。
特殊技能魔法【魅了】は、読んで名のごとく、相手を自分の魅力でメロメロにして、とりこにし、思うままに従わせるという魔法だ。そして【傀儡】は相手の意識を完全に奪い、操り人形にする魔法。どちらもかなり相手の精神に負担をかける術なのだが、持続時間はそんなに長くない。【魅了】にいたっては強い衝撃を与えたとたんに夢から覚めるように正気に戻ってしまう。【傀儡】のほうも、せいぜいがもってゲーム時間で二十分というところ。ほとんど使うこともない特殊技能魔法だ。
問題は、敵キャラだけでなく、それが相手プレイヤーにもかけられるということ。《オルテリア物語》で使用している【ドライブ・システム】は直接精神を仮想現実空間につなげるものなので、操られてしまうと、かなり危険なことがわかったのだ。とは言え、どちらか一つならば問題はない。が、二つ同時に重ねがけすると、プレイヤーが完全に操り人形のようになってしまうのだ。持続時間もぐっと長く現実時間で五日ほど。その状態で大抵接続を切るから、現実世界の精神状態にも影響を及ぼし、何人か廃人のようになってしまったものもいたほどで、運営側としても放置しておくわけにはいかず、禁止事項に盛り込んだのだ。
ともあれ、それはあくまでゲームでの話であって、今、ここで使用されているものがどれほど持続するのかは秋良にもわからないが。
「仕方がありません。私は目的のためなら手段を選ばないタイプなんです」
にっこりさわやかな笑顔で青年が言う。しかしながら、言ってる内容はさわやかとはほど遠いが。こいつこそ悪魔なんじゃないかと思わずじっくり観察してしまったほどだ。
「そういう問題か?」
「そういう問題ですよ」
「んなこたどうでもいいんだよ!」
またもや微妙な雰囲気があたりを支配しそうになったが、ハウザーが再び割り込んできた。なんとも空気の読めない男である。それともわざとなのだろうか。いつも絶妙なタイミングだし。
「それより隊長は元に戻るのか?」
「戻るよ」
聞かれて、あっさり答える。そもそも【魅了】はともかく、他人のかけた【傀儡】を解くことは難しいうえに、ダブルがけしたこの魔法はなおさらに解くことは難しい。
基本他プレイヤーのかけた魔法を解けるのは、魔法を行使したプレイヤーよりとくほうのプレイヤーのほうがレベルが高くないといけない。その上で、課金アイテム【神のしずく】か、特殊技能魔法【解放】を使う必要がある。秋良はレベルはもちろん最高ランクだし、アイテムも、魔法も持っているため、おそらく元隊長を解放できるだろう。
しかし、では早速、と動こうとした秋良を制止したのは、エンシェントドラゴンの青年だった。
「駄目ですよ、【暁の神】。私はまだ彼に用があるのですから」
「なっっ」
とびかかろうとしたハウザーを押さえ、秋良もまた鋭い目で青年を見る。
「どういうことかな」
「どう、というと?言っておきますが、私も鬼ではないので、目的を果たしさえすればこの者は解放しますよ。きちんと元に戻しますからご心配なく」
「‥‥‥‥目的?」
「そうです。我らには、大切な【役目】があるのですよ。たとえ望まずに押しつけられたのだとしても、課せられた【役目】はきちんとはたさねければ」
それは、まるで自分に向って言い聞かせているかのような口調だった。
「あのさ、もしかして今回【幻惑の塔】に呼ばれた四人てランダムに選ばれたわけじゃなくて……?」
「もちろんですよ」
何を当たり前のことを、とまゆをひそめる青年。
「我々は、いえ、実際には貴方ですね。待っていたのです。【資質】を備えた四人のヒトが生まれるのを。気の遠くなるような長い【時】の中で」
そこまでいって、彼は一つ首を振ると、苦笑した。
「ああ、これ以上言うことはできませんね。いえ、本当はここまでも伝えるべきではなかったかな……」
何一つ肝心なことは伝わっていない気もするが、青年はいいすぎた、と後悔しているようだ。
「とにかく、いくらあなたが喚ばれたヒトを探そうと、連れ戻すことはかないませんよ。だから無駄なことはあきらめて、さっさと【知識の悪魔】のところまでいってください。ほら、あそこに二十五階までのショートカットの道がありますから」
指示された先には光る円形の床があった。というか、ショートカットとな?塔の意味あんのかなあ、と思いつつも、さっくり先に進むことを了承する。どうもここ最近会う奴らは皆あいまいで肝心のことは何も話さないのに思わせぶりでいらいらする。さっさとオルセイリュートのところに行って、疑問を全部解決してやる。このままでは心の平穏が保たれないじゃないか。
秋良はいまだ青年にとびかかろうと身構えているハウザーを引きずって円形の床の上に立った。光が二人を包み、光が消えた後には二人の姿もまた消えた。
後には、エンシェントドラゴンの青年と、操られたままの元隊長がのこされた。
「私の役目はただ、今この時、あの円陣の中に【神】を誘導すること。そして……」
一つため息をつくと、もう一つの役目を果たすため、彼は元隊長と向き合ったのだった。




